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第1話 テュリアの長い一日(前編)

『私は、オーエント国憲法及び法律を忠実に擁護し、命令及び条例を遵守し、警察職務に優先してその規律に従うべきことを要求する団体又は組織に加入せず、何ものにもとらわれず、何ものをも恐れず、何ものをも憎まず、良心のみに従い、不偏不党且つ公平中正に警察職務の遂行に当たることを固く誓います。』(常夜の国「オーエント」警察官宣誓文)



テュリア・レプリカーレは馬車から石造りで出来た道路に足を踏み降ろした。


「ここが……」


深更都市「ダイン」の東部エリア、ザール地区。

それが今、踏みしめている大地の名だ。400年前ヴァンピールにして聖女のご息女・エリファスが岸壁に出来た天然洞窟から切り開いた国・常夜の国「オーエント」。エリファスがこのオーエントを建国するまでヴァンピールは「吸血鬼」と蔑まれていた。しかし、大陸全土を戦火に包んだ『一票戦争』がヴァンピールに国を持たせるきっかけとなった。始めは戦火から逃れたほんの僅かなヴァンピールが居住している空間だった洞窟に次第に人が集まるようになり、洞窟は掘り進められた。ヴァンピールは人間に比べて強靭で強力な存在だが日光に何より弱い。故に地上での生活は望めなかった。先人たちはエリファスに導かれるままに洞窟を掘り広げ、その際採れた鉱石が国を潤し、洞窟に自生していた光苔が人々の生活を豊かにしていった。

この深更都市「ダイン」も人工的に掘り広げられた空間に造られた都市の一つである。


「昔の人は凄いな~、こんな奥深くにも街を造っちゃうんだもん」


吸血鬼という言葉が死語となり、ヴァンピールが一つの種族として認められてから随分経つ現在では「オーエント」は交易が盛んになり、洞窟の最奥に位置する深更都市「ダイン」でも観光地などが次々と建設され、人々の交流が頻繁になってきている。人の交流が増えればトラブルも当然増える。そのトラブルを解決したり、未然に防いだりするのが警察の役割だ。そして、テュリアも今日からこのザール地区の巡査官として警察に所属することになった。


「お嬢ちゃん、この荷物はここにおいていいかな」


馬車の業者がテュリアのキャリーバッグを地面に降ろす。業者は気のいいオジサンでテュリアの故郷、深淵都市「ハオマ」からここまで格安で送ってくれた。なんでもワインをダインに配達するついでだったそうだ。


「はい、ありがとうございます」


テュリアはありったけの感謝を込めて馬車で送ってくれたおじさんに頭を下げた。


「頑張りなよ、お嬢ちゃん。聞いた話じゃ警察ってのは女の子には過酷な仕事って聞くよ。こう言っちゃ失礼だけど、お嬢ちゃんみたいに華奢な子が耐えられる仕事とは思えないな、おじちゃんは」


心配そうにテュリアを見つめるオジサンに、テュリアは自信と希望を表すように笑顔で答えた。


「大丈夫ですよ。こう見えてもわたし、家族の中じゃ一番芯が強いって言われているんですよ。それにちゃんと警察学校だって卒業してるんですし」


テュリアは心配ないとばかり腕を挙げてみせると、オジサンは闊達に笑いながら、


「はははは、こりゃ済まないね。おじちゃんは余計な老婆心が出ちまったようだ。その様子なら警察だろうがなんだろうが大丈夫そうだ」


業者のおじさんは手をひらひらと振りながら馬車を引き、立ち去って云った。その馬車の背を見送りながらテュリアは新天地での生活に胸を躍らせていた。


「さて、まずは交番所にいって着任の挨拶をしなきゃ」


馬車のオジサンの話だとこの道沿いをまっすぐ進んで突き当たりを曲がれば直ぐと言っていたことを思い出し、キャリーバックを引きながら歩き出した。光苔で薄っすら照らされる家並みや街道はテュリアの住んでいたハオマと変わらない。ただ家と家との間隔が短かったり、道端に多くの出店が出ていて活気のある情景はテュリアのいたハオマではあまり観られない光景だ。ハオマ以外の都市のことを書籍などの知識でしか知らなかったテュリアには目に入ってくる景色が全て新鮮にみえた。これだけで警察に就職し、このダインのザール地区に配属されてよかったと思える。少なくと両親の言うこと聞いて親の跡継ぎをするよりは。

