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第11話 同業他『所』には気をつけろ(後編)

 罪悪感という言葉がある。辞書によると自分が罪悪を犯したと思う気持ちとある。テュリアは今まさにその罪悪感と言うものをひしひしと感じている。

 交番で上司であるカルナヴァルから協力してるようにみせて出し抜けという仁義もへったくれも無い命令を受けたからだ。それがテュリアだけなら無視してしまえば済む話なのだが、出し抜く気まんまんのテュリアと同じ同行者であるノットンの存在でそれもできなくなった。もはや、あとは天命を待つというか、フラジリア自身のスペックに期待するほか無い。

 フラジリアは逃亡した男が身を隠すとしたら安い宿泊施設などではないかと見当をつけ、ザール地区の宿泊施設などが集まっている西側に向かっている。因みに観光客が利用できる外国人専用宿泊施設はその逆の位置の東側にある。

 ザール地区に隣接する地区は二つある、最近テーマパークの登場によって活気が溢れるペタス地区はザールの北西から南東まで、後の残りがピタ地区といった具合だ。

 ピタ地区の人間は短期労働を目的とした人が多く、労働の癒しとしてザールの西側の歓楽街に渡ってくることが多い。ザールの西側は観光客相手の商売というよりは地元に住む人間を的にした施設が多いため、シェルトンザール付近の賑わいとはまた違った賑わいがあるのだ。


「フラジリア部長のピタ地区も此処みたいに賑わっているんですか?」


 ただ移動するだけというのもなんなのでテュリアはフラジリアに話しかけた。そもそもテュリアは深淵都市「ハオマ」の出身である。深更都市「ダイン」のことは自分が配属されたザール地区のほかには第5分署の付近しか知らないのだ。ゆえに隣のピタ地区からやってきたフラジリアに興味が湧くのだ。


「そうね……。とりあえずここより柄の悪い連中が多いわよ」

「そうなんですか?」

「ええ、ザール地区の住民と違って長期滞在する気の無い人が多いから、周りの迷惑を気にしない人が多いのよ。長く住む気なら近所との関係を気にするからそんなことも無いのだけど……」

「隣なのにそれほど違うものなんですか?」

「違うわよ。ここと違って長屋が多いし」

「ダインは地区ごとに特色の出る都市だからね。地区が変わるだけでガラリと雰囲気も変わるんだよ」


テュリアの住んでいたハオマは何処の地区に行っても土地の無駄遣い、もとい同じ大きさの建築物が並び、建物が荘厳なわりには人々の活気などには無縁の土地柄であった。テュリア自身、自分の故郷であるはずのハオマには冷たい、無機質的な印象を感じてしまう。勿論、それが自分と両親との関係のせいなのかもしれないが。


「ところで……」


 フラジリアが訝しげな声を挙げた。


「この角、さっきも曲がらなかった?」


 テュリアの心臓がギクッと悲鳴を挙げた。フラジリアが感じた疑問はデジャブでもなければ思い違いでもなく、似たような角を曲がったわけでもない。彼女の指摘どおり、ついさっき通った角なのだ。しかも四回も。

 ノットンがカルナヴァルの指示に忠実にこなし、ドゥルグが得意とする幻術で正しい道を歩んでいるように見せて、実は交番から少し離れたところをグルグルと周っていたのである。とはいえ、四回も周ればどんなに秀逸な幻術でも気付かれてしまう。あくまで時間稼ぎの手段なのだ。


「気のせいでは? フラジリア巡査部長」

「なら、さっき曲がった角に私がつけた印が四つ付いていたのはどうしてなの?」


 フラジリアが指差す先を見てみると注目しないと分からないような傷がその角にあった。おそらく、テュリア達に気付かれないように密かに記していたのだろう。

 フラジリアは初めからテュリア達のことなど信じてはいなかったのだ。さすが元とはいえザール地区で勤めたことのある人物である。

 フラジリアのスペックの高さにテュリアはオドオドと視線を上官と同僚の間をいったりきたりした。フラジリアの眼には明らかに批難の眼差しが含まれており、対するノットンの眼には悪びれた感じはなく平然としたものだ。


