幼なじみからの恋愛相談、意中の相手が俺だとバレたので、全部やり直すことになりました……?
「実は、好きな人がいるの……」
校舎裏に呼び出された俺。幼なじみの夏帆に呼び出されて最初に聞かされた台詞がそれだった。
「えっ……。す、好きな人?」
「うん。そうだよ。だから告白しようと思うんだ」
「へぇ……。あぁ、そうなんだ……。じゃあ俺を呼び出したのって……」
「それは……。拓海にそのことを相談しようと思って……」
季節は夏。放課後になったとはいえ、照り付ける日差しはまだまだ眩しい。
グラウンドの方では運動部の人たちが部活動に励んでいる。
頬を伝う汗。全身が焼けるように火照っていた。
でもそれは決して、夏の暑さに当てられたからじゃない。――放課後、幼なじみからの突然の呼び出し。校舎裏に来てほしいというお願い。そして夏帆のもじもじとした態度……。俺はてっきり、夏帆から告白をされるんじゃないかと思っていたのだ。
「相談……」
「ほ、ほら? わたし仲の良い男子って拓海くらいしかいないじゃん……? それに拓海は幼なじみだし、こういう話をするなら拓海がいいかなって」
「あぁ、なるほどな……」
夏帆は近所に住む幼なじみだ。俺たちは幼稚園から高校まで、同じ学校に通っている。
かわいらしい顔立ちで町内の人気者だった夏帆。彼女とは家ぐるみで付き合いがあって、小さい頃からよく一緒に遊んでいた。親戚たちにも可愛がられ、たまに夏帆は俺の母親にほっぺをくりくりされていたのを今でも覚えている。そんな他愛もない記憶が簡単に思い起こせるくらいには、ずっとそばにいるような付き合いだった。
中学に上がる頃には、夏帆の人気は学校にも波及し始めた。夏帆は口数が多い方ではないけれど、その淑やかさが逆に男子たちからの人気を集めたらしい。彼女に告白して、撃沈した男子は数知れない。
そして夏帆と近い距離にいた俺も、例外ではなかった。いつからだなんて覚えちゃいないけど、心のどこかで彼女に対するときめきを感じていたのは事実だった。
高校に入った今でも家ぐるみの付き合いはある。最近は両親が遅いから、夜はご厄介になって夏帆の家でご飯を食べることがほとんどだ。夏帆が作ってくれた料理を味わいながら、心中もどかしい気持ちをぐるぐると渦巻かせる毎日を送っていた。
――そう。俺は、夏帆が好きだった。
そんな幼なじみから、呼び出しを受けたのが今日。
だからだろうか。思ってしまったのだ。
もしこれが告白の呼び出しだったら、どんなに嬉しいだろうか、と。
そんな淡い期待を抱いて、俺は約束の時間に校舎裏へやって来た。
けれど。
――どうやらそれは、ただの思い上がりだったらしい。
「……それで、相談っていうのは?」
平静を装って尋ねた。ついさっきまで舞い上がっていた自分が本当に恥ずかしい。マジで。跡形もなく消え去りたい気持ちだった。……でも、そうだよな。突然告白されるなんていうこと、漫画やゲームじゃないんだし……。あるはずないよな。
夏帆と俺は幼なじみ。付き合いは長いけれど、今までにそういう話をしたことは無かった。つまり、俺が密かに彼女を想っていただけのことだ。
俺は自分の思いを隠し続けていた。これは俺が勇気を出さなかった結果だ。
……後悔してももう遅い。
その事実だけが、容赦なく自分の心を侵している気がした。
「……はぁ」
大きく息を吐く。少しだけ落ち着いた。
そうだ。今は落ち込んでいる場合じゃないだろ、俺。
夏帆が俺を頼ってくれている――。せめて幼なじみとして、どんな相談にも力になってやらなきゃ。
そう思って、俺は夏帆を見据えた。
「わたし、その人のことがずっと前から好きで……」
「……へぇ、そうなんだ。じゃあ俺はその手伝いをすればいいってことかな?」
「う、うん」
ちくしょう……、なんて羨ましい奴なんだその相手は。
