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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

幽霊な少女はキスしたら成仏するらしいけど俺にその気がないから俺が好きになるまではスキンシップ無しの恋人関係で。

作者: 柳田大也

・お読みいただきありがとうございます。

・文章に拙い部分があると思いますが宜しくお願い致します。

宗治(むねはる)~! 遅刻するわよっ! 今日から二学期でしょ!」

母さんの喝で俺は目を覚ます。のそりと目覚まし時計を見る。

「今……七時四十分……はっ! やっば! 遅刻!」

目覚まし時計を投げ出し、布団から飛び出す。着替えを済ませ、母親に言う。

「母さん悪い! 今日飯、パンだけで!」

皿に乗ったパンを口に咥え、靴を履き、玄関を開ける。家の前のチャリンコにまたがろうとすると、またも事件発生。

「だ、誰じゃぁサドル盗ったのは!」

文字通り、サドルが無い。嗚呼……母さんの忠告聞いときゃよかった。最近サドルの盗難増えてるとか言ってたよな……。こうなったらヤケクソだ。立ち漕ぎで学校に行こう。

 パンを口に咥え、サドルが無い自転車を立ち漕ぎで、商店街を進む。端から見たら変人極まりない。そのまま学校に直行する。七時五十八分、間に合う。校門くぐった先にはまだ人がいる。自転車置き場に自転車を置き、パンをかじる。観獲(みえる)学園高校一年四組の教室に入り、椅子に座る。観獲学園は中高一貫校なので中学生もちらほら見かける。海沿いに建つ臨海学校。因みに俺は高校から入りました。

「間に合った~。」

「よう宗治。ギリギリだな。」

出た。友人Aこと安部一(あべはじめ)。頭脳、運動神経、性格、顔、どれをとっても普遍的な男。友人Aはあだ名だが、他にもミスターモブ男とか言われてる。

「なぁ、俺、とんでも無い話聞いちまったんだけど……。」

「何?」

「一学期の最終日、自殺者が出たんだってよ。」

パンをかじる手が止まる。

「自殺者?」

「ああ。詳しい事はよく分かんないけど、出たんだってさ。宗治、お前に一つ頼みたい事が……」

「仕方ねぇな。」

一の言う『頼み』。それはきっと俺の霊能力がらみの話だ。俺は生まれたときから『見える』。入学早々、この能力を暴露し、高校デビューは華々しいものになった。しかし、『一緒にいると不吉になりそう』と言う理由で彼女など出来やしない。最近になって暴露した事を後悔している。

「なんで宗治は見えるんだろうな~。」

「言ったっけ? 俺の先祖がどうやら陰陽師らしい。」

「成る程なぁ……。」

その時、チャイムが鳴り、教員が入って来る。

「え~。二つ、大事な話があります。一つ目は、最近この辺でサドルの盗難事件が相次いでいる。先程自転車置き場を見たら、既に十時の自転車のサドルが無かった。対策等を施して、気を付けるように。」

コイツ、俺より出勤遅いとかありえないだろ。因みに俺の苗字は十時(とつとき)です。

「もう一つは……言いにくい事だが一学期の修了式の日に、本校で自殺者が出た。この事に関しては絶対に話題にしない事。」

淡々とした口調で言いやがって禿が。アンタらがまともに対応しないせいで死んだんだろ。死者の苦しみは俺が一番分かってる。だから俺は成仏を助ける。


 放課後、言い出しっぺの一は『頼んだだけだから俺が付いて行く必要は無いだろ?』と屁理屈を吐いて逃げ帰った。取りあえず俺は屋上に向かう。屋上は海風が心地よい。足元からは運動部の掛け声が聞こえる。海に沈みゆく太陽が眩しい。

「いるなら出てきて欲しいな。成仏出来なくて苦しいなら、俺が成仏出来るように手伝ってあげるから。」

いつもこの一言で幽霊は顔を出す。今回も例外なく複数の御霊が現れ、風も強くなる。背後に気配を感じる。俺は幽霊を普通に見れるし、普通に話せるし、普通に気配感じるし、普通に触れる。

