第16話 やってみよう!! 運動会!?(開幕編)
更新遅れて申し訳ありませんでした
普段、部下を呼び出す立場に回っているパケルだが今回は逆で呼び出された側だ。
パケルは『署長室』と厳粛な文字に記された札の付いたドアを前にジッと眺めていた。署長室の札は副署長室の札のように廃材となった板の切れ端で作られた代物とは出来が違い、塗装をしっかりとされた札は丁寧に描かれた字が際立たせていた。
コンコンとドアをノックする。
しかし、部屋の主からの反応は無い。
コンコン、再びノックをするがやはり反応はない。
署長はいないのだろうかと首を傾げたちょうどその時、両膝の裏から不意の衝撃を咥えられ、パケルはカクンと姿勢を崩してしまった。しかも、反射的に姿勢を立て直そうとしたため、前のめりの態勢になり思いっきりドアに顔面をぶつけてしまった。
俗に言う膝かっくんである。
「ごめ~ん、用を足しにいってたからちょうど留守になってたね」
「謝罪すべきところはそこでは無い!!」
「まあ、気にせず入ってよ」
パケルに膝かっくんを行いながらも一言も謝らずパケルの背を押し、半ば無理やりに署長室に入室させたこの男こそがこの部屋の主、リキット・バースティン。第5分署の最高責任者である署長という役職に就いている男である。
パケルは思いっきりぶつけた鼻を撫でながらリキットに勧められるままに部屋に入り、応接用のソファーに腰を落ち着けた。
対するリキットは動物の皮を丁寧になめし作られた自分の席の椅子に腰を下ろしていた。
署長という責任ある立場に就く人間でありながらリキットの纏っている雰囲気はチャラけた、軽薄なものである。風貌もその雰囲気に沿い、着崩された制服はお世辞にも威厳というものは感じさせず、だらしないという印象しか抱かない。
一見すると副署長であるパケルの方が署長然としたものがある。だがパケルは巡査官からの叩き上げで今の立場にいるの対し、リキットは警査から始まる警査官のエリートである。風貌からとてもそうは見えないが。
「パケル君、君なら理解しているだろうけど警察という組織は国民の税金によって成り立っている」
「署長に言われなくても十分理解していますが」
「当然、我々警察に回される予算は有限であり、限られた枠組みの中でやりくりしないといけない」
「何が言いたいのですかな?」
「先日、僕は中央に対して手紙を送ったんだよ。美辞麗句を並べて金がねえ、お金を寄越しやがれって内容の手紙を」
「もう色々ぶっちゃけ過ぎな手紙ですな」
「そしたらこれが返ってきた」
とリキットは一通の手紙を投げて寄越した。その手紙には「駄目だぴょ~ん」の一言が達筆な文字で書かれていた。
「その送り主とはいつか雌雄を決さなければならないと感じたよ」
「その際はあくまで署長のプライベートで、あくまで署長個人の自己責任という形で処理してくだされ」
「つれないなぁ~、だから君は頭がツルツルなんだよ」
「脈絡も無ければ関係も無い繋げ方ですな。署長の言いたいことは分かりました。要は資金がないのですな。具体的にいかほど?」
「流石、パケル君。君のその要領のよさは好きよ。髪型の好みは違うけど」
「ワシとて好きでこの髪型にしとるのではありません。で、いくらほど足りないのです?」
「そうだね。ちょうど宿屋が一軒建つぐらいの額かな?」
「宿屋一軒建つぐらいのですか」
「そう、ちょうど宿屋一軒建つぐらいのお金が足りないねぇ~」
しばしの間、沈黙が署長室を支配した。
パケルは知っていた。何故、第5分署に宿屋一軒分の資金が不足しているのかを。
当然である。パケルは分署内に集まる全ての書類に目を通しているのだ。それは会計書類とて例外ではない。なによりもこの件に関しては中心を担っていると言っても過言ではないのだ。
「ところでパケル君。君は最近、一枚の手配書を交番に配布したね」
「別におかしいことはないでしょう」
「うん、それ自体はおかしいものじゃないけど、この手配書だけは君の手で発行したものだね? 裏は取ったよ」
「それが何か?」
