ハメられて追放された悪役令嬢ですが、爬虫類好きな私はドラゴンだってサイコーです。
「ルナティア! ボクは政略結婚とかそーいうのじゃなくて、ちゃんと君を愛するから。だからボクの妃になってくれ」
「……アイザック様」
アイザックは先ほど摘んだばかりの小さな花の束を私に渡した。
真っすぐな青い瞳と風に揺れる、金色の髪。
つい先ほどアイザックの父である国王様と、公爵である私の父との間で私たちの婚約が結ばれたところだった。
貴族の結婚は親が決めるもの。
幼い私たちもそれは知っていた。
だから私たちの婚約が必然とはいえ、どこか夢のない未来に悲しくなっていたのも本当のこと。
アイザックのことが嫌いってワケでははない。
でも恋すらすることも出来ないし。
ううん。
自分で好き嫌いを言うことも、出来ない。
物語みたいな恋物語はあの瞬間、もう一生来ないんだって。
それが何より悲しかったんだけどなぁ。
「ありがとうございます、アイザック様」
「おう」
「良かったねー、ティア。アイザック様となら、きっと幸せになれるわ。二人とも、すごくお似合いだもの」
「貴族間の結婚は愛がないとはいえ、これなら大丈夫そうですね。この国も安泰だ」
私たちのやり取りを見ていた幼馴染である侯爵令嬢のサーシャと宰相の息子であるランドが声をあげた。
こうやって四人でこんな風に中庭で隠れて遊ぶのも、今日で最後になるだろう。
私は明日からお妃教育が始まり、アイザックも国王になるための教育が始まる。
子どもらしい時の最後に、それでも四人でこうやって笑うことが出来て私はただ幸せだった。
「ふふふ。みんな大好きよ」
どんなに辛い事がこの先あったって。
この思い出があればあれば。
この大切な人たちがいれば。
お妃教育がキツクても、どれだけ嫌な未来が待っていたとしてもきっと大丈夫……。
私なら乗り越えられるわ。
そう思っていたのだけど――
「ルナティア! お前は自分がしてきた重罪を分かっているのか‼」
玉座に座り、眉間に深いシワを寄せたアイザックが大きな声を上げた。
そのあまりに大きな声に、私は現実に引き戻される。
こんな場でこんな仕打ち。
私はハメられたのね。
本来私が座るはずだった玉座の隣には、怯えた様子のサーシャが座っていた。
そして玉座の前で騎士たちに後ろでに組み敷かれ、床に這いつくばらされている私。
『お前のしてきたこと』そんなもの知るわけもない。
でも何度私が声を上げても、アイザックは聞く耳など持たなかった。
「自分のいたらなさをサーシャをいじめることで晴らすなど、言語道断だ!」
「私の……いたらなさ……ですか?」
鼻で笑い出しそうになるのを、私は必死にこらえた。
掴んだドレスが、ぐしゃりとシワを作る。
今日この瞬間まで、誰よりも努力してきたというのに。
この人は何を言ってるのだろう。
アイザックが国王になるための教育をサボる間も。
私という婚約者を無視して、サーシャと仲睦まじくしている間も。
どんな時だってずっとずっと、家に帰ることすら許されず、ただお妃教育に明け暮れていた。
それは言葉でなんて言い表せないほど、苦しかった。
家族をどれだけ思っても、休みたいと願っても、全てはこの国のためにと我慢させられてきたというのに。
見ていなかったからって、知らないなんて言わせない。
それだけの成果をちゃんと出してきたのだから。
「そうだ! 自分が妃に向いていないから、サーシャに執拗ないじめをしてきただろう。おまえとサーシャとでは器が違うのが分からなかったのか!」
器ね……。
何もせずに、ただアイザックの隣にいただけのサーシャ。
しかも私の一番の味方だという顔をしながら、その実全てを奪っていっただけじゃない。
そんな人間のどこに、王妃としての器があるというのよ。
「私は何もしておりません」
「まだ言うか! サーシャのモノを燃やしたり、水をかけたというのは分かっているのだぞ!」
「それはどれがいつのことなのでしょうか? 妃教育は毎日、全ての時間において教師が傍についております。私にはそのように自由に動き回る時間などなかったはずですが?」
「み、見たという人間がいる!」
どうせ、あなたかサーシャの取り巻きでしょう。
そんな証言に、どうして信ぴょう性があると思えるのかしら。
むしろ先生たちは、交代で私を監視するようにずっと一緒だったのよ?