「やぁ。初めまして。俺、高一の十時宗治。君の未練は何かな?」

訊きながら振り返るとそこにはブレザーの下にパーカーを来た女の子が立っていた。少し浮いているがそれでも平均的な女の子と比べても小さい。

「……ちゅー」

「は? 何て?」

聞き間違いじゃ無ければ「ちゅー」って言ったよな? チューインガム? チューカ料理? 声が小さく、聞き取りづらい。食べ物とも限らないか。

「だから……ちゅーだって。」

女の子の霊が少し距離を詰めてくる。

「もしかして……キスとか言うアレ……?」

霊がコクリと頷く。

「と、取りあえず、詳しく話聞こうか。俺もいくら成仏の為と言え、はじめてを捧げる訳にはいかないしね。」

 彼女を中庭のベンチに連れて行った。彼女が見えない人もいるだろうが、俺の能力は周知の事なので校外に連れ出す方がよっぽど変質者扱いされる。食堂で買ったジュースをあげてみる。

「……何で死んだの?」

「……いじめ。だれも助けてくれなくて……。親も相談しようとしたら後でねって言うし……。先輩みたいな人にもっと早く会えてれば良かったのかな……。初めてでした『助けてあげる』って言われるの。」

俺の事先輩って……成る程……後輩ちゃんか。ジュースをグッと飲み干した時に被っていたフードが取れた。さらさらの茶髪に、クリッとした目。

「私、柳生珠音(やぎゅうたまね)って言います。それで……先程のお願いですが……いくら何でも厳しいでしょうか? 一回もそう言う経験なくて……。でも年頃の女の子なら一度は憧れますよ。」

ここで無理と言ったら、彼女はいずれ自分を忘れただ彷徨うだけの空っぽの魂になってしまう。死んだ理由すら忘れ、ただ負の感情だけが残り、地縛霊となり、悪霊となってしまう。

「やっぱさ、初めては好きな人とが良いじゃん?」

ここで突飛な発想が頭に浮かぶ。

「……いや、俺が君を好きになればいいのか。」

「はい?」

「そうだ、それだ!」

思わず立ち上がる。

「なぁ、俺と付き合わないか?」

「へっ?!」

俺だって念願の初カノゲットだし、一石二鳥じゃないか! 我ながらいい事思いついちゃったぞ!

「どうだ?」

「じゃ、じゃあ……よろしくお願いします……。」

珠音は顔を赤くし、小さく震えながら手を差し出した。俺はそれをしっかりと握る。

「え? 触れるんですか?」

「まぁな。大丈夫だよ。しっかり温かいから。」

普通、死者は冷たいと言う。しかし、俺は幽霊を普通の人間と同じように接する事が出来る。

「先輩は、幽霊が彼女でもいいんですか?」

「俺レベルの霊能力者は、相手が死んでても生きてても同じようなもんだよ。」

この子は確か俺より後輩。つまり中学生。……急にイケナイ事してる気がしてきたぞ。

「それに成仏の為だ。」

自分に言い聞かせる。そうだ、これはこの子を苦しみから解放する為だ。

「これからよろしくお願いします。」

ペコリとお辞儀をする珠音。この子、アリかナシかで言ったら、ぶっちゃけアリなんだよなぁ。今日は別れて家に帰る事にした。


 サドルの無い自転車を朝と同様立ち漕ぎして家に帰った。玄関を開けるなり、母さんが鬼の形相で向かってきた。朝の事をこっぴどく叱られた後に、あの話をしてきた。

「知ってると思うけど、学校から連絡があってね……中三の女の子が自殺したって……。」

母さんの話は全て知っている事だった。この流れでサドルの話したら火に油を注ぎかねない。

「……可哀想、じゃ済まないよ。」

そう言って俺は自室へ向かった。なぜ、彼女は死ななければならなかったのだろうか。


 翌日の放課後、俺は屋上に向かった。今日は自殺に至った直接の原因であるいじめの具体的な話を聞きたい。本人には思い出したくもない出来事だろうが、こちらとしては聞き出しておきたい。

