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S組のひと ーヒガサ君は蚊帳の中ー  作者: 柏栖一/Hakusuya
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寄り道ラーメン

登場人物

 樋笠大地 御堂藤学園高等部一年A組

 栗原耀太 一年A組 身長百九十超の巨漢

 高原和泉 一年A組 女子学級委員

 小原梨花 一年A組 ボランティア部レクリエーション部所属

 放課後は部活の時間だ。俺は複数の部活を掛け持ちしていてその日は演芸部の日だった。

 なお、()()()ではない。

 うちの学校には演劇部もあって俺はそちらにも所属している。演芸部と演劇部はもともとは一つの部だったらしいが分裂して二つになった。そのせいでどちらも部員はギリギリだ。

 何で分けるかな、と俺は思う。

 演芸部は落語や漫才、マジックなど主に一人二人の少人数で演じるものをやっている。最低でも三人が出てくる演劇とは人数の違いがあった。そして俺は一人の方が気が楽だ。外面(そとづら)とは違い俺は本来ボッチだからだ。

 その日、俺は落語の練習をしていた。

 離れたところで大道芸をやっている先輩もいる。時々ジャグラーのクラブが飛んできて怖い。

 ここで極めた芸は、ボランティア部が近隣の老人施設を訪れて余興する際に披露される。だから演芸部とボランティア部は関係が深い。俺のようにどちらにも属している者は多い。

 俺は「時そば」を独りで練習していた。それもあって六時の下校時刻が近づくとひどい空腹を覚え始めた。

 蕎麦(そば)でも食って帰りたいな。誰か連れになる奴はいるかな。

 俺の頭に耀太(ようた)の顔が浮かんだ。

 あいつは今日サッカー部の練習に付き合っているはずだ。いつもキーパーかセンターバックをやらされると嘆いていた。サッカー部にしてみれば図体(ずうたい)のでかい耀太はちょうど良い練習相手なのだ。