それこそ協力関係すらないのだから、そちらの証言の方が信ぴょう性があると思うんだけど。
でも私の父すらこの場に呼んで断罪している辺り、すべて予定通りなのでしょうね。
この場にいるすべての人間にとって。
「アイザック様以外も、皆その話を信じられたのですか?」
「当たり前だ。だからこの場に、関係者が呼ばれているのだろう」
私はゆっくり周りを見た。
国王様と王妃様以外、確かに関係者はそろっていた。
私の父やサーシャの父。
それに現宰相となったランドと、ランドの父。
この国の主要メンバーが揃っている。
だからこの場での決定は、そのまま私の罪となる。
「……そうですか」
こんな時すら、父は私に無関心なのね。
まぁ、助けてくれないことなど分かっていたけど。
この人にとっては、私なんかよりも家が大事だものね。
今までもそうだったように。
「本来ならば、極刑に処したいところだが……」
「アイザックさまぁ、さすがにそれは可哀想ですわぁ。いくら罪を犯したとはいえ、ルナティアはアタシたちのお友だちだったではないですのぉ」
だった、ね。
過去形でしょうね。
私はもうずっと前から、友だちなんて思ってなかったわ。
「サーシャ、君は本当に優しいな。ルナティアなどとは大違いだ」
熱のこもった瞳でアイザックは隣に座るサーシャを見つめた後、その手を握った。
そしてサーシャはアイザックからの言葉が満足だったのか、微笑み返す。
とんだ茶番だわ。
初めからアイザックが欲しいのならば、私の代わりにお妃教育だってしてくれればいいのに。
でもそうね……。
これでようやく私も解放される。
あんな苦しさも孤独さも、もう感じなくていいんだわ。
もう本当に……どうでもいいわ。
ココじゃない場所に行けるのならば。
「大罪人であっても、お前には利用価値があるからな。北の獣人国に嫁いでもらう!」
「獣人国……」
「せいぜい、ここで習ったお妃教育を活用するがいい! まぁ、人の言葉が野蛮なケモノに通じればいいがな!」
私は誰にも気づかれないように、ただため息を吐き出す。
次期国王とは思えない下品なアイザックの笑い声が、私の思いも全てかき消してくれた。
◇ ◇ ◇
「やぁ、元気かい?」
悪びれる様子もなく、宰相であるランドが私を収容した牢屋までやってきた。
貴族専用の、とは言っても所詮は地下牢。
薄暗くカビの生えたこの牢屋で、元気か、などよく言えたものだと思う。
にこやかに片手を上げる姿を見ていると、場所がココでさえなければ友人を訪ねて来たようにしか思えない。
「何をどうしたら元気だなんて思うのかしら?」
「そうかい? その割には気落ちしているようには思えないけどな」
「そう見えるのなら、嬉しいわね」
「ああ、ずいぶん怒っているみたいだな」
「普通、怒らない方がおかしいと思うのだけど?」
罪もなく断罪された挙句、こんなところに入れられているっていうのに。
断罪などなかったかのように、いつもと変わらないランドに腹が立つ。
「まぁ、それはそうだろうね」
「なにそれ……」
馬鹿にしてる。
他人事だってことは分かるけど、助けてもくれなかったくせに。
「それで有能の宰相サマは、こんな罪人のとこまで何しに来られたのですか?」
「そう怒るなよ」
「だから! これのどこが怒らずにいられるって言うのよ。ありもしない罪に問われ、こんな目にあっているのよ?」
「知ってるよ」
「知ってるなら!」
知ってるなら、なんで助けてくれなかったの。
少なくとも私は、ずっと仲の良い友だちだって思ってた。
別々の道を進むことになったって、四人は変わらないって。
そもそも、その考えがダメだったのよね。
大人になれば、仲良しこよしじゃ生きてなんていけない。
とくに私たちはこの国の中心となる貴族であり、思惑やいろんなものと常に背中合わせだったのに。
お妃教育を受けていたって、根本は幼いままだったってこと。
だからこんな目にあってしまった。
ある意味、自業自得ね。
「どうでもいいわ、もう……。で? 笑いにでもきたの? みんな暇人ばっかりね」
「みんな?」
「ええ。あなたが来る前にも、たくさんの人たちが来たわ」
もっとも、半数以上は私に同情した人たちばかりだった。
仲の良かった侍女たちはこっそりお菓子を差し入れてくれたし。
あれほど厳しくて苦手だった先生たちは、私が妃になれないことを知って悔し涙を浮べている人もいた。
あとは騎士たちも、私を絶対に安全に北の獣人国まで届けますってわざわざ言いに来てくれたっけ。
「君は本当にいろんな人間に慕われているんだな」
「そうかしら。そうだとしても結果はコレだけどね」
「いや? 案外そうとも限らないんだけどな」
「?」
こんな牢屋に入れられた挙句に、最果てとも思える土地に飛ばされるのに?
