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第8話 新米二人の捜査線!?(後編)

 ティリアと初めて出会ったのは警察学校の寮でのことだ。彼女は相部屋にも関わらず、自分の荷物で部屋一杯にしてマイカの度肝を抜き、と同時に説教も買った。マイカも当時のことはよく覚えており、持ってきた荷物が入らないとぼやいていたテュリアを「必要なもの以外は実家に戻しなさい、というか戻せ」というのが初めての掛けた言葉である。

 そう考えると今日手伝った引越しを見る限りでは必要最小限の家具と荷物だけであったことはこの出来事でしっかり学習したのだろう。寮の一室がさほど広いものでないことを。


「それでも感覚的なものはズレてるのよね、この子の家って」

「何かいった?」

「ただの独り言よ。ここって公園なのにひと気が無いのね」


 マイカは無理やり話題を作ることで独り言の追求されることを避けることにした。テュリアもさほど関心はなかったのか、あっさり話題にのっかかった。


「今は夜だからね。昼間なら観光客や屋台が並んでてここも賑やかなんだけど、条例の兼ね合いでね。夜は観光客は出歩けないから閑散としちゃうんだよ」

「ふ~ん、ダイン宿泊施設条例のせいなのね」


 と、辺りを見渡すと人のいないベンチに虚しく吹き上がる噴水。マイカ達が黙ってしまうと公園は静寂に包まれる。そろそろ帰路に着こうかと思ったマイカはテュリアに視線を向けると彼女は眉をよせていた。


「どうしたの?」

「う~ん、ふらふらと覚束無い足取りの人がいるんだけど……。あれ、警察官だよね?」


 テュリアの視線を追うと確かに覚束無い足取りでこちらに向かってくる人影が目に入った。テュリアのいうように向かってくる人影は黒のフロックコートにズボン、という警察官の服装に身を包んでいた。そして、マイカにはその軸の定まらない足取りの人物に見覚えがあった。


「私の所の先輩だわ」

「え、マイカちゃんのとこの先輩なの? 相当、酔ってるよ。あの人、普段からあそこまで飲んじゃう人なの?」

「普段は違うけど……」


 「彼も私と同じように謹慎を言い渡されたから……」とテュリアにも聞き取れない声で呟いた。ガイ警査も処分を言い渡され、納得いかないものを溜め込んでいたのだろう。それをお酒で吐き出していたのに違いない。マイカも同僚の荒れた姿に眉を顰めたがこのままにしておくわけにもいかない。彼が制服を着ている以上、警官として模範たる行動して貰わなければならないのだ。酔い潰れた姿を市民に見られたら警察官の示しがつかない。


「ちょっと、私が話しかけてくるからテュリアはここで待ってて」

「一人で大丈夫なの、マイカちゃん」

「酔っ払いの扱い方は学校で習ったから大丈夫よ」


 マイカはテュリアをベンチで待たせ、泥酔状態の同僚の元へ向かった。


「ガイ先輩、こんな処でどうしたんです?」

「マイカ警査……、俺はどうして此処に? そもそも此処は?」

「ザール地区です。意識が朦朧とするまで飲んだですか? 足下がフラフラですよ」

「ああ……、確かに浴びるように飲んだ……。ザール地区……、何で俺はそんな処に? トレロ地区の飲屋で飲んでたんだ。どうして」

「そんなこと知りませんよ。ほら、肩貸してください。寮まで送りますから」


 マイカがガイの肩を強引に組もうと腕を引いた時、唐突にソレが起きた。


「アアアアアアア、ソウカ!! コワシテヤルタメカ!!」

「マイカちゃんッ!!!」


 テュリアの切迫した叫び声と同時に、吹き付ける強烈な風がガイ警査を濁流に飲み込むかのように押し流した。一瞬のことでマイカは反応できなかった。ガイは突然奇声を挙げると同時に身に帯びていた剣を引き抜いていた。もし、テュリアがとっさに精霊魔術でガイを引き飛ばしていなかったら今頃……。


