26話
森に入った時に驚いたと同時に地面に朝食べた物を全て吐き出さなくてはならないことになる。多くの死体を烏がついばんでいる。ざっと3千人以上、全て首がない状態で放置されている。周りを兵士が見回っているが、何もないようだ。そのことが不気味だ。サエルガマズの兵士は決して弱いわけではない。しかし、本軍がここにいない以上は別のところへ進むか引き返すか選ぶ必要がある。口の周りの吐しゃ物を拭いながら天幕へ戻る。レイ、セドリック、ファウストは撤退を促している。反対にナユダヤとイーリン、ケヴィンさんは進軍を主張。ちゃんと割れているな。あとは俺の意見で多数決であれば決まってしまう。ちなみにイーリンは前線で捜索隊に加わっている。指揮を執る者が1人はいたほうがいい。
すぐに結論が出せないのはレイの斥候が帰ってこないということである。この斥候を討ち取るほどの技術を持っている敵であれば撤退すべきだと考えている。無理すれば殲滅も難しくないと思われるが、どの程度の損害が出るか不明な状態で本軍を追うには危険が大きすぎる。…、あの死体たちも気になるところだ。
その時、大きな銅鑼の音が聞こえた。敵襲の合図か…。しかも2万人以上の軍にちょっかいを出すような敵がいるのか…。イーリンが前線に、どうしてだ。イーリンが行かないといけないような事態に陥っているのか。すぐに槍を取って前線へ行こうとしたときにレイが目の前に現れた。危険だということだろう。しかし、今の状況では軍の立て直しに時間がかかるため敵の進軍を少しでも止める必要がある。レイを押しのけて前線に行く。全身が黒づくめの集団が組織立って攻撃をしている。隣の兵士が弓矢で首筋を撃たれて、そのまま血は口から吐きながら倒れていく。あの集団はいったいなんだ。
前線で戦うことができているのはイーリンのみ。しかし、彼らはサエルガマズの兵士か。あまりにも違うような気がする。槍を伸ばすと剣で対応する。その槍を見た周りの兵士が5人で俺に相対する。1人では勝てないと踏んだか。5人も割くとは思わなかった。人数は千人に満たないくらいか。それでも、俺たちの軍は押されている。あり得ないと思うが、ここまで強い兵士が多いと徐々に士気が下がっていく。敵兵で死んでいる兵士は全て弓で撃たれているため、1対1では勝つことができていないのだ。
後ろの方で何か指示を出している兵士がいるな。彼がこの黒づくめの兵士たちを指揮している指揮官か。僅かにこちらを見たような気がする。その様子を見た兵士は手を交差させた。左右から黒づくめの兵士たちが出てくる。一旦、どこかに隠していたのか。すでに周りの兵士たちは混乱している。イーリンも頑張っているが、なかなか手強い。個がそもそも強く戦うので精一杯だ。
後ろから大きな銅鑼の音が聞こえる。ケヴィンさんの軍の銅鑼だ。これではこの軍の位置を知らせることになる。その直後からケヴィンさんの兵士に変化が見られた。統率されたように10人1組で敵兵に戦いを挑み始めた。いかに強くても10人を同時に相手にできるほどの強さはないだろう。ケヴィンさんの兵士も十分に強い。黒づくめの兵士たちは少し下がる。冷静に対応されれば数が多い軍が勝つ。
指揮官は笛を吹いた。全員が徐々に下がっていく。すぐに追おうとしたがイーリンにとめられた。周りを見てみると2百人ほどの兵士が死んでいる。僅かな間に多くの兵士が死んでいる。あのまま追っていればもっと多くの兵士が死んでいることだろうな。少数精鋭であれば勝てるはずだが、今はサエルガマズを落とすことが重要であるということだろう。ケヴィンさんの横顔を見ていたが険しい表情をしている。少なくともサエルガマズの軍とは別に精鋭兵以上の兵士を抱える兵士がいることを考えておかなくてはいけないのだから、頭も痛くなる。ただ、このままではまた再度、襲撃される可能性もある。とりあえず、森の外へ出る。レイの部下が殺されたのはあの黒づくめの兵士たちであろう。あの強さであれば斥候を専門にしている兵士では勝つことができない。地理も相手の方がよく知っている状況では逃げ切ることも難しい。
緊急の軍議を開く前に周りをもう一度見回った。森があるため周囲を全て見渡すことができるわけではない。しかし、何かがおかしい。それだけは分かる。その違和感はあの黒づくめの兵士たちに現れている。明らかに第3の軍が紛れている。ナユダヤとは全く違う別の国の軍隊。その秘密を暴かなければ損失が大きくなるばかりだ。…、ナユダヤが何かを命じているのが見えた。あの部族は何だろうか。なるほど、目と耳がいい部族、そして足が速い部族か。20人ほどで動いている。誰かが生き残るということか。その20人を見送ってから会議に入る。
会議中の中では多くの意見が飛ぶが、何も解決できていない。どこに重きを置くのかによって変わってくる。どこに軍を置くか…。元の攻撃した城に戻るのも意味がある。しかし、これでは攻略という面では重くない。確実に城の中に押し込まれる可能性が出てくる。そのことは誰しも分かっているため、進軍する必要があるのだが、誰も不透明なため言い出せていない。
そのまま何も結論が出ない状態で会議は終了した。…、どうするのか、何も思い浮かばない。しかし、ナユダヤが俺の肩に手を置いた。まだ、若いのに強い男だ。遠くから20名が帰ってくる。そこには1人の女性を抱えている姿が見えた。この女性は誰だろうか。ナユダヤは僅かに考えている。そして、手を縛る。
この女性はギュンター帝国の人間であるらしい。