私の代わりに泣いてくれた人たちは、とても酷い場所だとみんな口をそろえた。
この国とは文化も文明も違い、すごく遅れた国らしい。
授業では何度か聞いたこともあるけど、位置的にもすごく寒い国だと言うことは知っている。
とても人が住めるような国ではなく、獣人ほどの強靭な者たちではないと生きてはいけないって。
そんな場所に嫁がされるのだ。
相手はもちろん人でもない。
歓迎だってきっとされていないことも想像はつく。
「サーシャがわざわざ私にお似合いの国だと高笑いしに来たのよ。野蛮で過酷……。王妃の器ではない人間が、ただの身分だけでその座に就こうとした罰だって」
「……まったくよく言う……」
「別にこの婚姻は、私が望んだわけじゃない」
「ああ」
「欲しいのなら、こんな形じゃなくても……サーシャになら、譲れるものなら譲りたかったわ……」
私はきつく握りしめた自分の手を見た。
そんなに王妃の座が欲しかったのなら、あげたのに。
少なくとも私はいらなかった。
アイザックのことが嫌いとかではなくて……。
「少なくとも私は……友だちだって思ってたんだけどな」
そう言葉をこぼした瞬間、楽しかった思い出たちが涙と共に溢れだす。
友だちだって思っていたのは、私だけだった。
ホント、馬鹿みたい。
知ってたよ。
サーシャがアイザックのことを好きなことぐらい。
私に隠れて二人でずっと仲良くしていることも。
でも私には選ぶ権利なんてなかった。
もちろんそれ以上に、断る権利だって。
あの花束をもらった瞬間、それでもいつかは幸せになれるんだって思ってた。
だからいろんなことに目を瞑って、我慢してきたのに。
ホント、馬鹿みたい。
「あの二人は知らないが、少なくともぼくもまだ友だちだと思っているよ」
「はぁ? こんな状況で?」
「ああ。もちろんさ」
ランドは清々しいほどの笑みを浮かべる。
いやいや、この状況で友だちってさぁ。
私、牢屋の中なんですけど。
明日ここを出発させられるとはいえ、サーシャが言うには自国から侍女も連れて行けなければ荷物すら持ち出せないようにしたって。
「手が届くのならば、その口捻ってやりたいわ」
「それは勘弁してくれ。これでも君が一番幸せになれる道になんとか決めたんだから」
「決めたって? それどういう意味なの?」
決めたって。
なんでこの決定が私のためになるのよ。
「あいつらが君を修道院に飛ばすとか、王妃になった自分の侍女にして一生こき使うとかうるさかったからね。逃がすには最適だったんだ」
「逃がすって……それにしたって」
「大丈夫。君ならいつか……この国との架け橋になってくれるさ」
「嫌よ」
「あはっはははは。いつかでいいさ。きっと分かるから」
なんで自分を断罪した国の奴らとの架け橋にならなきゃいけないのよ。
ただ私が嫁ぐことになったのは、二人の思惑じゃなくランドの計画ってことよね。
しかもこの自信に満ち溢れた顔。
「やっぱり一度だけ、その口捻らせて!」
牢屋の中からランドへ手を伸ばす。
しかし器用にヒラリとランドはかわすと『健闘を祈る』などという言葉を残し、牢屋を出ていった。
そして私はすぐ後悔することになる。
何が何でもあの口を捻っておけば良かった、と。
◇ ◇ ◇
「わーーーー」
貴族令嬢たるもの、何があっても簡単に声など上げてはいけない。
みっともない上に、それはひんしゅくを買うようなモノだから。
生まれてから十六年。
いろんな人たちにそう言われ続けて生きて来た。
もちろんお妃教育はその上を行くキツさであり、感情を顔に出さないことは絶対的に必要なことだった。
だからそう簡単なことでは驚くこともない。
第一に友だちに裏切られ、悪役令嬢とまで罵られ、処刑すらされそうになったのにそれ以上のことなど何を驚くことがあるのだろう。
そう思っていたんだけどなぁ。
「……すっごーい」
獣人国であるカナン国へ入国し、護衛の騎士たちに別れを告げ、この王宮の広間までこの国の者たちに案内された。
野蛮で文明の遅れた国だと言われ続けていたこの国は、まさにその逆。
大広間は、自国の三倍くらいの高さと広さがあり、その装飾も息を呑むほど美しい。
だけど私が驚いたのはそこではなかった。
今目の前にいる、自分の夫となる国王陛下。
その姿だ。
「ドラゴンなのですね」
なぜこんなにも大きな広間が必要だったのか、これなら納得ね。
そのドラゴンは私の体の何十倍もあり、二本足で私を見下ろすその姿は獣人という域を遥かに超えている。
全身を強固な緑色の鱗が覆いつくし、爪一つで私の腕の半分くらいの大きさがあった。