「マイカちゃん!! 大丈夫!!」


 テュリアがマイカの元に駆け寄ってきた。視線はマイカではなく豹変したガイ警査から外していない。


「助かったわ。ありがとう、テュリア」

「礼は風の精霊さんたちに言ってあげてね。あの人の様子がおかしいって教えてくれたのは精霊さんたちだから」

「そう、ありがとね」


 マイカは虚空に向かって礼を述べた。マイカはテュリアと違い、風の精霊を知覚することは出来ない。精霊魔術は生まれながら持つ才能に依存する。水・火・地・風の精霊たちは生命が誕生する時に各々精霊たちが加護を与える。生まれてくる生命は与えられた加護の精霊とのみ知覚でき、使役することが出来る。テュリアのように精霊との親和性が高いノーンで生まれてくれば四大精霊の全てを知覚でき、使役することが出来るがマイカはノーンでないため知覚できる精霊は限られる。ノーンという系統でなければ精霊の加護を得られる属性は一つ、よくて二つなのである。マイカは風の加護を受けていないため知覚することが出来ない。


「今、あの人に風鎖拘束を掛けてるけどすぐに破られそう……」


 見ると正体を失くしたガイ警査は暴れまくり、風で編まれた鎖の拘束を断ち切ろうとしていた。風は探知や切断といった類を得意する属性なので、ヴァンピールの成人ならば風の拘束など簡単に解かれてしまう。


「コロスコロスコロス!! シネシネシネエエエエエ!!」


 雄たけびに近い咆哮を挙げ、ガイ警査は拘束を解きテュリア達に支給された剣を振り上げ、飛び掛った。

 マイカはテュリアが帯びている鞘から剣を勝手に抜き取り、向かい来る凶刃を受け止める。金属がぶつかる音が響き、ガイが放った剣撃が剣を通してマイカの両腕に圧し掛かった。


「この剣借りるわよ。私がこの人を食い止めるからあんたは凍結捕縛の用意をして」


 マイカはテュリアに指示を出し、ガイと向き合った。ガイは力強く何度か上段からの剣撃を振るうが全てマイカの剣に妨げられた。それを見たガイは体勢を立て直すために一旦バックステップをして距離をとる。


「先輩、正気を取り戻してください」

「ア゛ア゛ア゛ア゛、ウガァァァァァ!!」


 もはや言葉さえ発することがなくなり、獣のようなうなり声を挙げる同僚にマイカは説得を諦め、動きを止め拘束する方向に持っていくことにした。


「テュリア、術は完成した?」

「動きさえ止めてくれたらいつでもいけるよ」

「わかったわ。私が動きを止めるからタイミングを見計らって発動して頂戴」

「大丈夫なの?」

「私はヘシュムよ。こういう荒事は得意なんだから」


 剣を正眼の構えにする。対するガイは剣先をダラリと垂らし、腰を屈めた姿勢だ。ガイは突進するように駆け出し、バネのように跳ね、下段より斬りあげる。全身をバネにした斬り上げは強烈だが、マイカは半歩下がり身体の軸をずらすだけでかわし、斬り上げることでがら空きになった胴に渾身の一撃を叩き込む。ミスリル繊維で織られた制服は刃物の刃などは通すことなく、衝撃だけをガイに与える。ヘシュム渾身の一撃にガイはたまらず前のめり蹲りまる。この隙に剣の柄でガイの首筋を叩き込もうと柄を振り下ろす。

 が、振り下ろした剣打はガイに届かなかった。カランっと乾いた音が辺りに響く。テュリアの帯剣がマイカの手から離れたのだ。腕の関節を無視した、人体構造から離れた拳打がマイカの剣を握る手に打ち込まれたからである。マイカの行動はガイに読まれていた。

 それをマイカが悟った時にはガイは体勢を立て直し、凶刃が無防備になったマイカに向かって来ていた。

 もう駄目だ。ヘシュムでもその刃をかわすのが無理だということは容易に予測できた。

 マイカが迫りくる刃に対して反射的に目を閉じたその時、


 バンッバンッバンッバンッバンッ!!