「部長に聞いたとおり性根の腐った連中ね。同じ警察官どうしが足を引っ張りあってどうするの」

「あう。それはですね……。カルナヴァル先輩の指示で……」

「関係ないわ。いくら部下とはいっても不条理な命令には拒否できるはずよ」

「ふむ。確かに……。でも今回に限ってはそれは問題にするべきではないと思うよ」

「えっ!? ノットンさん。それはどういう意味ですか?」


 ノットンは何かに気付いたように前に出て、フラジリアと相対した。


「さっき君は『部長に聞いたとおり』と口走ったね。おかしいじゃないか。部長は君だろ。仮に以前の部長であるイストリア部長のことを指すにしたって内容に整合性がとれない」

「つまるところ何が言いたいのかしら?」

「君はフラジリア巡査部長ではないということさ。そうだね、それを否定したいなら方法は本物なら分かるんじゃないかな? 確かフラジリア巡査部長はノーンのはず。ならばこの場に四大精霊を呼び寄せてみたらどうだい?」

「あら、そんなことでいいの。ほらっ」


 とフラジリアは小さな火の玉、水滴、つむじ風、小石を浮かしたり起こしたりした。

 それを見たテュリアは小さな驚きを感じた。フラジリアが起こした魔術はどれも精霊たちが起こしたものでなかったからだ。いくら小さな簡易魔術といえど、精霊魔術である以上精霊たちの声が聞こえる。声といっても音声言語のように意味のあるものではない。精霊との親和性に優れたノーンだけが分かる精霊との感情のやりとりのようなものだ。それは魔術を行使すれば半ば必然といっていいほど付きまとってくるはずのものだ。それが無いということは……。


「どうやらテュリア巡査にはわかったようだね」


 ノットンがテュリアの表情を見ただけである程度うかがい知ることが出来たようだ。それはフラジリアも同じようで……。彼女がテュリアたちに見せた魔術は精霊魔術ではないのだ。それは必然的に四大妖精を呼び出せなかったことを示している。彼女が見せたのは幻。つまりは幻術である。


「まさか、その子。ノーン?」


 ほとんど確信しているのであろうが確かめずにはいられないのであろう。テュリアはコクリと肯定するとフラジリアを騙っていた彼女は「そう……」と気落ちした呟きを吐いた。


「そろそろ、正体を明かしたらどうだい? もうその姿である必要はないだろう」

「ホント、噂どおり性格はともかく質だけは優秀な連中ね。参っちゃうわ」


 そういうと彼女の肌が、髪が、見る見るうちに変化していく。濃い褐色の肌は陶磁器のように白く艶やかなものへ、紅く燃えるような髪は金色に輝く月のような髪へと。透き通るような蒼き眼はその者が純血であることを示している。金髪碧眼という純血の特徴を備えた女性警官がテュリアたちの前に現れた。この姿こそが彼女の本当の姿であろう。気のせいか、フラジリアの姿の時よりも身体のラインがハッキリしてるように見える。(特に胸が)


「どうして、こんなことを?」

「理由は貴方たちと似たようなものよ」

「どういう意味です?」

「わたしは言わば囮であって、疑似餌ってわけ」


ドーンッ!!


 テュリアたちが目指していた方角、ザールの西側の方から何やら途轍もない爆砕音が響き渡った。この場に居た三人の表情が固まる。お互い先程の爆砕音に自分達の上司が関わっていないとは思えないのである。


「なんてことだ」

「そうですね。まさか先輩達が関わってるなんてことは無いですよね」

「変身を解いた彼女が僕の好みのドストライクだ」

「何言ってんですか!? ノットンさん!!」

「是非!! 是非に!! お名前と住所とスリーサイズを!! 出来れば結婚を前提としたお付き合いを!!」

「なっなっなっ何言ってんの!? あなたは」


 フラジリアに化けていた彼女は身を守るように自身を抱き、ノットンから後ずさる。対するノットンは鼠を追い詰める猫のように今にも飛び掛らん姿勢だ。同僚であるテュリアから見ても目が血走っていて正直関わりたくない。