 彼女は屋上の鉄網に寄りかかっていた。とても退屈そうにしていたが、俺が来たと分かると表情がパァと明るくなった。

「よう。待たせたな。」

「授業、お疲れ様です。」

「じゃあ、行こうか。」

昨日と同じように中庭のベンチへ向かう。

「なぁ、嫌なら話さなくていいんだけどさ……」

「どうしていじめられていたか、ですか?」

何を訊こうとしているのかを当てた彼女の表情は物悲しげだ。

「いいですよ。私も誰かに話したかったですし。」

彼女はぽつりぽつりと語り始めた。

「……私、人と打ち解けるが苦手なんです。最初は上手く話せなくて……孤立して……。それに加えて不器用で……周りからも煙たがられて……。SNS上でも誹謗中傷……。」

段々と声がかすれて来た。

「それ以上話さなくていいよ。きっと、俺が思ってる以上に苦しんだんだろうな。でも、具体的にどの位かは分からない。俺に出来る事は間に合わなかった命を助けてあげる事だけ。」

「間に合わなかったて、まるで自殺者は自分のせいで死んだみたいな……。でも先輩は何も悪くないじゃないですか。私のメンタルが弱いから、私が私の意志で勝手に飛び降りたんです。」

自殺者は俺のせい、か……。

「どんなにメンタルが強い人間でも、追い詰められれば焦るよ。鋼の精神って言うけど、鋼だって叩けば割れる。鋼の精神の持ち主って言うのは熱されて叩かれてもそこからさらに強い剣になれる人の事だと思うな。」

俺は珠音の顔をしっかりと見る。曇りの無い黒色の瞳がこちらを見上げている。

「苦しいならこの世から逃げたっていいだろ。この世から逃げた人は俺が絶対見捨てない。大人も命の尊さを説く割には守り方を説かない。いや、説かないんじゃなくて説けないのかもね。」

「先輩が私の同級生だったら助けてくれましたか?」

痛い所を突かれた。実際イェスとは言えない。

「……多分、見捨ててた。だから死んだのは俺のせい……なのかも。俺は知らず知らずのうちに自分の霊能力に甘えてるんだろうな。でも、死者の未練を放っておくのとは違うと思う。君の未練は俺が無くす!」

「とか言ってますけど、私を好きにならないとキスはしてくれないんですよね。それと、折角恋人関係になったので私の事は『珠音』って呼んで欲しいです。」

恥ずかしそうに笑う彼女を見ていると、本当にいじめに苦しんだようには思えない。

「分かったよ。」

「私は……会いに来たのが先輩じゃ無かったら、きっと本当の未練を言ってなかったと思います。」

という事はつまり……?

「私は……私は先輩、アリですよ。」

「そうか。」

分かってはいたけど、いざ言われるとこんな感じなのか。告白されるってこんな感じなのか。つい感情の無い返事になる。

「え~! もう少しときめいてくれたっていいじゃないですか!」

「悪い悪い。つい、ね。」

ちょっとずつでいいから距離を詰めていこう。しかしながら昨日出会ったばかりの子を好きになんてなれるのか? 相当な時間を要するような……。そもそも好きになる為の恋愛とか意味わかんねぇって。俺が今まで成仏してきた人の話でも……いやいや自分の話を一方的にすると嫌われるとか聞いた事あるぞ。

「先輩……やっぱり無理してないですか? もし、もし先輩が本当に私を好きになったらそれはそれで今度は別れが辛いんじゃないですか?」

「無理はしてないよ。さっき、俺の思ってる以上にとか言ったけど、珠音の気持ちが少しは俺にも分かるからさ。友達が出来ないって。原因は違うけど、俺はこの霊能力を気味悪がられてる。唯一信頼してる安部ってヤツですら、幽霊話は冗談で扱ってる。当然、恋人なんて出来ないよね。まぁ無理も無いけど。」

苦笑いをする俺を珠音はひたすら眺めていた。

「小学生の頃、俺には友達がいたんだ。そいつも俺も友達がいなかったからすぐに打ち解けた。でもそいつはある日突然消えた。学校の先生やクラスメイト、親に訊いたら『そんな子は知らない』ばかりで……。」