どこまでも強く、大きく、人からすれば畏怖の対象だわ。
だってうちの騎士たちを幾人集めたって、勝てそうにもないし。
野蛮だなんだと言っていたのも、負け犬の遠吠えにしか思えないわね。
「小さき人の姫よ、そなた名は?」
「ルナティアと申します、陛下」
「……そうか。ではルナティア、そなたの夫となるはずの男の姿も見たことだ。帰るのならば、今だぞ? 自国の騎士たちも今ならまだ追いつくことが出来よう」
「帰る? 帰るとは……」
あの国に帰れってことなのかしら。
確かに私と陛下とでは、体格も違うし。
もしかしなくても、この婚姻は押し付けられたのでしょうね。
だからそんなこと言われるのだわ。
でも……少なくとも、この方は恐ろしくはない。
「お聞きされているかもしれませぬが、私には帰る場所などすでにございません。陛下のお側にいさせていただければと、思っております」
「ははははは。怖くはないのか? 俺はこの国の中でも特に他の者たちとは違う。この爪はそなたを切り裂くことなど容易であり、炎を吹けば一瞬でそなたは灰となるだろう」
「炎⁉」
「そうだ。恐ろしいだろう。だから……」
「あ、あの! その炎を吹いている時はご自身は熱くはないのですか? お口の中ってどういう構造しているのですか? あああ、その前に一度触らせてもらっても良いでしょうか? あーでも、そういうのは結婚してからですかねぇ。でもでも、握手とか、握手とか握手だけならダメですか? 本当に少しでいいので触らせて下さい!」
「え……、変態サン?」
炎を吹くと言われた瞬間、私の中の押さえていた感情が思わずあふれ出てしまった。
はしたないって分かってるけど、ドラゴンなのよ。
この世界で最強の生き物って言われているドラゴン。
それが目の前にいるんですもの、興奮しない方がおかしいし。
ドラゴンなんて生まれて初めて見た。
絵本の中だけの存在だって思っていたわ。
なのにそんな方の元に嫁げるなんて、こんなのご褒美じゃないのよ。
あの肌はどうなっているのかしら。
冷たいのか熱いのか。ヒトとは違うのは分かるけど、あああ、気になる。
「ルナティア様、我が国王が完全に引いてますが?」
「えええ。あああ、すみません。でもでもでもでも、あの、あなたは触ったコトあります? ど、どんな感じですか? 冷たいのかとか固いとか……」
謁見に同行してくれていた、薄緑の髪を後ろで一つに束ね、やや背が高めでメガネを付けた大臣らしき男性に私は尋ねた。
よく見れば、彼の頭からは長くふさふさした耳が垂れ下がっている。
どこかで見たコトある耳ね、ウサギさんかしら。
でも、メガネってとこが残念ね。雰囲気とかどことなくランドに似てるし。
そのせいか、若干……かなり、苦手なタイプだわ。
「……触ってみたらどうですか?」
「えええ。えええ、いいんですか!」
「おい、ちょっと……」
陛下の返事を確認するより先に、私は一気に距離を詰め大きなドラゴンの足に触れた。
ひんやりと冷たく、固い鱗。
その鱗はゴツゴツというよりも、滑らかに滑るような感じで固い鉱物のよう。
しかしその固い鱗の下には脈打つように、生命を感じる。
「なんですか、この感覚。冷たくて固いのに、その下に柔らかな肉があるような感じ。ああ、すごい。スベスベ。これってお手入れとか大変じゃないですか? こんなに大きいとお風呂とかどうしてるんですか? ううう。気持ちいですね。この感触、癖になりそう」
「こら、いい加減にしろ!」
「あー。危ないですよ」
大きなドラゴンの尻尾が、無造作に床に叩きつけられる。
すると危険を察知したかのように、ウサギの獣人が私を抱きかかえ、後ろに飛びのく。
「ああ、すみません。いっぱい触ってしまって」
「まぁ、そこは別にいいんじゃないですか? それより失礼します」
そんな言葉の後に、急に視界が真っ暗になる。
ウサギの獣人に目隠しをされている。
そう気づくのには、さほど時間はかからなかった。
ボフンッという大きな音が響き渡った。
ふさがれた目の前で何が起きているのか分からなかったものの、風圧で私の長い髪が揺れる。
熱くはないから、火を吹かれたってわけではなさそうだけど。
どうなっているのかしら。
「ああ、もういいですよ、ルナティア様」
「ちょっと待て、ルスト! まだ着替え中だろうが」
やや慌てたような声を上げる陛下を見れば、上着をはだけさせた一人の男性がいた。
すらっとしているのに、胸筋は厚めで、胸板がきれいに割れている。
短い緑色の髪、よく見ればあのドラゴンと同じ赤い瞳。
ってことは、この方が陛下?