 しかし耀太は温厚な性格の奴だがスポーツとなると過激になる。シュートを決めたくなる奴なのだ。

 それはさておき、俺は部活を終えるとサッカー部の部室まで耀太を迎えに行った。

 その日は俺はスマホを持って来ていたが、運動部に参加する時の耀太は持って来ないことが多い。だから合流するには俺がわざわざ迎えに行く必要があった。

 四月の夕刻はまだ暗くなるのが早い。そして肌寒い。

 耀太は部室ではなくグラウンドにいた。トンボで地ならししている。

 そこには部活連の面々がいた。運動部を代表して部活後の整備を交代制で行っているのだ。

 上級生に混じって和泉(いずみ)の姿もあった。和泉は今日、陸上部の活動があったはずだ。

「耀太、蕎麦でも食って帰らね?」俺は耀太に声をかけた。

 そして近くにいた和泉にも声をかける。「和泉もどう?」

 耀太は「良いねえ」と言ったが和泉は「私はまだ見回りもあるからパス。今度誘って」と笑った。

 相変わらず爽やかな奴だ。額の汗が沈みかけた夕日に照らされている。

「遅くまで大変だなあ」俺が言うと「泉月(いつき)の送迎車に乗せてもらえるから」と目を細めた。

 遅くなった生徒会役員を迎えに来る車に乗せてもらえるとのことだ。それなら良いか。

 俺は耀太と一緒に帰ることになった。

 耀太が着替えるのを待って二人揃って校門まで歩く。

 その俺たちの背中に小動物の奇襲があった。

「どーん!」梨花(りか)だった。

「何だよ、梨花も部活あったっけ?」

「レクリエーション部で新入生と遊んでた」

「え、レク部今日あったの?」

 俺もレクリエーション部には籍をおいている。確か曜日は違うはずだ。

「新入生が入ったからね。オリエンテーションだよ」

 同い年の新入生が二人三人入ったと聞いた。男子だ。梨花に誘われたら断れないだろうな。

「一緒に帰ろ」

「おう」

 本当に可愛い奴だ。

「蕎麦でも食って帰っか、って言ってんだが、どや?」

「お蕎麦か。でもどうせなら」と梨花は新しくできたラーメン屋の話をした。

 行ってみたいと思っていたが独りでは行けないと梨花は言う。

「お前、独りでも行けるっしょ?」

「行ったことのあるお店ならね。今度のお店は並んでいて入りづらいよ」

「そっか」

「じゃあ、そこにしよう」耀太は何でも良いようだ。

 俺もみんなに合わせるタイプなので梨花が行ってみたいと言うところに行くことになった。

 

 実際に行ってみると店の外に何人も並んでいる。ほとんどが体格の良い男たちだ。その中に混じって若い男女が何組かといったところ。

 俺たちは男二人女一人のグループになった。

「そちら三名さま?」

 外に出てきた店の人が俺たちのことを確認した。中はカウンターがメインなようで入るときは三名並ぶことになりそうだ。

 このメンツでラーメン屋に入るのは滅多にない。大抵がファーストフードかファミレスだ。

 S組十傑は六人が女子だがあまりラーメン屋に入るイメージはない。

 そもそも御堂藤学園は下校時の寄り道を禁止していて堂々と制服姿で入れないのだ。

 しかし俺たちは暗がりに並んでいるとはいえ制服を着たままだった。

 梨花はセーラー服のスカートをチェック柄にして短くしていた。正装は濃紺のプリーツで白のソックスなのだが、通常時はチェック柄でも良く、黒タイツも可となっていた。

 先代の生徒会長が校則をかなり改めて服装に自由度を持たせたのだ。だから女子の制服は二十以上のバリエーションがあった。

 今日の梨花なら御堂藤の生徒に見えないかもしれない。

 しかし俺たち男子は明らかに御堂藤とわかるものだった。ファスナータイプの学ランはこの辺りでは他にない。私立はたいていブレザーだった。

 寄り道禁止にも関わらず俺たちは制服姿のままラーメン屋に並んだ。

 そしてどうにか七時には入れた。ラーメン屋は回転が速い。俺たちは運良くカウンターの左端三つに腰かけた。奥から梨花、俺、耀太の順だ。

 固定式の椅子だったので()()()のある耀太は少し窮屈そうだったが仕方あるまい。このメンツなら俺と梨花を並べた方が自分はラーメンに集中できると耀太は思ったのだろう。この三人の中で耀太がもっとも口数が少なかった。