「もしかして……その子……幽霊、ですか?」

「ああ。近所の神社の住職だった爺ちゃんに訊いたら、『その子の名前は憶えている。十年前に供養した子供だ。』って言われたんだ。俺は他の霊能力者よりも幽霊がはっきりとした『存在』に見えるんだ。」

「その子の未練って何だったんですか?」

「そいつは小学校一年生の一学期、信号無視をした十トントラックにはねられて亡くなったんだって。幼稚園の年長の時は『小学生になったらお友達いっぱい作る!』とか言ってたんだってさ。きっとアイツの未練は友達そのものだと思うよ。俺がなってあげたから成仏したんじゃないかな。」

それから俺は成仏に執着するようになった、って言うのはまた別の話だけど。

「事故で亡くなった……。自殺したのがその子に申し訳ないです……。もっとたくさん生きたかっただろうに……。」

「人と比べちゃだめだよ。珠音は珠音の命。その子はその子の命。同じようで全然違う。」

 他にもいろんな霊に出会って来た。孫に会えなかった老人。生前の恋人に幸せになって欲しいと言いそびれた女性。妻に日頃の感謝の気持ちを伝えられなかった旦那。一度は自由に歩き回りたかった令嬢。新作のゲームをやりたかったのが未練だと言った男の子も、戦争に勝ったのか教えろと言う軍人もいた。享年、性別、未練……全て十人十色。それが分かるだけでその人の歩んできた人生を全て見ているような気になった。どうせ死んでいるから、と言って生い立ちや恋愛事情も通りすがりの霊能力者に話してくれた。

「珠音のような自殺者にも多く会って来た。未練は『友達が欲しかった』『両親に心配をかけて無いか不安』『数少ない友達に被害が飛び火してないか心配』……『復讐』……とか色々。取りあえず別れには慣れてるから。」

