6話 配信スタート
「どうも、みなさんこんにちは! ユウと」
「ルナで〜す」
配信のオープニングは、いつもテンポ良く、すぐに済ませる。
二人でコラボをする時は、だいたい俺が最初に挨拶をして、ルナがそれに続く形だ。
「今回は、二人で料理対決をしようと思います!」
「いえ〜い、ぱちぱちぱち〜」
楽しそうな声で、小刻みに手を叩く雨宮。
しかし、その声と表情はまるで合っていなかった。
こいつときたら、かわいい声で、死んだ魚みたいな表情をしているのである。
むしろ、よくその無表情で、あんな幼く可愛らしい声が出せるものだなと、感心すら覚えるレベルだ。
「料理配信なんでね、今回は、超美麗3Dを使おうと思いますよ〜」
加速したコメント欄を見ると、初のコラボでの料理配信ということで、いつもよりも盛り上がっていた。
「超美麗3D!?」「やったー!」など、おおむね、楽しそうな雰囲気である。
ユウやルナのチャンネルでは、まれに、超美麗3Dを使うことがある。
そのため、視聴者さんたちも、実写に対する嫌悪感は、比較的少ないだろう。
心配していたのは、俺と雨宮のギスギスが伝わっていないか、という点であったが、今のところは大丈夫そうだ。
パソコンを操作し、慎重にカメラの画面を表示する。
現状カメラには、木製のまな板だけが映っている状態だ。
そこに、雨宮の白く華奢な手が映り込む。
「いえ〜い!」
高速で手を振る雨宮。
相変わらず、カメラに写っていない雨宮の表情は、死んだ魚みたいなまま、カチカチに固定されているが、声だけは元気だ。
コメントでも『ルナちゃん〜!』『かわいい〜!』と、テンション高く、彼女を讃える言葉が多く寄せられている。
なんだか、配信者の闇を覗いている気分だ……。
「さて、それじゃあ早速、今回の企画を説明していこうと思います!」
とりあえず、こいつの顔に触れることなんてできないので、企画を進めていく。
「今回の企画は、ユウとルナのまったり料理企画です。二人で別々に、お昼ご飯を作って、最終的に、視聴者さんにどっちの方が良かったかを、決めてもらいます。そして、勝った方はなんと、負けた方になんでも一つ、命令をすることができます!」
「やった〜! え〜、ユウに何してもらおうっかなあ」
「おい待て。お前、もう勝った気でいるのかよ」
「そりゃそうでしょうよ。だって、ユウって料理できないじゃん〜!」
ニヤリと、嫌〜な笑みを浮かべ、蔑んでくる雨宮。
くそっ。こんなことなら、昨日、料理できないなんて、言わなきゃよかった。
「ちょっとした料理くらいなら……できるさ」
「自信なさげですなあ。こりゃ勝ちましたねえ!」
「ふんっ、まあ見てろ。俺の料理の腕前、見せつけてやるからよ」
「なんか心配なんだけど。もし失敗しても、残飯処理は一人でしてよね?」
冗談っぽく笑う雨宮。
もちろん、表情は固いまま。
配信している手前、俺も冗談に応えるように笑い返すが、雨宮の手前、うまく笑えていたかは、定かではない。
大丈夫だよな? 不審に思われてないよな? と、ちょくちょくコメント欄を確認してしまう。
だが、コメント欄はいつも通りだった。
いや、むしろいつもより流れが速く、盛り上がっているくらいだ。
「それじゃ、早速始めるか」
「おー!」
「あ、そうそう。カメラ一個しかないから、基本的にはルナの視点で進んでいくんで、そこはご了承ください」
カメラを二つ使うことも、やろうと思えばできたのだが、やはり一つの画面に収めた方が、一緒にいる感が出て良いだろうと、田中さんが判断したのだ。
さて。
今回俺が作ろうとしているのは『チャーハン』である。
チャーハンを選んだ理由としては、昨日、急いで初心者向けのレシピを調べてみたところ、簡単そうかつ、家にある材料でシミュレーションできたからだ。
色々材料を切ったりする必要があるが、なんにしても、まず最初は、米を炊かないと。
「え〜と、とりま、米、米……」
自分の状況を実況するように、口にしながら、下の棚に入れられていた米袋に、手を出した。
すると、
「あ」
「あ」
雨宮と、手が触れた。
「げ」という声が聞こえてきそうな表情である。
「ちょっとユウ〜、手が当たっちゃったくらいで、なに赤くしてんの〜?」
「いや、お前だろ!」
「え、違う違う違う。ねえ! 映ってないからって嘘言わないでよ! みんなが信じちゃうでしょ!?」
「嘘じゃない嘘じゃない! お前こそ変なこと言うなって! 俺がお前なんかに……」
あ、やばい。
ちょっと熱くなりすぎてしまったか!?
そう思ってコメントを確認する。
『いちゃいちゃしてんなー』『うぶな二人かわいい』『早く料理しろ(いいぞもっとやれ)』なんてコメントが届いていた。
よかった。ギスギスは伝わっていないようだ。
「『お前なんかに』、なに?」
「なんでもない……」
俺たちは、一旦落ち着いて、会話を続ける。
「……もう。ていうか、ユウも、お米使うの?」
「……ああ、うん、使おうと思ってる」
「そっか。でも、炊飯器一個しかないから、一緒に炊くしかないね」
「あ、じゃあさ、俺の分も一緒にやっといてくれよ」
あからさまに、嫌そうな顔をする雨宮。
「えー! なんで私が!?」
「お前、料理得意なんだろ? ハンデだと思ってさ。な?」
「……」
俺がしてやったり、という顔をすると、雨宮は、悔しそうに唇を噛み締めた。
ふふふ。どうだ?
優しいルナちゃんなら、断れないだろう?
「わかったよ。しょうがないなあ」
「サンキュ」
さーて。あいつに米を押し付けてる間に、俺は自分の作業を――
「……痛っ!」
その時、雨宮が俺の足を踏んできた。
べーっと舌を出し、さっさと逃げていく雨宮。
パソコンを見ると「どうした?」「足でもぶつけたか?」と、俺の声に心配するコメントがいくつもあった。
「……ちょっと、足の小指ぶつけちゃって」
コメントは「あー、それは痛い」「あるあるだね」「どんまい」と。
なんとか、軽く流すことに成功したが……あいつ、自分がやったことをバラせないと思って、こんなことしやがって……!
この配信が終わったら覚えてやがれよ、マジで……!