ずっと前から好きでしたとか、夏帆に言わせるんじゃねえよ。ラブソングくらいでしか聞いた事ないぞその台詞。ピュアピュアすぎてこっちまで恥ずかしくなってきた……。
……なんて、どうでもいいことを考えている場合じゃない。
まずは夏帆の心を射止めた殿方を知らないと。話はそこからだ。
「おっけー。じゃあその人が誰なのか教えてくれ」
――そう聞いた時だった。夏帆の表情が途端にこわばる。
彼女の顔が、見るからに赤く染め上げられていた。
「――っ!? そっ、そそそ、それはっ無理だよっ!? 絶対だめ!」
「なんで!?」
両手をぶんぶん振る夏帆。二歩三歩と後ずさる。すごい拒絶だ……。
真っ赤になった顔を俯かせて、それから小さく呟いた。
「そ、それだけは言えない……。それが条件です……」
「条件ってどういうこと……」
なぜか制約付きだった。
「ま、まぁ、いいや……。とりあえずその人の特徴を教えてくれよ。そしたらその人が誰か分からなくても、アドバイスできることがあるだろ?」
「うん……。ごめんね」
まぁ好きな人の名前なんて言いたくないよな。恥ずかしいし。気持ちはなんとなくわかる。
俺はスマホを取り出して、それからメモアプリを開いた。こうなったら断片的な特徴で推測していくしかないか。
「まず、その人は先輩? それとも後輩?」
「同い年だよ。高校二年生の元日生まれ」
スマホに情報を書き込んでいく。ふんふん、なるほど。……ん? 誕生日?
「へぇ……。そうなんだ。てか誕生日まで知ってるんだ?」
「――あっ、やば……」
口を滑らせてしまったと言わんばかりに、夏帆は慌てて両手で口を押える。……あぁ、うっかりしてたんだろうなー。思わず言っちゃったって顔だ。どんだけその人のことが好きなんだ、まったく。そしていちいち仕草が可愛い。
でもなるほど。同い年か。じゃあ先輩後輩の壁は無いな……。――ってあれ。ちょっと待って。元日?
「えー、じゃあ俺と同じ誕生日じゃん? 奇遇だなぁ」
「うっ……。うう……」
「あれ。どうした?」
「――なっ、なんでもないよっ! 全然へいき! てか拓海って元日生まれだっけ!?」
「覚えてないのかよっ!?」
ええ嘘でしょ……。俺たち幼稚園のときから一緒にいたんだぜ……? 元日生まれってめちゃくちゃ覚えやすいはずだし……。なんかショックなんだけど……。
「ご、ごめん! 冗談だよ、冗談!」
「本当か? まぁいいんだけどさ……」
ちなみに夏帆は十一月一日生まれ。二人して誕生日が一ばっかだねーなんて話した記憶もあるんだけど……。まあめちゃくちゃ昔の話だしな。覚えてなくてもしょうがないか。
気を取り直して、次の質問。
「じゃあその人の好きなところを教えてくれ」
「優しいところ!」
「おう。他には?」
「かっこいいところ!」
「……うん。あとは?」
「いざっていうとき、頼りになるところ!」
「……もうちょっとこう、なんか具体的なやつ、無いか?」
これじゃイメージが全然湧いてこない。
夏帆はうーんと考えてから、パッと思いついたように口を開いた。
「一番好きなのは、いっぱい食べてくれるところかな?」
「……食べる? ご飯をか?」
「うん! 家でおいしそうにご飯食べているのを見るのが、好きなんだ」
「へぇ」
そんなところ好きになるんだ……。ご飯食べてる場面って惚れる要素あるか?
まぁ夏帆が言うんならそういうことなんだろうけど。なるほどねメモメモ。ご飯か。これは使えるかもなー。おいしい手料理を作って、胃袋と恋心を同時に掴む作戦とか良いかも――って、さっき夏帆なんて言った?
「……食べて『くれる』? 『家で』?」
夏帆の口ぶりから察するに、その相手は夏帆の手料理を食べている相手だと分かる。しかも家で。夏帆は『うち』と言った。だから夏帆の家でだ。――えっ。それって……。えっ?