何よりもテュリアにとって警察は憧れの職業だ。両親が仕事で忙しく、テュリアにはかまってくれず、いつも相手をしてくれたのは歳の離れた姉である。その姉も仕事で国中の都市を行ったりきたりしているため、常に遊んでくれる存在ではなかった。姉が仕事でテュリアと遊べなくなる時、寂しがらないように与えていたのが冒険活劇や警官が巨悪を討つという勧善懲悪ものの書籍だった。特に警官ものの書籍は姉の趣味だったのかよく手渡された。テュリアはわくわくしながらそれを読み進めていたのを覚えている。その影響か将来のことを考える年頃になった頃には自分は親の後を継ぐより警察官になりたいと思うようになっていた。その後、親に黙って警察学校の願書を取り寄せ、姉を説得して学校の入学を認めて貰い、保護者として入学証書にサインして貰った。卒業の時、姉に「途中で挫けると思ったのに、まさか卒業するとは」と冗談交じりに言われたことはまだ記憶に新しい。


「あれ~、結構歩いてるけどまだ突き当たりに見えないや」


馬車と別れてから10分程歩いているが一向に突き当りが見えない。馬車のオジサンはどれ位歩けば突き当たりに出るとは口にしていなかったが流石に心配になる。

交番所は目印になる建物だから人に訊けば直ぐに道を教えてくれるだろうと思い、目の前を歩いている男性に声を掛けた。


「あの、すみませんが……」


が、声を掛けられた男性は無視してスタスタと歩み去っていった。テュリアの呼びかける声は男性に届いている。なぜなら声を掛けた瞬間に男性が歩みを速めたからだ。


「う~ん、急いでたのかな」


男性が取った行動は些か礼儀には欠けるが不思議な行動ではない。人間誰しも親切に接してくれるわけではない。人によってはその時の事情があるだろうし、性格的に人に頼られるのが嫌いという人もいる。と同時に馬車のオジサンのように誰にでも親切に接してくれる人だっている。そのことを十分理解しているテュリアは諦めず、今度は目の前を通りかかった女性に声を掛けた。


「あの……」


今度はテュリアを中心とした円を描くように避けられた。


「えっ」


テュリアは思わず絶句した。深更都市「ダイン」の治安は常夜の国「オーエント」でもダントツに悪いとは知っていたけど、そこに住む人々の反応がここまで冷ややかなものだとは知らなかった。ダインにきて早々、期待で胸を膨らましたものが徐々に萎んでいくのを感じた。それが冷静になって周囲を眺める目をテュリアに与えた。

―― ねぇ、ママ。あのおねえちゃんはなに? ――

―― しっ、見ちゃいけません。 ――

こちらを見ていた親子がテュリアに気付くと避けるように離れていった。それに似た感じを他の人たちにも感じる。つまり、ここの人たちが冷たいのではなく、テュリアの恰好が近づきにくいのだ。慌てて、自分の恰好を見直してみる。テュリアが今、身に付けている服装はオーエント警察から支給された制服だ。黒を基調としたミスリル繊維でピッシリと編まれたフロックコート。そのコートの胸ポケットにはオーエント警察を表す「大地から滴る雫」を描いた所属章、襟に階級章が添えられている。コートの下には支給された白シャツ、クリップ式のネクタイ、コートに合わせた黒のズボンという一般的な巡査官の恰好だ。

やっぱり、どこもおかしいところは見当たらない。一体、ここの人々は何を見て近づき難いと感じているのだろうか。


「おい、そこの警官風の娘!!」


鋭い怒声が辺りに響いた。声がした方に振り向くと、茶髪で鋭い目付き、黒褐色の瞳を持つ男がテュリアに向かって歩んでいた。怒声には驚いたが男の恰好はテュリアと同じ巡査官の服装だ。おそらくテュリアが配属されたザール地区交番所の人間なのだろう。よかった、これで交番所に辿りつけるとテュリアは胸を撫で下ろした。