パケルは表情一つ掛けずに切り返した。内心、冷や汗をダラダラと流していたが。
「詐欺一件に手配書とは随分大げさじゃないかな?」
「ワシは犯罪に大きいも小さいも無いと考えますが」
「ふ~ん」
リキットは疑わしげな、もうほぼ確信しているであろう眼差しをパケルに向けている。既に手配書のことまで調べ上げているのだから十中八九、宿屋半壊事件の真相に辿りついているのだろう。その上であえて核心を避けているのはパケルからの譲歩を待っているのとしか思えない。
「分署の資金が不足しているのは理解しました。署長はワシに具体的にどうしろと?」
「さっすがパケル君。君のその潔さも僕は大好きさ。髪型が残念だけど」
「髪型は関係ないでしょう。で、ワシにはどのような沙汰が下るのですかな?」
「ああ、誤解しないで。別に僕は処罰するとかそういうことを考えているんじゃないだ。君が例え娘さんを騙した奴に部下を使って報復したとしても、法に沿ったやり方なら別にとやかく言わないさ。ただそれによって分署に大きな損失が出たなら補填する手立ては考えないといけないよねって言ってるんだ」
つまり、使った金はちゃんと返せよと言っているのだ。パケルに宿屋が一軒建つほどのお金を雁首揃えて払えと、このチャラけた風貌の署長はパケルに対して。
「話は分かりました。しかし、ワシにそんな大金を捻出する手立てなど思い浮かばないのですが……」
「それなら問題無いよ。その手立てはこっちで解決したから」
「なんですと? それはいかようにして?」
「エバン・デュリミアって人物を知っているかい?」
「確かシェルトン・ザールなどのホテルのオーナーで、政財界にも顔が利くという人物ですな」
「そう、彼が僕に話を持ち掛けてきたのさ。資金の話で」
「待ってくだされ。我々警察組織は民間からの資金援助は国が認めていませんぞ。もしそれを行えば贈賄罪で……」
「何を勘違いしてるのさ。僕だってそんな危ない橋は渡る気はないよ。話は最期まで聞くべきだよ、パケル君。彼は僕にその手立てを示しただけだよ」
「示す? 見返りの話しですかな?」
「違うよ。僕らが自力で大金を手に入れる方法・道筋さ」
「ほう、そんな方法があるのですか。ならばぜひ聞きたいものですな」
「それは……、運動会さ」
リキット署長は不敵な笑みを浮かべながらパケルに告げるのであった。
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ザール地区学校校庭。テュリアを含めたザール地区交番勤めの人間は全てそこにいた。
校庭には交番の人間以外にも大勢の人間が集まっている。
集まった人たちの服装には大きく二つのパターンに分かれている。一つは普段通りの服装の人たち、彼らは参加者の応援や物見珍しさで此処にきた人たちである。残り一つは身軽で運動に適した服装、ジャージやランニングシャツと短パンといった服装である。彼らは此処、ザール地区学校校庭で開催されるシェルトン・ザール主催の運動会に参加する人たちである。隣の地区のようにテーマパークの無いザール地区ではこういった地区の有力者によるイベントが住民の心を楽しませる娯楽の一つとなっている。
このように人の集まるイベントなのだから警官であるテュリアたちがこの場に居合わせること自体は不思議なことではない。人が集まればトラブルや事件というのは起こりやすくなるからだ。
だが、この場にテュリア達が居合わせたのはイベントを見回りに来たのではない。
「だり~、辞令とはいえコレに参加するのはダルイな」
「ううっ。私、こういうイベントは苦手なんですけど……」
「はぁ~、はっきり言って警察業務から逸脱してるにゃ」
「登録だけして不出場ってどうです?」
「それでいくか」
とザール地区交番勤務の面々は不平不満の声を挙げ、他の参加者と違い、やる気などを微塵も感じさせずに運動会が開かれる会場にいた。
今朝になり突然第5分署の地域課の警官たちが辞令とともにやってきて、テュリア達が運動会に参加する旨を伝えるとともに運動会参加の間の交番業務の引き継ぎを行ってしまった。辞令とあれば従わざるを得ないのが公務員の、警察官の悲しい性である。
