13話
俺とイーリン、そしてレイは首都に向かっていた。千人の兵士を鍛え始めてから半年が経ち、何かと遅れていた殿下の戴冠式が2日後に迫っている。元々、ハーグさんは遅らせるつもりで動いていたと話に聞いた。ヴィンセント国の侵攻もあり、本部の方で再度防衛線の検討を行い、防衛線を拡大しているためその穴を埋めるため、兵士の派遣などの対応をしていた。俺たちはまだ防衛線に配置されるような練度がないため見送られた。コーリン将軍の兵士たちも5千人ほどは派遣されている。本部で練兵をしているハーグさんの私兵をいずれは派遣する予定だということだ。その時には侵攻の大号令がかかるはず。
殿下の戴冠式ということもあるのか首都は今までと違った熱気を持っている。多くの人がいるのは当然だが、今までに見たことがない服装の人もいる。護衛がいることから他国の要人だろう。この世界でも他の国の王を見に来るのは別に悪いことではないのだな。中国などでも要人が見に来たという例がかなり残っている。そういったところはお互いに情報収集を兼ねているのだろう。
…声をかけられた。護衛がいる。服は質素であるが、自信にあふれるような態度はおおよそ普通の兵士ではない。遠くから誰かが走ってくるのが見える。イーリンが走ってきているようだ。俺の頭を下げさせる。ギュンター帝国の皇帝であるらしい。どうしてここにいるのだろうか。ファウストがいれば問題になったな。…、彼は握手を求めてきた。俺も彼の手を握り返す。彼の手は皇帝とは思えないほど硬い手。本当に剣を握っている手。この皇帝はかなり…。彼は俺の手を離して微笑んでいた。そして、手を再度差し出した。
「俺と来ないか?」
その手は俺を誘っているように見えた。不思議な魅力がある。それこそ人を引き付けることができるような皇帝なのだろう。皇帝と言えば上からの圧力をかけるような人が多いと思っていたが違う。皇帝によってそれぞれ違うようだ。彼は私の方を見ながらため息を吐いた。彼は私の方を見ずに後ろへ向いた。次は戦場で会うことになるだろう。彼は魅力的だが、殿下に拾ってもらった恩を忘れるような人間ではない。
イーリンが俺の前に出た。どうやら、注目されているのは国内だけの話ではなかったらしいギュンター帝国の皇帝が知っているということは他の国も俺のことを調べている可能性がある。流石に殿下の戴冠式の前に俺を殺すことはないだろうが、それでも用心しておく必要はある。
戴冠式は警備に当たる。近衛兵もいるのだが、できるだけ殿下に近い人間もいた方がいいということで私や以前、近衛兵であったイーリンも呼ばれている。近衛兵と話しながら少し寂しそうにしているイーリンと近衛兵の姿は忘れられない。
戴冠式が終わり、他の要人たちも帰路につく。だが、彼らの目には余裕がなかった。ギュンター帝国の皇帝だけが不敵に笑っている。それだけ殿下が大きくなっているということだろう。
俺は殿下を見ながらこの半年で何があったのか思いをはせていた。




