第14話 追憶を携えてくる者(中編・カルナヴァル回想録)
「イゥプリカは俺の妻じゃなくて妹だ」
「妹ですか?」
ノットンが仮眠室に籠り、説得が面倒になったカルナヴァルはとりあえずその場にいたテュリアだけにイゥプリカの素性を明かすことにした。
妹と言われてみると確かに二人とも同じ黒褐色の瞳だ。けれど、容姿から受ける印象はゴロツキと修道女ほど真逆なものであるが。
テュリアは二人を見比べて思った。
仕草から風貌に至るまで似てない兄妹だな~と。
カルナヴァルは突き飛ばされたにも関わらず、また机に脚を乗せ組んでいる。その傍らでイゥプリカも机の余ったスペースに腰掛けているのだが、カルナヴァルと違い品がある。ただ受ける印象が真逆の兄妹の割に二人の仲が親密であることが傍目から見ても窺い知ることができる。
「でも、どうして妻だなんて言ったんですか?」
「だって、その方が楽しめるじゃない。あなた達の反応が。カルちゃんの妻っていうとみんな凄い反応するんだもん。ビックリしたでしょ? あなたも」
ニコニコと微笑みながら疑問に答えるイゥプリカ。
人をからかって楽しむという点に関しては兄妹揃っての特徴なのかもしれない。
テュリアは笑みを絶やさないイゥプリカを眺めながら、オーギル兄妹の血の繋がりのようなものを感じ取っていた。
「ビックリしましたよ。言われてみれば瞳の色なんかが同じですけど、似てませんから。その……いろいろと」
「似てないって言われてるよ。カルちゃん」
「まあ、兄妹って言っても血は半分しか繋がってないしな」
「えっ!? ということは」
「わたしとカルちゃんは異母兄妹なのよ。しかも、『外』生まれ」
「親父がヒト族だったからな」
「『外』生まれって軽々しく言いますけど、結構凄いことなんでは?」
『外』というのはオーエント国外の事を指す。『外』生まれとはオーエント国外で生まれたヴァンピールのことをいうのだ。オーエント国外ということはヴァンピールにとって最大の障害である日射しが存在するということだ。事実、オーエントが建国されるまではヴァンピールの出生率は現在よりもさらに酷かったそうだ。
知識でしか『外』を知らないテュリアにとって二人が口にしたことは驚きと共に好奇心が芽生えた。
「う~ん、そうなの? カルちゃん」
「テュリアは『中』で生まれた人間だから、一際そう思うんだろう。まあ、一概に間違った認識ではないと思うがな」
「確かに外だとファッションは楽しめないからね~」
「どうしてですか?」
「日射し避けのローブが必須だからだよ。夜だけ活動するわけにはいかんからな」
「私たちは混血だったからローブを羽織れば昼間でも活動できるの。純血だとローブを羽織っても外を出歩けないそうだけど」
「活動出来るって言っても頭は痛い。肌はヒリヒリする。全身がダルイであんまり気分のいいもんじゃないけどな」
「うわぁ、聞いてるだけで暮らしにくそうですね。『外』って」
テュリアはオーギル兄妹から聞いた感想が知識で得たものと違いの無いものにゲンナリした。
少々、夢見がちなところがあるテュリアにとって『外』とはある種の未知に溢れた世界を想像してただけに実際の住んでいたカルナヴァルの話は現実を痛感させるのに十分なものであった。
「でも、思い出はいっぱいあるよね」
とイゥプリカはカルナヴァルの方に顔を向けた。
「まあ、何だかんだ言っても五十年ぐらい住んでたからなぁ~。思い出だけはやたらあるな」
「暮らしにくかったけど、外の生活は楽しかったのよ」
「暮らしにくいのに楽しいんですか?」
テュリアにとって「暮らしやすい」と「楽しい」は密接に関わっているように思える。
「ここと違って外には天井が無くて、その代わりに空があってね。そこには毎日違う風景が描かれるの。一日だって同じ景色は眺められないのよ。今考えてみると凄いよね~。私たちが此処でそんな真似した画家が発狂するもんね」
「夜になれば魔物やら魔獣が徘徊してるけどな」
オーエントには魔物や魔獣の類は開拓時に一掃してしまい殆ど存在しない。せいぜい都市亀と呼ばれる巨大な亀の魔獣が存在する程度だ。その都市亀も人を襲う凶悪な類ではない。また、オーエントは洞窟に出来た国という土地的なものもあり、都市の出入り口や国の出入国の出来る所には堅牢な城壁で守られた関所が存在する。人に害を与える魔物や魔獣はそこで殆どせき止められる。そもそもヴァンピールは戦闘能力の高い種族のため、例えとって関所を突破されてもさほど問題はないのである。この国の住民は他国の騎士や兵士よりも戦闘能力が高い。そのため、一般人でも魔物などを討伐出来てしまうのだ。
