一般牢
ごきげんよう、ルーク様。あ、そういえば公爵家からもご実家からも勘当されたのでしたわね。でも困りましたわ、姓を持たぬ平民とはいえ、一度は婚約者候補となった貴方を呼び捨てにするのも気が憚られますし……まぁよろしいですわ。今だけはルーク様とお呼びいたしますわね。
あら、何ですのそのお顔は。わたくしがここにいるのがそんなに不思議? うふふ、実はお父様におねだりして面会を申し入れていただいたのですわ。お父様やお母様、お兄様には「何故あんな奴に面会などする」「婚約成立前に破談になった相手など気遣うことはない」と言われたのですけれど。何事も経験でございましょう?
それに、ここでは外の情報はほとんど入ってきませんでしょう? 今日が何の日かだって、ご存じないのではないかと思って……うふ、やっぱり今日に来て正解でしたわね。
ほらお聞きになって、ルーク様。鐘の音が鳴りましたわね。あの鐘、何だと思います? 今日はね、あの女の処刑日なのですわ。きっとあの鐘は女が王城前広場に引き出された合図ですわ。ほら、群衆の歓声も聞こえます。近年、重罪人の公開処刑は行われていませんでしたものね。民衆にはお誂えの娯楽ですわ。
まぁ怖いお顔。あの女に随分と入れ込んでいらしたのね。これは婚約が成立しなくて正解でしたわ。わたくし、他の女の手垢がついた殿方を共有することなどできませんもの。いやだ、大きなお声を出さないでくださいまし。牢屋って声がよく響きますのね、耳が痛いですわ。
彼女とはそんな関係ではない? ではどんな関係ですの? ルーク様もトーリス殿下たち……あぁ、もう殿下ではありませんでしたわね。トーリス様たちも、あの女に入れあげて、婚約者を蔑ろにして、忠告も耳にせず、姉同様に育った方を陥れて、大勢の前で恥をかかせて傷つけ、心を病ませて。王家にも御家にもご迷惑をかけてまで、あの女に入れあげていたのでしょう? それってどんな関係なんですの?
……答えたくないことにはだんまりですか。まぁよろしいわ、もう貴族でもありませんものね、何の責任もない身分って羨ましいですわ。なんて、全然思っておりませんけれども。
さて、時間が押すとあの女の処刑時間に間に合いませんわね。今頃は罪状を読み上げて、群衆からの非難を浴びているころでしょうか。何です? ええ、わたくしも処刑時間には広場にはせ参じるつもりですわ。アデレーナ様のお心を壊した女の顔を最後に見ておきたいですもの。
アデレーナ様とわたくしですか? ええ、もちろん同じ派閥でございますから、社交界では何度もお顔を合わせておりますわ。ルーク様はお嫌いだったようですけれど、わたくしはアデレーナ様のことは嫌いでないですわよ。いつでも貴族としての矜持をお忘れにならない、気持ちのいい気高さを持った方だと思っておりますわ。もう今は、見るべくもありませんけれど……。
あら、アデレーナ様のことが気になっていらっしゃるの? でも随分嫌って、憎んでいらしたんでしょう? 姉とも思いたくない、と放言されたと聞いておりますわ。わたくしは学年が違いますから卒業パーティーにはおりませんでしたし、伝聞でしかありませんけれど。違いまして?