「夏帆、それってどういう――」
「――そそそそそそんなわけないじゃん!?」
「まだ何も言ってないぞ夏帆」
頭を大げさに抱えて、目の前で唸り声を漏らす我が幼なじみ。
完全に蹲ってしまった夏帆の姿は、殻にこもった生き物のようだ。
えぇ、これって……。これってもしかして……?
「うぅ……。しまったぁ、迂闊だったぁ……」
「……だ、大丈夫か夏帆」
ついには声を震わせている夏帆。
ようやく顔を上げたかと思えば、その表情は今まで見たことがないくらいに真っ赤っかだ。
この態度。この反応。これはもう……。
まさか、俺のことが――
「ねぇねぇ……」
「どうした」
「――もう一回、最初からやってもいい……?」
「何を!?」
***
――季節は夏。放課後になったとはいえ、照り付ける日差しはまだまだ眩しい。
グラウンドの方では運動部の人たちが部活動に励んでいる。
頬を伝う汗。全身が焼けるように火照っていた――ってこんな前置きはどうでもいいよ! どういう状況これ!?
あまりにイレギュラーな場面に、俺は完全に戸惑っていた。
一分前の夏帆曰く『さっきのは練習!』とのことだった。つまり本番はこれかららしい。何を言っているのか全然分からなかった。
お、落ち着け俺……。とりあえず夏帆の言うことに合わせればいいんだ。たぶん……。
そう思い、俺は夏帆を見据えた。
「実は、好きな人がいるの……」
「お、おう……」
……と、言うほかない。さっきまでの状況が頭から離れてくれないのだ。当然だった。その相手ってたぶん俺のことですよね……?
い、いやでもまぁ、確証があるわけではないし……。まだ夏帆の口から俺の名前を聞いたわけじゃない。これでもし相手が俺以外の人でした、なんてオチだったら一生の黒歴史だろう。
やっぱりここは一旦、さっきのことは忘れて臨むしかない――。
「わたし、その人のことがずっと前から好きなの」
「…………ぉぅ」
変な声が漏れた。……無理だ。無理無理! さっきの光景がストロボかってくらい高速でチラつくんだけど!?
面と向かってそんなこと言われたら、こっちが恥ずかしくて死にそうになってしまう。
心臓がものすごいスピードで跳ねていた。なんだこれ……。新手のイジメ?
「……そ、そっか。ええっと……。俺はその手伝いをすればいいのか?」
「うん!」
「…………」
いや手伝いも何も。速攻でOKするんだけど。手伝う必要、微塵たりとも無いんだけど。
「じゃ、じゃあ……そいつの好きな、と、ところを……、言ってくれ」
何を言っているんだ俺は。
「ええっとね……」
頬を赤らめる夏帆。その表情に思わずこっちまで赤面してしまう。……うぅ。恥ずかし過ぎて夏帆の方を直視できない。さっきから謎の汗が止まらないし……。いやっ。これは暑さのせいに違いない間違いない。
「や、優しいところ……」
「……そ、そうなんだ。他には?」
「……えっとね、かっこいいところ」
「…………」
「…………」
ダメだ。頭ん中真っ白だわ。
もう会話なんて出来やしない。
さっきとほとんど同じ流れを辿っているはずなのに、台詞の一つ一つに思わず照れてしまう。夏帆の気持ちを知っているだけでこうも違うのか……。てかなんで俺は自分の好きなところを聞いているんだ、どんな羞恥プレイだよ……。
最初からギリギリの恥ずかしさだったけど、もうこれ以上は耐えられる自信がなかった。
「夏帆、やっぱ無理だ……。やり直すなんて、無理だよっ……」
そしてギブアップの宣言。……ああ、いいさ。情けないとでも何とでも言えばいい。でも無理なもんは無理だよ。もうほとんど精神攻撃だこれは。
額から止まらぬ汗を拭う。そして夏帆の方を見た。
「夏帆……?」
「わ、わたしも……。恥ずかしくて無理……」
「…………」
ですよね。知ってました。
もう途中から声とか掠れてたしな……。俺以上に夏帆の方が恥ずかしい役だったはずだ。
互いに視線がぶつかって、苦笑い。とりあえずこれ以上は止めにしよう? そうしよう?