「もう、悪いことばっかり言わない。大体、子供の頃のカルちゃんは昼も夜も関係なく外で遊んでたじゃない」
「まさか、日射しの中でも?」
「そう、信じられないでしょ」
とイゥプリカはテュリアに相づちを打った。
良識や常識の枠に囚われない先輩だとは思っていたが種族の枠にも囚われていなかったのかとテュリアは自分の上司の逸脱ぶりに感心した。
「部下の前で幼い頃の話をするな、イゥプリカ」
「いいじゃない。今、暇なんでしょ。それにこの娘は続きを聞きたそうにしてるわよ」
先輩の幼い頃の話にも興味があるが『外』の生活にも興味があるテュリアにとって、それを表情に出さないというのは酷である。
カルナヴァルもテュリアの好奇心を捉えたらしくため息を一つ漏らして、
「はあ、いいよ。好きに話せよ」
とイゥプリカの提案を受け入れた。
テュリアにとって唯我独尊を疑わず生きているカルナヴァルが、何のメリットも無いイゥプリカの提案を受け入れたことだけでも驚きを隠せないのだが、イゥプリカはさらに人間が出来てない兄に要求した。
「ねぇ、カルちゃんの口から話してよ」
「何でだよ」
カルナヴァルは面倒くさそうな表情を浮かべた。
「ほら、幼い頃の私は家に引き籠もってたから話すにしても風呂敷が広くないの。その点、カルちゃんなら問題ないでしょ」
「そんなこと言って話すのが面倒くさくなっただけじゃないのか?」
「ひどい、たった一人の妹の提案にそんな邪推をしちゃうの? 私はただカルちゃんの部下を頑張って務めているこの娘にちょっとでも兄の側面を知ってもらって円滑な人間関係を築いて貰おうと思っただけなのに。カルちゃんはそんな妹心を邪推で片付けるんだ。ひどい、ひどいな~、そんな風に妹を見てるなんて」
「わかーったよ。わかりました。話せばいいんでしょ。話せば。俺が幼い頃の話を。その代わり、どんな話でも文句を言うなよ」
「うん」
とカルナヴァルはイゥプリカに言い負かされて渋々とだが自分の幼い頃の話を語り出した。
―――・・・―――・・・―――・・・―――
昔々、大体100年ぐらい昔。ある辺鄙な山にド田舎な村がありました。
そこには溢れる知性、みなぎる活力、才気に充ち満ちた少年がいました。
その少年の名は……。
「俺!! カルナヴァル・オーギル!! 10歳!!」
山びこで何度もエコーされる自分の声に少年は今日も元気な一日が訪れたことを噛み締めました。朝日が村の至る所を照らし始め、太陽なんか砕けてしまえばいいのになと不満を……。
―――・・・―――・・・―――・・・―――
「ダウトオオオォォォ!! ダウトですよ、先輩」
テュリアは力の限り叫んだ。自分の上司があまりにもデマカセを語り出したので反射的に叫んでしまったのだ。
カルナヴァルは「人がせっかく語ってるのに遮るなよ」と不満げな声をあげた。
「何ですか!? あの回想は。いきなり自分の名と年齢を叫ぶって」
「いや~、読者のための親切設計?」
「なんで疑問符が付くんですか。大体これじゃ親切を通り過ぎて只のホラ話ですよ」
「たくっ、人が気を遣って分かりやすく話したってのに」
「明らかに聞き手を馬鹿にした語り方でしたよね」
「テュリアちゃん。落ち着いて。カルちゃんもちゃんと話してよ」
とテュリアだけでなく、イゥプリカも頬を膨れさせながら不満を述べるので、カルナヴァルは仕方なしに「分かりましたよ。ちゃんと話せばいいんだろ」と語り直すことにした。
―――・・・―――・・・―――・・・―――
昔々、《めんどくさいので中略》。
差し込んでくる朝陽に不満をたらたらと漏らす俺。正直、日射しはヴァンピールの俺にとって昼間活動する上での障害でしかなかった。俺はいつものようにフードを深く被り、目に直射日光が浴びないようにした。日光を目に浴びれば失明、とまではいかなくてもチクチクとした痛みが走り瞼を開けていられなくなるからだ。
「あ~、頭はガンガンするし、体はダルいし」
「お前は二日酔いした親父かい。とても十歳児のセリフじゃないぞ」
「ヴァンピールってホント不便な種族だよね~」
と俺の愚痴に突っ込みを入れた少年が幼馴染のザック。それに相槌を打つように感想を述べるのが同じく幼馴染のミリア。ザックはボサボサに伸びた髪を後ろに纏めた木こりの三男坊で、ミリアは猟師の娘でほのかに残るソバカスがトレードマークの少女だ。