ふぅん……? まぁよろしいですわ、わたくしが知る限りお教えいたしますわね。まずアデレーナ様。あの後、社交界にて『トーリス元第一王子殿下とご側近の三人、何より国家転覆罪を企てた異界渡りの聖女リサによって、アデレーナ様はお心を壊されてしまった』と情報が回りました。何せ貴方がたが卒業パーティーで起こしたことですもの、目撃者はどの派閥にも多くおりましたわ。ですので世情は対立派閥を含めてアデレーナ様に同情的ですわね。
ロートギルト公爵家が王家、レーニッヒ公爵家、ヘルン侯爵家、そして教会からも謝罪をされ、それでもなお王家に忠誠を誓ったという美談も一緒に出回っていたことも大きいでしょうね。各家も否定なさいませんでしたし、事実トーリス様含む四名が廃嫡や勘当を受け、アデレーナ様にお咎めなしというのも大きかったのでしょうね。
ですがアデレーナ様は今や幼いお子様のお心になってしまったそうですから……アデレーナ様はずっと公爵家の中でお過ごしになっているようですわ。社交界どころか街中や慰問先、カフェはおろか、御用聞きの商人ですらそのお姿を見ていないようですわ。
アデレーナ様のお心が、いつ元に戻るのか、この先ずっと元には戻らないのか。戻らないとして、このまま成長していくのか、それともずっと幼いままなのか。それはわからないようですわね。公爵家がアデレーナ様に縁談をご用意されるのか、それとも別の養子を引き取って継嗣とされるのかはわかりませんけれど、公爵ご夫妻は養子をお引き取りになることに消極的だと聞きましたわ。そりゃ、十年お育てになった養子がこのような事態を引き起こしたといったら、ねぇ?
次に王家ですが、幸いにもトーリス様はまだ立太子されておりませんでした。そこでミカエラ第一王女殿下が急遽、王位継承権第一位とされたようですわ。ミカエラ殿下は毎日「あの愚兄のせいで」と恨み言を仰っているようですが、教育は順調だそうですわよ。
ただ、ミカエラ殿下はアデレーナ様を将来の義姉として迎えることを楽しみにしていたようで、トーリス様にもルーク様たちにも、あの女にも怒っていらっしゃるわ。今日だって処刑をご覧になるんだと、自分から未来の義姉を奪った女の顔を最後に拝んでやるのだと、先日のお茶会で息巻いてらしたもの。
あら、何ですの? アデレーナ様が慕われているのがそんなに意外ですか? まったく、殿方って自分の見たものが全てですのね。アデレーナ様があの女につらく当たったから、他の女性にも同じように接していると思ってらっしゃるの? それとも自分たちが嫌いな人間は全ての人間に嫌われていないと気が済まないんですの?
最初に貴族のマナーに抵触したのはあの女だったのでしょう? アデレーナ様はご注意なさって、でもトーリス様たちがそれを撥ね付けたと聞きましたわ。でもいくら婚約者だといっても、王族に逆らうことはできませんわ。だからアデレーナ様はあの女に強く当たったのでしょう? それのどこがおかしいの? 強く当たると言ったって、ひどいことはなさらなかったと聞いたわ。池に落とした程度、可愛らしいものだわ。わたくしがアデレーナ様の立場なら、そもそも学園からあの女を排斥してしまうわ。それをなさらなかっただけ、あの女に改心の機会を何度も与えてやっただけ、アデレーナ様はお優しいのではなくて?
わたくしですか? もちろん、わたくしだって社交界でのいざこざはいろいろ経験してますわ。以前我が家によく出入りしていた野良猫がいて、わたくしも餌をやったりして可愛がっていたのだけれど、ある日玄関前にその野良猫の死体が転がっていたことがあります。わたくしがキャンドルに近づいた瞬間、炎魔法が得意な方がろうそくの炎を一気に燃え上がらせたこともありましたわ。あの時は顔に火傷を負いましたのよ。迅速に治癒魔法を受けたから今は無事で済んでおりますけれど。
あらまぁ、本当にご存知なかったのね。わたくしと同い年でも女の社交界の戦いをよくよくわかっていらっしゃる殿方はおられますのよ。このように無理解な方と縁付かずに済んだのは幸いでしたかしら。