……ふぅ。
――これやる意味あった?
「ご、ごめん……。なんでもう一回やろうだなんて言ったんだろう、わたし……」
夏帆が俯きながらそんなことを言っていた。まぁ確かに……。なんでこんなことになったんでしょうか……?
「この暑さのせいかな……?」
「夏のせいだな、きっと」
頷く。……そうだね。とりあえず夏のせいにすればいいよ、うん。最近のバンドだって事あるごとに夏のせいにしてるし。
俺が一人納得しているなか、夏帆の表情が晴れることは無かった。ぽつり一人呟くように言った。
「失敗のまま終わって、後悔したくないって思っちゃったから……。つい……」
「……」
後悔したくない……。
――その言葉はチクリと胸に突き刺さった。
たぶん、さっきまでの自分と重なってしまったからだと思う。
夏帆に呼び出されて、それが誰かに向けた恋愛相談だったと聞いたとき、俺は言いようのない後悔に襲われた。
もう夏帆のことは諦めるしかないからって、もう手が届かないからって。
どうしようもない後悔の中で、もがくことを止めてしまった。
――それがどんなに不甲斐ないことか、思い知った気がした。
「…………」
「…………」
夏帆は失敗しても、それでも向き合って、きっとあんなことを言ったのだろう。
そう気付いた瞬間、自分の中で何かが揺れ動いた気がした。
可笑しなことにはなってしまったけれど、それでも、夏帆の気持ちだけは笑えないなと、そう思って……。
「ごめんね、変な相談に乗ってもらって……」
「え? あ、ああ。いや……」
思い出したように夏帆が声を上げる。腕時計をちらっと見てから、苦笑いを浮かべたまま俺に言った。
「先に、帰るね」
「……あ、あぁ」
踵を返す夏帆。その背中を何度も見たことがあるはずなのに、とても遠いように感じられた。
このままでいいのだろうか。
結局、俺はどうしたかったのだろうか。
「…………」
夏帆の気持ちじゃない。向かい合うべきは俺の気持ちのはずだ。
――このままでいいはずが無かった。
「夏帆!」
自分でも驚く。
気付けば俺は、彼女の名前を呼んでいた。
でも、今から何を言う。
台詞なんて、一文字も用意していない。
「……どうしたの、拓海?」
「あっ、いや……。その」
呼び止めたところで、何を言うべきかは分からない。
どうすればいいのか、何が正解なのか、考えても考えても答えは出なかった。
でも、このまま終わることだけは。
後悔のまま終わることだけは。
――それだけは違うんだと、気付いた。
「まだ夏帆の相談に、俺は答えてない……」
「……えっ?」
驚いたように目を丸くしている夏帆。まっすぐな視線で射抜かれる。
これまでの長い付き合いで初めて見る顔だ。
その表情も、態度も、仕草も声も、性格も顔も――
全部全部、側で見てきたから。
「夏帆。その相手はダメだ。そんな受け身だけの奴じゃ、夏帆のことを幸せにできない」
夏帆が好きになってくれたこれまでの自分よりも。
今の自分を愛してほしいと願ったから――
「だから、俺から言うよ!」
夏の風が吹き抜けて、夏帆の髪を揺らした。
焼けつくような暑さと日差しのなかで。後悔も失敗も、全部置いていくと誓った俺は。
この気持ちを隠すことはもうしないと決めたから。
だから――
「俺と、付き合ってください!」
――俺は、夏帆が好きだ。
***
「今日の晩ご飯、ちょっと量が多すぎじゃない?」
「えー? そうかな? 確かにいつもよりは作っちゃったけど……」
その日の夜。夏帆の家にて。
いつもの笑顔を浮かべている夏帆を横目に、俺は呆気に取られていた。
机の上。そこに、数多の料理の大皿があるからだ。
和洋中から様々なラインナップが勢ぞろい。圧巻だ。すごい。すごいんだけど。で、でも、これは……。
――絶対一人で食べきれる量じゃないよね……?
本作を読んで頂き、ありがとうございました!
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