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教会の現実


 会議室の空気は最早、最悪と呼んでいいものになっていた。今回の召喚をかけ、追及の議題を提出したトーリスが言葉を発せなくなっている。国王も頭痛に耐えるようにこめかみに指をあてて顔をしかめ、王妃はリサを視界にも入れたくないといった様子で優雅に扇をひらめかせている。


「……発言をお許しいただけますでしょうか、陛下」

「構わん、許す」


 見かねた宰相が、国王に発言権を求めた。王家の懐刀と呼ばれる彼がようやく口を開いたことに、国王がわずかに安堵した様子で頷いた。それでは、と頷きを返して宰相が手元の紙片に視線を落としてから、トーリスに向かう。


「殿下、御身のお言葉を復唱申し上げます。アデレーナ・ロートギルト公爵令嬢が、王立魔術学園においてこちらの聖女リサを平民と貶め、つらく苛め、心身ともに危険にさらした事実をここに告発する。お間違いございませんか」

「……間違いない」


 宰相の手元の紙片は議事録であったらしい。一言一句正しく復唱され、トーリスが力なく頷いた。その様子に宰相はひとつ頷き、今度は大司教へと視線を投げた。


「フォグル大司教猊下。貴方はこの告発を、教会として、あるいは彼女の後見人として、あるいは貴方個人の意見として、支持なさいますか」

「……残念ながら、支持はできません、宰相閣下」

「そ、そんな……! 大司教様!?」

「フォグル大司教、貴様、リサを見捨てる気か!?」


 沈痛な面持ちで、大司教が首を横に振る。その言葉に、リサとトーリスがほぼ同時に立ち上がった。途端に宰相が厳しい視線を二人に向ける。


「お二人には今は伺っておりません、お座りを」

「で、でも……!」

「お座りを」

「リサ……」


 強く促され、トーリスが気遣わしげな視線をリサに向ける。それ以上の言葉を許されず、リサたちは黙して椅子に腰を据えた。その様子を見届けてから、宰相は再び大司教に向き直る。


「女神教会も、貴方個人も、此度の件には無関係だと仰る、そう認識してよろしいですね」

「その通りです。元より異界渡りを行使したのはうちの教会の若い司教たちの独断です。ご存知の通り聖女の召喚に成功したのは数百年ぶりですし、我が教会としても大司教のひとりを後見とするほかなく、私が選ばれましたが……よもやこのような問題を起こすとは」


 大司教は忸怩たる思いを嚙みしめた顔で俯き、無表情な公爵に向き直る。両手を敬虔な仕草で合わせ、公爵に向かって真っ白なその頭を深く下げた。ルークもトーリスたちも驚いたが、大人たちは硬い表情でそれを見守っている。


「ロートギルト公爵閣下。今更何のお詫びを申し上げることもできませんが、此度、我が教会が端を発して御家とご令嬢にご迷惑をおかけしたこと、陳謝申し上げます」

「……詫びなど不要で、無意味です。貴方がたが娘に報いることは不可能だ」

「ええ、ですのでこれは偏に私の個人的感情です。ご令嬢は貴族ですが、政治と離れた場所では敬虔な信徒でもいてくださいました。慈善事業にも理解があり、個人的に寄付もしてくださっていた。だからというわけではありませんが、私はご令嬢がこのような事態に巻き込まれたことが残念でならない」


 本心からの言葉で大司教は語る。その言葉に嘘がないことは、ルークでも容易に知れた。今まで知らなかったけれど、アデレーナは教会に個人資産から寄付を行っていたらしい。筆頭公爵家に生まれた娘として、将来王族に連なる令嬢として、それが自分の義務だと考えていたのだろう。大司教の立場からすれば、そんな敬虔な令嬢を教会が裏切ってしまった形に思えるのだろう。