 と銃声が轟いていた。マイカは頬に走る熱い痛みと何が起きたのかを確認するために目蓋を開いた。飛び込んできた光景は真っ青な表情を浮かべているテュリアと仰向けに倒れているガイの姿だった。


「ごっめ~ん。俺、撃つのは大好きだけど当てるのは苦手なんだ」

「撃ってから言わないで下さい!! 先輩!!」


 テュリアのいう「先輩」という言葉はガイを指す言葉でないことは分った。テュリアの視線の先を追い、マイカも振り返るとそこには分署で会った目付きの鋭い巡査官であった。


「おいおい、一般人だと思って助けてやったのに警査官殿かよ。身内の揉め事はウチに帰ってからやってくれませんかね」

「それはしっかり助けた人物が言える台詞です。マイカちゃんの頬に傷をつけている上に、流れ弾がわたしの脇を通りましたよ!!」


 テュリアが指で弾道を指しながら喰いかかる。


「クソ、奴のドタマを狙った弾は全部外れたか」

「そうじゃなくて」

「この傷、剣で出来たのじゃなくてあの人の銃弾で出来たものなの?」

「そうだよ」

「信じられない。射線上に味方がいても平然と撃つわけ? イカレてるわよ、あんたの上司」

「不満不平を愚痴るのは結構だがな……」


 カルナヴァルは拳銃を片手にマイカに向かって駆け出した。すると、カルナヴァルはマイカの肩を乱暴に掴み、寄せた。マイカの背後に風が過ぎる。銃弾を浴びたガイが起き上がり、マイカの首を目掛けて剣を振るっていたのだ。


「安全を確認してからにしろよ」


 マイカを抱き寄せるようにして凶刃をかわし、カルナヴァルはガイと向き合った。


「おやおや、こっちも顔見知りですか。問題起こすのが大好きなんですかね、警査官殿は」

「ウガアアアアアアアア!!」

「さすがヴァンピールの至宝といわれるミスリル繊維。コート越しに3発も撃ち込んだのにピンピンしてるねぇ」


 ガイは飛び掛るようにしてカルナヴァルに斬りかかった。カルナヴァルは身をそらしてかわし、カウンターに鋭い蹴りをガイの顔面に浴びせ仰け反らせた。と、同時にガイの首元に踏み込みの効いた掌呈を叩き込み、尻餅をつかせた。


「今度の加害者は警官で被害者も警官ね。新聞社が喜びそうなネタだな、おい」


 カルナヴァルは尻餅をついたガイに一瞥し、ため息をついた。


「どうした? 警査官殿。かかってこいよ。ご自慢の剣技で俺を殺すんじゃないのか? それとも拳銃にビビっちゃったか? なら安心しろよ。さっき全発お前に撃ち込んだから」

「アガアアアアアアアアア!!」


 カルナヴァルの挑発にのってか、ガイは起き上がり斬り掛かるが拳銃のグリップで剣を受け止められ、と同時に柄を握る指を膝蹴りで潰され、カルナヴァルに剣を奪われた。カルナヴァルは奪った剣の柄でガイの頭を殴りつけ昏倒させた。


「テュリア、凍結拘束は?」

「ごめん、先輩の銃弾に驚いて解除しちゃった」

「おい、凍結拘束よりも公園に風鎖結界を張れ。銃声で野次馬が集まったら厄介だ」

「なら撃たないで下さいよ」

「撃たなきゃ、今頃この女の首がチョンパだよ」


 カルナヴァルがマイカを指さして応えた。風鎖結界とは事件現場を封鎖する際に用いられる簡易の結界である。結界強度は封鎖拘束と変わらないが結界を張れば人が誤って入り込んでくることは無い。


