真の悪女ここにあり。公爵令嬢は王太子殿下を取り戻すために手段を選ばない。やりたいようにやらせて頂きます。
ローザリア・レドモンド公爵令嬢は、取り巻きの令嬢二人とある昼下がり王立学園の廊下を歩いていた。
「今度の夜会デビュー、ローザリア様のエスコートは勿論、アレフ王太子殿下でしょう?」
伯爵令嬢リリアがさも当然とばかり、ローザリアに言えば、ローザリアはオホホホと笑って、
「それは当然ですわ。アレフ王太子殿下はわたくしの婚約者ですもの。」
伯爵令嬢コリーヌも頷いて、
「アレフ王太子殿下にお美しきローザリア様にまさにふさわしいお方ですわ。」
リリアも同意して、
「お似合いのカップルです事。」
口々に伯爵令嬢達が褒めてくる。
ローザリアは得意げに、
「有難う。そう言って貰えて嬉しく思いますわ。」
そうは答えたが、心に不安がよぎる。
本当にアレフ王太子殿下はわたくしをエスコートして下さるかしら。
ローザリアは自分自身に自信があった。
金髪碧眼。流れるような金の髪に透けるような白い肌。目鼻立ちも整っていて、美しいと人々に褒められる。
勉学も優秀で、自分より優れた令嬢がこの王立学園にいないと自信に満ちていたのだ。
だから、三年前にアレフ王太子殿下の婚約者として選ばれた時、当然だと思った。
アレフ王太子殿下はそれなりに、ローザリアを大事に扱ってくれた。
それも婚約者として当然だと思っていたのに。
いつから、共に昼食を取らなくなったのだろう。いつから、王宮でのお茶の時間が減っていったのだろう。いつから?いつから?
そして、いつからあの女が王太子殿下の傍にいるようになったのか。
黒髪の可愛らしいあの女が…
その日、王立学園での放課後、誰もいなくなった教室にローザリアは呼び出された。
アレフ王太子は見覚えのあるあの女を伴って現れ、ローザリアに宣言したのだ。
「婚約を解消して欲しい。君といても癒されない。私は…聖女レイナと結婚したいと思っているのだ。」
「なんですって?」
聖女レイナは黒髪の可愛らしい女性で、
「私、王太子殿下の事を癒して差し上げたいと思っておりますの。
この癒しの力を使って、アレフ様はそれは、もう喜んで下さって…ローザリア様とでは癒されないとおっしゃっておりますわ。アレフ様、私がついておりますから。」
「ああ。レイナ。有難う。」
あの女は最近、アレフ王太子殿下と共にいる聖女レイナ。
生意気な女だ。
聖女レイナと言ってはいるが、苗字も持っていない単なる平民である。
ちょっと頭が良いというだけで、平民なのに、特別に貴族だけの王立学園に入って勉強を許されていた。
大昔の聖女は国を覆う結界を張り、魔獣から国を守ったと言われているが、現在の聖女にその力はない。ただ、ちょっと癒しの力があるだけである。
そんな癒しの力を持つ女性を聖女と呼んだ。
一人ではない。何人も聖女はいるのだ。
ローザリアはいちゃつく二人を睨みつけて、
「わたくしでは癒されない。その女を王妃にするとおっしゃるのですね。」
アレフ王太子は頷いて、
「レイナとなら、私は安らかな気持ちで、この国を治めていける。よい国王になれる気がする。君といると疲れてね。」
レイナはアレフ王太子の腕にしがみついて、
「私がついています。アレフ様。」
「ああ、有難う。レイナ。」
ローザリアはブチ切れた。
「解りましたわ。婚約解消は、王家から正式に我が公爵家に申し出て下さいませ。
わたくしは、まったく構いません事よ。オホホホホ。それでは失礼致しますわ。」
そうは言っても悔しかった。
あんな、何も出来ない聖女レイナ。あんなのに王妃なんて務まるはずがない。
屋敷に帰って報告したら、
父であるレドモンド公爵がブチ切れた。
彼はこの国の凄腕の宰相である。レドモンド宰相。その名を聞くだけで、貴族達は震えあがる程だ。
