6話
牢屋に入れられた男に褒められた。わずかに5日ぐらいなんだけど…。体を鍛えるという習慣がないのだろうか?習慣はそこまでないらしい。兵士になったから教えられるが、この世界では一般的ではないようだ。
兵士になって最初は死なないことを教えられるらしい。どんな兵士だって初陣では一番致死率が高い。だからこそ、そのように教えられるのだろうが、俺にはその話は通用しない。戦果を挙げる必要があるので死なないという話ではだめである。
一番槍だけは避けたかった。敵兵の練度や武具のことも調べたいと思っていたからだ。ただ、こうなれば仕方ない。出来るだけ死なないように戦うしかないだろう。鎖を外されると手首が自由になり、体が軽くなったような感覚がある。
変なことをしないように釘を刺される。信用ないだろうからね。
そのまま兵士の詰め所に案内される。行軍がもうすぐあるということで各々休んでいるようだ。ただ、詰め所は思ったよりも大きく、大きな体育館3個分はありそうだ。
男は近くにいる兵士に話かける。兵士は直立不動で案内を開始する。この男は思ったよりも地位が高い。文官でありながら兵士が敬礼することはあまりない。文官は前に出ることが少ないため顔を覚えられにくいのだ。しかし、この男は覚えられている。
将軍がいるらしい。気分屋であるということだが、将軍がそれで務まるかと思ってしまうが問題ないのだろう。しっかりとしているかもしれないから会ってもいないのに判断するのは失礼である。
…どちらにせよ、将軍に会ってみないことには何もわからないだろう。少し詰め所を歩いていると小さな部屋に案内される。そこには書記官が座っているようだ。書記官は軽く礼をして自分の仕事に戻る。
そこに入ってきたのは引き締まった体をした老齢の男である。
文官と男は雑談している。どうやら知り合いらしく軽く話をしているようだ。しかし、お互いに気を使っているな。簡単に話せるような間柄ではないのか。文官と武官だから悪い部分もありそうだし。
目線がこちらに向き、武官と一緒に文官が話をしている。悪いことは言っていないようだ。将軍と呼ばれた人は少し生えている髭を触りながら、俺の方を観察していた。どうやら、別のところを気にしているようだ。戦いというよりも人を殺したことがあるのかというところが重要らしい。覚悟も同時に。
ここに来ていきなり戦争なんて御免だと思っているくらいだ。覚悟ができているわけではない。文官は良いことを言っていなかったが、武官は興味を持ったらしい。武官の男が将軍であった。どうりで偉そうである。
将軍に呼ばれて歩いていく。返事をしないということで怒られた。どの世界でも大事なことである。
規律が大事なことは多くの書籍でよく書かれている。後々に規律を守らせるために必要だということだが、奪う土地で何か悪いことをすれば、その土地を統治できなくなるから。しかし、統治のことだけではなく軍隊の在り方にも影響を与えているような気がする。
将軍が一本の槍を持ってくる。持たされたのは穂先が赤い槍である。年季があるのか柄の部分は何回も補修されている。しかし、頑丈にするため柄の周りは鉄でできている。持った時に少し暖かい感じがした。
男に礼をして将軍の方へ向かう。その先には1人の兵士が立っていた。筋肉が隆起してプロレスラーみたいな男だ。自己紹介をしてお互いに挨拶する。ちなみに男の名前はオルタである。
将軍は去っていく。オルタは木の剣を構えている。他の兵士に木の槍を持たされた。…いきなり試合とか勘弁してもらいたいが、その木の槍を受け取って歩いたら他の感情が抜けきった。目の前にいるオルタのみである。木の剣を器用に扱っているが、その剣を見ながら冷めた視線を送る。軌道が良くわかってしまうのだ。
剣は目の前を通り過ぎる。軌道が見えている剣はよけやすい。どの剣も基本に忠実なのか同じ軌道を描いている。どこから出ようとも角度を変えても同じ軌道を通っているから簡単に避けることができる。剣を持った手を狙って槍を突く。その槍が恐ろしく遅く感じた。どうしてこんなに動かないと。しかし、彼は槍が出されると思わなかったのかその槍を避けなかった。
オルタは槍を受けて後ろに倒れた。当たった場所は肩であったが、手に衝撃がある。…これが人を殺すような感覚か。今回は木の槍であるが、鉄の槍であれば彼は肩を貫いている。意識的に心臓を外したのかもしれない。わずかに手の震えがある。日本の中ではほとんど認識されていない死の鼓動を感じてしまっている。
少し肩を抑えてオルタが俺に対して頭を下げた時には後ろに文官と話していた男が立っている。オルタに対して俺も礼をした。彼は手を振っている。遺恨はないようだ。その後ろの兵士たちはいろんな声が聞こえている。嫌な雰囲気だ。
コーリンという名前らしいが、将軍が槍を構えている。確実に格上の人であるが、隙を見せることもあるだろう。槍を構えて少しの間コーリン将軍と向き合った。コーリン将軍が動いたときにはすでに手から槍が落ちている。軌道どころか体の動きさえも見えていない。ならば、こちらも。槍を拾って、その槍を振るうがまるで扇風機の様である。コーリン将軍に槍を落とされた。
結果としてコーリン将軍に勝つことはできなかった。しかし、多くの兵士が見ていたらしく、兵士の幾人かが俺の肩を叩いていた。思ったよりも善戦したようだ。