「復讐が未練って言った人にはどうしたの?」

「何とかして諭すほかなかったね。やっぱり、自分の手を血で染める訳にはいかないから。」

「……先輩、辛くないですか? そんなにいろんな死者に会って目も当てられない事もあったんじゃないんですか?」

珠音の声が段々と弱くなる。

「そうだね。でも目は逸らせない。だから俺は珠音とも真剣に向き合ってるよ。」

ニコリと笑って見せる。

「私ももっと、積極的に人を助けたかったです。人助けって色々な事を学べて良いと思います。」

珠音が小さな手で拳を握る。根はいい子、なんだろうな。

「だから先輩。私は先輩の悩みを解決してあげたいです。」

「ありがとね。」

お礼を言うと彼女はコロコロと笑った。ちょっと可愛いかも。……それより、俺の事を想ってくれるくれる幽霊は初めてだ。今までの霊はみんな自分の事で精一杯だった。

「そう言えば、授業中に駐輪場行ったんですけど、先輩の自転車、サドルありませんでしたよ。自転車に名前書いてありましたね。十時って。」

「昨日盗られた。立ち漕ぎでいいでしょ。」

「みっともないですよ。サドルを買うお金も無いのか~ってなっちゃいますよ。」

「え? マジかよ。」

「先輩。お願いがあります。」

「何?」

「私、先輩に憑いて行きたいです。」

憑く憑かないの話は今まででも結構ある。基本的に怨念が無ければ憑かれても寒気がするだけで不幸や害とかは無い。

「う~ん……まぁ良いけどさ。」

「えへへ、ありがとうございます。じゃあ、いきますよ。」

少し離れた位置に立った彼女は俺に向かってプールの飛び込み姿勢を取った。俺も受け止める構えを見せると、彼女はそのまま俺のみぞおちのあたりに潜り込んできた。

「じゃあ先輩。海に連れてってください。自転車で。」

「ダメダメ。チャリはニケツ禁止だから。俺ね、幽霊の体重も感じるの。立ち漕ぎなんてしたら転覆するって。」

「いいじゃないですか。どうせ先輩以外には見えないんだし。それと、私先輩が思ってる程重くないですから。」

「しょうがないなぁ……。じゃあ、行こうか。」

そう言って中庭のベンチから腰を上げる。珠音も嬉しそうに後をついてくる。行き先は屋上からも見える海。夕日が沈むさまは何年見ても飽きない。


 自転車置き場でサドルの無い自転車にまたがる。

「よし、ちゃんと掴まってろよ。」

「はい。」

珠音が俺の腰回りをギュッと掴む。細い腕は頼りない。今までは何とも思ってなかったけど、幽霊の温もりを感じるって不思議だな。

 立ち漕ぎをするとスピードが出る。これで街を行くのは危険極まりないが、人が少ないので迷惑ではない。

「先輩、怪我しないでくださいね。」

「俺が死んだらすぐにキスしてやるよ。」

「嬉しいですけど、縁起でもない事言わないでください。」

まぁ、死なないけどね。俺は生きてこの先に待っている魂たちを救いに行く。あっという間に海に繋がるトンネルに入る。

「キャー!」

風を切り、嬉しそうな悲鳴が聞こえる。

「よし、ここ抜けりゃ海だぞ。」

最後一気に飛ばす。すぐにトンネルを抜け、温かい西日が頬を優しく照らした。海岸沿いの道路に自転車を止め、鍵を掛ける。

「着いたぞ。どうしたい?」

直ぐには答えず、彼女は沈みゆく太陽を眺めている。

「……先輩は私が生まれ変わったらまた彼女にしてくれますか?」

そう質問するが、顔はこちらに向かない。

「……珠音が気味悪がらなければ。」

「えへへ、良かったです。」

その時ようやくこちらに振り返った。何だかもう会えないみたいな口調と表情だ。若干戸惑っているとシャツの襟を掴まれ、グイッと引き寄せられた。……奪われたわ。

「先輩、ごめんね。でも、もう私が我慢できなかったの。ちゃんと生きた人間として先輩とお付き合いしたい。生まれ変わっても付き合ってくれるって言ったから、心置きなく逝けるかなぁって。」

珠音の身体が光に包まれ宙に浮く。未練が無くなった死者はいつもこうなる。

「私を見つけてくれてありがとうね。話し掛けてくれただけで、私は嬉しかったよ。」

お礼を言って、消えていく。見慣れている光景だけど、必ず寂しさや取り残された感が残る。死者とは友達になれそうなのに、いつも笑顔を遺して逝ってしまう。はなむけを送る時間も無い。でも、俺は死ぬわけにはいかない。

「先輩。」

俯く俺に珠音が声を掛ける。さっきまでは俺が見下ろして会話してたのに、今は見下ろされている。

「先輩も無理しすぎちゃだめだよ。……十二年後の今日、今私がいる位置に来てね。絶対に会いに来るから。それまで死んじゃだめだよ!」

最後の方は涙声だった。つられて泣きそうになるのをグッと堪える。

「分かった。待ってる。……俺の初めて奪ったんだ。このまま逃げるなんて許さないからな!」

それを聞いて満足したのか、彼女は……いや彼女の霊は塵となり風に流されていった。

「……なんてな。俺よりいい男なんてわんさかいるよ。女は一途じゃない。大体十二年後って俺二十八だぞ? そんなオッサンに珠音の生まれ変わりが惚れる訳ないだろ。」

あれこれ理由を付け、キッパリと諦める事にした。そもそも記憶を保持したまま生まれ変わる事は不可能に等しい。嗚呼、神様。たまにはお礼をくださいよ。


 翌日。今日は傷心の所申し訳ないが、珠音のご両親のもとへ向かおうと思う。一にもついて来てもらおう。教室に入り一の横に座る。

「よう、宗治。結局あの自殺しちゃった娘の霊っていたの?」

「いたよ。」

「どうだった?」

「怨怨怨って感じだな。話聞いて成仏させたけど……」

最初だけ嘘を吐いた。言えないよ。未練がキスで俺の初めてが奪われたなんて。いじめの話は隠さずにしてみた。と言っても具体的な内容は隠す。死んだってプライバシーの権利が守られる義務はある。