「どうしてもローザリアと婚姻をと言ってきたのは王家ではなかったのか?それを婚約解消などと。どういうことだ?」
レドモンド公爵夫人も怒り狂った。
彼女はアレフ王太子や王族の子達の乳母を勤めた女性である。
「教育係がいけなかったのね。あれ程、国王陛下や王妃様には教育係を選ぶ時は慎重にと申し上げておいたのに。」
兄であるコルディスがノソリと部屋に入って来て、
「我がレドモンド家をどう思っているのか。」
彼はこの国の騎士団長である。2m越えの大男だ。
「その聖女とやら消しましょうか?」
物騒な事を言っているのは、もう一人の兄、キース。
王家の陰を取り仕切っている切れる男だ。
ローザリアは4人に向かって、
「お父様、お母様、お兄様方。わたくしはもう一度、王太子殿下とお話をして参りますわ。王家から正式にお話があったらお受け致します。わたくしにもプライドがありますもの。」
両親も兄達も、
「我が公爵家を馬鹿にしている。」
「許せない。」
等と口々に言っていたので、くれぐれも馬鹿な真似をしないように。ローザリアは釘を刺しておくのであった。
王家の庭に、裸の天使の少年の可愛らしい銅像がある。その可愛らしいとある部分からは、水が出ていて、とても癒される噴水だ。
そこへ、ローザリアはアレフ王太子を呼び出した。
「アレフ様。我がレドモンド公爵家は、この国の為に、王家の為に尽くして参りました。
この度の事で両親も兄達も怒り狂っております。それでも婚約を解消なさるつもりで。」
アレフ王太子は頷いて、
「ああ、私は真実の愛を見つけてしまったのだ。まだ父や母には言ってはいないが、聖女レイナと結婚するつもりだ。君には申し訳ないが。」
「そうですの。」
ローザリアは扇で口元を隠して、
「それならば、我が公爵家は第二王子リッテル様を支持するしかありませんわね。」
「何だって?た、例え、お前達がリッテルを支持しようと私が王太子であることは変わりはない。」
「そうですの? リッテル様は貴方様より、勉学の出来もよろしくてよ。2歳年下で、婚約者の令嬢は、我がレドモンド公爵家の派閥の公爵令嬢ですわ。わたくしの父は宰相をしております。兄は騎士団長。もう一人の兄は王家の陰を指揮しておりますわ。皆、リッテル様の後押しをすると言っております。貴方様はどこの貴族が後押しをしてくださると?平民のレイナの実家が後押しをしてくださると。オホホホ。どう後押しをすると言うのです?」
「そ、それは…」
「はっきりしないお方ね。」
扇をシュっと噴水の天使の少年の像に向かって投げつける。
それはスパーーーンと水が出ていた場所を切断して、そこからドバババと水が噴水の受け皿に向かって噴き出した。
「ひいいいいいいっーーーー。」
アレフ王太子はそれを見て悲鳴をあげる。
ローザリアはにっこり笑って、
「婚約を継続して下さいますわね?」
「あ、ああ…ローザリア、私が悪かった。」
婚約解消は免れたが、今度は聖女レイナが涙を流しながら、ローザリアに詰め寄って来た。
王立学園での廊下でである。
「酷いですわ。ローザリア様。権力を盾にわたくしとアレフ王太子殿下の真実の愛を邪魔するなんて。」
「オホホホホ。貴方こそ何が聖女なのです。婚約者はわたくしなのですよ。それなのに、それを邪魔するなんて。そうですわね。お兄様。」
兄のキースが、スっと現れて、聖女レイナの首にナイフを押し当てる。
「私は王家の陰を指揮している。お前の首をここで、跳ね飛ばそうか?」
聖女レイナは真っ青になり、それでも懸命に、
「私を脅そうだなんて…神様は真実の愛を応援してくれますっ。」
王家の陰である男達が二人スっと現れて、
「この女、屋上から投げ落としましょうか?」
