王立魔術学園卒業記念パーティー
全16話、完結済みで本日中に全話予約投稿済みです。
暴力的表現がありますのでご注意ください。
華やかな装飾と凝った美食の数々が並ぶ、王立魔術学園卒業記念パーティーの会場。つい数分前までは笑いさざめく話し声と楽団の優美な演奏で満ちていたその場は、今は静まり返っていた。
会場中の視線が注目するのは会場前方、数人の男女が集まった場所だ。人波が引いてぽっかりと空いたスペースの中、誰より注目を集めているのはこの国の第一王子、トーリス・ディ・ワエリアである。艶やかな黒髪と吸い込まれそうな碧眼を持つ凛々しくも美しいそのかんばせには、今は憎悪を込めた厳しい表情を浮かべている。
殺意すら込めたトーリスの視線を向けられているのは、豊かな金髪と海より深い青に染まった瞳を持つ美しい少女。平均より少々高めの身長と素晴らしいプロポーションを真っ赤なドレスで包んだ彼女は、この国の筆頭公爵家であるロートギルト家の嫡女、アデレーナ・ロートギルトだ。普段は高位貴族らしい傲慢さを隠さない彼女が、今は白い頬を青ざめさせている。驕慢な義姉の珍しい表情に、ルーク・ロートギルトは久々に胸のすく思いだ。
「……も、申し訳ございませんが、もう一度お聞かせ願えますでしょうか、殿下」
「ああ、何度でも言ってやる。聖女リサに対する貴様の醜悪な苛めの数々、私の耳に届かぬとでも思ったか。貴様のような傲慢で心根の醜い人間を王家に入れ、未来の国母とするわけにはいかぬ。トーリス・ディ・ワエリアの名において、貴様との婚約を破棄してやる!」
ひぃ、と誰かが息を飲んだのが静寂の会場に響いた。アデレーナはますます真っ青になり、がたがたと震えだした。と、その青蒼の瞳がきつく怒りを燃やし、トーリスの隣を厳しく睨みつける。トーリスに庇われるようにして立っていた黒髪の少女が、怯えた表情で縮み上がる。
「そんな平民ごときのために、このわたくしと婚約破棄をなさるなどと、本気で仰っていて……!?」
「ただの平民ではない、彼女は異界渡りにてまかり越した聖女だ! この国の貴重な賓客である! 分を弁えよ!」
異界渡り。この国の主教である女神教教会が主導して二年前に行った、数百年ぶりの奇跡。異世界より招かれた人間は男性なら賢者、女性なら聖女と呼ばれ、莫大な魔力を持つとともに、この国に貴重な知識を授けてくれる存在だ。歴史的文献にしか存在しなかった、生きた奇跡。リサはこの国にとっては重要人物であり、時の人でもある。
ニホンというこの世界に存在しない国より召喚されたリサは、元の世界ではルークたちと同じく学生であったらしい。そんな彼女のたっての希望により、リサはこの王立魔術学園に通うこととなった。魔力を持つのはほとんどが貴族、というのがこの世界の常識。畢竟、平民が少なく、大多数が貴族であるこの学園において、貴族に対しても物怖じしない彼女の行動はとても新鮮に映った。マナーだ教養だとお高くとまるばかりで可愛げに欠けた貴族令嬢と違い、リサの言動は非常に愛嬌があり、男子生徒たちの人気を一気に集めていた。
中でも第一王子のトーリス、彼の幼馴染で宰相の息子であるリヒャルド・レーニッヒ公爵令息、騎士団長の息子であり同じくトーリスと付き合いの長いマーカス・ヘルン侯爵令息、そして筆頭公爵家の次期跡取りであるルーク・ロートギルト公爵令息の四人は、よくリサと行動を共にしていた。最初は貴族令嬢とは毛色の違うリサへの物珍しさだったが、すぐに彼女はリサの優しさや明るさ、卓越した魔術の才能、異世界での高度な知識、世界の未来を見据えたような先見の明の虜になっていた。
そんなリサに対し、女子生徒の反応はほぼ二分されていた。彼女の魔力と魔術の才に憧れ、考えに触れてその知識を尊敬し、聖女としての彼女を崇める者たち。一方、貴族令嬢とは程遠い態度に眉を顰めて遠ざける者たち。姉でありトーリスの婚約者であるアデレーナは後者の代表格であった。