「とりあえず、参加登録だけして適当に時間を潰すとするか」
「賛成に一票だにゃ」
「僕も」
「私は……」
カルナヴァルが交番面々の意見をまとめ終わろうとしたと時、それを遮るように高圧的な女性の声が響いた。
「ほ~ほほほほ。戦う前から負けているわね。あんたたち」
「この鼻に付くような高笑いと俺たちを馬鹿にしくさった声は……」
カルナヴァルは声のした方に振り向いた。そこには燃えるように紅い髪に褐色の肌を持つ女性がたたずんでいた。彼女もまたザール地区交番所の面々と同じように漆黒のフロックコートとズボンで身を包まれている。
「お前はザール地区からペタ地区に飛ばされて運よく昇進できた……、えーと誰だっけ?」
「相変わらず腹の立つ奴ね」
「ああ、思いだした。フラレチャッタ巡査部長か!!」
「フラジリアよ!!」
とフラジリアはカルナヴァルの襟首を掴んで突っ込んでいた。カルナヴァルは微塵も悪びれた様子も見せずに「わりぃ、わりぃ。お前が昔、男に捨てられたことと重なったわ」と火に油を注いでいた。フラジリアはカルナヴァルの発言に眉を尖らせ、「なんであんたがそれを知ってんのよ。部長ね? 部長がばらしたのね!?」とカルナヴァルを激しくシェイクした後、その矛先をイストリアに向けたが危険を察知したイストリアは既に姿をくらましていた。
「つーか、なんでお前が此処にいるんだ? ここはザール地区だぞ。ペタ地区は向こう」
とペタ地区の方向を指さしながら尋ねるカルナヴァル。
「人をボケた老人を諭すように言わないでくださる? 仕事でいるに決まってるじゃない」
そこに「部長、私たちの登録終わりました」と純血を示す金髪碧眼のグラマラスな女性警官と幼さが目に付く男性警官がやってきた。
二人ともフラジリアの部下である、カタハ・アポフィロスとエトランゼ・パプステマの二人である。
「仕事だぁ? ……まさか、お前も辞令で此処に来たのか?」
「お前もってことはあんた達も? まあ、此処にいた時点で薄々そうじゃないかと思っていたけどね」
と多少驚きながらもフラジリアには想定内だったらしく、得心がいったという顔つきでザール地区勤務の面々をみた。黒猫部長がフラジリアから逃げ出したためちょうど3対3で向かい合う形になっいた。お互いが他の面子の顔を眺めた後、フラジリアとカタハは何故か勝ち誇ったかのような表情を浮かべこちらを眺めてくる。
テュリアは視線が交わってしまっては流石に無視することなどは出来ず、軽くお辞儀をすると共に「何か?」と目の前で視線が合ったカタハに対して疑問を投げ掛けた。
「前にあった時も思ったのですけど、あなたの所の交番ってカルナヴァル巡査長を除いたら警察官の割に運動が得意そうな人がいないですね」
「うっ、……確かに私は運動は余り得意ではありませんけど。ノットンさんはそうでもないですよね」
テュリアはカタハの指摘に逃れるようにノットンに話題を振ってしまった。その行為は自分から火に飛び込む羽虫と同じ行動とは気付かずに。
「僕かい? 運動に苦手意識は無いけど誇れるほど得意ってわけでもないよ。それよりも……、カタハちゃん。子供は何人欲しい? それ如何によっては僕は頑張らないと……」
ノットンはカタハとテュリアとの間に割り込み、流れるような動作でカタハの両手を握った。その時になってテュリアは自分のミスに気付き、慌ててカタハの表情をみた。
あっ、固まってる。
カタハはまるで凍りついたように直前の表情のまま固まっていた。そして、徐々に表情を強張らせていく。
「やっぱり、子供は二人は欲しいよね。だとしたら僕らは相当頑張らないといけないわけだし、早い方がいいね。だから――」
「いやああああああああああっ!!」
とヒステリックな悲鳴と共にカタハはノットンの腕を掴み、引っ張り寄せるように背負い投げた。投げられたノットンは背中を地面に思いっきり叩きつけられ悶絶している。
徐々に事態に頭の回転が追いついたのか、それともノットンの発言内容を想像してしまったのか、カタハを青ざめた表情を浮かべながら、地面に伏したノットンに「女の敵!! 死ね死ね死ね」という呪詛と共に蹴りの雨を降らしていた。