俺とザック、ミリアは村の子供の中では歳が近く、よく三人でつるんでいた。この頃の俺は一日二十時間のサイクルで活動しており、昼だろうが夜だろうがお構いなしに遊び回っていた。そんな俺によくつるんだのが三男坊という育児にもなれた親に適当に放置される立場(←勝手な推測)だったザックだった。ザックと俺はよくつるみ、昼は山に出て虫取りやら簡単な狩りで時間を潰し、日が暮れれば村で悪戯をするかミリアの父親に狩りのノウハウを教わるか、自己鍛錬で体を鍛えていた。ミリアとはミリアの親父さんから狩りのノウハウを聞きに行くうちにいつの間にか仲良くなっていた。
「どうしてヴァンピール族って日光が駄目なの?」
「そんなの俺が知りたいぐらいだよ」
ミリアの素朴な疑問に俺は答えにもなってない答え方で応じた。正直、村が最も活気に溢れる時間帯がヴァンピールが最も力の入らない時間帯というのが理解できない。おかげで遊び回るにしても日差し除け用のローブは手放せないし、ローブを着こんでいても日差しがもたらす独特の倦怠感は拭えない。その上、力だってでない。
「魔女さまなら理由を知ってるかもしれないよ。聞かないの? 一緒に住んでいるのに?」
「そんな疑問を抱かなかったから聞いたことねぇな。大体、生まれてこの方これが当たり前だと思ってたし……、それに……」
「それに叱られてばかりだもんな~、俺たち」
ザックが言葉を続けると「カルっ!! ザック!!」と二人の名を呼ぶ女性の怒鳴り声が響いた。声の方向に向くと案の定、というよりほぼ日常の風景となったローブを羽織った女性が腕を組んで待ち構えていた。彼女がミリアの言う魔女さまである。
いつもローブを羽織った姿でいることと長命種ならではの膨大な知識と経験を持っていることから、いつしか村の皆が彼女のことを「魔女さま」と呼ぶようになっていた。勿論、それは悪い意味を込めて言っているのでは無く、親しみと尊敬を込めた意味で評している。
そして、彼女はまだ幼い俺を養っている育て親でもある。
「ところでザックくん」
「なんだい? カルくん」
普段はお互い呼び捨てのくせにわざわざ「くん」付けで呼び合う二人。
「俺たちは何か叱られるようなことをしただろうか?」
「う~ん、トラ次郎を捕まえて鍋で煮ようとしたことぐらいしか思い浮かばないな」
「なんだ、あれか。しかし、あれは未遂。言ってしまえばやってないに等しいわけだから叱られるわけが無いはず」
「そんなわけないでしょーが!!」
ゴツンとザックと俺の頭にゲンコツを落とす魔女。彼女は最近、メキメキと力を付けているはずの俺よりも力強い。ちなみにザックの言ったトラ次郎とはこの村に住む縦縞模様をした猫のことである。次郎と名うっているが二番目に生まれたかは不明だし、性別はメスだ。完全に見た目とノリを先行した名前である。
「いって~、なんでどつくんだよ」
「トラ次郎は長老の飼い猫でしょ。そもそも猫を鍋で煮ようとするのは動物虐待よ!!」
「いや、最終的には俺たちの胃袋に収まる予定だったから、これは虐待でなく食物連鎖だろ!!」
「猫は食べ物じゃない!!」
「えっ!? 非常食じゃないの!? 今がその時と思って調理しようとしたのに!?」
「違うよ、魔女様は調理法が間違ってるって言ってるんだよ、カル」
「なるほど、塩焼きか。好みじゃないな~」
「燻製はどうかな? 保存がきくし」
「さすがザック。ナイスアイデア!!」
と俺が指を鳴らしながらザックを称賛すると再びザックと俺の頭に魔女の鉄拳が落ちた。先ほどよりも威力を強めたのか、脳天に響くような衝撃が走った。
「おなかが減ったなら家に戻りなさい!! ご飯ぐらいすぐ用意するわよ。それにカル!! あなたはイゥプリカのお兄さんになったんでしょ。妹の面倒をみないで、どこをほつき歩いてるの」
「どこって主に山。大体、イゥプリカはおばさんがいたら俺は必要ないじゃん。あいつは俺と違って外に出歩くよりも家で本を読んでるのが好きななんだから」
「カル……、どうして自分が必要ないなんて思うの? 本ばかり読んでる妹を外に連れ出してやろうとは思わないの?」
「それは思うけど……」
イゥプリカはおばさんと俺の親父の子である。対する俺はおばさんと血の繋がりはない。俺の母親は俺を生んだ後、直ぐに姿を消したらしい。姿を消したというのはオブラードに包んだ言い方で、まだ幼い俺に母親が死んだと伝えるのを躊躇ったおばさんが一計を投じた方便なのかもしれない。真実は俺には分からないし、どちらにしろ母はいないという事実が残るのだから問題は変わらない。さて、イゥプリカと俺の親父なのだがどうも民族学者だったらしく、大陸中を駆け回っている時に俺の母親とイゥプリカの母親、つまりおばさんと出会ったらしい。そんなわけで俺の家である魔女の家には大陸中の本という本があり、まだ幼いイゥプリカの興味を惹いたようだ。