そしてアデレーナは、不遜にもリサに辛辣で悪質な苛めをしていたという。面と向かっての痛罵に留まらず、彼女に挨拶をされても無視をする、彼女の失敗を他の女子生徒たちと一緒に嘲笑う、彼女の足を引っかけて転ばせる、食堂で服に紅茶をかける、果ては背中を突き飛ばして池に落とすなど、枚挙に暇がない。
醜悪極まりない苛めを受けても、リサは毅然とした態度を崩さなかった。そんなリサの堂々とした様子にトーリスたちはますます心酔し、反対にアデレーナに対しての印象がどんどん悪くなる。トーリス達はますますリサを庇い、激昂したアデレーナがまたリサを苛める。
負のスパイラルについに業を煮やしたトーリスは、この卒業パーティーにおいてアデレーナを断罪し、堂々と婚約破棄を突き付けたのだ。
「無礼なのはどちらですか! 貴族社会の秩序もマナーも弁えない平民に、尽くす礼儀などありませ……きゃあっ!」
トーリスに叱咤されても悪言をやめないアデレーナに、元々気の短いマーカスが動いた。騎士団で鍛えられた身のこなしでアデレーナの背後を取り、その細腕を背後に捻り上げる。手のひらを介して魔力拘束しているため、アデレーナに抵抗の術はない。
悲鳴を上げたアデレーナはしかし、おとなしくなるどころか背後に首をひねってマーカスを睨もうとする。
「無礼者! 手を離しなさい!」
「無礼なのは貴様だと、何度言ったら理解するんだ、アデレーナ」
呆れ切った、凍てついた、怒り心頭の声でトーリスは告げ、取り押さえられたアデレーナへつかつかと歩み寄った。右手を振りかぶり、アデレーナの左頬をしたたか打ち据えた。返す手で今度は右頬も殴打する。ばん、ばんっ、と乾いた音が二度、静寂に響いた。
「っ!」
「ひっ!」
「きゃあぁ!」
衝撃と痛みにうめくこともできないアデレーナの代わりに、生徒たちの間から恐怖の悲鳴が上がった。が、ルークとリヒャルドが周囲を睨みまわした途端誰もが息を詰めて目を逸らす。その中には、アデレーナと一緒になってリサを苛めていた女子生徒たちの顔もある。お前たちも同罪だぞ、とルークは憎しみを込めてその面々を睥睨した。
「で、んか……」
細い声が絞り出され、信じられない、と言いたげな表情でアデレーナがトーリスを見上げる。見開かれた深い青の瞳から零れた涙が、赤く腫れた頬に伝い落ちる。見たこともない姉の表情に、ルークは溜飲を下げて微笑した。
「無様ですね、姉上。いえ、姉とも呼びたくありませんよ、アデレーナ。貴方のような心の汚い女、貴族の風上にも置けない」
「血の繋がりはないとはいえ、こんな女が姉とは。君も不運だな、ルーク」
「安心しろ、私が父上に言って、この女をロートギルト家から排斥してやる」
苦笑するリヒャルドに、トーリスは安心させるようにルークに笑んでみせた。マーカスはアデレーナの腕を押さえたまま、気の置けないやり取りに忍び笑いを洩らしている。唯一、リサだけがはらはらした表情でトーリスを見つめていた。無意識だろうか、両手を胸の前でぎゅっと握りしめている。愛くるしい仕草に、色のついた感情が胸に湧き上がってくる。そんなリサを見て他の三人の男たちも微笑をこぼし、反動のように厳しい表情を浮かべてアデレーナを睨みつけた。
「愚かな女だ。愛らしさも、優しさも、知性も、貴様がリサに及ぶことなどひとつもない。貴様と婚約していたなど、私の人生における最大の汚点だ。今に見ているがいい、貴様がリサに与えた苦痛は倍にして返してくれる。わかったならさっさと失せろ、下郎め」
四人の内心の憎しみ全てを言葉に載せたような勢いで、トーリスが痛烈な悪罵を口にした。言葉も出せずはくはくと口を開閉していたアデレーナは、ついに耐えきれなくなった様子でがっくりとその場に項垂れた。どうやら気を失ったらしい彼女の、敗北が決定的となった瞬間だった。
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