そうそう、リヒャルド様とマーカス様の御家は、ロートギルト公爵家と我が家よりももっと揉めていらしたのよ。わたくしと違って、あちらはもう既に婚約を結んでおいででしたから。
わたくしたち貴族の婚約とはすなわち政治でございますから、家同士の繋がりや勢力図に大きく影響するものですわ。それをご子息の不始末によって破談にされたのだから、宰相閣下や騎士団長閣下のご心労は察して余りありますわね。もちろんロートギルト公爵閣下も、格下である父やわたくしに向かって謝罪してくださいましたわ。でね、わたくし申しましたの。「公爵家の直系はアデレーナ様以外にいらっしゃいませんもの。やはり血は水よりも濃いもの、所詮はあの方も紛い物でしたのよ。どうかお気落ちなさらずに」って。
きゃっ、いきなり大きなお声を出さないでいただきたいとお伝えいたしましたわよ。どうしてそんなにお怒りになるの? 貴方が本当は伯爵家の出で、アデレーナ様ほど立派な矜持を持たず、聖女だ何だと平民女をちやほやし、高位貴族令嬢である育ちの姉を疎ましく扱い、計画まで立てて大勢の前で恥をかかせたのは真実でしょう? これのどこが公爵令息の振る舞いなのかしら。
ああ、でもリヒャルド様は本当の公爵令息なのに同じ行いをしたのでしたかしら。ふふ、これは失礼いたしましたわ。リヒャルド様も同じように、あるいはそれ以上に責めなければ公平ではないと仰りたいのね。あら、違いまして? おかしな方。
それと教会ですけれど、随分と発言力を削がれたようですわ。実際に異界渡りを実行した司教様たちは全員、何かしらの罰則をお受けになったそうよ。悪くて罷免、降格や私財の没収などもあったと聞きましたわ。その教会内の粛清をもって、ロートギルト公爵家と派閥の一門も教会への援助を再開いたしましたの。我が家も同じくですわ。
ただし、以前の喜捨金額からはかなり減額しておりますけれど。今日あの女が処刑された後、徐々に元へと戻していく予定だそうですわ。そのせいで教会の資金繰りがあまり良くなく、教会内からもあの女の処刑を早くと望む声があるほどだそうですわ。うふ、人とは恐ろしいものですわね。女神の門弟であっても、自分たちが召喚した聖女であっても、自分たちのお尻に火が付いたら簡単に切り捨ててしまうのですもの。
近況はこんなところかしら。ああ、そうそう。わたくしもルーク様にお尋ねしたいことがあったのですわ。聞いてくださる? ふふ、そう投げやりにならないでくださいましな。こんな機会、もう二度とないのですから。
ねぇルーク様。もしあの聖女が女でなかったら――異界渡りをしてきたのが男で、賢者であったのなら、皆さまここまでべったりと接していらっしゃったかしら?
貴方がたはこぞって「聖女は国家の賓客だから」「異界渡りにてまかり越した大切な存在だから」と仰って、四六時中おそばに侍っておられたそうね。けれど、あの平民がもし男だったら。ここまで親しくされていたかしら。
うふふ、ええ。もちろんそう仰いますわよね。同じ行動を取ったはずだと。ですが、本当に? あれが比較的愛らしい顔をしていて、かつ他の貴族令嬢たちとは違った振る舞いで、高位貴族の貴方がたに馴れ馴れしく話しかけてきた女だったから。だから手元に置いたのではなくて? 婚約者や周囲の令嬢たちの反対や窘めを押し切って、べたべたと親しくしていたのではなくて? もしあの平民が醜かったら? いかがです、こんな問題になるほどに、あの平民を自分たちで囲い込んでいたかしら。
……まぁ、構いませんわ。別に明確に答えをいただけるとは思っていませんでしたし、わたくしの中で答えは決まっておりますもの。でも「それなら聞くな」とは言わないでくださいましね。先ほども申し上げた通り、こんな機会はもう二度とございません。貴方もリヒャルド様もマーカス様も、すぐにあの女を追って女神の審判に掛けられるのですから。
あら、わたくしとしたことが。口が滑ってしまいましたわね、うふふ。失礼いたしました。ああ、そろそろ時間ですわね。急がないとあの女の処刑が始まってしまう。それではルーク様、どうぞごきげんよう。もう会うこともございませんが、わずかな余生をご健勝でお過ごしくださいませ。




