5話
わかったのは土塁を壊させるのではなく、あえて壊すことによって敵兵をまとめるということだ。これならば確かに敵兵の入ってくる数が決まっているから対応しやすい。しかし、兵数が多すぎる。3段階に兵士を分けたが簡単に対応できていない。そもそも交代する時間がないのだ。イーリンと部下たちも必死に武器を振るっているが止まる気配はない。救いは残している土塁が壊れないことである。敵兵は必死に壊そうとしているが壊れていない。フォン将軍がやっていた工作はこの他にもないのか。
槍の切れ味が落ちている。敵兵の首ごと飛ばしているので刃には多少の血しかついていない。ただ、1時間ほども振っていればそれなりに血糊はつく。イーリンが後ろを指さす。イーリンが前に出ている間に部下の持っている槍と交換する。しっくりこないが仕方ない。槍を振ってみるが、敵兵の首の半ばで止まっている。イーリンがすぐにその敵兵を蹴り、周りの兵士を牽制した。…、力が足りていなかったのか。そうではないか。あの槍が良い槍であるということ。
綺麗にしている間は後ろに下がっておいた方がよさそうだ。少し後ろに下がって周りを見渡した。どの地点でも味方が奮戦しており、抜かれているような場所はない。しかし、この攻勢が続けばどこかのところでは限界が訪れるはず。部下が槍を持ってくるのが見えた。それまでは敵兵を倒して倒しまくるしかない。そこで矢が後ろから飛んでいく。後ろを見れば大きな井蘭車がいる。土塁の向こう側を狙って矢を放っている。全部で60台ほど。その上の弓矢は人間ではなく道具で放っている。兵数が多い分放てば結構な戦果が見込める。敵兵の進軍が少し弱まる。
弓矢で多少弱まったと言っても依然として攻勢はそこまで変わっていない。ただ、敵兵が攻めあぐねているようで味方は撃退に成功している。その死体の山が非常に多い。弓矢の攻撃もかなり効果がある。槍で敵兵を倒しながら、1人の男がこちらを見ているのが見える。敵兵がどれほどの男か知らんが強い兵士のような気がしている。今まで投入された兵士とは別に精鋭兵がいると思った方がいいだろうな。
しかし、不思議なのはどうして回り込んでこないのかということだ。正面が難しいようであれば土塁を無視するということも可能なはずだ。それだけの軍の大きさだから半分を回り込ませてもいいような気がする。ヴィンセント国の軍が回りこめないというのはフォン将軍が何かをしたということか。イーリンが一旦、後ろに下がる。随分長く前線にいたからな。代わりに俺が前に出る。…、少し敵兵の顔つきが変わっているような。敵兵が守りに徹している。やはり、土塁の攻略ではなくて回り込むことを選んだか。
しかし、これではあからさまに分かってしまう。その間に少し下がっている包囲を上げさせてもらおう。守りに徹している敵兵を討ち取っていく。弓矢は止まった。敵兵を討ち取るためではなく進軍の速度を抑えるために敵兵を倒していたから。ただ、そうなれば左右が心配になるはずだが、フォン将軍の兵士たちは心配していないように前線を綺麗に修正していく。いかにフォン将軍であっても難しいこともあると思うのだが、彼らはフォン将軍を誰よりも尊敬している。
敵兵は一旦、土塁への進軍を止めて後ろに下がっていたようだ。前線の兵士を入れ替えて休憩となった。イーリンが隣に来る。伝令が来て、このまま土塁を引き続き死守するようにとのこと。ここの土塁の重要性は分かっているが、ヴィンセント国の軍がどのように動いているのか気になる。イーリンも同様に気になっているようだが、それ以外に特に重要な情報は得られていない。この日、ヴィンセント国の軍は進軍をしなかった。
翌日、ヴィンセント国の軍が再び進軍を始める。昨日とは違い、彼らは攻城兵器を持ち出してきた。土塁の左右へ避けていくというのは考えていないようだ。それなりに軍を分けるのは危険ではある。フォン将軍に負けているということであれば昔の経験上、軍を分けるという選択肢がそもそもないのかもしれない。ただ、候補には入れておくべきだろうな。彼らが持ってきているのは破城槌である。原理は非常に簡単である上に、部品さえ持っていけば簡単に組むことができる。そして、玉など要らないため無駄なものを運ばなくて済む。
流石に多いな。1人の兵士を倒して少し周りを見た。昨日よりも敵兵の動きがスムーズである。昨日のうちにどのルートが攻略できそうか確認をしたのだろう。昨日みたいに全てのところに兵士を投入しているもののはっきりと兵士の戦い方が異なっている。残念ながら俺たちのところは激戦区である。兵士を倒しても倒しても湧いてくる。部下はすでに下がらせている。昨日の戦いで随分と疲弊している。ワカトシ隊は俺とイーリンのみ。フォン将軍の千人将の中に混ぜてもらった。ワカトシ隊で動いていない以上は千人将の手柄になるため、千人将もすぐに受け入れてくれた。
破城槌が土塁を壊す音を聞きながら、必死にヴィンセント国の軍を押し返す。何人討ち取ったか分からないほど戦っている。すでに体は敵兵の返り血で濡れている。鬼か魔物のような生物に見えるのはないだろうか。だが、今は大丈夫であっても土塁が崩れれば危ない。今の倍以上の兵士が流れこんでくるはずだ。…。しかし、フォン将軍は何も対応をしていないように思える。どうしてだろうか。