「何の縁でしょうかね、警査官殿。というか何故此処にいる?」

「私にはマイカ・アメーシアという名前があります。此処にいるのはあなたの部下の引越しの手伝いをしたからです!!」

「お前、まだ引越しの荷解きをしてなかったのか。此処に来てからどんだけ経ってるんだよ」


 あきれた表情を浮かべてテュリアに顔を向けるカルナヴァル。


「わたし、寮に戻れたのも最近なんですけど……。それよりもどうして先輩がマイカちゃんのことを知ってるんですか?」

「こいつが謹慎を言い渡される現場にいたからだよ。なあ、役立たずの調書取りさん?」


 カルナヴァルの皮肉にマイカは唇を噛み締めるだけだった。その様子を見たテュリアがカルナヴァルに喰いかかろうとしたがマイカが手で押さえ込んだ。正直なところ、自分を火種にテュリアと上司が言い争って欲しくはないのだ。

 カルナヴァルもこれ以上取り合う気はないらしく、ガイに手錠を掛けようとしていた。


「ん? 傷が無くなってる?」


 先程殴りつけたガイの傷跡が消えて無くなっている。いくらヴァンピールといっても早すぎる回復である。カルナヴァルが疑問を浮かべた時、再び銃声が鳴り響いた。


「シネシネシネシネエエエエエエエエ!!」


 5発の銃声とガイの咆哮が辺りに響いた。カルナヴァルがガイに至近距離より発砲され衝撃で吹き飛ばされていた。


「先輩!!!」


 テュリアの悲痛な叫びが木霊する。マイカは凶行に至ったガイを取り押さえようと飛び掛るがコートを掴んだ感覚はあるが肉体の感触がなかった。例えるなら吊り下げられた衣服に飛び掛ったような感触。ガイは上半身を霧にすることでマイカの取り押さえをかわしたのだ。


「くそっ!! ザリチェかよ。そもそも何でゾンビ化してるのに能力が使えてるんだ!?」


 カルナヴァルは駆け寄ってきたテュリアの肩を借りて起き上がっていた。マイカが見る限り思っていたより無事そうだ。鉛弾を撃ち込まれたのにかかわらず、カルナヴァルはテュリアの肩から離れ自力でガイと向かい合っている。


「テュリア、風鎖結界を維持したまま凍結拘束をやれ」


 出来るかという「質問」でなく「命令」である。そこにテュリアが出来ようが出来なかろうが実行しろという強い意志が感じられた。警察組織の上司として部下に命じているのである。テュリアもそれを感じ取ったのかコクリと頷き、魔術構成に取り掛かった。勿論、風鎖結界は維持したままだ。

 凍結拘束は最も高度で強力な逮捕魔術である。高度で強力な拘束魔術であるがゆえに種族的に優れた魔術素養のあるヴァンピール族でもノーン系統の者でしか扱いこなせない。凍結拘束とは名のとおり対象者を一瞬にして凍りつかせる魔術である。どんな悪漢な者でも一瞬にして凍りつく。この魔術の最大の利点は生きたまま動きを封じることが出来る点である。殺傷能力を高める傾向の魔術と違い、逮捕魔術は生きたまま動きを封じるのが前提である。魔術強度が弱ければ封鎖拘束のようにすぐ破られてしまい、逆に凍結拘束のように強力なものになると匙加減一つで対象者を殺しかねないものになる。繊細な調整を要求されるため、絶えず集中力が必要になる。

 カルナヴァルはテュリアが術構成にはいるのを確認するとガイの動きを制限するために進んで前に出て、ガイと対峙した。

 マイカが飛び掛ったせいで上半身が裸になったガイは撃ちつくした拳銃を投げ捨て、カルナヴァルに襲い掛かる。大振りで繰り出された拳は予測できやすくカルナヴァルは屈めるようにしてかわし、一気にガイの懐に潜り込んだ。その勢いを殺さぬまま拳をガイの顎目掛けて突き上げた。