少々、話が逸れたが妹であるイゥプリカはおばさんが腹を痛めて生んだ実の娘であり、対する俺は畑違いの息子なのだということだ。
もし、イゥプリカを山に連れ出し怪我をさせて連れ帰ってきたらおばさんは本気で悲しむだろうし、本気で俺を叱りつけるだろう。こっちもそんなおばさんの姿は見たくない。だから、俺は妹が望まない限りは外に連れ出そうとは思わず、本を読んで満足してるならそれでいいやと思っていた。
そして、悲しいかな。そのことをおばさん本人に伝えるには当時の俺には幼すぎた。
言葉がうまく出てこないのと変な意地が相まって話を逸らして誤魔化したのだ。
「それよりおばさん。もう朝陽が照らし始めてるぞ。早く家に戻らなくていいのかよ。おばさんは俺と違って純血なんだから」
「コラっ。話を逸らすんじゃありません。子供が大人の心配をしなくていいの」
とまた長々とした説教のフルコースが続くのかと思ったら、意外なことに「魔女様」と呼ぶ大人の声に中断を余儀なくされた。村の男がおばさんに歩み寄り、耳打ちをした。
おばさんは声の主に向き直り、ひそひそと何やら話し込んだ。
(今、村に行商人の方々が訪ねているのですが……)
(そう、確か広場の方よね。私も用があるから助かるわ)
(それが……、ともかく広場へ。長老も来ていらっしゃいます。魔女様の意見が聞きたいと)
(何かあったの?)
(ともかく広場に来てください。わたしではどうにも要領が得んのです)
と男に引っ張られるかのように広場の方に先導され、おばさんは残された俺たちに「ここでじっとしてなさい」と告げて広場の方に向かってしまった。
☆☆☆☆☆ ☆☆☆☆☆ ☆☆☆☆☆
ここ、エラト村は山奥に存在する山村である。年に数回、行商目的の商人が訪ねてくる以外は外との交流がほとんどない辺鄙な村だ。ただこの手の村にある過剰な身内意識は無く、外からやってくる者を拒まず受け入れられるおおらかさがある。そのため元がよそ者である魔女とその子供たちも何の弊害もなく暮らせていけているのだ。
魔女が広場に着くと長老と幾人かの村人、それと行商人がなにやら話し込んでいた。
「皆さん、集まってどうなされたのですか?」
「ああ、魔女様。この山に竜が出たんじゃないかと行商人が言っとるんです」
すると、馬車の荷台に腰を掛けていた行商人が魔女と向き合い、もう何度目かになる説明を始めた。
山の麓、村へとつながる小道から外れたところの木々が何か大きな動物によってなぎ倒され、幾つかの木々には大きな爪痕と焼き焦げて炭となった木々が転がっていたそうだ。ただ行商人は竜の姿を直接見たわけではないという。
話を聞き終えた魔女は指を顎に当てたまま考え込む姿勢のままで意見を述べた。
「今は竜族の大移動の時期じゃないから龍災が起こるとも思えないし……、何にしてもまずは現場を見ないことにはなんとも」
「しかし、この山には火を扱え、木々をなぎ倒せるほどの力を持った魔物も魔獣もいないはずなのじゃが……」
「世の中に絶対はありませんよ。ただそれが竜の仕業と考えるのも早計です。今から私が現場に行って調べてきますよ」
「しかし、魔女さまは昼間行動するのがきついのでは? 確かヴァンピールは……」
「問題ありません。それにこの村には私たち家族を受け入れて貰った恩もありますし……、私は特別ですから」
「そうかい、魔女様がいいと言うのなら任せようかね。とりあえず、この話はここまで。あとは現場を見た後ということにしようかね。それまではむやみにこの話を触れまわるんじゃないよ。この村には好奇心の塊と言っていい程の悪ガキどもがいるんだからね」
集まった村人たちはこの話を子供たちに聞かれないように内密に進めることで一致した。
ただおそらく村で最もこの話を聞かせたくなかった人物の耳にはしっかりと入っていたことには、この場で集まった誰もが気付かなかった。
☆☆☆☆☆ ☆☆☆☆☆ ☆☆☆☆☆
「ところがドッコイ。村の悪ガキの耳に入ってたりするんだな~」
魔女の言葉など無視して俺は民家の陰から広場の様子を窺っていた。昼間のため夜のように感覚は冴えないのだが、それでも聴力はヒトより優れたヘシュムである。広場で話された内容はしっかりと耳に捉える事が出来た。