 先輩たちが関わっていそうで真実を知りたくない爆砕音に今にも女性に飛び掛らんとしている同僚を目の前にしたテュリアは、


「もうどうしたらいいのよーっ!!」


 キレて叫んだのであった。



         ☆☆☆☆☆     ☆☆☆☆☆      ☆☆☆☆☆



 ザール地区西側にある宿屋『牧場の営み』。手頃な料金で宿泊できることから都市間を移動する商人などから支持される宿屋である。宿屋の亭主は人生の転機として公務員から宿屋の亭主になったという経歴を持つ。宿屋を始めたばかりの頃は思うように客が集まらず、何度も閉めてしまおうと思ったが折角手に入れた自分の城を手放すことが出来ず、苦労と苦心に工夫を重ね、どうにか三十年宿屋を続けることが出来た。今ではダインに商売にやってくる商人に手軽に利用してもらえる宿屋としての地位を手に入れ、繁盛という言葉は当てはまらないもののゆとりがある生活を営んでいる。

 その日、亭主はいつものように朝が告げる鐘が鳴る前に起き、隣近所の人と世間話を交わし、「今日も変わらず静かな夜に明けましたな」などと交わしていた。ダインに限らず常夜の国『オーエント』のほとんどの都市は地下にあり、空の景色が色付くということは無い。常に暗闇、ゆえに常夜といわれるのだ。

 亭主は普段通りに朝を過ごし、昼を告げる鐘が鳴ってからしばらくした頃に一人の来客がやってきた。来客などと言い表したが宿屋を利用する客ではない。彼は警察官であることを示す黒いコートを羽織り、指名手配書に描かれた似顔の男が泊まってないかと尋ねた。亭主はザール地区の巡査官が飛びぬけて優秀なことと、下手なギャングよりも性質が悪いことを知っていたので素直に宿泊していることを告げた。警官が手配書に描かれた男の元に向かっていく姿を眺めながら亭主は思った。何も起こらないでくれと。

 結論から言えば亭主の思いはものの見事に裏切られた。



        ☆☆☆☆☆      ☆☆☆☆☆     ☆☆☆☆☆


 

 黒猫部長ことイストリアのおかげで目的の人物の足取りはあっさり見つかった。ザール地区のことなら部長の情報網は迅速にして確実なのだ。伊達に『千里眼の魔女』と言われた人物では無い。

 カルナヴァルは結婚詐欺師の男がいるであろう部屋の前に立った。その手には拳銃が握られている。


「ドアってのは蹴破るためにある」


 などと口ずさみながら、ドンっと備え付けられた施錠など問答無用で破壊して部屋に突入した。部屋の主は突然の侵入者にキョトンとするばかりでろくな抵抗も出来ずにカルナヴァルの前に拘束された。


「なんなんだよ、お前は」

「見りゃわかるだろ。警察だよ。ケイサツ。この手配書に描かれた男はお前だろ」

「うっ、確かにその絵はそうだけどよ~。幾らなんでも早すぎねぇか」

「それだけ優秀なんだよ。警察は。まあ、あと運がなかったな。フラジリアを引っ掛けたらら流石にマズイ」

「フラジリア? 誰だソイツは? 俺が騙した相手はそんな名前じゃねぇよ」

「ああ? 赤毛で浅黒い肌の女だぞ。ノーンで性格に難ありの」

「そんな女引っ掛けた覚えはねぇよ。大体結婚詐欺っていってもたった一回だぞ」

「ともかく言い訳は交番で拷問……じゃなくて取調べで言いな」

「あら、ならウチの交番でやったら? 元々ウチの手柄だし」


 唐突の参入者にカルナヴァルは慌ててドアの方を向いた。案の状、そこにはフラジリアが立っていた。


「おいおい、ウチの部下はどうしたんだ?」

「部下? ああ、それなら私の偽者が相手してるわよ」


 その言葉でカルナヴァルは気付いた。交番に訪れたのはフラジリアに化けた彼女の部下であったことを。


「てめ~、中々舐めた真似をしやがって」

「ふん、あんたが邪魔するのは分かっていたもの。当然、対策はするわ。ああ、あと犯人検挙のご協力感謝するわ。あんたのおかげで随分と早くたどり着けたから」

「事前にナワバリ越えを知らせたのはコレが目的か。部長の情報を頼りに俺が動くのを待ってやがったな」

「イストリア部長にはお礼を言っといてね。ほんと、私の予想通りに動いてくれたわね。ちょっとは健全な方向に思考が回らないのかしら? なんなら脳細胞を抜くのを手伝うわよ。概ね抜くのがもっぱらだけど」

