関係者召喚(1)
明けて朝、鐘四つを過ぎたあたりから、関係者が次々に王宮の大会議室へと案内されてきた。今回の呼び出しをしたトーリスと、その父である国王陛下、現在の王妃殿下に加え、王宮に宿泊したルークが面々を迎え入れていく。
最初に到着したのは宰相であるレーニッヒ公爵とその息子リヒャルド。レーニッヒ公爵はあまり状況が飲み込めていない様子だが、リヒャルドはトーリスとルークの顔をそっと窺い見てしっかりと頷いてきた。
続いて騎士団長であるヘルン侯爵と息子のマーカス。ヘルン侯爵は巌のような無表情だが、マーカスはやはりトーリスとルーク、リヒャルドにアイコンタクトを送ってきた。ルークも控えめに顎を引いてそれに応える。
次に参内したのは聖女リサとその後見人であるフォグル大司教。彼は教会の重鎮だけあって、王の前にあっても堂々とした態度だ。老齢ながら大柄な大司教の後ろをぴょこぴょこと従い、会議室内の面々にぺこんと頭を下げた小柄なリサが、まるで愛らしい小動物に見えて、ルークたちは無意識のうちに頬を緩めていた。
そして鐘五つの直前に会議室の扉が開かれ、そこに姿を現したのは三つの人影。ロートギルト公爵夫妻とその娘、アデレーナであった。三人とも美しい姿勢で深く頭を下げている。わけてもアデレーナのカーテシーは完璧だ。レーニッヒ公爵とヘルン侯爵が目を瞠り、先ほどぴょこんと頭を下げただけのリサが居心地悪そうに身を縮める。その様子をルークは痛ましく思った。生粋の令嬢であるアデレーナと、異世界から来た聖女であるリサでは、どうしてもマナーに差が生まれてしまう。トーリスは苛立たし気にロートギルト家の面々を睨みつけている。
「面を許す。遅いではないか、ロートギルト公爵」
「御前失礼いたします。ご機嫌麗しゅう、国王陛下、王妃殿下、第一王子殿下。お言葉を申し上げるようですが第一王子殿下、時刻には遅れていないと認識しております」
慇懃に挨拶を述べてから公爵は凍てつくような声で告げた。その途端、王城の尖塔から五つの鐘が鳴らされる音が響いた。苦々しい表情で、トーリスはなおも公爵を睨みつける。
「だが他の皆は揃っている」
「我が家が他の誰よりも先に到着すべきであったなら、他家よりも早い時間をお伝えになるべきではないかと愚考いたします」
「……減らず口を」
低く吐き捨てた第一王子の言葉に、揺らぐような筆頭公爵家当主ではない。冷たい視線を隠そうともせずトーリスを一瞥してから、公爵は妻と娘に顔を上げるよう合図した。夫人は随分と顔色が悪く、反対にアデレーナはやけに明るい表情をしている。昨日の恐怖にとらわれた様子から一転、どこか楽しげですらある。なんだ、あれは本当に演技だったのか、とルークは肩透かしを食らうとともに、騙された悔しさに密かに歯噛みした。トーリスもアデレーナの顔を見て、憎々しげに睨みつけている。
「ロートギルト公爵家当主の妻マリエラ、まかり越してございます。さ、アデレーナ」
「はいっ! ロートギルト公爵家が長女、アデレーナでございます!」
が、ひとことアデレーナが口を開いた瞬間に全員が硬直した。再び頭を下げたカーテシーの姿勢は完璧であるが、その口上と口調にはあまりに違和感がある。明るくはきはきと元気のいい挨拶。これではまるで、幼い少女のような物言いだ。トーリスもルークも、リヒャルドたちも、国王たちですら驚愕に絶句している。リサすら違和感を感じたのか、不思議そうに首を捻っていた。
ただ二人だけ、ロートギルト公爵夫妻だけは平然としている。否、二人の顔は怒りのあまりの無表情だ。そしてその怒りの矛先が、子供のような挨拶をしたアデレーナに向かっていないことだけが明確だった。
「あ、アデレーナ……? 貴様、何だそのふざけた挨拶は……!?」
室内の凍った時間を、真っ先に破ったのは一番近くにいたトーリスであった。その言葉に怒りが込められていたのは当然だ。今は国王陛下の御前、悪ふざけの許される場ではない。
眉を逆立てたトーリスの声にびくりと肩を揺らし、深い青の瞳がそちらに向けられる。その表情が、みるみる歪んだ。まるで、見ず知らずの人間を見るかのような不信そうな表情に。警戒をまるっきり隠さない視線で、トーリスの全身を確認する。
「……どなたですか」
「は……!?」
「お母様、わたし何かまちがってしまいましたか……? それとこの方はどなたですか?」
再び絶句したトーリスを後目に、アデレーナは母である公爵夫人に不安そうな目を向ける。誰がどう見ても、幼子が母に助けを求める表情だ。誰しもが言葉を失う中、公爵夫妻だけが優しい瞳をアデレーナに向けた。娘を気遣う親の表情で、公爵夫人がアデレーナの髪を丁寧に撫でてやる。
「何も間違っていなかったわ、アデレーナ。とっても上手にご挨拶できました」
「えへへ、ありがとうお母様」
照れたように微笑んだ顔も、母に撫でられるままに頭を任せる仕草も、ルークは一切知らない。こんな姉を見たことは、今まで一度もなかった。姿かたちはアデレーナのままなのに、中身だけがそっくりそのまま入れ替わってしまったかのようだ。