 それでも悪いのはアデレーナだ、と考える反面、ルークの中には迷いが生じてしまっている。このやり方は、本当に正しかったのだろうか。自分たちはリサのために行動したはずだったのに、今となってはリサの立場を不利に追い込んでしまっているのでは。筆頭公爵家を敵に回し、国王や王妃、宰相の心象を悪くし、後見人に頭を下げさせて。

 本当に、今の状況がリサのためだろうか。もっと穏当に、穏便に事を運ぶことはできなかったのか。永久に失われてしまったチャンスを考えたところでもう無意味だと、理屈では理解していても考えを止めることはできなかった。


「頭を上げてください、大司教。許しはできませんが、謝罪はお受けしました。だが、今後の付き合い方は考えさせていただきます」

「……覚悟しております。既に昨晩のうちに、御家の分家や派閥の皆さまより喜捨や寄付を差し控えるご連絡は頂戴しておりました」

『え……』


 大司教の言葉に、思わず声を洩らしたのはリサやトーリスだけではなかった。ルークも無意識のうちに呟いていたし、リヒャルドやマーカスも口をぽかんと開けていた。発言の許可を求めていなかったルークたちは、親たちに睨まれて慌てて口に手を当て頭を下げる。代わりにトーリスが大司教に向き直った。


「寄付を差し控えるとはどういうことだ……?」

「言葉通りでございます、殿下。此度の事態、我が教会が庇護する聖女が原因の一端を担っております。昨晩のうちにロートギルト家の分家や派閥より連絡があり、聖女を擁する教会への信頼が薄れたため喜捨・寄付の類を控えるとのこと。教会としても事実確認をいたしましたが、こちらにいるリサがアデレーナ様と諍いを起こしたのは事実。謹んでお受けする旨をお伝えしております」


 その言葉に、ルークはようやく思い出した。昨日のパーティーにおいて、アデレーナを断罪した後、彼女の取り巻きたちは早々に会場を後にしていた。大方尻尾を巻いて逃げ帰ったのだ、腰抜けが、と嘲笑っていたけれど、あれは自分の家に事態を報告に帰っていたのだ。そして家々は早急に行動を起こし、教会に向かって抗議の意を表明してみせた。


「な、なんと卑劣な……!」

「卑劣、でしょうか。これは異なことを。筆頭家のご嫡女が教会の人間に貶められたのです、教会に対して遺憾を示すことはごく当たり前かと存じますが」

「だ、だが弱者への施しは貴族の責務ノブレス・オブリージュだろう! それを個人的感情で反故にするなど……!」

「殿下は個人的感情で己の婚約者(アデレーナ)への責任を放棄なさったのではないですか」


 大司教に嚙みついたトーリスに、凍てついた声で公爵が問う。あまりに鋭いその言葉に、トーリスは喉を引きつらせて絶句した。一言で追い落とされたトーリスを哀れに蔑む視線で睨みつけ、公爵はなおもトーリスを追いつめる。


「私の娘をあんな目に遭わせた聖女を養う金など、我が公爵家は1リーレも払えません。それでも教会に施すのが貴族の責務というなら、殿下が個人資産で教会に喜捨なさればよろしい」

「い、いいだろう……いかほどになる、大司教」

「……恐れながら、いかに殿下でも個人資産から補填は不可能かと存じます。ロートギルト公爵家からの寄進額は、アデレーナ様の寄付額も含めますと教会への寄付全体の一割に匹敵します」


 教会の運営する教会や孤児院、治癒院などの施設は、国内全体で百にも及びます。そのうち一割が明日から完全に停止すると考えていただくとよろしい。分家や派閥の御家全てが同じく1リーレも出さないと仰ったとすれば、全体の四割にも届くでしょう。


 大司教の語った言葉のあまりの大きさ、あまりの絶望的状況に、ルークたちは誰も声を出せないでいる。自分たちの行動が、教会の孤児や患者を殺すかもしれない。そう考えて、アデレーナの社会的存在の大きさに戦慄した。自分たちが取り押さえ、断罪し、絶望させた相手が、これほどまでにこの国に影響を及ぼす女性だったのだと、今まざまざと思い知らされていた。


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