「こんな場所で何している?」


テュリアの目の前に立った男性警官は風貌は人間で言うなら20代そこそこの年齢だろう。しかし、ヴァンピールは見た目と年齢が重ならない種族であり、例え十代に見えても百歳・二百歳越えていることなどよくあることだ。むしろ、テュリアのように年齢と見た目が一致している場合の方が少ない。目の前に立った男性警官も見た目どおりの年齢では無いはずだ。しげしげと男性警官を眺めているとキッと睨みつけられ、思わず背筋を伸ばした。


「わ、わたしは本日よりダイン東部エリア、ザール地区に配属された……」

「配属? 」


と男性警官は聞き返し、テュリアをまじまじと見つめてきた。


「はい、わたしはザール地区交番所に配属された……」

「あ~、もういい。続きは交番で聞こうか。とりあえず両手を前に出して」

「えっ、両手をですか?」


と言われるがままにテュリアは男性警官に両手を差し出すと、

ガチャリ、

と手錠を掛けられた。


「えっ!?」


両手に手錠を掛けられ、呆然としているテュリアに男性警官は懐中時計で時間を見せながら無機質な声で告げた。


「午前9時22分、軽犯罪法違反で被疑者逮捕ね」



        ☆☆☆☆☆    ☆☆☆☆☆    ☆☆☆☆☆



テュリアは男性警官に促されるままに椅子に座らされ、無機質な机を間に挟んで対面するように男性警官も席に着いた。ここはテュリアの目的地であるザール地区交番所である。手錠を掛けられた後、男性警官はハンカチでテュリアの手錠を隠しながら此処まで連行したのである。


「あの、手錠は外してくれないんですか?」

「外してやるよ。これからする質問に《正直》に答えた後にな」


わざわざ、正直にという点を強調して男性警官は答えた。


「まず、君の名前と年齢から教えてね。ああ、年齢は推定とか推測じゃなくハッキリした実年齢で答えるように」


道で声を掛けられた時ように鋭い口調ではなく、砕けた口調でテュリアに質問を投げかける男性警官。


「テュリア・レプリカーレといいます。年齢は18歳です」


釈然としないものを感じながら正直に答えるテュリア。男性警官はテュリアの返答を手元にある調書に書き加えていく。


「次、血統と系統ね」

「純血のノーンです」


血統と系統を尋ねる調書はヴァンピール独特のものだ。血統を問うのはそれが個人を強さを知る目安になるからだ。純血か人間との混血かによって種族としての強さの違いが顕著に現れる。例えば純血のヴァンピールと混血のヴァンピールで体力測定をすると軍配は純血にあがる。一般的にヴァンピールの血が薄ければ薄いほどヴァンピールの種としての強靭さと強力さは弱まる傾向にある。また血統とは別に系統というものがある。ヴァンピールは系統によって備わっている能力が違ってくる。テュリアの述べたノーンとは魔力がエルフや竜族並に高く、精霊との親和性も高い能力のことである。他にもヘシュム・ドゥルグ・タルウィ・ザリチェ・アズの5系統があり、両親が異なる系統でも子に遺伝するのはどちらかの1系統だけである。


「なんでこんなことしたの?」

「こんなことって何ですか? わたしは今日ここに配属された巡査官です!!」

「あ~、そういう設定? って言うのかな。そういうのは別にどうでもいいから、どうしてそんな恰好で街中を歩いたのかって聞いてるの、俺は。警官じゃない人間がその恰好で街中をうろうろしてたら軽犯罪法に引っ掛かること知らなかったの?」

「だから、わたしはその警官になって今日ここに配属されたんです!! 軽犯罪法も何もわたしは警官で巡査官なんです!!」


テュリアは男性警官の真に受けない態度に不満を募らせ、男性警官も中々口を割らないテュリアの態度に段々腹を立ててきてる。


「あのな、俺があの場に駆けつけたのは善良な市民が、そこの通りに警官の恰好をしたイメクラ嬢がいるっていう通報があったからなんだよ!! 駆けつけてみればどうみてイメクラ嬢にしか見えないお前がポケーと突っ立ってたんだ」

「イ、イメクラ嬢~!? わたしそんな破廉恥じゃありません。そんな目でわたしを見てたんですか!? イヤらしい~、軽蔑します。それにポケーと突っ立ってたなんですか、それじゃまるでわたしがお間抜さんみたいじゃないですか!!」


