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罪の在処(2)


「続けてよろしいでしょうか、殿下」

「……ああ」


 追い打ちをかけるように公爵がトーリスを見据えた。もう抵抗の気力もなくした表情で、トーリスは力なく頷く。それでも公爵の表情に容赦というものは見受けられなかった。


「続けます。ヘルン侯爵令息が、アデレーナを取り押さえたところまでは話しましたな。アデレーナが彼に『手を離しなさい、無礼者』と告げると、トーリス殿下はアデレーナに『無礼なのは貴様だ』と告げ、両頬を平手で撲った。正しいでしょうか」


 ばきん、と固いものが折れたような音が響いた。そっと視線を巡らせれば、青い顔で王妃が扇を握りしめ、繊細な透かしの入った要付近にヒビが入っているのが見えた。隣の国王は顔色も表情もなくし、冷徹な瞳でトーリスを睨みつけている。


「正しいでしょうか、殿下」

「ぅ……ま、ちがい、ない……」


 急激に気温が下がったように感じる会議室の中、更に冷たい声の公爵が厳しく問う。トーリスは頷くしかなくて、聞き取れるかどうかぎりぎりの声でようやっと答えた。ルークも急激に呼吸が浅くなってくる。どうしてこんなことに、と今日何度も自問した言葉を腹の底にまたひとつ溜めて、息をひそめて成り行きを見守る。


「そんなアデレーナを見て、お前は『無様』『姉とも思いたくない』『貴族の風上にも置けない』と言ったそうだが、真実か」

「……っ!」


 だが公爵は当然、ルークにも容赦なく視線を飛ばしてきた。凍傷すら起こしそうな冷え切った視線に貫かれ、咄嗟に声が出ない。少なくともトーリスや他家の子息に対しては控えめに接していた公爵も、ルークに対してであれば遠慮も何もない。

 視線を合わせるのも恐ろしい目つき、だが逆らうことも許されない。ルークは息苦しい喉の奥からどうにか「その通り、です」という返答を引き出し、俯くほかなかった。


「この男に対し、レーニッヒ公爵令息は『こんな女が姉とは不運だな』と言い、トーリス殿下は『国王陛下に進言し、アデレーナを排斥してやる』と請け負われたとか。これも事実でしょうか」

「…………」

「答えろリヒャルド」

「……はい、どちらの言葉も事実です」


 言い淀むリヒャルドに、躊躇を許さない声で宰相が問うた。項垂れつつ認めたリヒャルドに、宰相は何も言わない。騎士団長のように息子を殴りつけるなど、宰相はしない。その代わりに、息子に対してのものとは到底思えないほど感情の抜け落ちた視線をリヒャルドに向けた。道端の石に対してでも、もう少し関心を寄せるのではないかと思わせるほどの冷めた視線。公爵とはまた違った冷たさに、リヒャルドは迷子のような表情で宰相の顔を見られずに俯いてしまった。


「そして殿下はアデレーナを『愚かな女だ』『聖女には何もかも劣る』『アデレーナとの婚約は人生の汚点』『聖女に与えた苦痛は倍にして返す』『さっさと失せろ下郎』と罵ったと聞いております。お間違いは?」

「……間違いない」

「左様ですか……誠に残念です。報告を聞いた時には信じられない思いでしたが、まさかどれも真実であったとは」


 ふう、と物憂げに溜息をつく公爵が、言葉ほど残念そうに見えないのは、感情を全て押し殺しているせいだろう。そうしなければ不敬にあたるほど怒り狂っている証拠だと、ルークは気づいている。気づいてはいるが、それだけだ。公爵の怒りを解消することも躱すことも、今のルークたちにはできない。


「殿下はアデレーナに対し、事前に話し合いの場を設けることもなく、何の前触れもなく、突然このように辱めを与えられた。娘も他の卒業生たちも皆驚愕していたというが、殿下と、そこな四人だけは平然としていた。つまり事前にアデレーナを貶める相談はされていたことかと愚考いたしますが、間違っておりますでしょうか」

