4話 オフコラボ相手がクラスメイトだった
5月終わりの、土曜日。
俺は、自分の部屋の姿見の前で、服を選んでいた。
普段、休日や放課後に、外に遊びに行かないタイプの高校生である俺は、着る服といえば制服か、寝巻きくらいなものである。
そのため、外出する前に、タンスの奥から数少ない服たちをひっぱり出し、どうすれば、最低限ダサくならないかを、吟味する時間が必要だった。
一応、俺が持っている服は、無地のものがほとんどなので、よほど大きく間違えなければ、大丈夫だとは思うが、それでも、やはり心配だ。
なにせ、今日はあの月明ルナさんと、初めて会うのだ。
本当ならば、新たに服を買いに行きたいくらいだが、あいにく時間がなかった。
「ん〜、まあ、これでいいかな」
数十分ほど悩んだ挙句、結局、白のスウェットに、黒のズボンという、ものすごく無難な格好に落ち着いた。
まあ、初夏っぽくて、いいんじゃないか。
知らんけど。
事務所へは、ここからバスと電車を乗り継いで、およそ1時間ほどで、たどり着く。
何かあった時のことも考えて、少し早めに出発しておこう。
俺は、散らかった服たちを片付け、家を出た。
バスに乗り、最寄駅まで向かって、そこから電車に揺られること、30分。
そこからさらに15分ほど歩いたところにある、小さなマンションの、202号室。
ここが、おふこみゅにてぃの事務所である。
普通の家だし、一度来たことがあるとはいえ、いまだにちょっと、緊張するんだよな……。
軽く気合いを入れてから、インターホンを押す。
ピンポーンという音が鳴り、ドタドタと、人が歩いてくる音が聞こえてくる。
そして勢いよく扉が開き、田中さんが姿を表した。
「よお、来たか、ユウ」
「おはようございます――……」
田中さんの姿を見た俺は、思わず言葉を失った。
姿を見せた田中さんは、キャミソール一枚にショートパンツと、なんとも、ズボラな格好だったのだ。
「…………」
「なんだ? どうしたんだよ」
「い、いえ、なんでもありません」
なんか、さっきまで頑張って服を選んでた俺が、バカみたいじゃないか……。
それにしても、何回か会ったことがあるとはいえ、一応男が来るんだし、もうちょっとこう、ちゃんとした格好をしてほしかった。
……胸元とか太ももとか、色々見えて、非常に目のやり場に困る。
「えっち」
「み、見てないですよ!」
田中さんは、ニヤニヤしながら言った。
「いいこと教えといてやるよ。女は男の視線とか、けっこう敏感に、気付いてんだからな?」
「……そうですか。じゃあ、なにか着てください」
「洗濯物溜まってて、これしか部屋着がなかったんだから、仕方ないだろ?」
「せめて、上に一枚羽織るものとか、ないんですか?」
「ったく、しょうがねえなあ、これだから童貞は」
「……か、勝手に決めつけないでください」
……否定は、できないんだけども!
「まいいや。とりあえず入ってくれ」
「はい、お邪魔します」
俺は、田中さんの後に続いて、部屋の中に入る。
部屋の間取りは1LDK。入ってすぐ左手に風呂場とトイレへ続く扉があり、右手にはキッチン、まっすぐ進むと、リビングが広がっている。
玄関には、田中さんの靴しかなかった。
どうやら、部屋には田中さんしかいないらしい。
なぜか少しだけ安心し、リビングへと向かった。
そこには、物があちこちに散乱し、お世辞にも綺麗とは言えない空間が広がっていた。
「…………」
「ユウ? どうしたんだよ、そんなとこに突っ立って」
田中さんは、カーディガンを羽織りながら、そう聞いてきた。
一応ここは、事務所であり、女性二人が暮らしている部屋である。
「……ちょっとくらい、片付けたらどうですか?」
「いやー、片付けたい気持ちはあるんだけどさあ。私のと宇佐のとが混在してて、もう、見分けるのからめんどい領域に入っちゃったんだよね」
「そうですか……」
「ま、いつかは片付けるよ」
これは多分、一生片付けないだろうな。
「そういえば今日、宇佐さんはいないんですか?」
「ああ、宇佐は旅行に行ってるよ。今日明日は帰ってこないらしい」
「そうなんですね」
田中さんは、再びにやにやしながら、こちらを見る。
「二人っきりだね」
「もうすぐ、ルナさんが来ますけどね!」
と、言ったその時。
ピンポーン、とタイミングよく、インターホンが鳴った。
「お、噂をすれば。ルナちゃんも来たみたいだな。出てくるから、ちょっと待ってて」
「はい」
田中さんが、玄関へ向かう。
その時、心臓がドクンと跳ねたのを感じた。
月明ルナさん。
これまで、メッセージやボイスチャットでは喋ったことがあったけど、実際に会うのは初めてだ。
いったい、どんな人なんだろう。
玄関の方から、田中さんの声が聞こえてくる。
「よお、来たなールナちゃん。さ、入って入って」
「お邪魔します」
田中さんの声に続いて、ルナさんの、透き通ったかわいらしい声が聞こえてくる。
いったいどんな人なのだろう。
不安はほとんど無く、わくわく感が、いっそう高まっていた。
「さあ、二人の、初のご対面〜」
そう言う田中さんの後ろから、月明ルナさんが、姿を表す。
彼女と目があって、俺は一瞬、動けなくなった。
そしてそれは、彼女の方も、同様のようだった。
一瞬の沈黙の後、ようやく俺たちは、一声を取り戻す。
「えっ」
「お、お前……」
おそらく、考えうる中で……いや、想像すらしていなかった、最悪の人物がそこにいた。
「ん、あれ? 二人とも、知り合い?」
田中さんを尻目に、俺は思わず声を上げていた。
「ど、どうして、お前がここに!?」
「それは、こっちのセリフよ!」
そこにいたのは、俺が最も仲の悪いクラスメイト――雨宮香織であった。
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