「ぺらぺらとほざきやがって。てめーの無能さを露呈して他人の手柄を掠め取ろうとしてる奴が言う台詞じゃないだろうが。大体、どうやって此処にたどり着けたんだ? 化けた方の部下はウチの部下が張り付いていただろ」

「簡単じゃない。もう一人送り込んだもの、部下を。思い当たらない?」


 一瞬、自分の部下の誰かに化けていたのかと訝しんだがそれが見当違いであることに気が付いた。居たのだ。どうどうと怪しい人物が。もとい怪しい動物が。


「あの迷い犬、タルウィかよ」

「正解。あの子もあたしの部下よ」


 タルウィはもともと潜入などの諜報活動を目的として造られた系統である。今考えて見れば市民が保護して連れて来たのならいざ知らず、交番に犬が迷い込むなど、そうそう在り得ることではないのだ。テュリアの言葉を聞き流してしまったことが悔やまれる。


「おいおい、いくら自分を騙した相手だからってそこまでやるか」

「騙した相手? 何の話よ」

「お前が結婚詐欺にあったからこっちに出張ってきたんじゃないのか?」

「はっ、一応言っておくけど。その男、あたしの好みから大きく外れてるわよ。もう在り得ないぐらいに」


 拘束した男は詐欺を働いてもおかしくないぐらいに顔は整っているが優男風だ。確かに言われてみればフラジリアの好みから外れているかもしれない。確かフラジリアは草食系というより肉食系が好みだった気がする。


「じゃあ、なんでナワバリ越えしたんだ? わざわざ入念準備してよ」

「貴方の知ることじゃないわ。大人しくその男の身柄をこっちに渡しなさい。何も知らないあんたが検挙しても意味が無い相手よ」

「そんな言い分で大人しく身を引く程こっちは人間出来てねぇんだよ。大体、検挙したのはこっちだ」

「検挙は手錠を掛けて初めていうの。そいつの今の状態は拘束っていうのよ。お分かり?」

「はっ、なら俺が掛けりゃ問題ない話だろ。無駄骨ご苦労さん」


 カルナヴァルはこれ見よがしに結婚詐欺師に手錠をかけようとしたその時、突風がカルナヴァルを吹き飛ばし、壁に叩き付け押し付ける。カルナヴァルだけが吹き飛ばされたのではない。フラジリアを中心に部屋に備えられていた花瓶などの調度品、ベッドなどの大型家具まで押し飛ばした。ついでに検挙しようと結婚詐欺師も巻き込まれ蛙を押し潰したような悲鳴をあげていた。

 

「ちょっ、こんな場所で中級攻撃魔術かよ!!」


 フラジリアが放った魔術は中級と位置づけられる『爆砕空破』だ。中級と言えば誰でも扱えそうな印象を受けるがさにあらず。魔力素養に乏しいヒト族の者なら宮廷付き魔術師の師団を抱えられる程の腕を要求される。事前に何百・何千という体積の空気を圧縮し、その圧縮を解き、その際に巻き起こる風によって障害物などを一掃する魔術だ。室内などの密閉された空間で使用すると効果的な魔術であるが、この魔術は暴動などを一瞬で鎮圧する魔術であって同僚を足止めするために使っていい魔術ではない。

 調度品の多くは壁に叩きつけられた時に無残に破壊され、それを耐えた家具も継続的押し付けてくる凶悪な風によってミシミシと悲鳴をあげている。結婚詐欺師にいたっては白目をむいて気を失っている。


「だってあんた相手に肉弾戦を挑むのは真っ平だもの。にしても相変わらずタフね~、あんた。普通は気を失うわよ」


 肉弾戦を避けるようなことを口にしているフラジリアだが体術の方も分署内で五指に入るほどの実力者である。ただ単にカルナヴァル相手なら魔術をぶつけた方が効率的と判断しただけなのだ。事実、カルナヴァルは風に押し付けられ、壁に張り付けにされたせいで手も足も出ない。

 フラジリアはそんなカルナヴァルを尻目に気を失っている結婚詐欺師に手錠を掛けようと手を伸ばしていた。


ミシリッ!! ミシリッ!!


