表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/23

第9話 そして伝説へ……?

 ザール地区国営銀行に勤める職員の間にはあるジンクスが囁かれている。その内容は新人が「K当番」を見事乗り越えたら向こう十年は安泰であるというジンクスだ。「K当番」は年に一度必ず回ってくるもので、ザール地区国営銀行受付業務に携わるものは必ず一回は経験する登竜門のような存在の当番なのである。

 その日ボク・ボブ訂正カルマ・ボーマンは「K当番」を上司である支店長から言い渡された。まだ入社間もない新人である彼にそれを断れる力はない。彼は三年の獄中生活を経て、死に物狂いの勉強と努力で超難関といわれる国営銀行の職員になった。獄中生活は彼に更正と勉学の機会を与えた。また振られた彼女に誠意を見せるには誰からも立派といえる職業に就かなければならないと考えたのもプラスに働いた。

 今、思い返せば万引きで検挙されたことは良かったことなのかもしれない。あの頃の態度がズルズルと続いていればどの道彼女に見限られていたと思うからだ。しかし、あの時世話になった警官とは二度と顔を合わせたくないと思う。あいつのせいで黒い服装をした人を見ると自然に身体が強張るからだ。品行方正に生きていればあの警官の世話になることは二度と無いだろう……、そう考えていた。この国営銀行に入社し、「K当番」という存在を知るまでは。


「なげ~んだよ。銀行の受付が回ってくるまでの時間が」


 奴は普段見慣れた黒のフロックコート姿では無く、長袖のワイシャツに皮ズボンといったラフな恰好で現れた。その恰好を一目見て、カルマは彼がプライベートであることがわかってしまった。周りの同僚たちは「可愛そうに」とか「あれは長いぞ」とかの憐憫を込めた言葉をカルマに投げ掛けてきたが、「代わってやろうか」という救いの言葉は誰も口にしなかった。


「お客様、今日はどのようなご用件でしょうか?」

「お前の地の口調を知ってる身としては気色悪くて仕方ないな」


 全神経を用いて笑顔という仮面を外さなかった自分を賞賛したい。以前のトラウマで全身が震えそうな程、痙攣している。が、逃げ出すわけにはいかない。既に「K当番」は始っているからだ。

 「K当番」、それはザール地区のとある公的機関に勤めている連中を受付で相手する当番制度のことである。常夜の国「オーエント」の公務員給料はその人が住む地区の国営銀行から支払われている。その方が安全でかつ効率的だからだ。月初め、月末は公的機関に勤めている人間が給料という労働の対価を求めて銀行は忙しい。当然、来客人数が増えればサービスを提供する人間は限られているためサービスの質は低下する。そんな中にやってくるKが頭文字の公的施設に勤める連中はアク(もはや毒)が強すぎて受付の精神力を著しく奪い取る。

 銀行はその対策として「K当番」という制度を設けることにした。これはその月のK施設の応対を当番制で対応することで従業員の(主に精神面の)被害を最小に留めることにした。

 しかし、この制度には最大の欠点がある。それは当番に任じられたものは一ヶ月間K施設の連中が来る度に一人で対応しないといけないため、膨大な精神力を要求されることだ。そのため、耐えられず銀行を去る人がいるそうだ。ゆえに新人がコレを耐えることが出来れば銀行マンとして一生やっていける程だと言われている。

 目の前にいる現警察官は以前自分を取り締まった時のようにカウンターに足を置きながら、席に着いている。カルマにとって運が無いのは彼が私服であることだ。これが制服であれば彼も職務の合間か仕事帰りの疲れかで銀行に長居することなく用をすませ、立ち去る。が、私服であるということは休日か非番であることを示し、受付は彼が飽きるまで相手をしなければならないことを示している。