「で、なんの話をしてたんだ?」
と興味津津に訪ねてくる悪ガキ2号、ことザック。その後ろにはミリアが声にこそ出さないが聞きたそうな表情を向けている。
「麓の方で竜がでたらしいぞ」
「よし、なら早く見に行こうぜ。俺、一度も竜の姿を見たことないんだ」
「わたしも見てみたい。最強の種族なんでしょ。竜族って」
「ああ、でもいま麓に下りたら駄目だ」
「どうして?」
「今からおばさんが竜がいないか辺りを調べるらしい。もし鉢合わせしたら怒られちまう」
「じゃあ、諦めるの?」
と残念そうに訪ねてくるミリアに、俺とザックは顔を見合わせて笑った。
「まさか、時間をずらせばいいだけの話だろ。日が暮れてから竜探しに行けばいいのさ」
「そうそう、ミリアも来るんでしょ」
「でも、危なくない? 夜の山は」
「竜の現場はそう道から外れた場所じゃないみたいだし、灯りは持って行くから大丈夫。なあ、ザック」
「ああ、大丈夫だって。この辺には凶暴な魔物も魔獣もいないんだから」
「でももし竜がいたら」
「その時は逃げればいいのさ。何も戦う必要はないんだから。なっ、これなら安心だろ」
「うん」と頷くミリアを確認した俺とザックは日が暮れたら大人たちの目を盗んで村の外れの丘で落ち合うことにした。
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「なあ、あれはなんだ?」
「俺の妹」
と胸を張って答える俺。対するザックは呆れ半分、不満が半分の表情だった。ザックが指差している先には朝決めた待ち合わせの村外れの丘にちゃんと待っていたミリアと俺と4歳年下の妹イゥプリカがいた。ミリアはプチ魔女の恰好をしているイゥプリカに感銘を受けたのか、ただ単に可愛いものに対する化学反応か、「可愛い、可愛い」と言いながらイゥプリカに過剰なまでにじゃれついていた。対するイゥプリカは普段外に出ないせいで他人と慣れてないためか、どう対処したらいいのか分からずミリアにされるがままになっていた。
「俺が言いたいことを分かるよな、カル」
「勿論さ、ザック。『可愛い』の一言だろ。我が妹ながらイゥプリカは……」
「違う!! なんでお前の妹に対する感想になるんだよ。俺が言いたいのはどうしてお前の妹が此処にいるんだって言ってるんだ」
「口で語るには長い事情があってな」
「どんな?」
「ママにチクるって脅されたんだ」
「短いよ、事情が!? というよりお前の妹まだ六歳かそこらだろ。なんで脅されるんだよ」
「幼いながらも高度な誘導尋問をされてな」
「イゥプリカちゃん。どうしてここに集まることを知ったの?」
ザックは俺の言うことなどに耳を貸さず、イゥプリカに訪ねた。
「お兄ちゃんに「どこ行くの?」って尋ねたら「ちょっと、竜探しに」って」
「カルナヴァルウウウゥゥゥ!!」
「いや、家族に対するホウレンソウ(報告・連絡・相談)って大切だろ?」
「いまさら良い子ちゃんぶるなよ、お前」
「まあ、連れてきちゃったもんはしょうがないだろ。それより早く出発しようぜ」
と俺は半ば無理やり出発を促し、ザックは不承不承といった感じでそれに従った。
すると、今度は先ほどまでイゥプリカにじゃれついていたミリアが声をあげた。
「ねえ、灯りはどうするの? まさか、このまま山を下るわけないよね」
ここに集まるまでは誰も灯りなど持っていない。流石に灯りを持ちながら親や村の大人たちを出し抜くのは無理だからだ。
「それなら大丈夫だ、カル」
俺はザックに頷きながら、家からくすねてきた松明を取り出した。当然、まだ火は灯していない。
「火種は? 火打ち石も持ってきたの?」
「まあ、見てろよ。『我、熱と明りを司る炎に誓願する。闇を打ち払う炎を顕現せよ』」
と詠唱を唱え、最後に「ファイアーボール」と呟くと指先に小さな火球が現れ、松明の先端を指差すと火球は一人でに動き出し、松明に灯火を付けた。
「凄い、カルは魔術が使えるんだ」
と感心した声を零すミリア。
「使えるって言ってもまだ詠唱がないと無理だけどな。それにヴァンピールだったら魔術が扱えて当たり前らしいし」
「それでも私たち、ヒト族にとっては凄いよ。ね、ザック?」
「まったくだ。俺にもその才能を少し分けて貰いたいぐらいだぜ」
ザックの愚痴とも妬みとも受け取れる言葉を耳にしながら一行は竜を探しに山を下るのであった。
☆☆☆☆☆ ☆☆☆☆☆ ☆☆☆☆☆