 破滅的な音が部屋中に響いた。家具の悲鳴ではない。勿論、その悲鳴もあるのだがそれよりも大きなものが悲鳴を挙げているのだ。

 それは部屋そのもの。四方を囲む壁や天井が床までがフラジリアの放つ魔術に悲鳴をあげているのだ。


「おいおい、これは流石にマズイんじゃないのか!?」

「まだ大丈夫よ」

「バカヤロウ。その言葉を吐く時点で大概手遅れなんだ」

「はいはい」

 

 フラジリアはカルナヴァルの忠告など無視して結婚詐欺師に手錠を掛けていた。当然、邪魔されないようにカルナヴァルを魔術で壁に押し付けたままだ。

 カルナヴァルは見た。小さなヒビが大きな亀裂へと変化していくのを。一つの亀裂が二つ三つと増殖し、少し前の部屋の様子とは一変してしまっている。


「おい、マジで魔術を解けよ!!」

「なに、イタイから解いて欲しいの? ボク?」

「てめ~、周りを見ろ。部屋が身を削るファッションを断行してるぞ!!」

「大丈夫よ。その手のファッションは案外早く打ち止めになるから」

「いや、これは打ち止めになったらヤバイだろ」


 と言い終わるや否や亀裂がぱっくりと口を開いた。最早部屋として空間を維持できなったのだろう。壁や天井はズレにズレて陥没や崩落し始めている。


ギシャッ!!


 とひと際大きな破壊音が辺りに響くと同時に部屋だけでなく廊下や他の部屋などを巻き込みながら宿屋「牧場の営み」は崩壊した。




        ☆☆☆☆☆    ☆☆☆☆☆     ☆☆☆☆☆



「うわぁ」


 それが音の震源地に駆けつけ其処を目の当たりにして漏らしたテュリアの感想である。ノットン達をほって来て自分だけ音源に向かったテュリアは感嘆の声を漏らした。少し前までは目の前の宿屋もこの通りに並んでいる店々と変わらなかったのだろう。玄関部分は辛うじて原型を留めているがひび割れのせいで所々からパラパラと破片が落ちてきている。宿屋そのものは二階建てだったことが窺えるが最早建物に体を表していない。二階にあった部屋という部屋はまるで何かに踏み潰されたように崩れ、震源地であっただろう部屋は一階まで潰れている。

 「ワシの宿屋が……、ワシの宿屋が……」とかすれる様な声でうわ言を何度も呟いている人物はここの店の亭主であろう。彼は呆然と自分の店の惨状を目の当たりにし、膝を落としていた。その姿はなんとも同情をひく光景だ。

 一方、それを引き起こしたであろう当人達は……。


「てめ~、正気か!! どこの警官が検挙にするのに建物一つ潰すんだよ」

「失礼な言い方をしないでくれる? コレは潰したんじゃなくて、潰れたんですぅ。言葉のチョイスもまともに出来ないわけ」

「てめーこそ言葉のチョイスがおかしいだろ。魔術をぶっ放して宿屋を破壊したら潰したって言うだろうが」

「はあ? 何言ってんのよ、あんた。たかが風を起こしただけ建物が潰れるわけ無いじゃない。これは建物が予想以上にぼろかったせいよ」


 と言い争いながらも瓦礫に人が埋もれていないか探索していた。この惨状の中心にいたわりには二人とも傷一つ無くピンピンしている。同じ場所にいたであろう結婚詐欺師はボロ雑巾のように転がっているというのに。