でもそうよね、獣人ってことは。
普段は人の形をしているってことだもの。
「……陛下?」
「ええそうですね。ルナティア様がべたべたと触られたコトに恥ずかしくなられて、本来の御姿に戻られたところです」
「おまえ、いちいち言葉が多いぞ!」
「そうですか? 元々、獣の姿になってルナティア様を脅かし、自国に帰らせる計画を立てたのは陛下ですよ?」
ちょっと待って。
脅かして帰らせるって。
「それはどういうことなのですか?」
「獣人と人との結婚は珍しくもないですが、何せ陛下は他の獣人とは違うドラゴンです。その姿を見たら、ルナティア様もきっとご自分のことを嫌いになるだろうと」
「もしかして陛下は恥ずかしがり屋なのですか⁉」
「……どうしてそうなる。先ほどから聞いていれば、見当違いすぎるだろう」
ボタンをしめながら、呆れたように陛下は声を上げた。
この姿だけ見ていると、とてもドラゴンだったなんて思えないわね。
あの瞳以外は人にしか見えない。
ああでも、そうなると触ったら人っぽいのかな。
肌とか普通の感じなのかしら。
「まずその、獲物を狙うような目はやめてくれ」
「え? 私、そんな目をしておりましたか?」
「陛下、無自覚のようですよ」
「へ、変態だ……」
陛下は自分の両肩を抱きながら、ぶるぶると震わせる。
「えええ。やだ。変態じゃないです! フツーです」
「遠い国ともなると、普通の基準が違うのですね、きっと」
ルストにまでジト目で言われると、結構凹む自分がいた。
確かに興奮しすぎた感はあるけど、でも物語の登場人物が目の前にいたら誰でもそうなると思うのよね。
それに私にとってドラゴンは一番の憧れの存在だったし。
「うー。すみません。興奮しすぎたのは謝ります。貴族令嬢たる振る舞いとは自分でも思えないのは確かです。でも……ドラゴンが本当に好きで、好きすぎてしまって」
「そんなに好きなのか?」
「はい。この世で一番強く、高貴な存在だと思ってます。空を駆ける姿も、火を吹く姿も、どれもとても素敵です」
「……そうか」
やや引いてはいるものの、先ほどよりは陛下の瞳は柔らかい。
人になった姿も、素敵ね。
ドラゴンには負けるけど。
って、あまりに興奮しすぎて私肝心なことを忘れていたわ。
「陛下、お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「アーザだ」
「アーザ様。見も知らぬ私のために、わざわざお心遣いをして下さり、ありがとうございました。でも私には戻る場所も未練もございません。どうかこの国に置いてはいただけないでしょうか?」
お優しい方だからきっと、私との婚姻を断れなかったのね。
でもあの国に戻ったって、ありもしない罪に虐げられるだけ。
それならばこの国で生きて行く方がずっと幸せよ。
まだ文化とか全然知らないから、人が嫌われてなければ良いのだけど。
「そこまで言うのならば、好きなだけいればいい。その気が変わらぬのならば……婚姻の話も進めよう」
「ありがとうございます」
まずはこの国っていうか、獣人そのものの知識を増やしていかないとダメね。
この国に住むのだもの。
ちゃんとルールとか知らないと、迷惑になってしまうわ。
「この国のためになれるよう努力させていただいます」
「……専用の侍女をつける。ここでの暮らしなどはそなたの国とは違う点も多かろう。その侍女より話を聞いてくれ」
「お心遣いありがとうございます、アーザ様」
「ああ、いいさ。わざわざはるか遠くの地より来たのだから、それぐらいはもてなそう」
よくお話してくれる侍女だと嬉しいわ。
アーザのこともたくさん聞きたいし。
お優しいけど、どことなくよそよそしいこの方の本音を聞けたらいいな。
もし望まぬ婚姻ならば、私は……。
「侍女は誰になさいますか、陛下」
「アミンを付けてくれ」
「アミンですか? ……はぁ。承知しました」
ルストのアーザへの態度を見ていると、一番仲が良さそうなんだけど。
避けたい意識から、どうしても彼に聞く気にはなれなかった。
ただ陛下を非難するような目とため息の理由は、すぐ理解出来た。
紹介されたアミンと名乗る侍女と会った瞬間に。
「私はルナティア。アーザ様に嫁ぐためにこの国に来たの。よろしくね、アミン」
「はい。ルナティア様」
ルストによって案内された部屋は、とても日当たり良く中庭を眺めることが出来る大きなお部屋だった。
客間らしいけど、規模的には前に私がいた部屋と同じくらいかしら。
天蓋付きのベッドや、薄い水色のレースカーテンなどは真新しい。
きっと私が来ると聞いて、新しくしてくれたのだと思う。
なんだかそう考えると申し訳ないわね。
何から何まで。
まだ何の役にも立てないのに。
「えっとアミン、いろいろと聞きたいのだけどいいかしら?」
部屋の中央にあるソファーに腰を下ろした私は、ドア近くで静かに佇むアミンに声をかけた。
従順そうで物静かなアミンは、私にまったく近づこうとはしない。
ただテキパキと部屋に通された私のお手伝いを、無言でこなしてくれた。
距離があるっていうか、壁がある感じね。
ルストが非難したげな瞳の理由はこれね。