山は昼と夜とではその姿は大きく違う。昼の山は生い茂る木々が多くの生命の営みを感じさせる。しかし夜の山は違う。暗闇に満たされた山は不気味で見る者に根幹的な『死』を彷彿させる。ゆえに人は夜の山に入らないし出歩かない。それは魔物や獣が活発に活動してるという理由だけはないはずである。
「あ~、頭がガンガンする」
松明で村へと続く小道を照らしながら麓へと下る俺たち一向。ぶっちゃけ夜の山道は昼間を知ってる小道でも不気味な雰囲気を漂わせていた。ただその不気味さが俺たち子供には恐怖や畏怖を感じさせるものではなく、未知の刺激を与えていてさらにそれに竜を見るという目的が相まって一向の雰囲気は肝試ししながらピクニックをしてるような感じであった。
ただ、俺だけが朝から続く頭痛に悩まされ、楽しさが半減していたのだが。
「お昼に日差しを浴びすぎたんじゃないのか?」
とザックが声を掛けてくる。ザックは松明を持ってしんがり、俺がもう一つの松明を持って先頭に立っていた。ミリアはまだ幼いイゥプリカの手を引きながら列の真ん中にいる。
「う~ん、それなら肌もヒリヒリするんだがな~。何故か、頭だけが痛いんだ」
「わかった。頭が悪いんだ!!」
「それはただの悪口だ、ミリア」
ミリアの天然ボケをさらりとあしらい、さくさく進む俺。まだ目的地の半分の道程も行っていないのだが……。
メキメキと枝を押し倒しながら何か大きな質量をもった者が移動する音が辺りに響く。それは風が木々の枝を押しのける音とはまったく違い、質量を感じさせるものであった。
「こう、あっさり遭遇するとありがたさが半減するな」
とぼやく俺にザックは「いいから、早く灯りを消せって。竜に見つかるだろ」とせかしていた。俺とザックは手慣れた様子で辺りの土で松明を消し、音の主に気付かれぬように茂みに隠れることにした。
星と月の明かりが手近な距離なら様子を窺える程に辺りを照らし付け、茂みにできる影が俺たち子供の姿を隠す物影となっていた。
細々とした枝が身体に引っ掛かり折れていくが、そんなことなど気にする必要のない鱗に覆われた体。トカゲを彷彿させるフォルムなのに存在が別次元のモノであることが一目でわかってしまう程の威圧感。ドラゴンともいわれる大陸最強の種族。たった一匹で国を滅ぼしたというおとぎ話もあれば竜の加護を受けただけで国が栄華を極めたというおとぎ話もある神話級の種族。竜族。
それが今、目の前を悠然と歩いている存在の名称である。
ザックとミリアは声を殺して眺めている。それは目の前を通る竜の重圧に押し黙って
しまったという状態に近いだろう。イゥプリカは元から寡黙なので分からないが。それでも目を大きく開けて竜を凝視しているのだから、やはり圧倒されているのだろう。
対する俺は竜から受ける威圧感が頭痛をさらに悪化させ、頭の中がぐちょぐちょになりそうなぐらいガンガンしていた。この状況なのに気を抜くと意識が飛びそうだ。
「大丈夫?」
と傍にいたミリアが潜めた声で心配してきた。俺は大丈夫という意味合いで頷いてミリアを安心させた。ミリアはそのまま視線を竜に戻したが俺はミリアの首筋から視線を外せずにいた。
血が欲しい。喉を潤す甘美な血液が、ヒトの血が。どうしても飲みたくて仕方がない。どんな味がするのだろうか。そんなことすら知りもしないのに何故か、ヒトの血が飲みたい。飲みたい。飲みたい。飲みたい。飲みたい…………。
そこで意識が途絶えた。
―――・・・―――・・・―――・・・―――
「……あ~、そういや。あの時初めて吸血衝動に襲われたんだわ」
と軽い口調で衝撃的なことを告げるカルナヴァル。話を聞いていたテュリアも呆れるぐらいに。
「軽くないですか!? もっとこう葛藤みたいものがあっても……」
「あれって結構唐突にくるからそんなもんはなかったな~」
「それからが大変だったんだよ。意識がないカルちゃんがミリアを襲ったから。そのうえ竜にもきづかれちゃって……」
イゥプリカがカルナヴァルの話を補填する。当事者が知らないうちに事態は急展開していたようだが、当の本人は妹からその顛末を聞いていると始末だ。
「カルちゃん。やっぱり覚えてないの?」
「あ~、いや。その後のことなら覚えてるぞ。結局、竜族とやりやったんだ、確か」
また、恐ろしいことを事もなげに口にするカルナヴァル。
テュリアは先輩警官のハチャメチャぶりに絶句するのであった。
―――・・・―――・・・―――・・・―――
グオオオオオオオオオォォォォォォン!!