 なけなしの精神力をかき集め、再び目の前の現役警察官に向かい合おうとしたとしたが……。


「おい、ボク・ボブ」

「その呼び名はトラウマなので止めて下さい」


 挫けた。というか、あの頃に戻れるなら戻りたい。あの偽名を述べるあの頃の自分を殴ってでも止めたいからだ。


「今日の議題は『お前を振った彼女は今でもお前の顔を覚えているのか』というものだ」

「何の前振りもなく人の心の傷を土足でドカドカ踏まないで下さい。あと、私は職務中です。雑談だけなら余所でやってください」


 すると、現役警察官である彼はカウンターにのせた足を戻して、立ち上がり、


「おい!! 支店長!! コイツが客である俺と会話することは業務の中に入っているよな?」


 火の粉が飛び火してくることを恐れた支店長は言われるがままコクコクと頷き、あっさり部下を人身御供した。

 恨みますよ、支店長に内心呪詛を唱えながら支店長を一瞥し、カルマは向かい目の前の目付きの悪さに定評がある警官と向かい合った。


「というわけで、俺とお前が雑談するのも仕事というわけだ。理解したか?」

「給料の引き出しですね。いくら引き出しますか?」


 カルマは無理やり用件を済ませて、追い返すという手段を用いることにした。目の前にいる警官は態度も悪ければ目つきも悪い。眼光だけでも精神力が削られる。


「まだ引き出すとは言ってないだろ。もしかしたら預けるかもしれないだろうが」

「失礼しました。ではお幾らお預けいたします?」

「そんな余裕ねぇよ、バカ。むしろ恵んで貰いたいぐらいだ」


 こちらが訊きもしてないのに今月は腹に穴開けられて出費しただの、新人が配属されたから歓迎会で出費しただのと近況を語りだした。

 自分勝手だな、おい。しかも、さっきの会話全くの無駄だし。


「お客様、本日はご予定などは無いのですか?」

「ねえ。寮の奴らは皆仕事中だし、今日は一日中フリーだ。だから時間を気にして仕事をする必要はないぞ」


 死刑宣告を受けた気分だ。下手したら今日一日此処に居つくかもしれない。周りの同僚達に視線を向けると皆顔を逸らして仕事に没頭していた。孤立無援である。


「お前の権限で俺の給料を3倍に出来ないか」

「銀行受付の権限に何を期待してるんですか。受付の権限で給料から手数料を引くことはできますが」

「しばき倒すぞ。あ~、暇だ暇だ。此処から離れたくないぐらいに暇だ」


 と私服に身を包んだ警官は椅子の背にぐったりともたれ掛かった。

 その時である。


バンっ!!!


 一発の銃声が鳴り響いた。


「「大人しく金を出せ!!! でなきゃ此処を爆破するぞ!!!」」


 爆薬が詰った筒を何本も腹に巻き付けた男とおそらく不法に手に入れたであろう拳銃を振りかざしている男が強盗にやってきたのである。

 そして、カルマは見逃さなかった。二人組みの強盗を見たときの警官の表情を。

 突然の事件で怯える市民の眼でも、正義に燃え上がる警官の眼でもなく。狩場に獲物カモが飛び込んだのを見つけた狩人の眼であったことを。



      ☆☆☆☆☆        ☆☆☆☆☆       ☆☆☆☆☆



 最近、親友であるマイカの様子がおかしい。別に病気とかそういう意味ではない。ただ寮で話してると、彼女は妙にそわそわしてる時がある。それは寮にカルナヴァルが帰ってきたときであったり、話題で彼が挙がった時であったりする。 

 そんな親友の様子を間近で眺めていたテュリアはある結論に至った。

 マイカはカルナヴァルに対して……、復讐心を抱いてるのだと。

 きっとテュリアの知らないところで某先輩警官はマイカの恨みを買ったのだろう。カルナヴァルの人格と間接的に耳にするこの交番の行いの数々から推察すれば容易に想像がつく。そう考えると今までのマイカの態度に合点がいくのだ。「彼は今、何歳なの?」とか「彼には彼女がいるのかな?」とか「どんなタイプの女性が好みなの?」などの質問を投げ掛けてきた親友の真意が理解できる。彼女は虎視眈々とカルナヴァルの復讐の機会を狙っているのだ。