「おぉ~、見事な背負い投げだな」
「あんたの部下、以前の出来事で懲りてないわけ?」
「お前の部下だって過剰反応だろう。あれは」
「あんたの部下のせいよ」
「しかし、なるほど。あの子なかなか筋いいな。蹴りにキレがある」
「ふふん、どう? カタハは私の自慢の部下よ」
胸を張って部下を誇るフラジリアにノットンをボコボコに蹴りつけるカタハの様子に感心するカルナヴァル。二人とも部下を止めに入ろうとするそぶりを全く見せない。
それに見かねたテュリアが「止めに入らないんですか?」と声を挙げた。
二人はキョトンとした表情を浮かべて、手を振りながらそんな必要ないといった感じでやんわりと拒んだ。
「ノットンのあれは自業自得だろ」
「目の据わったカタハを止めに入るのは嫌よ、私は」
「まあ、うちの新入りが例え自業自得でも同僚同士の諍いを仲裁したいって言うのなら止めやしないぞ」
「え”っ」と固まるテュリア。
「あら、うちの新入りだって先輩の過剰防衛を止めに入りたいって顔をしてるわ」
慌てて顔を必死に首を振って否定するエトランゼ。その様子は段差を怖がる子犬を彷彿させるものである。
どうやら上司の二人は部下に事態の鎮静化を丸投げするつもりのようだ。その証拠に二人とも「早く何とかしろよ」と言わんばかりに部下に視線を投げかけている。
妙にチクチクと突き刺さる上司の視線と、警官同士の諍いのためか周囲の視線が集まっていくため早く事態を治めないといけないという使命感につき動かされたテュリアは、おそるおそるといった足取りでカタハの暴走を止めに入った。
「やめんか!! この大馬鹿者ども!! この乱痴気騒ぎはなんだ!?」
辺りを静まりかえした一声はテュリアが発したものでは無い。その証拠に喧嘩を止めようとしたテュリア自身も茫然と固まっている。
周囲に集まっていた人垣をかき分けて来る人影が見える。おそらくこの人物こそが先程の声の主なのであろう。
「フラジリア巡査部長!! カルナヴァル巡査長!! この騒ぎはなんだ!?」
「部下の痴情のもつれであります!!」
人を掻き分けたもうすぐ老耆に差し掛かろうという年齢の男性は上司二人を怒鳴りつけた。怒鳴られた二人も普段では考えらないぐらいに姿勢を正して向かい合っている。
因みに「痴情のもつれ」という単語に噛みつこうとしたカタハはフラジリアの放った風のゲンコツにて押し黙らされていた。
「痴情のもつれだと? わしには痴漢を撃退する婦女子に見えたぞ」
「はははっ、警官が痴漢なんてするはず無いじゃないですか。副署長」
「そうですよ。あれはカタハなりの愛情表現です」
と言いながらもカルナヴァルは周囲に目配らせ、話を合わせろよと言わんばかりに圧力をかけていた。
フラジリアも自分の部下が関わっているため、事を大きくしたくないのかカルナヴァルに話を合わしている。
「パケル副署長、どうしてここに? あとあの辞令はなんなんです? 私、コイツといると仕事がはかどらないんですけど」
「その服装はなんなんです? 早朝にランニングしてるおっさんみたいな恰好は?」
と副署長と呼ばれた男性は二人の矢継ぎ早に繰り出される質問にたじろぐことなく、受け答えた。
「この服装はこの場を見て分からんか? 今日は地域主催の運動会じゃからこの運動に適した服装にしとるんだ。あの辞令は……、お前さんら自分たちが駆りだされた理由に思い当たることは無いのか?」
副署長は質問に応じると共に二人に問いを投げかけた。二人はその場で心当たりをさぐるが、フラジリアは全く見当もつかないようで「心当たりなんて無いわよ」と呟いていた。しかし、カルナヴァルは「おぉ、もしかしてあれか!!」とポンと手を叩き、副署長に向かい合った。
「ほう、流石に自分が関わったことだと覚えておるか」
「ええ、覚えてますとも。副署長。あれでしょ? 分署の掲示板で副署長が愛用している洗髪剤を書いた張り紙を張ったことでしょ?」
「ああ、あれ。あんた仕業だったの?」
