5話 どうすんだよこれ
「ええ〜っ! ユウとルナちゃんって、同じ学校の、しかも同じクラスだったの!? こりゃあ、とんでもない運命だねえ! はっはっは!」
「……あ、あはは」
「……そ、そうですね」
田中さんは、テンション高く、俺と雨宮の背中を叩いた。
確かにこれは、俺にとっても、運命的に感じる。
だが、決してロマンチックなものではなく、神様のイラズラ的な、実に憎らしいものだ。
「で? で? 二人って、やっぱり学校では付き合ったりしてるの?」
「そ、そんなわけないじゃないですか! そもそも、こいつがVTuberをやってて、しかも、月明ルナだったなんて、俺も今、初めて知りましたし……」
「ふ〜ん。でも、二人ともほぼ毎日のように配信してるんだし、声とかで気づかないものなのかね?」
「いや、それは……はい、分かんなかったです」
「ルナちゃんも?」
「は、はい……」
確かに、こうして知った後に思い返してみれば、同じような声ではあった。
しかし、こいつの、月明ルナとしての性格と、学校での雨宮香織としての性格が、あまりにも違いすぎて、何も知らない状態じゃ、とても気付けない。
「ふぅん。ま、ちょうど良かったじゃん? 初めてのオフコラボなんだし、全く知らない赤の他人より、同じクラスで生活する仲間の方が、安心感あるでしょ?」
「……そ、それは」
その時、田中さんのスマホに着信が入る。
「ん? 宇佐からだ。ちょっとごめんね」
そう言うと、田中さんはリビングを出て、玄関の方へと歩いて行った。
リビングに取り残される、俺と雨宮。
「……」
「……」
気まずい空気が流れる。
「……おい」
無言の空気に耐えられず、俺は雨宮に声をかけた。
「……なに?」
「どうすんだよ、これ」
「何が?」
「このまま、何事もないようにするつもりか? 田中さんは、俺たちが、その、仲悪いってこと、知らねえんだぞ?」
田中さんの態度を見るに、俺たちがクラスメイトだと知って、良かった、とポジティブに思っているだろう。
しかし実際は、その真逆。
俺たちは、仲の良いクラスメイトではなく、すこぶる仲の悪いクラスメイトなのだ。
「このままだと、普通に、配信にも支障が出るだろ」
「じゃあ、どうするって言うの? 『私たちは仲が悪いので、もうコラボはできません』って言うわけ? そんな子どもみたいに」
「そ、そうじゃねえけどさ」
雨宮は、威圧するような表情で、ぐっとこちらに寄ってきた。
「いい? 私たちがどんな仲であろうと、そんなの、配信を見にきた視聴者さんには関係ないの。動画や配信では、月明ルナ、ユウというキャラクターを見にきてるんだから、私たちはそれに応えるために、二人を演じなくちゃいけないの。だから、配信にリアルの事情を持ち込むなんて、絶対にだめ。分かる?」
「……そんなことくらい、分かってる」
俺たち中の人の事情なんて、視聴者さんからしたら、知ったこっちゃない。
それに、そもそも俺たちの都合で配信を中止するなんて、そんなことは許されない。
「それと、もう一つ。田中さんにも、私たちの仲のことは、絶対に内緒よ?」
「どうして」
「余計な心配とか、させたくないから」
「……ああ、そうだな」
田中さんに言ったところで、今まで通り、俺たちが一緒に配信をすることに、変わりはない。
結局のところ、俺たちは、コラボ相手がお互いに嫌い合う相手だと知った今なお、いつものように、楽しく配信をするしかないのだ。
「それにしても、よりにもよって……なんで、こいつなの」
「はあ? 何か言ったか?」
「別に」
「お前なあ……」
雨宮のあからさまに嫌そうな態度を見て、俺もちょっと、いらいらしてきた。
「俺たちはこれから仲良く配信しなくちゃいけないんだぞ? いくら不本意でも、ちょっとくらい、仲良くしようとか、そういう意識を持てよ」
「そんなこと、あんたに言われなくたって分かってるわよ」
「その態度が、もう分かってねえだろ!」
「お互い様でしょ!?」
その時、田中さんが戻ってきた。
俺と雨宮は、その瞬間に黙り、顔を逸らす。
「ごめんごめん。じゃ、早速配信始めよっか。まあ、今回は初めてのオフでのコラボだけどさ、いつも通りの感じでやってくれればいいから」
いつも通りの感じ、か。
これなら、いっそ全く知らない赤の他人であった方が、はるかにやりやすかっただろうな。
「じゃ、確認がてらおさらいするけど、今回の企画は、二人の料理対決! 二人が作った料理を視聴者さんにジャッジしてもらって、勝った方が負けた方の言うことをなんでも一つ聞くってルールね」
「……っ!」
そうだ、そうだった。
昨日の打ち合わせで聞いてはいたが、こいつとの勝負に負けたら、俺はこいつの命令をなんでも一つ聞かなくてはならないのだ。
昨日の時点では、配信を盛り上げるパーツの一つくらいにしか考えてなかったけど、今になってその意味合いが変わった。
普段の月明ルナならつゆ知らず、その正体が雨宮だと判明した今、こいつに命令されるなんて、嫌すぎる!
「まあ、対決って言っても名ばかりで、この配信のミソは、ルナちゃんの料理を楽しむことだから。ゆる〜く、オフな感じでやってもらえばいいよ。食材は、あそこの冷蔵庫に入れてある。ちょっと多めに、いろいろ買ってきてあるから、自由に使っていいよ〜」
そう言うと、田中さんは、リビングと隣り合っている部屋のふすまを開けた。
「私は隣の寝室にいるから、なんかあったら呼んでね。ああそれと、顔バレとかしないようだけ、気をつけてね。カメラの位置的に顔は映らないだろうし、木製やプラスチック製の食器だけしかないから、反射とかは基本的に大丈夫だろうけど、一応ね。それじゃ、二人とも頑張ってね〜」
田中さんはにっこり笑うと、隣の部屋へと消えていった。
「ちょっと」
途端に静かになったリビングで、雨宮が声をかけてくる。
「もうすぐ配信開始の時間なんだから、さっさと準備しなさいよ」
「……分かってる」
その後、俺と雨宮は、配信開始時間まで一言も喋ることなく、淡々と準備を進めた。