仲良くしたいのに、全然そんな感じじゃないんだもの。
人が嫌いなのかしら。
そもそもアミンは何の獣人なんだろう。
肩よりも短い茶色がかった緑の髪に、金色っぽい瞳。
この国に来てから分かったことが一つだけある。
獣人の人って、元の獣の形だったモノとその髪と瞳の色が同じなのよね。
「ん-」
「何をお聞きになりたいのでしょうか、ルナティア様」
そうアミンは声を上げたものの、私の顔を見ることはない。
嫌われてる感じはないけどなぁ。
緑に金の瞳……。
ああ、アーザ様も緑の髪よね。少し色味は違うけど。
あれ、もしかして。
「アミンって、もしかしてアーザ様と同じ獣人なのかな?」
「……いえ。あの方のような高貴な一族ではございません」
「そうなんだー。緑色の髪だから、てっきりそうかと思ったんだけど」
「そのようなコトが気になられるのですか?」
短いため息のあと、アミンはやっと私の顔を見てくれた。
しかし愛想の欠片もないその顔は、美しいだけあってキツク感じる。
「だってせっかくこの国に嫁ぐことになったのだもの。色んな方と仲良くなりたいし」
「そうですね……。でしたらワタシのような者ではなく、ルスト様のような方たちと仲良くされた方が良いかと」
「あら、なんで? あの方に役職があるから? それともアーザ様と仲が良いから」
「それもありますが、何よりあの方がウサギ族の方だからです」
ウサギ族。
確かにあの耳はウサギだったわね。
メガネウサギって言ったら、絶対に怒られるだろうけど。
ランドのせいで苦手なんだもの。
「ウサギ族だと何かいいことがあるの?」
こてんと首をかしげる私に、驚いたようにアミンはその大きな瞳をさらに大きくさせた。
「ウサギですよ? ウサギ」
「ええ。で?」
「で、って」
「ウサギは何か偉いとか、そういう感じなの? 仲良くすると得するみたいな」
「いえ、そうではなくて。ヒトはああいうのが好きなのでしょう? モフモフの可愛らしい姿の」
「え、アレかわいいの? だってどう見ても性悪メガネウサ……」
「ルナティア様? 随分心外なことを言っておられるようですが?」
短いノックのあと、ルストがこの部屋に戻ってきた。
ああ、もう戻ってこないと思っていたから、つい本音が出てしまったわ。
「ああ、ごめんなさいね。悪気はないのよ? ただあなたが私の幼馴染にあまりに良く似ているから」
「だから苦手だとおっしゃるのですね」
「ええそうね。ごめんなさい」
「別に気にしないので大丈夫です。ですが、ウサギならどうですか?」
まるでウサギなら絶対に可愛いだろうと言いたげなルスト表情。
確かに、フワモフのウサギは人気があると思う。
つぶらな瞳に、あの可愛い鼻。垂れ下がった耳も魅力的だ。
とは思う。思うんだけど。
「ん-。そうね、可愛いんじゃないかしら?」
「なんであなたはそう、疑問形なんですか」
なんでって言われても、これは好みの問題だと思うのよね。
別に可愛くないって言ってるわけじゃないんだし、揚げ足とらなくてもいいのに。
「アミン、種族にも人気があるの?」
「もちろんです。ルスト様のウサギ族は近年、高い人気がございます。犬族と猫族が常にトップですが、ウサギ族と鳥族はそのすぐ下につけていますね」
「へー」
やっぱりみんな、フワモフが好きなのね。
人にもこの人が人気みたいに、種族間でもあるっていうのはなんだか大変ね。
「もちろん我々は獣人であり、ペットとは別物ですが、皆完全に獣になることも出来ます。子どもなど幼い者は特に、人になることが難しく獣のままな者も普通です」
「へー。完全に獣というのは、先ほどのアーザ様みたいな感じね」
「そうです。それゆえに余計に、対立こそないものの種族はこの国では重要なのです」
確かに。別種族間の婚姻だと、それが顕著に現れそうね。
「獣人って、いいわね。人と獣のいいとこどりじゃない。すごいわ」
「……本気でそれを言っておられますか?」
静かなアミンの声には、やや棘があるように思えた。
「ええ。もちろんよ? だってどちらにもなれるって素敵じゃないの」
「それはルスト様のような種族だけにございます」
ウサギねぇ。
まぁ、可愛いわよ。
だけどなぁ。そういうのは個人の好みだと思うんだけど。
アミンを見ていると、ただそれを言葉にしただけでは通じないような気がする。
それになんとなくだけど、アミンは自分に対してなのか自分の種族に対してなのか、大きなコンプレックスを抱えているようなのよね。
だからこそ、ここは実力行使よ。
「誰が何を好きかなんて、結局は好みの問題じゃない? 人である私からしたら、獣人ってだけで特別だと思うし」
「それはコレを見ても同じことが言えますか?」
アミンは自分の胸元を強く掴んだと思うと、その体が小さく変化していく。
その横で大きなため息をついたルストも、同じように小さくなっていった。
二人の服の中から、ウサギとヘビが顔を出す。
まさかルストまで変化してくれるとは思わなかったけど、これなら分かりやすいわね。
私は一息ついて気持ちを落ち着けたあと、二人の前の床に座り込んだ。
そして二人を交互に見る。
「フワモフね、確かに」
「まぁ、ウサギですからね。これでもかなり人気なのですよ」
