幕間 忘れられた者どものその後
「どうだい、一緒にティーでも楽しまないかい?」
「簡易牢の中から口説かれるのは初めてだわ、しかも同僚に」
ここはピタ地区の交番所。基本的造りはザール地区の交番所と変わりはない。ザール地区交番所にも簡易牢はある。牢といってもノーン相手だと魔術で簡単に打ち破られる程度の代物だし、ザール地区の簡易牢はカルナヴァルの酔った勢いの拳で既に牢としての機能を失い、物置となっている。
「ところで、どうして僕は此処に閉じ込められているだろうか?」
簡易牢に閉じ込められている男の名はノットン・モンラム。ザール地区勤務の巡査官である。それに相対してのがカタハ・アポフィロス、金髪碧眼のドゥルグ、ピタ地区の交番所に勤める巡査官である。
「婦女暴行未遂の現行犯よ。あんた、わたしに何したか覚えてないの?」
「君を口説いたことなら覚えているのだが……」
「身の危険を感じる口説き方だったわ……」
「純血のボインちゃんがいたらとりあえず口説けが僕の家の家訓でね」
「それは家訓じゃなくて、あなたのポリシーでしょ」
「ふむ、言われてみれば確かに。しかし、僕とカタハちゃんの関係を考えれば些細な問題だよ」
「180度違う意味でなら全くの同意だわ」
「それは交際がOKという」
「なわけないでしょ。部長が帰ってきたら取調べて貰うから覚悟なさいよ。……それにしてもエトランゼの奴、あれから帰ってこないわね。何処に行ったのかしら?」
――・・・――・・・――・・・――
カタハがノットンと簡易牢に拘置してる頃、ザール交番所では……。
「エトランゼ・パプステマ、年齢18歳、混血のタルウィにゃ」
黒猫部長ことイストリアが机に腰を落ち着かせて取調べをしていた。取調べを受けているのは童顔で実年齢よりも3歳は幼く見える青年巡査エトランゼである。彼はフラジリアの部下、つまりペタ地区の巡査官なのだ。
「おや、テュリア巡査と同じ新米さんかにゃ?」
「はい……」
「ん~、仮に警察官なのだから女性の頬を許可なく舐めるが法に触れることも知っていたでしょにゃ」
「あれはですね。自分は犬に化けている最中は意識はあれど、完全にコントロールできるわけではなくてですね。その動物の感情に引っ張られるというかなんというか……」
「つまり君は本能に赴くままにテュリア巡査の頬をペロペロしたというのかにゃ!?」
「えっ、それは違います!! その違うというか、その性的な意味でなく好意を示す的な意味で……」
と声のトーンが落ちていくのと同じにうつむいてしまうエトランゼ巡査。
「つまり、君はテュリア巡査に好意を抱いて頬をペロペロしたのかにゃ!?」
「そういう意味でなくて」
「じゃあ、どうしてペロペロしたのにゃ?」
「本人(被害者)の前でペロペロ、ペロペロと連呼しないでください!! 嫌がらせですか!!」
ダンッと机を叩き、デスクワークを中断した顔を羞恥で赤く染めたテュリアがイストリアに喰らいついた。テュリアは迷い犬の正体を知った時のショックをまだ引きずっている。
まさか、あの人懐っこい小犬の正体が男性でしかも自分と同じ巡査官だったとは。その犬に何度も頬を舐められたり、胸に抱いたりしていた自分が恥ずかしい。それに追い討ちをかけるようにその正体が男性だったのが二割増しでテュリアの頬を赤くさせた。
うわ~、わたしあの子に頬を舐められたんだ~。大人しそうな顔して意外と大胆。ってそうじゃなくて、わたしの方が年上なんだし。あれ、でも部長が18歳ってわたしと同い年なわけで……。
と今だにテュリアもエトランゼを直視できないため、イストリアが代わりに取り調べているのであった。
因みにノットンもエトランゼも後日、カルナヴァルとフラジリアがたっぷりとこしらえた始末書の山を処理することで手打ちになり、無事釈放された。