高等部一年A組 初日
登場人物
樋笠大地 御堂藤学園高等部一年A組
高原和泉 一年A組女子学級委員
小原梨花 一年A組 ボランティア部レクリエーション部所属
栗原耀太 一年A組 身長百九十超の巨漢
篠塚秀一 一年A組男子学級委員
神々廻璃乃 一年A組 三つ編み眼鏡女子
前薗純香 一年A組 学園のプリンセス ボランティア部部長
真鶴ひかり 一年A組
水沢光咲 一年A組担任
新学期初日、まずやることがある。クラスの確認だ。
学校サイトでも初日に公表されるのだがスマホの教室への持ち込みが禁止なのだ。だから持って来ない生徒は多い。
下駄箱や個人ロッカー、または庶務課に預けることもできるがとても面倒だ。
俺は校舎前掲示板に張り出されたクラス案内を見た。そこには内部進学生百五十人分のクラス名簿があった。
その前に人集りができていて、とても賑わっている。
そこに俺は馴染みの顔を見つけた。和泉と梨花だ。
「よお、元気してたか~」俺は外面を作り上げて「イエーイ!」と挨拶した。
「「あ、大地だあ」」声が揃っている。
ショートカットの和泉はそのままだったが梨花はポニテにしていた。
この学園は公式行事において髪型と服装にうるさい。女子は髪を下ろしてはいけないことになっていたから、シニヨンか三つ編みが主流だった。ポニテはどうにかボーダーラインだ。
ポニテの梨花が駆け寄ってくる。栗鼠みたいで可愛い。
俺は両手を挙げてハイタッチさせた。
俺は身長百七十で背は高い方ではないが、梨花は百五十前半だ。その梨花が飛び上がって俺とハイタッチしたものだから梨花の胸が俺の胸に押しつけられた。
前より大きくなってね? そしてやわらかい。
中一の頃からこういうスキンシップをしているがさすがにもう近すぎるだろうと俺は思った。
その後、和泉ともハイタッチをしたが、和泉はちゃんとわきまえている。適度に距離をとった。
「で、同じクラスだよな?」名簿を見る前に俺は二人に訊いた。
「もちろん」梨花が答えた。
「三十六名中、二十名は中三Aのメンツよ」和泉は状況説明までしてくれる。
「S組だね」梨花が笑った。
「ああ」俺も笑って頷いた。
俺たちの学校に特進クラスはない。かつては地元のお嬢様が通う女子校だった御堂藤学園は二十年くらい前に共学になり、今は二流の進学校だ。
二流と自虐的に言うのは、帝都大や医学部などへ進学する者はごくごく一部に限られるものの全員が大学進学するからそう名乗っているのだった。
そんな俺たちの学校にも一つの方針があった。A組だけが成績上位の者で構成するというものだ。それ以外のクラスは成績が均衡するようランダムに分けられる。そういう意味でもA組は特別だった。
中等部は三十名クラスが五つあり、毎年組替えがなされるもののA組のおよそ半数は顔ぶれが変わらない。成績の上位はそれほど変動しないからだ。
高等部になりA組からD組の四クラス編成になったためA組は三十六名となったわけだが、そのうち二十名は前のクラスと同じ顔ぶれだった。
そして名簿を見て残りの十六名もこれまでに一度はA組になったことのある者たちだった。
クラス替えしても新鮮味のないクラス。そういう意味でも特別だった。
何においても特別。いつしか俺たちのクラスはA組ではなくS組と呼ばれるようになった。
A組の名簿掲示の前に俺たちを中心とする人集りができていた。客観的に見ても陽キャの集まりだ。文武両道に秀でたクラスとして羨望のもとになっているだろう。中にいる身としてはいろいろあるのだが。
次々やってくるクラスメイトとハイタッチを交わす俺の中にわずかに黒い影が差したがどうにか封じ込めた。
ここでは俺はS組お笑い担当の陽キャだからだ。
その時俺の体が影に隠れた。
「早いな、みんな」
振り返ると耀太の巨体があった。身長百九十を超えてまだ成長している。
体格は痩せでも肥満でもない。中肉中背をそのままスケールアップしたような体だ。だから遠くから見たら大きく見えないこともある。そばに誰か比較対象がいないと分かりにくい巨漢だった。
でも今はすぐそばだ。
「日を遮るな、こら」俺は耀太から離れた。
「またよろしくな」
「お前との腐れ縁は卒業まで続くだろうな」
俺たちは憎まれ口を叩き合える仲だった。
俺たちはぐだぐた言いながら新しい教室に鞄をおいて体育館へ向かった。
内部進学生の式が先にある。その後、入試を経て入学してきた高等部新入生の入学式が行われるのだった。彼らはE組からH組の四クラス百五十名だった。どんな奴らかとても興味がある。
俺たちの入学式はあっさりと終わった。ほとんど始業式と変わらない。ありふれた式典だ。校長やPTAの挨拶などを欠伸をかみ殺して聞いて終わった。
そして教室に戻る。席決めをしてクラス委員の選定だった。
担任は水沢先生だ。ずっとA組の俺にとっては四年連続の担任となる。
確か二十五歳で中一の担任になってそのまま持ち上がっているから今は二十八歳。今年中に二十九歳になるはずだ。そろそろ結婚退職してもおかしくはない歳だと思うが余計なことだろうな。そんな話もなさそうだし。
「みなさん、はじめまして……じゃないわよね」水沢先生は笑った。「このクラス担任の水沢光咲です。今年もよろしく」
「正月かよ」俺はいつものツッコミを入れた。これが俺のクラスでの役割だ。
「大地、外しちゃってるよ」と和泉が身も蓋もないことを言ってみんなが笑うところまでが定番だ。
