68話~ミルコ~
アミール宰相には感謝している。アミール宰相の考えに賛同することはできなかったが、戦う場を設けてくれて。そして、家族の借金もすでになくなっているはずだ。彼は金のことに関しては嘘をつかない。馬鹿な父親のせいで随分と母親に苦労をかけた。兵士になったと言っても給金はそこまで多くない。それこそ、かなりの戦果を挙げなければ借金の元金を返すことができないだろう。精鋭兵に選ばれたところから給金が跳ね上がった。最年少ということだが、兵士に年齢は関係ない。
精鋭兵と言われているが、ただ強いだけでは務まらなかった。どんなに強い兵も効果的に運用できなければ意味がない。死地に精鋭兵を送るようなことをしてはいけないからだ。死地に送るくらいならば奇襲部隊として大将首を取りに行かせる方がよほど良い。多くの戦場へて名実ともに精鋭兵となっていた。しかし、その一撃必殺のせいか名前は広まらなかった。
今回のコーリン将軍への奇襲。運もよかった。周りの兵士たちが貴族の様子がおかしいと思ってくれていた。少し落ち着いて考えれば何かが潜んでいたくらいは分かっただろう。そして、ワカトシという弟子を取っていたのも大きかった。ワカトシのことをどこか気にしているようだったからだ。戦場に出るにはコーリン将軍の歳だと厳しい。しかし、我々が包囲した時も冷静だった。
結果、10人ほどが討ち取られるという失態だった。周りの兵士も呆然としている。やれると思っていたが、痛み分けくらいだ。精鋭兵としては任務の失敗を意味する。しかし、アミール宰相は笑っていた。コーリン将軍は化け物だと。全盛期を過ぎていてもこの程度のことは造作もないことらしい。ちなみに全盛期であれば全員が死んでいただろうと。どれだけ強い人なんだと思う。だが、あの傷では戦場に戻ることは難しいだろう。
次の標的はワカトシという若者。最近になって入ってきたコーリン将軍の弟子である。本人は弟子に対して思入れがあるわけではないが、コーリン将軍は可愛がっているとのことだ。アミール宰相にしては珍しく完全に息の根を止めるように命令された。そこまでの男なのか。
情報として仲間を助けるような仕草が多いため、仲間を危機に陥れれば簡単に引っかかるだろうと。確かにその通りになった。しかし、そこからだった。包囲したものの討ち取れない。技術があるわけではないが、それ以上に勇気と根性を備えていた。我々も殺されないが、決定的な仕事をできないでいた。ようやく、疲れが見え始めたところで俺が討ち取った。と思ったが、まだ生きていた。しかし、ギュンター帝国の軍まで動かすほどの力とは。万全の状態で勝負したいと思った。
そして、現在。どうだ。ワカトシの実力は。俺の想像の上を行っている。あの危機からの力を全て経験としている。技術では俺の方が勝っている。しかし、拮抗している。俺の強さまでワカトシが上がってきているのだ。ここまで才能がある人間を見たことがない。アミール宰相には申し訳ないが、このような男の元で剣を振るいたかった。
最後の渾身の剣は届かなかった。あの槍には様々な思いが乗っている。その思いが剣を砕いたのか…。俺は咄嗟に体を寄せた。勝負には負けたが、戦場ではまだ負けていない。次の瞬間にものすごい衝撃が来た。最後に目に映ったのは槍の柄だった。間に合わなかったから柄を使ったのか。体勢は十分に崩せたはず。結局、技術でも負けたか…。ワカトシも笑っている。もし、俺が生きていたらもう一度戦おうぜ。