 が、拳が顎に届く寸前に顔が霧になり、カルナヴァルの一撃は虚しく空をきった。拳が外れたことで脇に隙ができたカルナヴァルをガイは見逃さず、膝蹴りを叩き込む。蹴りを喰らいよろめいたカルナヴァルをガイは執拗に拳を振るいなぶり続ける。カルナヴァルもただなぶられているわけではなくカウンターに何発かガイに打ち込んでいるのだが、その度に霧なられて有効打にならない。己の肉体を強化するヘシュムと肉体を霧に変化するザリチェの相性は最悪なのである。

 カルナヴァルは一旦、距離を置くためにわざとガイの顔面を殴りつけて視界を奪い、霧になった瞬間にバックステップで一気に距離を稼いだ。ちょっとした小休止である。


「またボーっと突っ立てるだけで終わらせるつもりか?」


 視線はガイに向けたまま、息を整えながら話しかけてきた。話しかけられたことにマイカは驚いた。


「私もヘシュムです。加勢しても役には立ちませんよ」

「はっ。そうやって頭の中で結論づけて何もせず、突っ立てるだけか?」

「なら、あなたのように無駄と分っていながら肉弾戦をしろと? 言っておきますけどね。あなたが先輩と殴り続けている限り、テュリア(あの子)は凍結拘束を行なえないですよ」

「警査官殿の頭はお飾りですか。だから、副署長に懲罰を喰らうんだ。あの人は考えて行動してる奴には甘いんだよ。そうじゃねぇ奴に厳しく接する。考えてばかりの奴もしかりな」

「何が言いたいんです?」

「さあな」


 マイカは訝しげな視線をカルナヴァルに向ける。そして、気付いた。先程からカルナヴァルは不自然にわき腹をおさえていることを。そして、ヘシュムの能力で敏感になっている嗅覚がカルナヴァルから異常なまでに血の匂いが漂っていることを。


「あなた……、まさかさっきの銃撃で?」

「違う。お前が気付くべき点は俺がどうとかじゃない。お前は今、どうすべきかを考えるべきだ。そうすれば自ずと取るべき行動も見えてくる」

「どうすべきか……」


 それはカルナヴァルの代わりに肉弾戦をしろという意味でないことは明白だ。ならば、何をカルナヴァルはマイカに伝えようとしているのか。自分がガイのコートを手にしていることに気が付いた。ガイに飛び掛り霧なって避けたため、そのまま手に持っていたのだ。コートには空になった鞘とホルスター、武器になるようなものは無い。だが、ミスリル繊維でびっしり編まれたこのコートなら……。


「カ、カルナヴァルさん!!」


 階級は自分の方が上だが謹慎中の身のうえ、相手は自分より年上だからさん付けで呼ぶことした。


「ガイ先輩を少しの間惹き付けれますか?」

「少しでいいんだな」

「はい」


 カルナヴァルは了解とばかりにまた暴徒と化したガイの前に躍り出た。勿論、カルナヴァルの攻撃は相手が攻撃箇所を霧にするためダメージにならない。それを承知の上でカルナヴァルは挑んでいる。銃弾を浴び、深手を負いながらも平然と前に出るカルナヴァルの強靭な精神力にマイカは驚嘆した。と、同時に自分のとるべき行動を見極める。

 ガイは混血、それゆえに霧になれるのも部分的なものだ。ならば、ガイの能力を超える面積で攻撃すればガイは対応できないはず。

 マイカはカルナヴァルを囮にしてガイの背後に回りこんだ。ガイの着ていたコートをガイの頭より被せるようにして押さえ込んだのだ。


「テュリア!! 今よ!!」


 大気中の水分がコートに包まれたガイに集まっていく。魔術の発動を確認したマイカはヘシュムの脚力を生かして一足飛びで一気にガイから距離をとった。次の瞬間、凍りつくような冷気の風が通り抜けた。マイカが視線をガイに戻すと氷付けにされた彼の姿が写った。


「終わった……」


 へたり込むマイカにカルナヴァルは歩みよる。


「さすがマイカ警査。コートで動きを封じ込めるとは中々やるな」

「しらじらしいですね」


 マイカが気付くよりも早くカルナヴァルはそれに気付いていたのだ。彼は自力でもそれを行なうことが出来た。銃撃を浴び余裕のある状態じゃないのにそれをしなかった。それが理解できない。


