幕間 ザール地区交番所の日常〈その②〉
第5分署には他の分署と違い、署長室の他に副署長室というものが存在している。元々、第5分署も他の分署と同じように副署長室などというものは無かった。現副署長であるパケルが副署長になると同時に出来たものなのである。パケルは自分が皆と同じ職場にいると畏まって業務に支障をきたすという理由から分署で一番ひと気の資料室に机を運び込み、そこで仕事をするようになった。元々副署長という役割は書類監査などのデスクワークが主で、自分が見た書類は最終的にこの資料室に保管されるわけだから此処で仕事をした方が効率的なのである。
また、ここには第5分署で起こった事件の資料や巡査官の職務報告書などの全てが運ばれてくる。パケルはその資料を見ることで第5分署で起こった出来事を全て知ることが出来、また不正があれば気付くことができるのである。二十数年前の大規模な人事異動が行なわれたのは、パケルが資料を目に通し余りにずさんな報告書を多く目にして、憤怒したからである。いい加減に書かれた調書や数字の整合性が取れない報告書の数々、それらを精査すべき立場の人間もめんどくさがり右から左に流してしまう体質。このままでは警察の権威どころか市民からの信頼も得られないと危惧した副署長の決断なのである。警査官・巡査官問わず多くの者が異動、もしくは処罰された。この出来事をきっかけに署員の皆が気付いたのである。副署長は署員を気遣って資料室に引き篭もったのではなく、自分達を厳しく監査するためだったということを。
その後、副署長が居座っている資料室のことを畏怖と敬意を織り交ぜて副署長室と呼ぶようになり、気を利かせた署員が副署長室という札をドアに掛け、今に至る。
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その日、ある巡査官が副署長室に呼び出された。その巡査官は大規模な人事異動の際、ザール地区に異動を命じられた巡査官である。名をカルナヴァル・オーギルという。彼は気だるげな態度を臆面も隠すことなくパケルと向き合っている。
パケルは目上の人に対して失礼極まりない態度の事を無視して一枚の書類をカルナヴァルにも見えるように差し出した。その書類には各交番の弾薬の使用量が記されている。ただし、赤い線が引かれているザール地区交番所の弾薬の使用量が他の地区より3~4倍の数値を示していた。
「これがなんだか解かるか?」
というパケルの問いかけにカルナヴァルは何を当たり前のこと聞くんだとばかり、打てば響くように返答した。
「紙です。副署長の頭に無い「髪」じゃ無い方の「紙」です。ボケたんですか?」
「誰が見て解かることを尋ねるか、たわけ!! この弾薬の使用量はなんだと訊いとるんだ!!」
「ひとえに努力値ですかね。一人頭弾が切れるまで撃ち込むという不断の努力の賜物です」
「誰が良くやったと褒めとるか。逆じゃ、撃ち過ぎだと言うとるんだ!! 国民の税金で買っておる弾薬をなんだと思うとるんだ」
「ああ、なるほど」
わかったとばかりにポンと手を叩くカルナヴァル。
「外すな。撃った弾は必ず生身に当てろということですね。了解です。出来るだけ善処しますよ」
「撃つなというとるんだ!! お前の地区は毎日紛争が起きてるのか」
「人生は日々戦争ですよ」
「誰が上手いことを言えというた。ともかく、これは預かるぞ」
パケルはカルナヴァルのホルスターから拳銃を抜き取り、そして告げた。
「しばらくの間、コレ無しで職務に就くように!! 以上だ、帰ってよし」
とっと帰れとばかりにしっしと手を振るパケル。カルナヴァルは納得いかない表情を浮かべながら部屋を出て、また戻ってきた。
「なんだ?」
「いえ、拝むのを忘れていたので」
「ご来光は間に合っとる」
と手を合わせて拝むカルナヴァル。わざわざ嫌味を言いに戻ってくるのだから呆れて怒る気にもなれない。どういう神経しているんだ、コイツはとパケルは半ば本気でカルナヴァルの精神構造を訝しんだ。
「何言ってるんですか、副署長。ご来光じゃなくてお参りですよ。死んだ毛根たちの供養です」
「とっとと帰れ!!!」
副署長室にパケルの怒鳴り声が響いた。
その後、拳銃を取り上げられたカルナヴァルだが、単純に発砲して語るから肉体言語で語るに切り替わっただけで経済的には有益だったが警察のイメージを著しく下げたのは言うまでもない。副署長の元に市民からの拳銃を持たせてあげて欲しい、(被疑者が)見るに耐えられないという嘆願書が複数届いたという。