「それとも、噴水に頭から突っ込みましょうか?」
その言葉を聞いてレイナの顔色は更に悪くなった。震えているようだ。
ローザリアはにっこり微笑んで、
「レイナも反省していると言う事ですし、勘弁して差し上げましょう。」
レイナはそそくさと逃げていくのであった。
そんなローザリアは悪女として、貴族社会で名が知れ渡った。
レドモンド公爵家も権力を使い、王家を物ともせず、国を思うがままにしている。
貴族達の中には悪く言う連中もいた。
「皆様、こんにちは。今日は沢山のお菓子を皆様に持ってきて差し上げましたわ。」
ローザリアは母の公爵夫人と、実は慈善活動に熱心だった。
レドモンド公爵家は、孤児達の面倒を見ている教会に多大な寄付を寄せており、おりを見ては菓子を持って訪問し、子供達に教育の機会を与えるよう支援もしてきた。
「わぁ、有難うございます。」
「嬉しいっーー。お菓子美味しそう。」
子供達はお菓子に群がって、美味しそうに食べている。
ローザリアは母の公爵夫人に、
「この中から、将来の国を背負う優秀な人材が育つといいのだけれども。」
「そうね。貴方が王妃になったら、平民でも望めば、学べる学園を作る事が出来るわ。」
別に平民が教育を受ける事を反対している訳ではない。
優秀な人材を育てたい。そのような気持ちはあるのだ。
ただ、その優秀な人材が貴族社会を揺るがすとなると問題だが。
上手く教育を施して、王家に忠実な犬を育てる。
王妃としての役割だわ。
そう、志は高いのだ。
あれから、アレフ王太子の態度は、よそよそしかった。
それはそうだ。脅して聖女レイナと別れさせたのだ。
恨まれて当然だろう。
それでも、ローザリアは負けない。
例え、アレフ王太子に愛されなくても、自分は王妃になって、自分の思うがままの権力を手にし、国を動かして見せる。
父は宰相、兄は騎士団長、もう一人の兄は王家の陰の支配者。
出来ない事はないはずだ。
そんな強い思いを持ち、王家の庭を散歩していると、例の噴水の前でアレフ王太子殿下にばったり会った。
天使の少年の像は修復されていて、とある部分からチョロチョロと水が出ている。
ローザリアは挨拶をする。
「あら、王太子殿下。」
「ローザリア。噴水、すぐに修繕した。」
「まぁそうですの。まぁ壊れたままでは困りますものね。」
「それでその…」
「なんですの。もしかして、聖女レイナを側室にとかおっしゃるのではないでしょうね。」
扇を構える。
アレフ王太子は慌てたように、
「また、噴水を壊すなっ。違う。謝りたくて。」
「謝る?わたくしに脅されて、婚約解消しなかった貴方が謝るですって?」
「そうだ。悪かった。全面的に私が悪い。その…思い出したんだ。」
「何をかしら。」
「あれは…私と君が8歳の時…どうしても私の所へお泊りしたいって。お泊りした時があっただろう?その時に君は…お化けの話が怖いと言って震える私の手を引いて、一緒にトイレに行ってくれた。」
「ああ、そう言う事もありましたわね。」
「これからも私の手を引いて、共に国の為に突き進んで欲しい。」
「解りましたわ。でも、また、わたくしを裏切った時は。」
扇を天使の少年の像へ投げつける。
スパーンと今度は像の首が吹っ飛んだ。
「貴方の首もこのように…いくらでも事故を装って殺す事は可能ですわ。
役に立たない国王なんて必要ない。せいぜい役に立つ国王で居て下さいませ。」
アレフ王太子は何度も頷いた。
雪がチラチラと舞う寒さが厳しいある日、屋敷でローザリアは兄の騎士団長コルディスに悩みを打ち明けた。
「どうしてもわたくし、王太子殿下に強気に出てしまうのが悩みで…わたくしだって女。王太子殿下に普通に愛されたいですわ。」
今までアレフ王太子に愛を感じた事は無かった。人を愛するって何?