 わかる、わかるよ、マイカちゃん。あの三度の飯よりも人をいたぶるのが好きな先輩に恨みを持つ心境は。だから、わたしも陰から応援してるよ。

 テュリアもマイカが法を犯すような復讐をするとまでは流石に思っていないのでこの事態を静観することした。

 そんな取り留めの無い事を思いながら公園を氷付けにしたことに対する何十枚目かの始末書を書いているのであった。


「何を考えてるか知らないけどにゃ、早く終わらせないと明日も始末書を書くことになるにゃ」

「もう一週間書き続けてるですけど!? どうしてこんなに始末書を書かなきゃいけないんですか?」

「どうしてって……、色々な所に迷惑掛けていますからね。公園が氷ったことで」

「我輩が思い浮かぶだけでも国土水道管理局、地域水道管理センター、都市施設管理局、公共施設運営委員会、ザール地区自治会etc.……に迷惑が掛かってるにゃ」

「聞きたくない聞きたくない」


 とテュリアは両手で耳を塞ぎながら、机に突っ伏した。黒猫部長、ノットンはその様子を同情交じりの視線で眺めるばかりあった。

 そもそもテュリアはあの場に居合わせただけで始末書を書くべき立場の人間はこの場にいない。テュリアは半ば押し付けられるようにして机に付かされているのだ。


「先輩はどうしたんです?」

「休暇とって休んでるよ。まあ、先輩のことだから自分が書かざる得ないものは全部書き終わってるだろうけどね」

「ノットンさんも押し付けられたことが?」

「無いと思うかい?」

「愚問でした」


 そんな不毛ともいえるやり取りをしている昼下がり。交番に息を切らした市民が駆け込んできた。


「国営銀行に強盗が……」



        ☆☆☆☆☆     ☆☆☆☆☆     ☆☆☆☆☆



 国営銀行を襲った強盗は運がなかったとカルマは思う。たまたま銀行付近を通りがかった警査官が銃声を聞きつけて駆けつけてきたり、拳銃を発砲した割りには従業員、客の反応が薄かったりとやや空回り気味なのである。

 強盗たちはそれでも挫けなかった。駆けつけた警査官が銀行の出入り口を風鎖結界で封鎖しても慌てることなく金を集め、銃をちらつかせながら従業員やたまたま居合わせた客達を一箇所に集めていた。

 そんな中、一向に移動しようしない客と従業員がいた。客の男はカウンターに足を掛けた態度のまま動こうとはせず、それに向かい合ってる従業員の男は客の顔色と強盗の顔色を窺って動けずにいた。カルナヴァルとカルマの二人である。


「お前らも集まれや!!」

「ああ?」


 強盗の怒声にカルナヴァルはドスの聞いた声で応えた。


「おめーら、何の権限があって俺に命令してるんだ?」

「てめー、この銃が見えねえのか」

「そのプルプル震えた銃で何を訴えかけてるんだよ。人に向けて撃つのが初めてなんですか」


 客の男は悪態をつきながらプッと笑い強盗をあしらった。そのやり取りを間近で見ていたカルマは発作を起こしかねないほど脈があがっていた。

 一向に動こうとしないカルナヴァルに業を煮やしたもう一方の強盗が銃を持ったほうの強盗を人質に回して向かい合った。


「大人しく従え!! でないと今ここでコレを爆発させるぞ」

「して見ろよ、ほら」

 

 といい、カルナヴァルは小さな火球を生み出し爆弾を腹に巻いた強盗に躊躇無く放った。唐突な攻撃に強盗は悲鳴をあげながら転がるようにかわしていく。強盗が転がった後にはカルナヴァルが生み出した幾つもの小さな火球が床を燃やしていた。