「へぇ~。校内の誰かが呪われそ。」

「一。お前が思っているよりも幽霊ってのは人間らしくて心が脆いんだ。今日、その子の家に行こうと思う。」

「は? お前正気か?」

「ああ。やっぱり、聞いた事は伝えるべきだと思ってな。」

「ハァ……まぁ良いけどよ。俺はお前の親友だからな。」

今……親友って言ったよな? 嬉しさのあまり口元が緩む。

「冗談じゃねぇよ。な。行こうぜ。怒られたら一緒に謝ろうぜ。」

背中をポンポンと叩かれる。一はニカッと笑っている。

 放課後、珠音の家に行くと、見事なまでに門前払い。ショックのあまり情緒を失っていた父親に殴られた。珠音の話をまともに聞いてなかったくせにと少し悪態をつくと警察を呼ぶと脅されて、一に頭を押さえつけられる形で一緒に土下座する羽目になった。

「悪いな、一。」

「良いって事よ。今回の事で俺はお前の霊能力を百パーセント信じた。本人に聞かないとあんな具体的な話できねぇって。」


 その後、俺は一の協力もあり、周囲に霊能力を信じて貰えた。何度か告白された事があったが、何故か断ってしまった。大学を受験し、合格。この街から出る事になった。大学を卒業して就職。心霊系の仕事は多分心霊スポットごと消し去ってしまうのでやめた。

 今はIT企業を立ち上げて、若社長になっている。実は一と一緒に起業した。二十二で大学を卒業し、二年間かけて必死に勉強。二十四で起業。

 それから四年、俺は二十八になった。あの時の約束はなぜか覚えていた。諦めたつもりなのに諦めきれていなかった。分かっているのに数日有給を取って地元の海へ向かった。

「何で来ちゃったんだろうなぁ……。」

実家から自転車を漕いでやって来た。あの時と同じように。

 一日中、海でボーっと過ごしていた。

「やっぱり、有り得ないよな……。」

帰ろうとした時に背後から声を掛けられた。可愛らしい女の子の声。

「あの……お兄さん。携帯落としましたよ。」

携帯? 落とした覚えは無い……。ポケットを探ってみると、確かに携帯が無い。振り返ってお礼を言う。

「ありがとね。」

差し出す手が止まる。唖然とする。携帯を差し出す女の子は紛れもなくあの時のサラサラの茶髪……そして薄手にはなっているが、パーカー。いや、珠音の筈が無い。珠音の生まれ変わりがこの子なら、もっと若い筈だ。いつの間にかこんなにキモい妄想をするようになっていたとは。

「お兄さん……いえ、先輩。私ですよ。珠音ですよ。」

「えっ」

驚く俺を見て彼女はコロコロと笑う。

「待たせちゃってすみません。でも、適正年齢に生まれ変わるには十二年必要だったんです。本当なら0歳スタートなのを、神様に無理言って十二歳スタートにして貰ったんです。神様が、『世界の軸が歪むけど、宗治君にはお世話になってるからご褒美あげるか』って言ってたよ。」

「て事は今……。」

神様は俺の成仏行為を見ていたのか……。

「二十四歳の大学四年生だよ!」

「夢とか……幻覚じゃないよな?」

「本物だよ。」

そう言って彼女は俺の手を握った。その温もりは紛れもなく本物で、あの時握ったものと同じだった。大きさも温かさも。

「ちゃんとあったかいでしょ?」

「ああ。温かいよ。」

「先輩。これあげます。」

珠音は小さな紙切れを差し出した。

「これは?」

「私の連絡先です。私、大学の友達と遊びに来てるので、ここで一旦お別れですね。」

遠くから珠音の名を呼ぶ声が聞こえる。紛れもなく『珠音』と言っている。

「ああ。じゃあね。」

「はい!」

俺は珠音が霊の時から彼女の満面の笑みに惚れていたんだと思う。でも、気付かなくて良かった。気付いていたら、この奇跡の再開は有り得なかったと思う。


 俺はサドルキーパーをしっかりと付けた自転車にまたがり、あの日と同じ道を、同じく一人で帰って行った。でも、何故か気分は良いんだよなぁ。

・お読みいただきありがとうございます。お楽しみいただけたでしょうか?

・誤字等ございましたらご報告お願い致します。

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