「どうして私に手柄を譲るような真似を? 自分だけでも出来たでしょうに」

「俺が何かしたか? 俺はただ愚痴っただけだ。お前が勝手に気付いて行動しただけだろ」


 彼は思いっきりすっ呆け、違う違うと手を振りながら笑った。まるでマイカが勝手に好意的勘違いしたと言わんばかりだ。けれど、マイカには確信が持てた。それが彼の意図だったということを。そして、それを裏付けるように彼がいつの間にか自分のことを「警査官殿」から「マイカ警査」と呼んでいたことに気付いた。


「せんぱい~」


 テュリアの情けない声が響く。「お前もよくやった」とカルナヴァルはテュリアもほめていた。が、


「違うんです。先輩。あの……凍結拘束の範囲指定をミスちゃって……」

「なんだと!?」


 マイカ、カルナヴァル共々ガイの方に向き直る。すると、ガイを氷像を中心に凍りつく範囲が広がっていた。


「風鎖結界と同じ範囲指定にしちゃったんです」

『な、なに~!!?』


 三人は慌てて氷りつく公園から逃げ出した。勿論、逃げ出した後に噴水公園が氷りついたのは言うまでもない。



       ☆☆☆☆☆    ☆☆☆☆☆    ☆☆☆☆☆



「うわ~、えげつない威力ッスね。ヴァンピールの扱う魔術って」


 氷ついた公園を双眼鏡で眺めながら一人が呟いた。


「そうだな。それより撤収の準備をするぞ」

「思ったより淡白な反応ッスね。やっぱ思わぬ乱入者のせいで女を仕留められなかったのが悔しいですか?」

「そうじゃない。俺達が相手するのが化け物ばかりだってことを再認識したからだ」


 女警官にしろ、一般人の女にしろ自分達が予想するより遥かに上の戦闘能力を有していた。ただ何よりも化け物だと思ったのは途中で乱入してきた男性警官だった。『契約』で操っていた警官をあっさりと昏倒させたのだ。全く無駄の無い緩やかな動きで、そこにヴァンピール独特の強さというよりも男そのものの強さというものを感じられた。そう、それは自分達をまとめているライトという男に通じる凄みである。男性警官に昏倒させられたせいで操っていた警官は自分の管理化から離れ、暴走してしまった。


「『宴』の上層部には『契約』の暴走のこととあの警官のことを報告しないとな」

「それが君達を指示してる組織のわけなんだね。その辺のことを詳しく教えてもらおうかな」


 二人の背後から見知らぬ声がするのと同時に背に硬い感触した。


「動くな。今、君達二人の背には銃身か剣先が付きつけられている。動くとロクでもない結末が君達に待っているよ」


 二人はこの時悟った。自分達の観察が失敗したことを。だが、二人は諦観したわけでは無い。


「手を挙げながらゆっくりとこっちを向くんだ」

「それは出来ないな」


 男が告げると同時に振り向きざまに隠し持っていた拳銃を抜き、背後の存在に銃弾を撃ち込んだ。が、振り向き撃ち込んだ背後には誰もいなかった。


「バカな、確かに背後から声が聞こえたのに」


 首筋に熱い痛みが走る。いつの間にか剣の刃が拳銃を撃った男の首筋に押し当てられていた。


「今度、馬鹿な真似をしたら容赦なく首をかき切るよ」


 背後にいたはずの存在はすぐ真横にいた。銀縁眼鏡をかけた男性警官である。男は自分たちの身に起こったことを理解した。自分達はこの警官の幻術で後ろにいると誤認させられたのである。ヴァンピールの系統、幻術を扱うドゥルグの能力である。系統が分れば、男達の行動は早い。ドゥルグは戦闘に特化した系統ではない。

