7話 やりやがったな、こいつ!
「よし、完成」
料理開始からおよそ30分。
俺はチャーハンを完成させた。
台所には、雨宮の料理も合わせて、いい匂いが広がっていた。
もうお昼の1時を過ぎているし、とても食欲をそそられる。
「私も、もうすぐできるよ」
雨宮は、小さな鍋で、なにやらぐつぐつと煮込んでいた。
カレー……っぽいけど、どうやら、少し違うようだ。
俺は、先に食器を用意して、並べることにした。
テーブルに料理を配膳し、その様子を配信に映す。
「どうですかね? 俺は、チャーハンを作ってみました」
視聴者さんへ向けて、自分の料理を紹介してみる。
コメントでは「おお!」「なかなか良いじゃん!」「普通にうまそう」と、おおむね好印象だ。
まあ、良くも悪くも普通のチャーハンなので、それ以上の感想が出ることはない。
それでも、褒めてくれる視聴者さんが多いのは、ありがたいことである。
「みんな優しいなあ。俺は良い視聴者さんに恵まれたよ」
なんて、視聴者さんと馴れ合っていると、雨宮も、自分の料理を運んできた。
「私もできたよ〜」
雨宮が持ってきた料理を見て、俺は思わず言葉を失ってしまった。
それは、明らかに俺の作った料理とはレベルが違ったのだ。
「どうよっ?」
ドヤ顔で、料理を配膳する雨宮。
そのメニューは、ハヤシライス、ポテトサラダ、オニオンスープだった。
ハヤシライスにはふんわりとした卵が乗せられており、ポテトサラダは具沢山で色鮮やか、オニオンスープはとろとろのオニオンが香ばしい湯気を立てている。
普通のチャーハンを作った俺とは、その出来が、大違いだった。
雨宮の料理がカメラに映った瞬間、コメント欄はものすごい勢いで加速した。
「すげええ!!」「めっちゃ豪華!!」「レストランみたい!」と、大騒ぎである。
「す、すげえな……」
「でしょう〜? あ、でも、ユウのチャーハンも美味しそうだね! なんだ、全然料理できるんじゃ〜ん」
雨宮は、あからさまなほど、大袈裟にリアクションした。
賞賛しているふうだが、こいつの表情は、ぶん殴りたくなるほど、見下しているものだった。
明らかに、勝利を確信していながら、煽っている顔である。
「いいから、早く食べようぜ」
「そうだね。料理が冷めちゃってもいけないし」
「それじゃあ……」
ゆっくりと手を合わせ、「いただきます」と声を合わせる。
俺たちは、自分が作った料理を口にしていく。
「う〜ん、おいしい〜。我ながら良い出来栄え」
「うん、うまい」
余計なアレンジなどもせず、素直に作った、普通のチャーハンだ。
普通にうまい。
しかし、視聴者さんに、味は伝わらない。
現状、視聴者さんの目には、雨宮の料理の方が優れて映っているだろう。
このままでは、素直にこいつに勝たれてしまう。
ここは、なんとか、情状酌量を試みておこう。
「正直、味だけならこっちの方が全然上だと思う」
「えぇ〜? そうかなあ?」
雨宮は「無駄な抵抗を」とでも言いたげに、顔をしかめた。
「やっぱ結局、ちょい味濃いめな男のチャーハンが、一番うまいのよ」
「何その謎理論」
たしかに、謎理論ではある。
けれど、コメントを見ると、視聴者さんの中には、共感の声を上げている人も多い。
俺やルナの、視聴者の男女比からして、この配信には、男性の方が多いと考えられる。
ならば、男が共感するようなことを言えば、多くの視聴者さんの心を動かすことができる。
つまるところ、この勝負は、いかに多数派である男性視聴者の心を動かせるか、で決まるのだ!
どうだ? 雨宮。
お前に、自分のキャラを貫いたまま、男性視聴者の心を動かすことができるのか?
「そうだ」
すると雨宮は、何かを思いついたように、にやにやと不敵な笑みを浮かべた。
そして、スプーンでハヤシライスを一口分すくいあげると、それをこちらに向ける。
「はい、あ〜ん」
…………は?
「? どうしたの? ほら、口開けて」
「や……」
やりやがったな、こいつ!
女子のあーんなんて、男がされてみたいことランキングトップ5には入る、破壊力のある行為!
こいつ、男がされてみたいシチュエーションを熟知してやがる!
くそっ。お前のそのいやらしいニヤケ面を、視聴者のみんなに見せてやりたい!
「ほら、早くっ」
「……いや」
俺が渋っていると、コメント欄は「あ〜んキター!」「ルナちゃんのあーんは羨ましすぎ!」「てえてえ」と、大盛り上がりで、今になって断るなんて、できない雰囲気になっていた。
「何してるの? 私の料理、食べてみてよ。美味しいからさ」
「いや、それは……」
「ほら早く〜」
不敵な笑みを浮かべながら、急かす雨宮。
「あ〜、もう!」
俺は、決意を固めて、雨宮の手を握った。
「……っ!」
手が触れた瞬間、雨宮の手が、ピクっとわずかに震えた。
俺はそのまま、スプーンを口に運び、ハヤシライスを食べる。
……うん。味は、普通にめちゃくちゃ美味しい。
「……うまい」
「ありがとう……」
ま、待て。
こいつにあーんをしてもらうとか、今俺、めっちゃ恥ずかしいのでは……?
なんか、急に恥ずかしさが襲ってきた。
「……」
「……」
なぜだか、さっきまでの見下すような余裕が、少しだけ薄れている雨宮。
気まずい空気が流れる。
コメント欄をチラッと見ると、もう、一つ一つを拾えないくらいに、とてつもなく加速していた。
「そ、そろそろ、アンケート取ろっか」
「そうだな」
「それじゃあみんな、どっちの料理が美味しそうか、コメントしてくださ〜い」
雨宮がそう言うと、一瞬にして、コメント欄の大半が、『ルナ』という文字で埋めつくされた。
最後の最後で、あのパフォーマンスが効いたな……。
事実、俺自身もこいつの料理を美味いと評しているのだから、コメントのジャッジがルナへと傾くのは、当然だった。
まあ、わりかし、正当な評価ではあるんだけど。
「ルナ……月明ルナ……ルナちゃん……ルナばっかだな!」
「やったぁ〜。これ、私の勝ちってことだよね?」
こちらをみてくる雨宮。
「そうだな。くっそ〜、負けた〜」
「あはは、やったー! なんでも言うこと聞いてもらえる権ゲットだ〜!」
できるだけ軽い口調で言っているが、雨宮はめちゃくちゃ見下した表情をしているし、俺は多分、めちゃくちゃ悔しそうな顔をしていると思う。
「え〜、どんな言うこと聞いてもらおうっかなあ〜」
ゲスい表情を浮かべる雨宮。
「お、おい、できるだけマイルドなもので頼むぞ?」
「わ〜かってるよお〜」
その甘い声が、今の俺にとっては特大の煽りだった。
こいつ……絶対とんでもない命令をするつもりだ。
「そうだなあ、じゃあ――」