追跡者 ②
前触れらしい物は
一切なく
突如として
居なくなってしまった
“友達”
いや、
そう呼ぶには
多少、と言うか
大いに語弊があるかもしれない
何せー、
確かに聞いたはずで
そして、
何度となく呼んだはずの
その名前は
今となって思い出そうとすれば
酷い雑音が混じり
上手く聞き取れず
記憶の中にあるはずの顔は
同じく濃い霧がかかったように
はっきりと見えない
顔や名前だけじゃなく
俺を呼ぶ声すらも
日々、霞んで
消えてゆくー…
こんな薄情な奴を
それでも
“友”だったと
誰が自信をもって
言えるのだろうか?
俺自身、今となっては
“そいつ”が
本当に
“存在した人物”なのか
もしかすれば
荒んだ俺の脳が造り出した
架空の人物であり
想像上の友人
所謂、
イマジナリフレンド
って奴かもしれない
そう思えて
ならないんだ
まぁ、
そんなに焦るなよ
聞きたい事は
こんな話じゃない、
って事ぐらい
俺だって
分かってる
ただ、
これから話すのは
前提として
俺の主観だ
最低限度、
客観的な状況を話さなきゃ
上手く伝えられないし
伝えられる自信はない
と、思ったから
話しただけだ
それと、
止めとくなら
今のうちだ
聞くにも
気持ちのいい話でもない
途中で気分を害したところで
俺は責任なんかとらないからな
……
いいか?
それじゃ
始めよう
始まりは、
そう
見知らぬ天井だった
透明の天井板の奥に
蛍光灯が
柔らかく光っている
直視しても眩しくはないが
光の拡散で
一種の無影灯みたいな
効果があったのかもしれない
ぼんやりとした意識で
俺は、その天井を眺めてた
あ?
別に端折ったわけじゃない
俺自身、どうやって
その部屋に連れてこられたか
全く記憶がないんだ
突然、
そんな状況に置かれて
混乱しなかったか?
って?
勿論、
酷く混乱はした
だけど、
反して、不思議と
心だけは穏やかだったんだ
そこが、どこなのか
自分が今
一体何をされているのか
何一つとして
分からない
通常であれば
状況を確認する為に
周りを見渡したり
起き上がったり
まぁ、
暴れたりしそうなもんだが
どういう訳か
身体が動こうとしない
勘違いをするなよ?
動かせなかったわけじゃない
動かそうと思えば
腕も足も、きっと動かせた
物理的には、な
けれど、
…、
あくまでも感覚だから
これを言葉にするのは
難しいんだが
半覚醒状態とでも言えばいいのか
身体を動かす事自体に
意識が向きすらしないんだ
目の前の事象が
どこか現実離れをした
夢の延長線上の出来事のような
そんな感覚だった
その状態のまま
時間の感覚はハッキリしないけど
数分か、或いは数時間経った後
視界に二人の人物が
入ってきて
俺を覗き込みだした
汚れの一切ない
清潔そうな白衣を纏い、
顔はマスクとゴーグル、衛生帽で
よくは分からないが
二人は俺の上で
何かを話した後
時計で時間を確認したと思えば
俺の腕に
いつの間にか刺さっていた点滴の
その分岐から何かを注入して
持っていたバインダーに何かを記入しながら
立ち去っていった
そこまでされても
俺の心は不自然な平坦のまま
何一つ動かない
疑問すら
浮かばない
そう思ったのも
一瞬だった
心臓が
今までとは違う鼓動を打った
そんな気がした
その
次の瞬間
まるで
その鼓動を合図にするように
俺の身体は
その時まで感じた事のなかった
激痛に包まれた
身体の内部から
刺されているような
抉られているような
或いは、
身体の内部から焼かれているような
全ての血流が逆流しているような
意味の分からない
何がどうなっているのかすら
理解が追い付かない
そんな
痛み
いや、
【痛み】や【激痛】と言った
言葉ですら表せない
表現すら意味を成してない様な
そんな【感覚】だ
到底、
耐えられる訳もない
だが、それが
ある意味では不幸中の幸いで
そんな痛みに対して
俺の脳は数秒とて
耐えられる訳もない
間もなく、
俺は意識を手放した
次に俺が
目を覚ました時
それが、気を失ってから
一体どれ程の時間が経ってからか
皆目見当はつかなかったが
兎も角、
その時ですらも
始めに目を覚ました時と
同様に
再び、
不自然な程の平坦な心で
同じく俺は
ぼんやりと
天井を眺めていた
そうしていると、
まるで、俺の意識が戻るのを
見計らった様に
再び、白衣の彼らが
俺の視界に現れ
俺を覗き込む
始めに見た奴らだったか、は
相変わらずの
マスク、ゴーグルと無菌帽で
顔の大部分が隠れているので
分からなかった
そして、
奴らは再び、
俺の上で何かを話したかと思えば
時間を確認して、記録し
俺に投薬して、去ってゆく
数秒後、俺の心臓が
不自然な鼓動を打ち
それを合図として
耐え難い苦痛に襲われ、
敢えなく意識を消失する
そんな事を何度となく繰り返す
数十回、何百回
気を失った回数を数える事すら
思考が追い付かず
また、思い至りさえしない
何度と意識を取り戻し
喩え、目が覚めても
見えるのは同じ天井
昼とも夜とも
区別がつかない空間
不自然に
平坦な心のまま
だけど、
再び薬を投与されれば
耐え難い痛みだけは
何より明瞭に感じる
そうしている内に
自分の中の何かが、
摩りきれ、或いは軋み、
壊れてゆくのを感じる
だけど、壊れて
失って
それでも、何が壊れたか
自分じゃ分からない
大事な物であるはずなのに
それでも
繰り返し与えられる【痛み】でー
強制的に平坦に抑えられる心でー
何もかもが、
どうでもよくなっていく
それが唯一、
理解できた事柄だった
死ぬまで
投薬と激痛、気絶と覚醒を
繰り返すかと思えた
薬で平坦に抑えられれば
抵抗できず、また
抵抗する気すら
起きないだろうから
実質、
拒否権なんてないもので
今にして思えば、
あのまま死んでいた方が
幾分、マシだったな
とは思わずにはいられないけど…
でも、
そうはならなかったんだー