「あー、自分で言ってしまうあたりが何とも残念ね」
「それ言います?」
「だって草食系だけど、実は肉食も可って本で読んだことあるし。見た目の割に狂暴な面もあるって」
「否定はしませんが」
「でしょう?」
それにしても獣が人と同じ言葉を話すっていうのは、なんとも不思議な感じね。
しかもどれだけ姿が変わっても、結局中身は同じだし。
なんていうか、うん。ごめん、苦手だわ。
「触ってみないのですか?」
短い尻尾をフリフリさせながら、ルストがたずねた。
なんだろう。すごくあざとく見えるのは。
「触ってもいいの?」
「もちろんですよ」
「そう……」
短く言葉を切ると私は、アミンを抱き上げた。
「ええ⁉」
まさか触ると言ったのが自分とは思わなかったアミンは、今までで一番大きな声を上げた。
しかし許可もらったんだもーん。
私はアミンを自分の膝にのせて、ゆっくり触り出す。
「あああ、スベスベね。この肌は何でお手入れしているの? 先ほどのアーザ様の触り心地も素敵だったけど、この細さも肌触りも最高。ああ、舌もかわぃぃ。お目目も大きくて、やっぱり美人さんよね」
「ル、ルナティア様⁉」
「サイコーね、アミン。ヘビさんじゃないかって、そんな気はしてたのよ~。さすがアーザ様。私の好みを瞬時にお分かりになるなんて」
自分の好きなモノとこんな風に触れ合えるだなんて、なんて素敵なのかしら。
ここへ来る前に罵られたことなんて、すっかり忘れてしまえそう。
まったくあっちの国の人たちは見る目がなさすぎよ。
ドラゴンにヘビ。
ああ、トカゲとかの獣人もいるのかしら。
お願いしたらみんな触らせてくれるかな。
「うふふふ」
「ルナティア様、ルナティア様、も、もう……」
「いいじゃないのアミン。だって、すごく素敵だし。ずっと触っていたいわ」
「え、変態……」
どこかで聞いたセリフに私は顔を上げると、かなり引いた様子のアーザがドアの前に立っていた。
あ、また見られた。
しかも、うん。かなり……引かれてる。
「あの、あの、これは! アミンが魅力的すぎてですね、その。そう、全部ルスト様が悪いんです!」
「……かなりのとばっちりかと……」
「だって触っていいって言うから」
「いや、言いましたけども」
「許可出たら触りたいじゃない。撫でたいじゃない。愛でたいじゃない! こんなにも可愛いのだもの」
「我が嫁となる者は、相当な変態だったのだな」
「ちっがーーーーーいます! ううう。違うのですぅ」
でもアーザ様の言う通り、他人から見たら確かにちょっと変態かもしれない。
だって獣の形をしてるからって、中身は獣人なわけだし。
「ごめんねアミン。あまりの可愛さにいっぱい触ってしまって。嫌だったら次からは絶対にしないからね?」
「……別に……嫌ではないです。ですが、どうしてワタシなのですか? ルスト様の方が魅力的ですよね」
「そうかなぁ。私はフワモフも可愛いとは思うけど、基本的に爬虫類系のが好きなのよね。まぁ、それが変だって言われるかもしれないけど」
フワモフはフワモフで確かに可愛い。
でも私の中では一番ではないだけ。
ずっと昔からそう。
もちろん私みたいなのがこの世界では少数派なのかもしれないけど。
でもせっかく獣人の国に嫁ぐわけだし。
今までそんな好き嫌いなんて少しも顔に出してなんてこなかった。
だからこそ余計に、自分の好きな物は好きと言っていきたいって思う。
我慢して我慢して我慢した結果が、アレだったのだから。
「言っておくが、ドラゴンは爬虫類ってワケではないからな」
「もちろん心得ております。爬虫類以上に高貴で、素晴らしいって」
「その手つきやめろ」
苦笑いするアーザに言われて自分の手を見れば、思わずアーザを触ろうと手を伸ばしていたことに気づいた。
ついうっかり、ね。
だって人であるアーザにも触ってみたかったんだもん。
ドラゴンだった時とどれだけ違うのか。
そう、これは純粋なる好奇心なのよ。
「アーザ様に触ってみたくて、つい。すみません」
「まぁ、それはいいが。獣人の中には特定の部位に触れると求婚をしたということになる者たちもいる。それをちゃんと理解するまでは、俺とアミンとルスト以外に触れるのは禁止だな」
「大丈夫です! ちゃんと二人にしか触りません」
「それ……結構心外なのですが?」
「あー。すみません、好みじゃなくって。それにフワモフって、壊れやすそうで苦手なんです」
違う意味でも苦手なんだけど、そこはあえて言わないでおく。
このスベスベに敵うモノなんて、いないと思うのよね。
「まったく凄い人間が嫁に来たものだ。……少し二人で話せないか?」
「もちろんです、アーザ様」
部屋に戻された時はこんなにも早く二人でお話しできるなんて思わなかった。
でもこれからのこととか確認するためにも、他の人に聞くより本人に直接聞いた方がいいものね。
分からないことだらけで進むわけにもいかないし。
ちゃんと話し合おう。
アーザの言葉に、元の獣人に戻った二人が服を着替えると退出していった。
「この度は、自国の不祥事に巻き込んでしまって申し訳ございません」
ソファーの対面に座ったアーザに私は頭を下げた。