「お、貶めるなどと……私はただ、アデレーナに事実を……」

「事前のご相談を五人でなされていたか否かです。ご回答を」

「……し、していた」


 公爵はトーリスの言い訳を追い落とし、冷徹に追い詰める。トーリスの釈明は聞き遂げられることなく霧散し、ただ詳らかにされる事実に頷くばかりとなっていた。ルークたちも冷たい声音を耳にしながら、己の行動を猛省させられる。


 アデレーナに彼女の罪を突き付け、聖女に対する非道を皆の前に明らかにすれば、リサを軽んじる彼女と取り巻きたちの意識を変えられると思った。アデレーナの傲慢を糾弾し、正し、リサに対して頭を下げさせることができれば、これまで流されたリサの涙も慰められるはずだと。そして、昨夜のパーティーにおいて自分たちは確かに正義を貫いたのだと思い込んでいた。

 けれど現実はどうだ。ルークは公爵家から廃嫡され、実家からも籍を抜かれて貴族ではなくなる。マーカスは国王夫妻の眼前で父である騎士団長から懲罰を与えられた。リヒャルドは父である宰相から子とも思わぬ視線で睨まれている。トーリスは父である国王の目の前で、かつての婚約者の父親から慇懃無礼に叱責され続けている。そしてリサは、かつてアデレーナに与えられた以上の冷たい視線を王妃から浴びせられている。


「状況を整理するに、やはり娘の心が傷つけられたのはここにいる五人が原因と考えてよろしいでしょうな」

「……王家として、アデレーナ嬢に報いる心積もりはあるが、アデレーナ嬢の心が真に癒えることがないのもまた事実。慙愧に堪えぬ」


 冷淡に言い放った公爵に、国王は心底口惜しそうな口ぶりで告げた。心からアデレーナを思いやる言葉に、トーリスは顔色をなくしている。


「レーニッヒ公爵家としても同様です。愚息がご令嬢に無体を働いた浅慮、恥ずべき行いを心よりお詫び申し上げます。我が家にできることがあるならば、何を擲ってもアデレーナ嬢に報いたい所存でございます」

「ヘルン侯爵家も同じく、ロートギルト公爵家とアデレーナ嬢に深く陳謝申し上げる。我が不肖の愚息が令嬢にご迷惑をおかけし、申し訳なかった」


 宰相と騎士団長も、公爵に向かって深く頭を下げる。先ほど陳謝の言葉を述べた大司教も、再び公爵に礼を向けた。そのどれをも沈黙にて受け取って、公爵は軽く頭を下げて見せた。詫びを受けるわけではないが、礼儀は受け取った。そんな仕草である。リヒャルドもマーカスも、父親がアデレーナの父に頭を下げる姿を唇を噛んで見つめていた。自分のせいで父の頭を下げさせた、そのことを噛みしめている表情だ。

 そして唯一ルークだけは、その場にて痛烈な疎外感を感じていた。頭を下げられているのは、もう自分の父ではない。詫びを向けられているのは、もう自分の姉ではない。勘当されてしまった今、自分はもう公爵令息ではないのだ。


 自分たちは一体、何をしたのだ。何をしてしまったのだ。アデレーナに打撃を与えることには成功した。けれど、こんな結果は想像もしていなかった。誰もがアデレーナの苛めを知れば彼女の行動を嫌悪し、リサに対して憐れみと優しさを持って接してくれるようになると思っていたのに。今この場で憐れまれているのは、心を閉ざして幼児返りしてしまったアデレーナで、嫌悪されているのはリサと自分たちの方だ。どうして。どうしてこんなことに。


