2話 学校にて
「おはよっす、大山〜」
翌朝。ホームルーム10分前に登校してきた俺は、教室に入ってすぐの席にいた中村に、声をかけられた。
「おはよう、中村」
「今日も今日とて、眠そうだな、お前」
「ああ、昨日も、結構遅くまで配信してたからな」
中村は、高校で唯一できた友人であり、俺がVTuberをしていることを知っている人物でもある。
「さては、また月明ルナちゃんと、イチャイチャしてやがったな。このヤロ〜」
中村は、にやにやしながら、そう言った。
俺は、鞄から教科書を取り出しながら答える。
「や、やめろよ。別に、ルナさんとは、そういうんじゃないから」
「よく言うぜ。最近はずっとイチャついてばっかじゃねえか。『てえてえ』、とか言われちゃってさ」
「あれは、一種のファンサービスなんだよ。本気じゃない」
実際、俺もルナさんも、本気でイチャイチャしてるわけじゃない。
もちろん、仲が良いのは本当だけど、配信が終わると敬語を使うし、あくまでも仕事仲間くらいの認識だ。
「な〜んだ。お前の惚け話が聞けると思ったのに」
「それに関しては諦めてくれ。俺にそんな浮ついた話、あるわけないだろ」
「どうしてだよ」
「だって」
鞄の中身を全て出し終えると、俺は、中村の方へ向き直った。
「”俺”だぞ?」
「……言ってて悲しくないのか?」
そう。俺は、中村しか友達のいない、いわゆる陰キャなのだ。
まあ、今の時代、陰キャ高校生なんて、大して珍しくもないだろうし、それ自体は、俺も別に気にしていないのだが、そういった浮ついた話は、もう半ば諦めている。
「それに、今は、配信活動が充実してるしな」
「なんだ、やっぱりルナちゃんのことが、気になってるのか?」
「違う違う。俺は、視聴者さんにチヤホヤしてもらえさえすれば、それでいいの」
「……お前のその欲望に正直なとこ、俺は嫌いじゃないぜ」
その時、廊下側から「おーい中村〜」と、彼を呼ぶ声が聞こえた。
どうやら、中村の友達が、呼んでいるようだ。
「悪い、大山。それじゃあな」
「ああ」
中村は、友達の方へ行くと、なにやらゲラゲラと笑い合っていた。
さすが、根っからの陽キャは、コミュ力の格が違うな。
一人になった俺は、リラックスするように大きなあくびをして、頬杖をついた。
ぼんやりと、教室を見渡す。
教室には、すでに8割ほどの生徒が登校してきており、かなり賑わっていた。
そんな中、前の扉が開き、一人の女子生徒が入ってきた。
その女子生徒が視界に入った途端、俺は体に、ピリッと、緊張を覚えた。
「あっ、おはよう、香織ちゃん」
「おはよう〜」
彼女は、笑顔で、近くの女子たちと挨拶を交わす。
その後、一度教卓の方へ行ってから、俺のすぐ隣の席にやってきて、鞄をかけた。
彼女の名前は、雨宮香織。
俺が唯一話せる女子にして、最も仲が悪い人物である。
雨宮は、こちらをぎろりと睨み、俺の机に、クラス日誌を乱暴に叩きつけてきた。
「これ。書いてよ」
そっけなく言うと、雨宮は椅子に座り、無言で鞄の中に入っていた教科書を、取り出し始めた。
叩きつけられた日誌を見て思い出したが、今日は、俺と雨宮が日直だったのだ。
「どうして俺が」
俺は、できるだけ無愛想に返事をした。
「前回は私が日誌を書いたでしょ。だから、今回はあんたが書きなさいよ」
雨宮は、こちらを向くこともなく、淡々と言った。
たしかに、前回の日直では、こいつがクラス日誌を書くことを担当していた。
癪だが、ここに関しては、反論することはできない。
「……はいはい、分かりましたよ」
再び、俺は無愛想に応える。
「ねえ、さっきから何なの、その態度」
「お互い様だろ」
「私、日誌持って来てあげたんだけど」
「もうちょっと優しく持って来て欲しかったけどな」
「はあ?」
雨宮は、こちらを向くと、ぎろりと俺を睨みつけた。
「私、わざわざ持ってきてあげたんだけど?」
「頼んでない」
「そもそも、あんたの仕事でしょ!?」
「別にお前が持ってくる義務はないだろ」
プルプルと拳を震わせる雨宮。
「ていうかさ、さり気なく私に、仕事を押し付けようとしないでくれる?」
「は?」
「前回、日誌を書いたのは私だったんだから、普通に考えて、今回はあんたの番でしょう? それなのに、日誌を教卓から取ってすらないなんて、暗に私に押し付けようとしてたとしか、思えないんだけど」
「なっ……」
言いがかりも甚だしい。
俺がそんな姑息なことを、考えるわけがないじゃないか!
「フツーに、日直だってこと忘れてただけだ」
「どうだか」
「嘘じゃねえよ。つうか、今日は俺が書くって言ってんだから、もういいだろ」
「よくないわ。そもそも、私が日誌を取らなかったら、私たち二人が先生に怒られてたかもしれないじゃない。むしろ、あんたは私に感謝して、ようやくトントンなくらいでしょう」
「んなの、知ったことかよ」
俺たちが睨み合っていると、チャイムが鳴った。
それとほぼ同時に担任の先生が入って来て、俺と雨宮は、お互いにそっぽを向いた。
やはり、こいつとはどうしても相入れない。
何かしら、きっかけはあったのだろうが、そもそも、俺たちは根本的に、性格が合わないのだ。
それなのに、クラスも同じ、席も隣同士、委員会も同じ、と妙に縁がある。
お互いに嫌気が差して、犬猿の仲になるのも、当然だった。
ああ、早く席替えをしたい。
そしてできることなら、もうこれ以上、こいつとは関わりたくない。