 「あっ」という言葉が響いた。フラジリアの声である。

 「これは……」とカルナヴァルの呟きも聞こえる。

 二人して何かを見つけたようだ。


「先輩たち、何をみつけたんです?」




       ☆☆☆☆☆       ☆☆☆☆☆      ☆☆☆☆☆  



 数日後、第五分署。資料室前(副署長室前)。


「「あっ!!」」


 と二人の男女の声が響いた。お互いまずい奴にあったという顔つきである。

 カルナヴァルとフラジリアの二人だ。


「なんでお前が?」

「なんであんたが?」


 二人とも同じ疑問を口にした。と同時に色々と察することが出来た。


((副署長か))


 お互いの事情が察することができ、渋々ながら部屋に入る。

 中にはやはり、というか当然部屋の主であるパケル副署長がいた。


「何故ここに呼ばれたか分かるか? お前達」


 お互いを睨みながら押し黙った二人を眺めて、パケルはため息を一つした。

 

「その様子じゃと理由は察しておるようだの」


 とフラジリアが声を上げる。


「ザール地区の宿屋が建て替えた話でしょうか?」

「そうだ、お前達が暴れて壊した宿屋の件だ」

「壊したのはこの女一人の犯行ですよ」


 とフラジリアを指さすカルナヴァル。


「あれはシロアリのせいよ。岩喰いシロアリのせい。事実、現場からシロアリが見つかってるじゃない。変だとおもったのよね~、ちょっと魔術をぶっ放したぐらいで建物が壊れるわけ無いじゃない」

「お前のちょっとは中級魔術をぶっ放すレベルかよ」


 幸い宿屋の崩壊で一般人の負傷・死傷者はでなかった。宿屋の利用者のほとんどがたまたま外出してたようであった。あの場でフラジリアが見つけたのものは宿屋の壁を食い荒らしているシロアリたちの姿である。それを見たフラジリアはシロアリと魔術が不幸に重なりあった結果よね~、と具合で不幸な事故として無理矢理処理した。

 ちなみにカルナヴァルも宿屋を崩壊させたことを始末書で書くのが面倒だったのでフラジリアの口車に乗ることにした。


「お前たちが一緒にいると周りの被害が増えるのは知っておったが……。まさに火と油だの~」


 パケル副署長は不思議なことに機嫌のいい声音であった。カルナヴァルにはそれが不思議に思えてならない。てっきりまた頭に血を登らせて叱られるものだと思ったからだ。


(おい、一体どういうことだよ?)


 カルナヴァルはフラジリアの脇を肘で突きながら小声で問いただした。


(結婚詐欺師がいたでしょ)

(ああ、ほとんど印象に残ってないけどな)

(アレが騙した相手が副署長の娘さんなのよ)

(ああ、どおりで)


 副署長の機嫌がいいわけだ。

 因みに不本意にもフラジリアによって検挙された結婚詐欺師は「黒い服怖い、ケーサツ怖い」とうわ言のように呟いているそうだ。


「副署長、自分たちはどうしてここに呼ばれたのでしょうか?」

「ああ、お前たち二人に礼の一つでも言おうかと思っての。わしの可愛い娘を誑かして挙句の果てに騙した奴に十分以上の報いを与えてくれたようだしの」

「はは、それほどでも」

「その礼とはいってはなんだが、始末書を書いて貰おうかの。勿論、二人共にの」

「嘘なんで? あれはシロアリのせいで。それに娘さんを騙した奴を捕まえてあげたのに」

「戯けが、それとこれとは関係あるまい。大体、宿屋崩壊の引き金を引いたのはお主の魔術のせいだろうが」

「なら、なんで俺まで。俺は関係ないでしょ」

「お前さんが素直にフラジリアの協力を受けておればこういう結果にはならなかっただろう?」

「いや、でも」

「ああ、後イストリアにも伝えるように。いい加減分署に顔を見せろとな。話は以上、帰った。帰った。お前さんらには死ぬほどの始末書が待っておるぞ」


「「そっ、そんな~」」


 カルナヴァルとフラジリアの悲痛な叫びが資料室、第五分署中に響いたのであった。




 

 

今後の更新予定は活動報告にてお知らせしようと思います。一応、一月一話のペースで話を上げようとは思っていますが、予定通りにいくかどうか。

ともかく感想・ご意見・ご指摘なんでもお待ちしております。


はぁ、社会人はツライよ。

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