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聖女リサ(1)


「さて、ここからが本題ですが」


 ルークたち五人は誰もが絶望的な気分で公爵の声を聴いていたのに、彼の口から放たれたのは信じがたい言葉だった。これからが本題とは。五人全員を強烈な自問自答と自己嫌悪に追いやっておいて、まだ本題ではなかったなんて。信じられない思いで誰もが公爵を見たが、その凍てついた蒼の瞳に何も反論は出てこない。


「そこな平民女性は、殿下と以下三名に対し、人類は平等であると説いたそうですが、これは事実でしょうか」


 ざわ、と会議室の空気が揺れた。動揺を見せたのは国王夫妻に宰相と騎士団長、そして大司教だ。ルークたちは大人たちの動揺に訳が分からず顔を見合わせ、リサはせわしなく周囲の顔色を窺っている。


「……リサ、それは本当なのか」

「え、えぇ……本当ですけど……」


 やがて重々しく大司教がリサに問いただし、リサが戸惑いがちに頷いた。ぴりっと空気に緊張が走ったが、ルークたちにはやはり意味がわからない。先ほどまでのアデレーナに関する話から一転したのに、空気の重苦しさは変わらない。その不可解さが、言い知れぬ不気味さをルークの心の底に流し込んでいた。


「貴方の言う『人類は平等』という話をここでしていただけないだろうか」

「お待ちを。議事録を二重で取ります。誰か、私の部下をひとり呼んできてくれないか」

「一人向かえ。急ぎでな」


 公爵の言葉に、宰相がストップをかけた。それを受けて騎士団長が扉近くに立っていた騎士に指示を出す。流れるような連携は緊迫感に満ちていて、自然とルークたちは誰も口を出すこともできずに事の次第を見守っていた。

 会議室を駆け出した騎士は、すぐに文官を連れて戻ってきた。訳も分からないままで連れてこられた文官は最初戸惑っていたが、宰相から何事か耳打ちされると血相を変えた。国王に礼を取り、近くの議事録台の前に座ると手元に紙を広げた。合図を受けた宰相が公爵に目配せし、重々しく頷いた公爵がリサに向き直る。


「ではどうぞ、始めて」

「あ、あの……?」

「『人類は平等』だと殿下たちに紹介したのだろう? その話をしてくれればよい」


 言って、ロートギルト公爵は深く椅子に腰かけ、背もたれに背を預けた。優雅にすら見える仕草でリサに話を促す。会議室中の視線がリサに集中した。その視線に戸惑ってきょろきょろと周囲を見回しつつも、リサが恐る恐る口を開いた。


「その、ニホンの……私の元居た国には有名な人の言葉に『天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず』という言葉があって、人間はみんな平等だって言われてきました。この国みたいに貴族はいなくて、天皇……王様のような人はいたけど政治は行ってなくて、選挙で選ばれた議員が集まって政治を行ってました。私たちはそれを民主主義って呼んでいて、私たちの世界では当たり前のことでした」


 戸惑いながらも淀みなくリサが答えた話は、彼女からもう何度も聞かせてもらった内容だ。彼女が生まれ育った世界は、馬をつけない馬車が走り、鉄の箱が空を飛び、遠くの人間と誰もが瞬時に会話や手紙のやり取りができたという。生まれた家に関係なく、子供たちは全員が教育を受ける権利を持っていて、農家の生まれであっても本人が努力すればどのような職業に就くこともできる。人間には一切の魔力がないのに、魔術の存在するこの世界よりも更に高度に発展した世界。夢物語のような話はルークたちの心をいつだってわくわくさせてくれていた。


「……お前はその話を聞いて、どう思った」


 リサの言葉を受け、国王が重々しい声でトーリスに向かって問う。その表情も、瞳も、何故か緊張をみなぎらせていた。トーリスにもそれがわかったらしく、しかし国王の意図も理解できず、やはり戸惑いつつも頷きを返してみせる。


「はい、素晴らしい世界だと感じました。魔法の代わりに発展した科学の文明、子供たちは貴賤に関わらず教育を受ける。それも、私たちの世界よりもはるかに高度な教育を。民は平等な人権を持ち、国は平和を尊び、資本主義の経済活動によって富を得る。我々も見習うべき部分が多々あります」

「……そうか」


 トーリスの返答に頷いた国王の、声も、表情も、態度も全てが落胆を示していた。ロートギルト公爵も宰相も騎士団長も、固い表情のままで素早く視線を交わしあっている。と、宰相と騎士団長の目がそれぞれの息子に向けられた。


「お前たちも同意見か」

「は、はい……殿下と同じく、聖女リサから多くを学ばせていただきました」

「……同意見です」


 宰相の冷たい口調に戸惑いながらも、リヒャルドとマーカスはそれぞれ頷いた。ルークがリサの言葉に感銘を受けたことを実父から聞いていたであろうロートギルト公爵は、ルークには何も言わない。それどころか、視線すら合わせようとしない。徹底的な拒絶に、腹の底が冷え込んでいった。