「ははっ、よく転がる」

「ちょっと、さっきから容赦なく攻撃してますけど大丈夫なんですか?」

「いや、あの反応を見る限り腹に巻いてる爆弾は本物だろうな」

「今すぐ止めろおおおお、あんた此処を爆発させる気かよ」

「いや~、相手の反応が楽しくてつい……」


 いくらヴァンピールでも木っ端微塵にされたら命を失う。冗談で爆発させられても堪らない。

 やっと、火球の雨が止んだことで強盗が立ち直った。


「お前、何者なんだ!?」

「通りすがりのクレーマーだよ」

「クレーマーなの!?」


 やっぱり自覚して絡んでいたのか。カルマは暗澹たる想いがこみ上げてきた。


「おい、受付。こいつはなんなんだ?」


 カルナヴァルに質問しても埒が明かないと考えた強盗がカルマに質問を投げ掛けてきた。


「そのお人はさる施設に勤めていらっしゃるさるお方です」

「全然、説明になってねえよ!」


 ザール地区に住む住民は交番という言葉もカルナヴァルの名前も呼ばないのである。


「おい、もしかしたコイツVIPなんじゃねえの?」

「確かに言われてみれば……、なんか偉そうだし」

「ふっ、参ったぜ。俺からにじみ出る高貴なオーラは隠せないか……」

「ある意味VIPですからね」


 勝手に勘違いしていく強盗。それに便乗するヒラ公務員。カルマは思う。カルナヴァルからにじみ出てるオーラは高貴なオーラなどではなく、近所にいるヤンキーな兄ちゃんのオーラであると。


「まあ、大人しくここに座ってるだけだからいいだろ? 別に」


 カルナヴァルはそう強盗たちに告げた。


「そうは言うが……」

「兄貴、あんまりコイツと絡まない方がいいんじゃ」

「確かに」


 と強盗たちはカルナヴァルを移動させるのを諦めた。不本意ながらカルマもカルナヴァルとセットで考えられたらしく移動せずにすんだ。



       ☆☆☆☆☆       ☆☆☆☆☆     ☆☆☆☆☆



 テュリア、ノットンが現場に駆けつけた時には銀行には既に風鎖結界が張られていた。「シェルトン・ザール」のゾンビ掃除担当の警査官がたまたま通りがかったようで、警官を見かけた強盗は銀行にいた人たちを人質にとって銀行に立て籠もったようだ。


「ご苦労様です」


 テュリアが現場にいた警査官に敬礼する。ここに居合わせた警査官は分署の警備課に所属する警査官である。本来、ホテルのゾンビ掃除は分署の警備課の領分なのだそうだ。しかし、ほぼ毎日やってくるゾンビ達に警備課の人間だけでは対応しきれず、ピンチヒッターとしてその地区の巡査官に仕事が回ってくるそうだ。以前のテュリアが体験したゾンビ掃除もピンチヒッターとしてである。


「現状はどうなってるんですか?」

「犯人は二人組み、一人は拳銃で武装、一人は爆弾を腹に巻いている。人質に取られているのは銀行の職員と客がほとんどなんだが……、アレを見てみろ」


 警査官が指し示した先には現場である銀行があった。銀行はガラス張りの作りであるため、中の様子が容易にわかる。そのため、ほとんどの人質が犯人によって一箇所にまとめられている中、何故か犯人でもないのに席について寛いでいる人間をみつけた。


「あっ、自壊ウィルスだ」

「君もウチに配属されてから言うようになったね」


 ノットンがテュリアの言葉を聞いて感慨深く頷いた。自壊ウィルスことカルナヴァルは交番にいるのと変わらない様子でカウンターの席で寛いでいた。


「あの人がいながら犯人はなんで無事なんですか?」


 カルナヴァルが居れば嬉々として殴って、強盗たちは散っていただろうに。


「いくら彼でも人質がいては流石に無茶はできないだろ。せいぜい爆弾を持った犯人を火あぶりにしようとしただけさ」

「十分無茶してますね、それは」


 聞けば爆弾を持った犯人に対して火の下級魔術を行使してたそうだ。


「犯人が必死に避ける様を見る限りは爆弾は本物と思って違いないよ」

「こちらから手を出すわけにはいかないんですか?」

「それはおススメしないな。犯人を無駄に刺激するだけだし、ガラス張りだから容易に見えるかもしれないけど、銀行のガラスにはミスリル繊維が織り込まれているから銃弾や魔術が通りにくいんだよ」


