3話 打ち合わせ
学校から帰宅すると、俺はすぐに自分の部屋へ行き、PCの電源を入れた。
時刻は16時50分。
本日は17時から、おふこみゅにてぃの社長(一応自営業だが)をしている田中美咲さんと、月明ルナさんとの3人で、オンラインでの打ち合わせをする予定がある。
俺は、ブレザーを脱ぎ、ネクタイを外して、楽な格好になった。
少し経ったところで、パソコンが起動する。
すると、ちょうどのタイミングで、田中さんが音声チャットを開始した。
まだ5分ほど前だったが、音声チャットに参加すると、すぐにルナさんも参加してきた。
『おはよう〜、ユウとルナちゃん』
ヘッドフォンから、眠そうにしている田中さんの声が聞こえてくる。
『お、おはようございます』
「お疲れ様です、田中さん……ひょっとして、今起きたところですか?」
『うん。今日の24時までに仕上げなきゃいけない作業があってさ〜。昨日は徹夜で作業してたから、今日は朝からずっと寝てた』
『……それ、徹夜の意味あるんですか』
ルナさんが、軽くツッコミを入れる。
田中さんは、あはは、と笑ったあと、んん〜っ! と伸びをしているような声を出した。
『な〜んか、社会人になってから、さらに生活習慣が狂ってきた気がするよ。今思えば、高校生の頃が一番しっかりしてただろうなあ』
「まあ、仕事が仕事ですしね」
『たしか、二人とも高校生だったよね?』
「俺は、そうですね」
『私も、この春高校2年になったところです』
へえ。
ルナさん、俺と同い年なのか。
なんだかちょっと、親近感。
『若いねえ。その若さを、ちょっとくらい、分けてほしいよ』
「田中さんだって、まだ20代ですよね?」
『そうだけど、20超えてからは、早いんだよ〜?』
衣擦れの音と、コキコキという音が、聞こえてくる。
肩を回したり、腰を捻ったり、ストレッチをしているのだろうか。
『学生時代に比べて、体力もめっきり落ちたし。人は、こうして老いていくんだねえ』
「……いや、それはただの運動不足では?」
『たまには、運動とかしてみたらどうです? ずっと事務所にいるんですよね?』
『あー、うん、まあねえ』
おふこみゅにてぃの事務所は、都内の、とあるマンションの一室にある。
俺も何度か行ったことがあるのだが、田中さんと、宇佐さんという人が、二人で暮らしているらしい。
宇佐さんは、『うさ』という名前で活動している、おふこみゅにてぃのVTuber兼スタッフさんだ。
チャットでやりとりをしたことはあるが、実際に会ったことはない。
ちなみに、おふこみゅにてぃのスタッフさんは、田中さんの他に、もう一人、新井さんという人がいるのだが、その人とも、俺はまだ会ったことがない。
つまり。
おふこみゅにてぃにおいて、表に出て活動しているVTuberは、俺と、ルナさん、宇佐さんの3人。
そして、スタッフさんは、田中さんと、新井さんの2人+宇佐さん。
おふこみゅにてぃは、この5人で構成されている、小さなグループなのである。
『運動、運動か。めんどいなあ』
「身も蓋もないですね……」
『まあ私、根っからのインドア派だからね〜』
田中さんの声が、近づいてきた。
おそらく、姿勢を直したのだろう。
『よし! 雑談終了。目も覚めてきたし、打ち合わせ始めますかあ』
田中さんの言葉に、俺も、軽く姿勢を正す。
『それじゃあ早速、次の土曜日にやる、定期コラボの話なんだけどさ』
「はい」
『ちょっとねえ、ここいらで、新たな試みをしてみようと思うわけよ』
「……新たな試み?」
『って、具体的には、いったい、何をするんです?』
田中さんは、一呼吸置いて、答えた。
『ズバリ、料理企画よ!』
『料理企画……』
『そう! 料理といえば、かなり人気の高いコンテンツでしょう? それに、うちが売りにしてる、”まったりした配信の空気感”にもマッチしてて、すごくいいと思うのよね。だから、今度の二人のコラボ動画は、料理企画をしてみようと思うの』
『なるほど……たしかに、需要は、ありそうですね』
『でしょう〜!』
料理企画、か。
たしかに、需要はあるだろう。
しかし、それには色々と、障壁もある。
「あの、田中さん」
『なんだいね?』
「言いにくいんですが、俺、全然料理できないんですけど……」
『ああ、その点は大丈夫。ルナちゃんは、めっちゃ料理上手いから』
「えっ、そうなんですか? ルナさん」
『ふ、普通ですよ。一般レベルで、できる程度です』
『前に一度、ルナちゃんが作った肉じゃがを食べさせてもらったんだけど、あれすっごく美味しかったわあ〜』
『や、やめてください。本当に、普通ですから』
照れくさそうに答える、ルナさん。
その様子が、ちょっと可愛らしいな、と思ってしまう。
『ていうわけだから、その点は大丈夫』
「なるほど……でも、どうやって配信するんですか? 俺たち、一応VTuberですよ?」
俺たちは普段、二次元のイラストを通してゲーム実況や配信を行なっている。
当然、料理は三次元のものなので、二次元で再現するのは難しい。
『そこはもちろん! 超美麗3Dで』
「超美麗3D……?」
『つ、つまり、”実写”ってことですか?』
『そう。VTuberとしては邪道だけど、企画の面白さのためなら、まあ、うちとしては、別に構わないと思ってるんだ。こういう選択肢が簡単に取れるのは、うちみたいな、小さいグループの強みでもあるしね』
「ちょっと待ってください。俺とルナさんのコラボ動画で、実写の配信をするんですよね?」
『そうね』
「てことは、ひょっとして……」
『あっ、そっか』
田中さんは、思い出したように言った。
『二人は、初めての顔合わせになるね!』