「おう。シャレでやってみたんだ」
「張り出された洗髪剤、今じゃ分署の周りの店に置いて無いそうよ。売れなくなったせいで」
「うわ~、マジで? 軽い冗談だったのに」
「全くやる方もやる方だけど、信じる方も信じる方よ。石鹸ならいざ知らず、副署長が洗髪剤を使わないことなんて見たら分かるのに」
「全くだ。そもそも副署長には洗髪剤を使うような髪がねぇっていうのにな。分署に勤めている奴は馬鹿ばっかだな」
「き・さ・ま・ら~。もうよい。問うたワシが馬鹿だった。良いかよく聞け!! とくにそこの二人!!」
副署長はカルナヴァルとフラジリアを指さし、そのあとペタ地区の面々、ザール地区の面々を見渡した。
テュリアは上司が見事なまでに怒りに染め上げたパケルの表情をみて縮こまった。
しかし、怒らせた当の本人たちはどこ吹く風で飄々とした態度のままだ。
「お前ら二人が破壊した宿屋、その修繕費用はどこが払ったと思っておる? それは警察だ!! さらに言えば第五分署の今年度の予算から捻出されておる。この意味が分かるか? つまり、お前たち二人のせいで本来使えた分署の運営資金が宿屋一軒改修程に消えたということだ」
「はぁ、シロアリに食われてたボロ宿一軒建て直しただけで立ちいかなくなる国家組織ってどうなのかしらね」
「少なくともその反応は事件の当事者の反応じゃないな。可哀想なのは俺だよ。こんな暴力破壊女に構ったせいで一緒に責任取らされるんだからな」
「被害者ぶるのは止めてくれるかしら? あんたが出し抜こうとしなければもっと穏便にすんだのよ」
「なんだと? 所構わず魔術をぶっ放した奴が何かいったか?」
「なによ? その捻じれ腐った性根いい加減直した方がいいんじゃないかしら?」
「いい加減にせんか!! 二人とも!!」
とお互いに噛みつきあう二人にパケルは再び怒鳴り、叱りつけた。
「今回、辞令でお前たちをこの場に集めたのは事件の責任を取らせるだけではない。お前たちに巡査官として仲間意識を強め、円滑な交番運営を目指す側面もある。ペタ地区交番もザール地区交番も優秀な人材が集まっておるのはワシも認めよう。だが、隣地区同士なのに協力もせず足を引っ張り合うは情けないとは思わんか? ワシはここに集まった者達なら協力し合えば運動会の優勝など造作も無いことだと思っておる。どうじゃ、今日一日ぐらいはお互いのわだかまりは忘れ協力し合えんかの?」
「副署長!! お美しいご高説の後ですがよろしいですか?」
カルナヴァルが畏まったそぶりをして挙手しながらパケルに向かい合った。
「なんだ?」
「副署長がここにいる理由は娘さんを誑かした奴を報復した事が上にバレたからですか?」
「ぐっ。……優勝し、賞金が入れば全てが丸く収まるとだけは言っておこうかの」
パケルはカルナヴァルの指摘に妙に歯切れの答え方をした。副署長の答え方にカルナヴァルもフラジリアも納得がいったようで感嘆混じりのため息をし、「そういうことか」と呟いていた。
そんな彼らのやり取りを身近で眺めていたテュリアは何か分署のちょっとした闇を見てしまったようで居心地の悪い物を感じ取ってしまった。
その居心地悪さを振り払うかのように風魔術で拡張されたアナウンスが繰返し流された。それはもうじき参加受付が締め切られる事を知らせるものであった。
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参加者は運動場の中央に集まり、観客は簡素に造られた仕切りの外で参加する人々を眺めている。会場となった学校の校舎は観客のために解放され、二階建ての校舎の運動会に面した窓側は全て観客の顔で彩られていた。その校庭には運動会を取り仕切る運営陣が集うテントがある以外は朝礼台のある普段と変わらないグランドの姿のままである。
運動会参加者は皆、朝礼台の前に集まっていた。当然、ザール地区の面々、ペタ地区の面々とプラスアルファを含め朝礼台の前に整列していた。この中で一番階級が高いパケル副署長を先頭にフラジリア巡査部長、イストリア巡査部長を肩に乗せたカルナヴァル巡査長と後はカタハ巡査とノットン巡査と続く。