俺はガヤでありムードメーカーだ。和泉が明るくツッコミを入れたり、梨花がゲラゲラ笑ってくれるので、何を言っても良い雰囲気になる。そうした連携が俺たちの間でできていた。慣れたクラスにはそれができる。
「とりあえず、まずは席替えしよっか」水沢先生ののりも良い。
出席番号順に座っていた俺たちはくじ引きで新しい席についた。
誰が隣でも顔見知りばかりなのだが、俺は真ん中右寄りの列、後ろから二番目になった。
後ろは耀太だ。耀太は背が高すぎて最後尾の縛りがあったのだが、俺は彼のすぐ前になった。
「そこ、ちょっとうるさくなりそうね」
水沢先生は心配したが、右隣になった璃乃が「静かにさせます」と俺を威嚇する一言を言った。怖い。初日から三つ編み眼鏡の璃乃は怖すぎた。
「アハハハハ、大地と耀太、小さくなってる」左隣になった梨花が笑った。
梨花の隣は楽しいだろうな。
なお、前の席は真鶴さんであまり絡んだことはない。真面目な印象がある。
なお、俺たちの学校は元女子校だったこともあるが男子の比率は三割から四割だ。そしてこのクラスの男女比は一対二だった。まわりに女子が多くても不思議でない。
その後、クラス委員を決めた。
学級委員は和泉と秀一がなった。和泉は中一の頃から四年連続、秀一も三年連続の学級委員。それ以外に保健委員だの図書委員だの文化祭体育祭実行委員だのを短時間で決めた。慣れたクラスの良さが出たと思う。初日としてはすべて想定内のできだった。
「そろそろ入試組の入学式が終わる頃ね」水沢先生が言った。「部活勧誘する人もいるようだから今日はこれで解散。あ、教材は忘れずにもらって帰ること」
そうだった。教科書類の持ち帰りがあるのだった。
「置き勉していいっすよね?」
俺が声に出すと水沢先生はニコッと笑って何も言わなかった。自分の責任でやれということだ。A組はみなそのあたりのことをうまくやるので水沢先生も楽に違いない。他のクラスなら持ち帰るように言われるだろう。
さてこの後多くの生徒が部活勧誘に加わる。高等部入試による新入学生は四クラス百五十名いる。彼らに対して勧誘を行うのだ。すでに二年生三年生有志による部活動宣伝は体育館の入学式で行われているはずだった。そして俺たち一年生も勧誘に加わる。
問題は掛け持ちが多いためにどの部活で勧誘を行うかだ。俺も演芸部をはじめ複数の部活動をしていたから一瞬迷ったが、梨花に捕まってしまった。
「大地、行こ」梨花が俺の右腕に両手でしがみついた。
また腕に梨花の胸があてられる。ヤバイな。これ、良いのかよ。
俺と梨花は掛け持ちしている部活がかなり被っていた。
「何だよ、レクリエーション部か?」
「違うよ~。ボランティア部だよ」
そう言って梨花は俺をボランティア部部長純香のところへ連れていった。
俺たち二人はよく一緒にいるからペアだと見られることもある。ちょっとそういうのではないのだが、まあそう見られてしまうことにも慣れていた。
俺としては梨花は小動物みたいに可愛いし、小柄ながら出るところは出ている体格しているし、そういう間柄になっても良いかなと思うこともあるが、実は梨花の方はまるっきりそんなことは考えていない。ただ単にA組男子誰とでも距離が近い。何だか幼馴染み的存在だ。
純香はまだ席を立っていなかった。清楚で優雅な佇まい。前薗純香は俺たちの学園では「プリンセス」と呼ばれていた。いや学園内のみならず学外でも呼ばれている。部活動として周辺で清掃活動をしたり、近隣の老人施設や幼稚園でレクリエーション活動をしており、すでに学園の顔となっていた。
物腰がやわらかく品が良く癒し系の美少女だ。梨花や和泉も可愛いが、プリンセスと呼ばれるのにふさわしいのは純香だろう。
純香と梨花は仲が良かった。
「純香~」
梨花が呼ぶと純香はこちらに顔を向け、一旦キョトンとした可愛い顔をした後、目を細めて微笑んだ。
俺は梨花に手を引かれたままだったのでちょっと恥ずかしかった。
「ボランティア部、勧誘に行くでしょ?」
「そうね、行かないと」
「危機感持ってよ~。部長なんだから」
おっとりとした純香に対して梨花が主導権を握る。
「そういや、今、ボランティア部の現状はギリギリだったっけ?」俺は訊いた。
「今年の三年生が抜けたら厳しい。同好会に格下げになっちゃうよ」梨花が答えた。
複数の部活を掛け持ちするのが当たり前になっている。そのため部員数はどうしても水増し状態になる。そこで昔、専属部員が五名以上を部、それに満たないものを同好会とするルールができた。
しかしほとんどの生徒が兼部をするようになって専属する生徒が少なくなり、今は少し緩和されている。兼部であっても主たる活動をする部活を生徒一人一人が登録し、その主活動部員が五名以上いれば良いことになっているのだ。
ボランティア部は部長の前薗純香が専属だが俺も梨花もボランティア部は主たる活動をしている部ではない。ボランティア部にしか籍をおいていない幽霊部員がいて成り立っていた。受験を前に部活動を控えるようになった三年生にそういう部員が何人かいるのだった。
「純香の人徳で何人か幽霊になってもらうことができているんだよ」
「お前、何人も殺すなよ」
俺が指摘して梨花は頭を掻く。そして純香が微笑むいつもの日常だ。
とはいえ、この二人のためなら俺は一肌脱がなくてはならない。それがS組の繋がりだった。
次は部活勧誘です。