 テュリアは幻術が扱えるドゥルグのノットンにも視線を向けるが「リスクが高すぎるから無理」という返答が返ってきた。


「まあ、先輩が中にいるんだし。そう慌てなくても大丈夫じゃないかな。その内、突入する機会を先輩がつくるだろうし。先輩が強行犯特殊係の連中が分署からくるのを待つとは思えないし」

「あの人がみすみす余所に手柄をあげるわけないですもんね」


 ノットンの言葉に促され、テュリアはしばらく銀行の様子を静観することにした。



    ☆☆☆☆☆        ☆☆☆☆☆        ☆☆☆☆☆



 銀行強盗が立て籠もって数刻が過ぎたその時。

 カルナヴァルが口を開いた。


「腹が減ったな~。強盗、出前をとれよ」

「はあ?」


 カルナヴァルは強盗を手招いて命じた。カルマはこれ以上ケチつけないでくれ、こっちの命が縮むという思いを噛み締めながらカルナヴァルを見た。


「なんで、俺達が人質のいうことを聞かなきゃならねえんだ」

「あるのか?」

「は?」

「お前らが今すぐここから脱出する手段があるのかと聞いてるんだ」

「それは……」


 銀行の出入り口は警察に抑えられていて不用意に外にでれば直ぐに捕まってしまう。ゆえに強盗たちは此処で人質をとって立て籠もっているのだ。


「ないなら飯を食わせろよ。立て籠もるにしても長期戦になるなら腹を満たさなきゃ話にならねぇだろうが。それに人質とって立て籠もってるんなら、そのアドバンテージを生かして外にいる警官に要求すりゃいいんだよ」

「そうか、確かに。ついでに逃亡用馬車も用意させよう」


 強盗二人はカルナヴァルに意見を聞き入れ、出前と馬車を要求する路線で決めたようだ。


「ピザでいいな?」


 と強盗たちは人質たちの意見などを全く聞かずに要求しようとし、


「誰がピザが食べたい言ったんだよ!!」


 とカルナヴァルに思いっきり尻を蹴りあげられた。パンっと豪快な殴打音とともに強盗の野太い悲鳴が辺りに響く。


「俺はよ~。『シェルトン・ザール』の懐石料亭『天紋』の特上天丼澄まし汁付き二人前が食べたいんだよ!!」

「わかったわかった。それを要求するから蹴らないで」

「お前ら強盗が現在進行形で息してるのは俺ら人質がいたおかげだってことを忘れるんじゃねぇぞ!!」


 吐き捨てるようにカルナヴァルは強盗に告げ、蹴るのを止めた。この様子を見たカルマはこれじゃどっちが強盗だか分からないじゃないかと思うのであった。



       ☆☆☆☆☆      ☆☆☆☆☆    ☆☆☆☆☆



 銀行の中から某先輩警官の怒声とともに強盗犯からの要求が告げられた。


「馬車は分かりますけど、特上天丼って……」

「この手の費用は経費でおちるからね。高い飯をタダで頂こうって魂胆なんだろうね、先輩は」

「せこい……、というかあの様子を見てたら強盗の方を同情します」


 とテュリアとノットンは自分達の先輩の手前勝手ぶりにため息をつくのであった。



      ☆☆☆☆☆      ☆☆☆☆☆      ☆☆☆☆☆



 特上天丼澄まし汁付き二人前を食べ終わったカルナヴァルは、器をこのままにしたら店に迷惑がかかるという理由で外にいる警官たちに器を返すように強盗に告げた。といってもそんな場違いなものを注文したのはカルマの目の前に警官一人であり、他の人質は強盗も含めてピザという手頃なものを食べていた。