「……っ、わ、私が……! 私にアデレーナさんを治癒させてください……!」


 固い空気を裂いて、リサが真っすぐに立ち上がった。真摯な瞳を公爵に向ける。


「私は、聖女です。魔力測定でも、他の誰よりも魔力があるって言われてます。治癒魔法は一番得意なんです。私の魔力なら、アデレーナさんの心を癒せるかもしれません。だから、だから私に、やらせてください……!」


 リサの言葉は真っすぐで、心からのものだと聞き取れた。リサは心からアデレーナを案じ、アデレーナの心を癒したいと考えている。あれほど傷つけられたアデレーナを心底思いやるその優しさに、ルークたちは感動に涙すら滲んできた。


「お断りする」

「ど、どうして……!」

「何故だ、公爵! アデレーナの心を治癒したくはないのか!?」


 だが、公爵の返答はにべもなかった。思わずリサが驚愕の声を上げ、トーリスも立ち上がって食らいつく。そんな二人を見やる公爵の瞳は、今やはっきりと怒りに燃えていた。トーリスとリサが思わず怯むほどに。


「……何故などと、よくも仰るものだ。殿下も貴方も、アデレーナを心から憎んでいるだろうに。娘の心を自分たちで壊しておいて、自分が癒すなどと、よくもそんな白々しいことが言えたものだ」

「ち、違います……! 私、アデレーナさんを憎んでなんて……!」

「憎んでいただろうに。でなければ、殿下たちがアデレーナを吊し上げしたのを見過ごしたりはしまい。貴方だって望んで娘を『断罪』したのだろう?」


 公爵の声は凍てついて、反論を許さない。リサは絶句し、トーリスはぱくぱくと口を開閉するが声が出ない。ルークもまた、父の本気の怒りに触れて腹の底に氷の塊を押し込まれたような錯覚に陥っていた。


「それに、心を治癒することなど不可能だ。そんな魔術は存在しない」

「で、でも……私なら、聖女の魔力なら、可能性は……」

「心を治癒した実績がおありなのか? それとも娘を実験台に使おうというのか? その実験で、今よりも悪化する可能性は皆無なのか? 治癒するなどと見え透いた嘘で、本当はもっと娘の心を傷つけようとしているのではないか? あるいは貴方の思想に娘を洗脳し、貴方の言いなりになる人形を作りだそうとしているのではないだろうな?」

「ひ、ひどい……! そんなこと……!」


 矢継ぎ早な公爵の言葉に、リサは半泣きで首を横に振る。だが公爵の視線は冷たく、国王夫妻は痛ましい目で公爵を気遣う表情を見せている。宰相と騎士団長はリサに冷めた目を向け、大司教はひたすら恥じ入る表情で項垂れていた。


「ひどいのはどちらだ。娘を大衆の前で傷つけ、辱め、心を壊しておいて、いざ自分たちのやったことを突き付けられたら『治癒する』などと。ならば最初から娘が傷つかぬ方法を取ってもらいたかったものだ」


 もう遅いが、と冷笑含みで追い落とされ、リサは悔しげに唇を噛み、しかし何も言えなかった。大司教に座るよう促され、力なく席に着く。その様子を見守るしかないルークたちは、ひたすら無力感に苛まれていた。

 自分たちはただ、リサを守りたかっただけなのに。現在、リサはこうして公爵たちの厳しい視線に晒され、守ってやることもできない。もう二度とリサの涙を見たくなかっただけなのに、リサの目にはまた涙が浮かんでいる。しかも、大人たちはそんなリサを悪だと判断し、アデレーナを被害者だと認識している。ただ自分たちは、アデレーナの苛めからリサを守ってやりたかっただけなのに。

 自分たちは一体何を、どこを、どれをどう間違ったのだろう。考えるばかりで思考は空転し、答えは一向に出ない。


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[一言] 根回しって大事よね。 庶民から見て、根回し=談合みたいな悪い意味に取るのは今の政治を見て思うけど。 内々に相談すれば、彼女の心も壊れなかったかもなのに
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