竜の咆哮が辺りを包む。竜の双眸がしっかりと俺たち一向を捉えていた。
膝を下して茫然とそれを眺める俺はとりあえずこう呟いた。
「状況説明プリーズ!! なんで竜がこっちに気付いてるの!?」
「お前というやつは……」
とザックは気を失って倒れているミリアを抱えながら、こちらに向き合った。ミリアの首筋からは血筋が滴っていた。ザックの眼差しから非難の色が見える。
「吸血衝動」
と傍にいたイゥプリカがぼそりと呟き、その一言で大体の事情を呑み込むことができた。
「ごめん。後で死ぬほど謝るから」
「俺じゃなくてミリアにな。あと、後ってのがあったらな」
ザックはこの状況に絶望している。すっかり血の気が失せた表情をしている。
対する俺は……。
「我、熱と明りを司る炎に誓願する。闇を打ち払う炎を顕現せよ。ファイアーボール!!」
ミリアの血を啜ったおかげで頭痛が消え、夜のおかげで身体の感覚が冴えていた。手の平に収束された炎の塊は竜の顔面目掛けて発射された。
流石に竜を倒すことはできないだろうが……、囮になってザックたちが逃げる時間を作るぐらいはできるはずだ。
「ザック!! ミリアとイゥプリカを頼む。村に戻っておばさんを連れてきてくれ!!」
村の人間では竜に対抗できない。唯一人を除いては。自分の育て親であり、イゥプリカの母親である人物はその枠組みの外にいる存在だ。おそらく竜に対抗できる。
「お前はどうするんだ!?」
「囮なってひきつけるよ。一応、自分の蒔いた種は自分で刈り取る主義なんでな」
「別に俺は吸血衝動に駆られたことに怒ってない。だから……」
「そんなんじゃないよ。適材適所、今動ける人間で全員生き残る可能性を模索したらこうなっただけだ。だから……、お前はおばさんを早く連れてきてくれ」
「わかった。死んだら承知しないからな、カル!!」
「ばーか、こう見えても俺は喧嘩なら無敗の男よ。なーに、竜ぐらい軽くいなしてやるって」
と俺は自分に言い聞かせるために半分、ザックを安心させるために半分の軽口をたたいた。ザックは気を失ったミリアを背負いイゥプリカの手を引いて、歩いてきた道のりを走り去っていく。その姿を尻目に、俺は再び竜と向かい合った。
勝ち目はない。竜と相対する俺には竜に有効な攻撃手段がない。狩り用のスローインナイフは持っているが鱗にはじかれるであろう。こぶしというのも論外。残りは魔術だが下級魔術しか扱えない上に詠唱が必要なうえ、さっき試しに撃ってみたが効果なし。
唯一、幸いなのは俺が魔術を試し撃ちしたおかげで竜の関心がこの場を離れるザックたちではなく、こっちに向けられていることだ。ただ、これを幸いといっていいのか微妙な線だが。
とりあえず、駄目もとで魔術を使おうともう一度詠唱を唱える。
「我、熱と明りを司る炎に誓願す……、っておわっ!?」
流石に竜も大人しくしているはずも無く、唸り声を挙げながら尻尾を鞭のようにしならせ、俺目掛けて振るった。反射的にしゃがむと頭上に尻尾が走り去っていた。強烈な天然鞭は何本もの木々を根元からブッ飛ばし、一瞬にしてその場を荒れ地にしてしまった。
「おいおい、これは反則すぎるだろ!?」
冷や汗をダラダラ流しながら距離をとることにした。此処は山だ。子供である俺の身を隠す木々はそこら中に茂っている。なら、見失うかどうかのギリギリのラインで木々に身を隠しは逃げの繰返しをして魔女が来るのを待つべきであろう。距離があれば直接、尻尾で吹っ飛ばされることは無いはずだ。
早速、茂みという茂みに飛び込み竜をかく乱することにした。目論見通り、竜は直ぐに俺の姿を見失い、辺りをキョロキョロしだしている。だが次の瞬間、自分の読みが浅かったことを痛感する。