しかし、カタハがノットンが後ろにいると落ち着けないといってノットンとの間に無理矢理エトランゼ巡査を割り込ませていた。ノットンは「僕が何をしたって言うんだ」と不満を挙げていたが誰一人共感する者はいなかった。そうこうしていくうちにテュリアは列の一番後ろとなった。
副署長を除けば此処にいる面々はフロックコートに長ズボンという運動会に参加するには場違いな恰好していたのだが、今は皆シャツの上に黒のジャージという恰好に着替えている。これは副署長が制服で競技参加することに難色を示し、どうせ用意してないだろうからと言って分署の警備課が訓練で使うジャージを人数分持ってきていたからである。
これにもノットンが「どうしてブルマを用意してないんだ!!」と意味の分からない憤慨をみせ、「お前の尻に食い込んだブルマなんてみたくねぇぞ。俺は」と突っ込んだカルナヴァルに「違うんです。先輩。ブルマは女性陣に着てもらうんです。僕だって先輩のケツに食い込んだブルマを見る趣味はありませんって。女性の運動着と言ったらブルマ!! これ以外にありえません。ブルマこそが体操着、機能美と女性の魅力を引き出せるものはないんです!!」と徐々に口調に熱をいれていた。と、反面女性陣の視線は冷たくなる一方であったのは言うまでもない。
勿論、ノットンの意見は副署長の「下らん」の一言で一蹴された。
開会をを告げるアナウンスが辺りを響いたのは参加者の列が整いだして間もなくであった。
―(司 さあ、間もなく始まります。ザール地区恒例、地区主催運動会。今回、司会・進行を務めるのは今大会スポンサーであり、シェルトン・ザールのオーナーであるこの私、エバン・デュリミアです。そして、今大会司会補佐を務めてくれるのは一般の公募から見事選ばれた……
ー(補 イゥプリカ・オーギルです。今日一日によろしくお願いしますね。エバンさん。
―(司 いや~、私もこんな可愛い女性と今大会の司会進行を勤められるとは光栄の極みです。どうです、今晩ディナーなどいかがですかな?
―(補 やだぁ、エバンさん。女性を持ち上げるのがお上手なんですね。ディナーは奥さんに悪いので遠慮しときます
と和やかのアナウンスが流れる半面、ザール地区の面々は軽い驚きに支配されていた。特にカルナヴァルは事態に理解できていないのか呆けて顔を浮かべていた。
「ちょっと、あの娘。あんたの妹よね?」
「ああ」
呆けた声でフラジリアに答えるカルナヴァル。元同僚なだけにフラジリアはイゥプリカの事を知っていたようである。
「どうしてここにいるのよ?」
「どうしてここにいるんだ?」
「はぁ、つまり何も知らないのね」
と真顔で聞き返したカルナヴァルにフラジリアは呆れつつも、事態を呑み込んだようである。
事態を未だ呑み込めて無い兄などおかまいなくアナウンスは続いていく。
―(司 自己紹介も済んだところでプログラムの方を進めます。プログラム一番、開会の言葉。皆さん朝礼台の方を見てください。ダイン東部エリア所属第五分署署長、リキット・バースティンさん……
会場に集まった人達がアナウンスを聞き、一斉に朝礼台の方に注目する。朝礼台の上には一匹のアリクイが立っていた。
細長く突き出た口に胴体に対してやや長い首、短い手足に対して胴体並みの比率を占める長い尻尾、小麦色の毛並みをした小柄の体格をしたアリクイが朝礼台の上にちょこんとたっていた。もしこれが他の国ならこの時点で観客は事態に騒然としていただろう。しかし此処はヴァンピールの国オーエント。黒猫部長のように動物に化けて生活した方が好みだというタルウィもごく少数ながら存在しているということは、この国の住人なら誰もが認識していることなのである。
ゆえに誰もがそのアリクイの口から開会の言葉を告げられるのを待った。
騒がしかった辺りが一瞬、静まりかえる。
―(司 ……のペットのアリクイ・パント君です。
―(補 まあ、かわいい。
―(司 署長のリキット氏は持病の風邪で来られないそうので代理だそうです。アリクイなのに偉いですね!!