突然の卑猥な表現にテュリアは頬を紅く染め、直ぐにさま反論した。


「おう、間抜けだろうよ。大方、楽で大金が手に入る仕事があるって触れ込みに釣られたんだろ」

「ほんと~に話を聞かない人ですね。どうしてわたしの話を真剣に取り合わないんですか?」

「それは……」

「にゃあ~、騒がしいね。カルナヴァル、その娘さんがどうかしたの?」


突然の参入者に場は一旦静まりかえった。テュリアは視線を声の方向に辿っていくと一匹の黒猫がちょこんと地面に座っていた。黒猫はカルナヴァルと呼ばれた男性警官の膝に飛び移り、そこからさらに机の上に這い上がって来ては腰を下ろしテュリアに挨拶した。


「初めましてお嬢さん。我輩はイストリア・マーサ巡査部長と申しますにゃあ。この交番の責任者を務めてますのにゃ」

「部長、いくら猫に化けてるからって語尾ににゃあとかの猫語を付けるのはやめろっていつも言ってるでしょ」

「ん~、猫の時はこの方がしっくりくるにゃ。それに今は語尾の問題を話し合う時じゃないにゃ、カルナヴァル」


黒猫はカルナヴァルと呼んだ警官を諫め、テュリアに向かいあった。


「因み言っておくが部長は猫であっても猫じゃないぞ」

「馬鹿にしないでください。タルウィなんでしょ、それぐらいわかります」


タルウィとは動物に変化することが出来る能力を持つヴァンピールのことだ。

そのタルウィの黒猫がテュリアに向かって口を開く。


「銀髪が綺麗なお嬢さん、どうしてここに連れて来られたんだい?」

「それはそこに座っている人に誤認逮捕されたからです」

「誤認逮捕、それは聞き捨てならないね。カルナヴァル、どうなんだい?」

「誤認も何もそいつの証言を真に受けたら、今日ここに新入りが配属されることになるぞ。いくらずぼらな本部でも何の連絡もなしにそれは無いだろう。部長は今日こいつが配属される連絡を受けたのか?」

「少なくとも我輩には知らされてないにゃ。当然、カルナヴァルも知らされてないんでしょ?」

「ああ、当然だ。ここの責任者の部長に知らせないことを俺に知らせる道理はないわな」

「そ、そんな……」


黒猫の言葉に肩を落とすテュリア。


「はい、これで分っただろ。お前が嘘をついているのが。だから、正直に言いなさい。怒らないから」

「で、でも、わたし警察手帳だって持ってるんです。これなら少なくとも警察官だってことは信じてくれますよね」


藁にもすがる思いでテュリアは手錠のせいで取りにくそうにしながらも胸ポケットから警察手帳を取り出した。


「へ~、最近の小道具はリアルだにゃあ」

「見事な出来だが、写真がなぁ~。制服に着られるって度を越えるとイメクラになるんだな」

「ひどい、全然信じてくれてない」


テュリアは瞳に涙を浮かべた。涙腺というダムは決壊間際だ。その様子をみた黒猫は「一旦、休憩を挟むにゃ。その方が話が進むと思うにゃ」と提案し、カルナヴァルがそれを了承し席を立った。


「ところで部長」

「なにかにゃ?」

「珍しいですね、取調べに参加してくるのは。いつもはこういうのに参加しないでしょ」

「う~ん、たまたま通りかかったら君が声を荒らげてるのが聞こえてにゃ。しかも、女の子との言い争いに聞こえたから、つい野次馬根性に火がついたにゃ」


部長らしい返答にカルナヴァルは苦笑した。


「通りかかった? 何か用でもあったんですか?」

「にゃ、一ヶ月ほどとり忘れ続けた交番所のポストをチェックしに行く最中にゃ」


常夜の国「オーエント」の情報伝達の要は書類による伝達である。つまり、ポスト越しの情報のやり取りなのである。ということは……。



猫は受けた恩を三日で忘れるという。日常の些細な事なら言わずもがな。テュリア・レプリカーレの配属書は一ヶ月ため続けた書類の山に埋もれていたのは言うまでもない。

その日、もう直ぐ昼時の鐘が鳴ろうかという時刻に猫を絞めるような悲鳴がザール地区交番所周辺に響いた。













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