 強盗はカルナヴァルに関わるのが極力避けたいようで、カルナヴァルのわがままを素直に聞き、人質であるカルマに器を返してくるように命じた。

 器を返す際、銀行の外に出られたのだが、そのままトンズラすることは銀行から感じられる同僚たちの無言の圧力で断念せざる得なかった。外にいる警官の方もそれは理解しているようでカルマが引き返していくのを無理に引きとめようとすることはなかった。


「なんか蒸し暑くないか?」


 爆弾を腹に巻きつけた強盗が拳銃を手にしてる方の強盗にそう問いかけたのはカルマが器を返してからしばらくしてからであった。


「別にそんなことないぞ。緊張してそう感じるだけじゃないのか」

「そうか……、気のせいか」

「おい」


 カルナヴァルが強盗たちに声を掛ける。


「何でしょうか?」


 妙に畏まりながら対応する強盗たち。


「トイレに行きたいんだが……」

「どうぞ、ご自由に」


 あっさり了承する強盗たち。いいのか、それで。


「俺を見張りに来ないのか、お前」


 カルナヴァルが拳銃を手にしてる強盗に絡む。


「別に、自分はまだ用をたしたい気分じゃないので……」

「そうじゃなくて、俺は見張らなくいいのかよ。トイレに見せかけて逃げ出すかもしれねぇだろ」

「いいです。むしろ、是非逃げ出してください。お願いします」

「ああ? 何だ、その返答は。俺を人質の輪からノケ者にする気かよ」

「そもそも、あなた人質の輪に入ってましたっけ?」


 カルナヴァルはいいから来いと拳銃を持った強盗を半ば引っ張るようにしてトイレに連れていった。

 強盗一人とカルナヴァルがトイレに姿を消したその時、

 

 ドンッ!!!


 という破壊音とともに銀行の玄関が打ち破られた。外にいた警官達が犯人が一人になったのを機会だと踏んで、乗り込んできたのだ。

 爆弾を持った男は爆弾に火をかけようとするが爆弾に発火することはなかった。その隙を突入した警官達は見逃すはずもなく、強盗を取り押さえ、拘束した。


「無駄です。あなたの爆弾は私の水魔術で湿気させましたから」


 強盗を取り押さえた警官の一人、銀髪でふわふわヘアーをした女性警官に詰みの一手をいわれながらも、警官から逃れようともがいていた。


「くそが~、俺を拘束したからっていい気になるなよ。警官ども。爆弾は俺一人が持ってるわけじゃないんだ。相方にだって持たせてある。だから放せよ!!」


 割と緊迫する内容を叫ぶ強盗。取り押さえている警官たちは強盗の言葉など無視して取り押さえていた。


「あ~、スッキリした……」


 と場違いに暢気な声が響く。用を済ましたカルナヴァルが戻ってきたのである。ということは勿論、見張りについていた強盗も戻ってきたことを示し、


「おい、相方!! サツだ。サツが踏み込んできやがった。持ってる爆弾を使え!!」


 と必死に叫ぶ強盗。しかし……。


「……ボコボコに出来て」


 現れたのは溌剌とした笑顔を見せるカルナヴァルとボコボコにされ気を失い引きずられくる強盗の片割れの姿であった。

 





 こうして、ザール地区国営銀行立て籠もり事件は幕を引いた。後に分かったことだがカルナヴァルは食べ終わった天丼の器の中に突入のタイミングを記した紙を差し込んでいたそうだ。それに気付いた警官たちはカルナヴァルが行動するのを待ち、強盗が一人なったところを突入としたという流れらしい。

 もの凄い濃密な「K当番」を体験したカルマだが、逃げる機会があったのに仲間を見捨てず戻ってきたこと、長時間カルナヴァルの相手をこなしたことが評価され、出世頭として注目されるようになる。

 また彼は数十年後、自身のザール地区銀行受付体験を綴った、『伝説のクレーマー』と題されたエッセイ本は、ハチャメチャ笑劇ものとしてヒットし巨額の富を手に入れることになるのだが、今の彼には関係ない話である。




  


 








評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