 相方の男が間入れず煙幕を起こした。戦わず逃げに徹すれば振りまけるのである。

 煙が辺りから消えた時、その場にいたのは銀縁眼鏡を掛けた警官、ノットンだけであった。


「完全にしてやられた」


 ノットンは辺りを見渡すが人影らしいものは何一つ見当たらない。彼らの荷物はそのまま置き去りだが大したものはないだろう。あの手並みは完全にその道のプロの手際である。


「先輩がこっちに居れば、追跡も出来たんだろうけど……」


 テュリアの方にその先輩は向かったのだ。こればかりは今更言ってもどうしようもない。後は部長の猫のネットワークに彼らが引っ掛かるのを待つしかない。そもそも不信な二人組みを発見したのも部長の猫達の手柄である。

ノットンは剣を鞘に戻した。その刃には僅かに血がこびりついていた。先程まで首筋に押し当てていたので、その時付いた血液であろう。その僅かに香る血の匂いが、ノットンを驚愕させた。


「……、ヒトの血の匂い?」



        ☆☆☆☆☆     ☆☆☆☆☆     ☆☆☆☆☆



 明くる日、ザール地区警察寮。別名『悪魔の巣窟』は騒がしかった。


「結局、連続バラバラ傷害事件は刑事課から組織犯罪対策課に移ったんですよ。あっ、そのテーブルこっちに持ってきてください。ノットンさんの話を聞く限りかなり大きな組織が絡んでいる可能性があるので。けど、そんなヒト族を巻き込む程大きな組織って聞いたことが無いですよね。だから、こっちは完全に手探り状態なんですよ。何か心当たりあります?」

「ねぇよ。一巡査官に何を期待してるんだ。それよりどうしてお前が此処にいて、俺は荷解きまで手伝ってるんだ?」

「私もこの寮に引っ越すことにしたんです。丁度、まだ謹慎中で時間もありますし、テュリア(あの子)のことも気に掛かるし……。此処は立地は悪いですけど静かで今まで使っていた寮と大した通勤時間の差もありませんから。それに……(もう少しあなたと話したかったから)」


 マイカは最後の言葉濁すようにボソボソと呟くだけだった。ゆえにカルナヴァルには聞き取れなかった。


「それよりも偶然ですね。私の引越しの時に休暇だなんて」

「偶然じゃないぞ。昨日腹に穴をあけられたからばい菌が入ってないか念のために検査して薬貰って来いって言われたんで仕方なく休暇をとったんだ」

「だ、大丈夫なんですか?」

「傷は治癒魔術でふさいでもらったから問題ない。単純に傷口からよからぬものが入ってないかを視て貰うだけだ」

「駄目ですよ。そんな認識じゃ。傷口から入るばい菌だって時には死に至るものがあるんです。早く視て貰わないと。判りました。私もご一緒します」

「いや、ちょっと待て。どうしてその流れになる? 俺はガキじゃないから一人で病院に行けるし、お前はここの荷解きがあるだろうが」

「そんなの後でも出来ます。今はあなたが病院で見てもらうのが先決です。なんか、病院にいくとか言っていかないタイプそうだし」

「うっ、ソンナコトナイヨ。巡査官ウソツカナイ」

「何で片言になるんです? 決めました、絶対にいきますよ」

 

 カルナヴァルは顔をしかめた。対するマイカはしたり顔だ。もし、この場にテュリアがいたら二人の様子に驚くであろう。水と油ように交わりそうにない二人が、傍目からみたら和気藹々と会話しているのだから。しかし、テュリアが親友が自室の隣に越してきたのを知るのはマイカの荷解きが終わりひと段落着いた後なのである。


 この日、『悪魔の巣窟』にまた一人新たな住人が住むことになった。








  



 








 

シリアス回終了~。やっと終わった……、次話よりまたギャグ回に戻します。

今回の話を書いてる最中にウチの洗濯機が洗濯物と一緒にケータイも洗濯した……。

ケータイは外装・中身ともにキレイにさっぱり洗濯されました。(笑

ホント、うちの洗濯機の優秀さに困ちゃうよ。あははははは~。

出来れば加減して欲しかった(泣

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