本当なら一番に言わなければいけなかったことだけど。
二人きりになるのを待っていたのよね。
「いや、それは問題ない」
アーザは首を横に振りながら、今ほどアミンが用意してくれた紅茶に口を付けた。
「こちらこそ、いろいろ試すようなマネをしてしまい申し訳ない」
「いけません。陛下ともあられる方が、頭を下げるなど」
「いや、いいさ。自分の妃となる人間にならば」
「ですが……」
なんていうか、アーザはアイザックとは全く違う方なのよね。
同じ上に立つ者とは思えないくらい、アーザには柔軟性もあるし。
初めにドラゴンだった姿を見た時はビックリしたけど、よほど人なんかよりもアーザの方が優しいわ。
「あの、試すというのはあのドラゴンの姿のことですか?」
「ああそうだ。君に帰る場所がないことなど事情は聞いていたが、この国は極端に人間が少ない。文化も違えば、故郷から遠く離れた国で自分と違う人ではない者と結婚させられるのはさすがに嫌なんじゃないかって思ってしまって……」
「お優しいのですね、アーザ様は」
「そうでもないさ。ただ……そうだな。自分の妃となる者に嫌われるのは少し、な」
そう言って、やや困ったように笑った。
もしかしたら過去に何かあったのかもしれない。
もちろんそれを聞く権利は私にはないけど。
でもアーザの笑みは、そんな笑みだった。
「嫌いになることなどありません。むしろもっと、アーザ様のこともこの国のことも知りたいと思っております。……そうですね、人間と獣人の国との架け橋となれるような」
「架け橋か。そういえば、君をここに嫁がせたいと躍起になっていたあの宰相も同じことを言っていたな」
「あー、そうですね。自分でも今それを言った瞬間、あの顔が思い浮かびましたよ」
「あははっはは。ルナティア、君はすぐ顔に出るタイプなのだな」
私の顔を見たアーザが、お腹を抱えながら笑い出す。
ヤダ、私。もしかしてそんなに顔に出ていたの?
悪い傾向だわ。いくらココはあの国とは違うとはいえ、この国の王妃となるのに。
「すみません。つい自国を出たことで、気が緩み過ぎてしまったようです」
「いや、いいさ。そのぐらい分かりやすい方が可愛げがある」
「うー」
「あはははは。それにしてもずいぶんとあの宰相は君に嫌われたものだな」
「それは……性格に難があるからです」
今なら、少しはランドの言おうとしていたことは分かる。
しかもこの国に嫁ぐのも、私のためだって。
きっとランドは知ってたんだ。
幼い頃から、私がフワモフではない生き物の方が好きだって。
だからこそ、アーザ様に私を託してくれた。
私なら架け橋になれるはずだからって。
「すべて私のために動いてくれたってことは、アーザ様を見た瞬間、何となく分かりました。ですが、なんていうかやり方が回りくどい上に、ちゃんと送り出してもくれなかったし」
「見送りはなしか」
「……はい」
それも仕方のないことも分かってる。
だって断罪された身だもの。
公に見送りなんて出来ないって。
でもこんな風に私のためにやってくれているのなら、もう少し……ちゃんとお別れがしたかった。
私は最後まで、ランドに酷いコトしか言えなかったっていうのに。
「あの国も、今はとても大変らしい」
「へ? それはどういうことですか?」
「第一王子であったアイザック殿が王位継承者から降ろされ、第二王子があとを継ぐらしい」
「アイザック様が……降ろされた?」
「何でも今までの悪行が国王陛下の耳に入ったことと、君の父上である公爵と現宰相が第二王子の後ろについたらしい」
ランドは初めからここまで計画していたのかしら。
だから私が断罪されても、何も言わなかった。
むしろ私が追い出されたことを好機として、第二王子をおした。
「なんだか……やっぱりランドの掌の上にいるようで腹が立ちますね」
「そうだな。ルナティア、妃になった暁には無理難題を宰相に押し付けるといい」
「そうですね、そうします」
そこまで言って、私はアーザを見た。
すっかりもう、妃になるつもりで会話をしてしまっていたし。
でもアーザの前ならば、素の自分でいられる。
ココでなら、自分らしく自分の好きなことを表現できる。
ランドには腹は立つけど、やっと私らしく生きられる場所を見つけられたのね。
「ふふふ」
「何がおかしい?」
「いえ? すっかり妃になる気になっている自分に、です」
「ははは、そうか。よろしく頼む、ルナティア」
「はい、アーザ様」
アーザの差し出した手を、私はしっかり握りしめた。
ただここにいるだけで感じる幸せを噛みしめながら。
「あ、人の時は手は柔らかいのですね。でも爪の形はややドラゴンっぽい。ちなみにこのお姿の時って、鱗はどこにもない感じですか? あの、背中とかお腹とか、どこでもいいので触りたい……」
「変態だぁぁぁぁぁぁぁ‼」
「ち、ちがーーーうのです。純粋な好奇心です!」
「俺は何か重大なミスを犯した気がするよ」
「もーおー、どうしてそうなるのです」
「自分の妃が変態だなんて」
「だから違いますって、もう、変態言っちゃダメ!」
私は思わずアーザの口を手で塞ぐ。
子どものようなアーザの笑顔。
二人だけの楽しい時間は、ゆるやかに流れていった。