 ラーメンは煮干しと豚骨が混じった贅沢なスープで麺は太かった。

 俺は小腹を満たそうと普通盛りにしようとしたのだが、梨花が中盛り、耀太が大盛りにしたので俺も中盛りにした。

「梨花、そんなに食えるのか?」

「これを夕御飯にするから」梨花は笑った。

 やっぱり可愛い。なんだこの小動物は。

「うめえ!」俺は至福の時を迎えた。

 少しすすってから梨花はカウンターにあったにんにくをたっぷりとのせて、その後も何口かすする度に酢を追加したり生姜を加えたりして味の変化を楽しんだ。

 こいつは意外とラーメン屋に行きなれているな。

 俺はできるだけオリジナルの味を最後まで楽しむタイプなので胡椒くらいしか入れなかった。そういう味付けは何度も通っていくうちにしていくものだと思っている。

 しかし梨花と耀太は違ったようだ。

 高等部に上がってこうして食べに寄って帰ることが多くなるのかな。俺は楽しみになった。

 結局梨花はスープまで全部飲み干した。どんぶりをおいて思わず「ゲフッ」と梨花は洩らした。

「おっさんか」俺は遠慮なく突っ込んだ。

「あはは、ごめんごめん」梨花は恥ずかしげもなく目を細めて大きな口で笑った。

 本当はおっさんには見えなかった。梨花がするとミルクを飲んだ後の赤ちゃんの可愛いゲップに見える。こっちも幸せな気分になれるのだ。

 しかし黙って見過ごさないのが俺の役目だ。

 耀太が完食して大袈裟に「ぷはー」と言ったのも梨花へのフォローの気持ちがあったのだろう。

「うまいものはうまい!」耀太も満足そうだ。

 俺たちが店を出たら七時半を回っていた。

「美味しかったね、また来ようよ」梨花が言い、俺たちも頷いた。

「それにしてもよく完食したな。俺は最後きつかったぞ」実際俺はスープは残してしまった。

「食べておっきくならないとね」

 梨花が耀太を見上げる。身長差四十センチくらいあるだろう。

「伸びる方に行くと良いけどな」俺はつい余計なことを言ってしまった。

「どういう意味?」梨花が頬を膨らます。

「違うところについてしまわないか心配だぜ」

大地(だいち)のアホ」

 梨花はお腹周(なかまわ)りを気にしていたようだが、俺は胸周(むねまわ)りのことを言ったつもりだった。

 S組十傑の六人の女子で梨花が一番小柄だ。しかし梨花が一番胸がある。他の女子は揃ってスリムだった。これは触れてはならないことだが恭平(きょうへい)だけは命知らずにも口にする。

「あんまり肥ると恭平に好き勝手に言われるぞ」

「恭平は良いんだよ。恭平なんだから」答えになってないが言い得て妙だった。

 俺たちは三人で電車に乗ったが途中で耀太が先に別れた。

 俺と梨花は同じ方向なのでしばらく一緒になる。

「遅くなったな」

「あれ、うちまで送ってくれる、とか?」

「しゃあねえな」と言いつつ俺は梨花を自宅近くまで送ることにした。

 梨花の家に行くのは昔S組のメンバーでパーティーをした時以来だ。家まで送ったことはなかった。最寄駅から十分くらい歩く距離だったと記憶している。

 駅に着いて歩き始めてからなぜか俺は普段学校にいる時の俺ではなくなっていた。何と言うか間が持たない。

 俺は梨花と二人きりで夜道を歩いた記憶がなかった。

 いつも一緒にいるのに意識してしまう。

 グループでいる時の俺たちは互いに仲間だと認識している。しかしこうして二人きりになると変な感じになってしまう。

 俺が一言も喋らず三十秒も経ってしまうと皆不思議に思う。

「大地、疲れたの? それとも食べ過ぎた?」

「ああ、俺、実は少食なんだぜ」

「嘘だあ」

「梨花の食いっぷりには頭が下がるよ」

「美味しいものはいくらでも入るよ」

「それはどこへ行くんだろうな」つい余計なことを。

「チョーップ!」梨花の手刀が背中に当たった。

 この距離感が心地よい。

 俺はふとこの場で梨花に告白してしまう妄想にとりつかれた。俺は純香(すみか)和泉(いずみ)といった他のS組の子も好きだがそれは梨花に告白しない理由にはならない。

 俺はたった一人の女の子に絞れない恋多き男なのだ。といって俺はこれまで彼女がいたことはなかったが。

 梨花が俺の彼女だったら……

「送ってくれてありがとね」

 梨花の家が見えてきた。

 俺はいつも最後の勇気がない。千載一遇の機会を逃してしまった。

 梨花が好きなのは確かだが、純香や和泉を送ったとしても同じ妄想を抱いた気がする。

 俺は本当にどうしようもない奴だ。これじゃ恭平と変わらない。

「ラーメン、美味しかったね。また行こうね」梨花はにっこり笑った。

「おう」

 暗がりでも俺にはそれがとびきりの笑顔に見えた。

「じゃあ明日ねー」

 俺は軽く手を上げて「アバヨ」と言った。

 上がってお茶飲んで行ったらと言われる前に(きびす)を返す。そう、また明日だ。

 宿題を残すからこそ明日は来る。

 また明日。


続きます。

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