ー(補 風邪を持病で通す辺り飼い主さんの人柄がうかがい知れます
この時、会場にいた観客・参加者たちの思いは「あのアリクイ、本物かよ!?」で一致した。
「署長……」と額を覆って呆れる副署長を尻目に「あの子、可愛い顔してるけどあんたの妹ね。言葉の端々でわかるわ」とフラジリアがカルナヴァルに突っかかっていた。
係員がパント君(アリクイ・♂)を朝礼台から連れ下ろしていくのを見届け、結局開会の言葉らしい言葉を聞けないまま運動会は幕を開けた。
―(補 次のプログラムは選手宣誓ですね
―(司 あっ、それ。カットしちゃいましょ。カット。だってやる方も面倒だし、だれも聞いてないでしょ
―(補 それじゃ、選手宣誓はカットで
「おいおい、司会がプログラムを編集してるぞ」
「もうやりたい放題ね」
呆れた声を挙げる巡査部長と巡査長の二人。
ー(司 では次はいよいよ第一種目、ヘシュム系統による持久走です。
ー(補 ヘシュム系統の参加者はその場に残ってください。その他の参加者は各々の観覧席に戻ってください。
「おっし、いきなり俺の出番か」
ヘシュムで無い者は観覧席に戻っていく中、ヘシュムであるカルナヴァルは軽くストレッチをして身体を整えていた。初めはやる気の無かったカルナヴァルだが副署長がいるためふけることは断念して、気持ちを切り替えたようだ。
「ふむ、外で身体を動かすのは久しぶりだの」
「なっ!?」
てっきり他の面子と同じように観覧席に戻ったと思っいたパケルが自分の傍で伸縮運動をして身体を整えているのは見て、カルナヴァルは目を見開いて驚いた。
「副署長、シルバーシートは向こうですよ」
フラジリア達が戻って行った場所を指さし告げるカルナヴァル。それを見たパケルは軽く憤った。
「たわけ。ワシもヘシュムなのだからこの競技に参加するのに決まっておろうが」
「そんな!? 俺に年寄りという泥沼に片足を突っ込んだ男の面倒を見ろっていうんですか!?」
「貴様の辞書には年上を敬うという言葉はないのか!!」
それ以前に上官に対する態度もなっていないのだが、今回は警官職務から離れているのでパケルはそれについては指摘しなかった。
「それよりもヘシュムだったんですね。そうは見えませんでしたよ」
チラリとパケルの頭を見つめるカルナヴァル。
「何やら含みのある言い方だの。まあいい、お前が知らんのも無理はない。ワシが前線に立っておったのはもう随分前の事だからの。ワシの系統を知らんでもおかしくは無い」
「副署長、一つ聞いていいですか」
カルナヴァルはきりっと表情を引き締めてパケルに問いかけた。
「何じゃ、急に」
「やっぱり俺も髪のキューティクルには気を付けた方がいいんですかね?」
「真顔で聞くな!! しかし、一つ答えてやろう。髪はいつの間にか無くなっているものだ。そうトイレの塵紙がいつの間にか無くなっておるようにの」
「なんてこったい!!」
パケルの言葉にカルナヴァルは自分の毛根の将来を心配するのであった。
そんなやり取りがあった直ぐ後、これから始まる競技の説明をつげるアナウンスが流れるのであった。
次回、第17話は年末か年明けを予定しておりますが現状、それが出来るか分かりません。学生の方々はあまりピンとこないでしょうが12月は年末商戦という死亡フラグが既に立っているので……、執筆するどころか寝る時間があるかどうか……。
ともかく出来る限り早く更新するつもりなので暫しの合間待ってくれるとありがたいです。
ご意見・ご感想・誤字脱字などのご指摘もお待ちしておりますので、どんどんしてください。更新予定はいつものごとく活動報告にてお知らせします。