竜は俺をあぶり出す為に灼熱の息吹は吐いて俺をいぶり出すことにしたようだ。いや、訂正しよう。いぶり出すつもりすらない。竜はこの周辺を焼き払うつもりなのだ。尻尾よりはるかに長い射程距離の息吹に当てられた木々は問答無用で炭になり、崩れ落ちていく。自分の思惑では木の陰にさえ隠れてさえいれば灼熱の息吹をしのげると思っていたが、どうやら無理のようだ。
万策尽きた。幸い竜はこちらに気づいてはいない。一旦、この場を離れて、遠回りしてでも村に戻ろうと思い立ったその時、俺は自分の目を疑った。
「どうして? どうしてイゥプリカがここにいるんだ?」
ザックは何をしてるんだ? と色々思考が堂々めぐりする。目の前に飛び込んだ光景がまだ信じられない。竜が妹の存在に気付いたようだ。竜の双眸が幼いイゥプリカを捉えた。
「くそっ、こうなりゃヤケクソだ」
俺は茂みから飛び出し、竜の気を引くために声を張り上げながら竜に突進した。流石にただ直線的にぶつかっても効果などないと初めから分かっているので、竜の傍に佇むへし折られた木を踏み台に跳躍、自分の背の倍はある高さにある竜の頭との間合いを詰めた。
「喰らいやがれ!!」
身体の軸が利いた渾身の飛び回し蹴りはしっかりと竜の顔を捉え、まるで岩を思いっきり蹴飛ばしたような感覚が利き足を襲う。
蹴りを出し終えた俺は滞空中に姿勢を整え、竜の足元に着地。と同時に地面を蹴る。今度はイゥプリカに向かって駆け出した。
「お兄ちゃん!!」と叫ぶ妹を抱えてこの場から逃げ出すための行動だったのだが。
妹の傍にたどり着く前に俺は真横から来る衝撃にたやすく吹き飛ばされ、生い茂る木々に叩きつけられた。
尻尾に吹き飛ばされたのだ。途轍もない衝撃が全身を圧迫した。その後から全身に走る激痛が残っていた意識を喰らう。
遠のいていく意識の中、何度も自分のことを呼び続ける妹の声がした。
その声を聞いた俺は「おばさん、ごめんなさい」とだけ思ったことを覚えている。
―――・・・―――・・・―――・・・―――
「あれ? 今考えてみれば、なんで俺生きてるんだ?」
「先輩、それはこっちが聞きたいですよ」
とあきれ果てるテュリア。カルナヴァルの語った話は途中までは聞きいっていしまうほどに面白いものであった。が、どうもカルナヴァル自身も要所要所で覚えておらず、聞き手であるイゥプリカに顛末を教えてもらっている始末だ。
「その後、直ぐにお母さんが駆けつけてきて竜を追い払ったんだよ」
とイゥプリカは兄に事の顛末を告げ、腰を掛けていた机から身を離した。
「先輩、語るなら最後までちゃんと話せるものにしてくださいよ。肩すかしを食らった気分ですよ」
「こっちもそんな気分だ。子供の頃の記憶って案外覚えてないもんだなぁ~」
カルナヴァルは頭を掻きながら立ちあがった。テュリアに「イゥプリカを見送るがてら、巡回してくるわ」と告げ、兄妹二人で交番を後にした。
テュリアは兄妹水入らずの時間を邪魔したら悪いと思い、自分は交番に残る旨を伝え留守番を買って出た。
交番に残ったテュリアは一瞬、何か忘れている気がした。が、そのまま書類整理に移ってしまい、結局思い出すことは無かった。
テュリアとカルナヴァルが仮眠室に立てこもったノットンの存在に気付いたのは深夜に近づいた頃であった。
とりあえず、今月も無事掲載できたことに拍手拍手。
ここまで読んでくださった読者の皆さまならお分かりになると思いますが、今回の話、要所要所がぼやけて描いています。また、説明がされてないところが何点かあったりします。例えば魔女さまが竜を見つけれなかった点とか。
それらは次回、後編にて描こうと思っています。それまでの間、ご辛抱ください。
誤字・脱字・ご質問がありましたら、どんどんしてください。お待ちしております。
以上、最近父の偉大さを知った作者からでした。