「大司教、お聞きの通りですが」

「誓って、誓って教会の意思ではございません、陛下、閣下がた……! 教会に王家への叛意など、誓って、一切ございません!」


 感情を見せないロートギルト公爵の問いとは対照的に、フォグル大司教の狼狽ぶりは顕著だった。老顔を必死にひきつらせ、許しを乞うように平身低頭する。そんな老司教の様子に面食らい、次いで『叛意』という言葉の強烈さにルークたちは思わずのけぞった。


「な……叛意だと!? どこからそんな話が出てきた!?」

「おや、本当にお気づきでなかったのですか、第一王子殿下」


 これは、婚約破棄をしていただけたのは娘にとって良かったのかもしれません。わざとらしく正式な敬称をつけてトーリスを呼び、悪意を詰め込んだ皮肉を口にして、ロートギルト公爵は冷笑を帯びた。馬鹿にされたとはっきり悟ったトーリスは屈辱に顔を赤くして公爵を睨みつける。


「公爵、貴様、不敬であろう……!」

「黙っておれトーリス。今の貴様を敬う者などおらぬ。これ以上の恥をさらすな、馬鹿者」


 食って掛かったトーリスに、しかし国王は吐き捨てるように告げた。為政者は基本的に感情を露わにしない。国王がこれほどに口調を荒げるところを、ルークたちは聞いたことがなかった。トーリスとてこんなに粗雑な扱いを受けたことはなかったのだろう、絶句して父である国王を呆然と見つめるばかりだ。

 そんな息子を一顧だにせず、国王はリサに視線を向けた。少女の華奢な肩が怯えたように跳ねる。リサを見据えたまま、国王は重々しく口を開いた。


「人類は平等。その思想は、教会の意思ではなく、そなた個人の持つ思想であるか」

「あ、ぇ……? は、はい、私の元いた国の思想ですけど」

「そなたはその思想を、己の意思に基づいてトーリスたちに話をした。間違いないか」

「ま、間違いありません、けど……?」

「そなたはトーリスを、この国の第一王子だと知っていたな」

「そりゃ知ってますけど……さ、さっきから何の話ですか?」


 国王は静かな、感情を見せない口振りで問いを重ねる。答えつつも戸惑うリサとの態度は対照的だ。まるで尋問だ、と連想し、ルークはぞっと全身に鳥肌が立つのを感じた。そう、これは国王直々の尋問だ。まるで犯罪者でも相手にしているような――


「そうか、よくわかった。ではそなたを、国家転覆を企んだ罪において捕縛する。衛兵」

「え……!?」

「な、っ待ってください父上!」


 ルークの嫌な予感は的中し、国王は為政者の表情で右手を上げた。壁際に控えていた近衛騎士が合図に従って迅速に歩み寄り、あっという間にリサの両手を後ろに回して手錠をかける。慌てたのはルークたちで、リサは呆然としたまま、トーリスは慌てて父である国王に向かって身を乗り出す。

 反対に、大人たちは平然とした表情だ。否、表情はひどく厳しい。冷たい視線でリサを睨みながら、横目でトーリスの行動を黙って観察している。唯一国王だけは、トーリスの制止が聞こえなかったかのようにリサから視線を外さない。


「この国は立憲君主制ではあるが、国王が治める国だ。王族のすぐ下には貴族階級があり、平民階級とははっきりと区別されている。この国において、貴族は民とは呼ばれない。つまり誰もが平等などではない。そなた、リサなる平民はそんなこの国の体制に不満を抱き、民主主義を標榜。第一王子と筆頭公爵家子息、宰相子息、騎士団長子息を篭絡、洗脳した。これは紛れもなく国家転覆罪である」

「洗脳!? 国家転覆!? そんな話じゃないんです……!」

「そなたのために愚息たちは、アデレーナ嬢を公衆の面前で貶め、恥をかかせ、追いつめた。アデレーナ嬢があのように心を壊したのも、そなたの差し金であろう」

「ち、違います! そんな、そんなつもりじゃ……!」

「国家転覆罪はこの国においては極刑だ。投獄のち王城前広場において縛り首とする」


 国王の発言は一方的で、リサの必死の言い訳はひとかけらも届かない。最後に重々しく告げられた刑の内容に、リサは呆然と立ちすくみ、トーリスは力なく椅子に頽れる。反対に王妃、公爵、宰相、騎士団長と大司教は、国王に向かって恭しく頭を垂れた。その行動によって、リサの死刑執行が不可避であることをルークは悟った。


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― 新着の感想 ―
[一言] 僕らが子どものときは確かに人は皆平等って学校でも教えてたけど、今でもそうなのかな? この聖女さまもある意味歪んだ教育の被害者なのかね。
[一言] 身分制度が当たり前の世界で人類皆平等とか言うのは確かにヤバいですね。
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