自分は王妃になって、やみくもにやりたい事をやって突き進んでいきたい。
そう思っていたのだけれども…
最近、取り巻きの伯爵令嬢達が、良くおしゃべりしていて、
リリアが目をキラキラさせながら、
「婚約者のマーク様がとても愛しくて、デートするのがとても楽しみなのですわ。」
コリーヌも同意する。
「解る解る。私もそうですもの。恋するって幸せですわねー。ローザリア様はどうですの?」
「え?わたくし?」
恋なんて愛なんて必要ない。わたくしはただやりたい事をやるだけ。アレフ王太子を利用するだけ、そう思っていたのだけれども…
愛する心を知らないって事は寂しい。
愛されないのはもっと寂しい…
心に寂しさをローザリアは感じていた。
コルディスは頷いて、
「女心か。解る。解るぞ。お前以上の悪女を王太子殿下に見せつければいい訳だ。俺の言う通りにしろ。いいな。」
「お兄様、頼もしいですわ。」
学園で、ローザリアはアルフ王太子殿下と中庭を散歩する。コルディスに指定された場所へ上手くアレフ王太子を誘導すれば、声が聞えて来た。誰か話しているようである。
聖女レイナの声だ。
「もう、上手くいけば玉の輿、私が王妃様になれたのに。王妃様になったら、贅沢三昧。沢山、宝石やドレスを買おうと思っていたのにー。」
もう一人、令嬢の声がする。
「残念――。レイナ。もう少しだったのにね。」
「あの悪女のせいよー。悔しいっ。人の好い王太子殿下は騙せてたぶらかせたと言うのに。」
その話を聞いたアレフ王太子の顔は真っ青だ。
そっとその肩に手を添えて、ローザリアは優しく、
「聖女と言えども、本性は贅沢がしたい悪女なのですわ。あんなのに、引っかからなくてよかったですわね。」
「ああ、まったくその通りだ。ローザリア。私には君しかいない。」
アレフ王太子はぎゅっと、ローザリアを抱き締めた。
- 上手く行ったわ。聖女レイナを脅して演技をさせた。アレフ王太子殿下の心はわたくしのものよ。-
何とも言えぬ愛しさを感じる。
アレフ王太子の背を優しく撫でながら、ローザリアは抱き締め返すのであった。
それからのアレフ王太子はローザリアをとても大切にしてくれた。
もうすぐ、夜会のデビューの日である。
アレフ王太子は公爵家に訪ねて来て、ローザリアに真紅のドレスをプレゼントしてくれた。
「君にふさわしい真紅のドレスだ。勿論、私がエスコートしよう。」
「まぁ嬉しいですわ。」
わたくしは愛されているんだわ。アレフ王太子殿下に…
部屋でアレフ王太子にプレゼントされた真紅のドレスを試着してみる。
なんて素晴らしいドレスなのかしら。
「どう、似合うかしら。」
アレフ王太子に見せれば、アレフ王太子は嬉しそうに。
「綺麗だよ。とても似合っている。」
と褒めてくれて、後ろから抱き締めてくれた。
なんて幸せなのかしら…
とても幸せを感じていたのだけれども…
ふと、アレフ王太子がローザリアを後ろから抱き締めたままその耳元で、
「そう言えば、レイナが王立学園をやめたそうだ。」
「そうですの?」
「何で辞めたんだろうな…」
「さぁ、あのような恐ろしい悪女の事なんて知りませんわ。貴方様はまだ未練があるのかしら。」
「いや、ちょっと気になっただけで、未練なんてない。私を利用しようとしただけのあんな悪女。」
「そうですわね。恐ろしい女…」
チュっと頬にキスを落とされれる。
本当になんて愛しい人…
ローザリアはアレフ王太子に抱き締められたまま、窓の外を眺める。
外は雪が降って来たようだ。
市井の女が一人、ただ行方不明になっただけ…
悪女が一人いなくなっただけ…
わたくしは今、とても幸せ…王太子殿下に愛されているのですもの…
何とも言えぬ幸せにローザリアは浸るのであった。