9話
その3日後に敵兵が姿を現した。どうやら敵兵は1万2千人ぐらいいるらしい。だが、遠くから見ている分には全く分からないのだ。兵士の数が多ければ多いほど数えるような人数でもない。気のせいか、敵軍の兵士には緊張が見えている。槍や剣の持ち方を見れば正規の軍隊ではない。徴兵によって人数を増やしているだけか。
というのは話を聞いて分かったことである。森の中で人数の把握ができるほど目が良くないし、そもそも他のことをやるので忙しい。罠を作るだけでなく、敵兵をひっかけるために様々なことを覚えなくてはいけない。そう考えれば頭がいるところでもある。
戦が始まった。いや、始まったらしい。本当に下部の人間には情報が知らされない。上の人間が忙しそうにしているし、他の部隊の人間が出たり入ったりを繰り返しているとそのように感じる。また、時折見る負傷兵。手が震えている。かっこよく言うのであれば武者震いなのだろうが、残念ながら俺の震えは恐怖である。死ぬのが怖くないなんて嘘だし、今すぐにでも逃げたい。後ろに退路がないからここにいるだけだ。
結局、4人減って1人になった俺は別の隊の兵士と一緒にいる。彼らはよくしてくれていると思うが、3週間近く一緒にいた4人とは全く違う。5人には5人の空気があり、俺の存在はそこに入る異物である。連携を取るのは難しいだろうと思う。わずかに3日ぐらいでは順応できない。ただ、良かったのは森の中で団体行動することがないからだ。
隊長の話によれば俺たちの任務は部隊の救出らしい。多くの場で優勢らしいのだが、5百人で5千人の敵兵を相手にしている部隊があるらしく、千人の兵士で撤退をしながら護衛をするということらしい。…貧乏くじを引いてしまった。戦では一旦流れができるとその流れを変えるには大きな力がいる。今回の千人というのは多い人数であると思うが、戦の雰囲気でどうするべきかわかるだろう。
戦と言われてもピンとこなかった。森の中ではゲリラ戦を繰り広げているだけである。この戦いであれば5百人の兵士でも充分に戦っていけるが、敵兵がどのように展開しているか、そしてどれほどの人数が残っているのかわからないため消耗戦となる。
敵兵が出てきた時に周りの5人はすでに絶命していた。持っていた武器が剣というのもよくなかった。敵兵は全て槍を持っていた。普通は森の中で槍を使うことなどないのだが、敵兵はよく槍の使い方を知っている。襲ってきた兵士は甲冑を着ている。わずかな音に運よく反応できたため、槍を合わせることができた。コーリン将軍と試合を行ったのもよかったのかもしれない。
徐々に下がりながら敵兵を牽制した。下手に兵士を倒そうと思わないほうがいい。我々も進軍するのは勇気がいる。では敵兵がどうかと言われれば敵兵もおそらく勇気がいるのだ。自信満々に下がっていけば敵兵は警戒する。あとはコーリン将軍に任せるしかない。
何度か下がった時に先ほどの甲冑の男がこけた。他の敵兵はそのことに気がつかなかったが、俺だけは気が付いた。首筋に槍を指した。噴水を上げたように血が出てくる。その血を見ていたが、不思議と気分が悪くなることはなかった。彼の死体は確認していないが、昔の戦場では出血死が多かったはず。ならば、追ってくることはないだろう。とはいえ、多くの兵士が前へ進んできた。
3日間の撤退戦を行った。運よく、水場が多くあったため何とかなったが、空腹で死にそうである。まだ、人の死体を見て食べようと思わなかったのでまだ耐えることができた空腹だろうと思う。
陣に戻った時には意識を失ってしまった。ご飯の匂いで目が覚めるのはお腹が減っていたからだろう。少し粥を食べながら片目を失った兵士に話を聞いていた。俺が行った戦場は激戦区であったらしい。どうやら、そこの森を抜けて他の隊との挟撃を狙っていたということだ。俺の取った撤退策がうまく当たったらしい。しかし、その指揮官が早々に離脱したのは大きかったようだ。




