第9話:お見舞い
葵はベッドから窓の外を無表情に見つめている。
(あ〜ぁ、ゆーちゃんに病気のことしられちゃったな…、
きっとゆーちゃんもみんなと同じで、同情の目でみるよね)
葵は裕二には普通の人と対等に、扱って欲しいと願っている。
(同情なんかいらない…)
そんな娘の様子を母親は心配そうに見つめていた。
(あの娘は、また光を失ってしまったの?)
そこで視線を感じ、病室の入り口を見ると裕二が立っていた。
葵は窓の外を見つめていて気が付いていない。
その時ちょうどお昼の時間となっていたので、葵に声をかける。
「お昼みたいね、取ってくるわ」
「食べたくない」
まるで生気の無い声で答える葵を叱る。
「少しくらい食べなきゃダメ! とにかく取ってくるわ」
病室の入り口まで行くと、裕二を促し廊下にでる。
俺は病室の入り口まで来たものの、どんな顔で会えばいいかまだ迷っていた。
病室の入り口からは窓の外を見つめている葵と、その横に座っている葵の母親が見えた。
ふと葵の母親が振り向き俺を認識すると、葵に何やら話しかけ、こちらに歩いてきた。
「ちょっと」と言って俺を廊下に押してきた。
「ここで待ってて」
そう言うとどこかに歩いていった。
訳が分からずに呆然と立ち尽くしていると、手に病院食の乗ったお盆を持って戻って来た。
「はい」と言って俺に手渡す。
「はい?」
「はい? じゃなくて! これを葵に持って行って」
ようやくその意図が分かって、思わず顔が綻ぶ。
っていうか今日はなんだか冷たいな。
ふと葵の母親の顔を見ると、いたずらな目をしてるし。
「はぁ」
ため息をつきながら葵の病室に入っていった。
でもそのお陰で普通に接すればいいんだと悟った。
カチャン、と葵の前にあるベッドのテーブルに、病院食の乗ったお盆を置く。
「いらないって言ってるでしょ!」
と言って、俺の顔を見て硬直する葵。
「な、なんで…、なんでゆーちゃんがいるの!」
しばらく硬直した後、絶叫する葵。
「なんで…ってお見舞いだから?」
「…」
今度は黙り込んでしまった葵に静かに語りかける。
「葵…これからは公園ではなく、この病室で話をしよう」
「嫌!」
そう言って、布団を頭からかぶってしまう。
「ゆーちゃんは病人のあたしに同情してここに来たんでしょ!
同情なんかしないでよぉ!」
「葵…俺が本当に同情なんかでここに来たと思うのか?」
「…」
「…俺はただ、最後まで葵と向き合っていたいんだ」
「同情なんかじゃない」
「大好きになった葵のそばにいたいだけなんだよ…」
「…だから、怒ってもいい、泣いてもいい、わがままも言っていいんだ」
「いつでもそばにいてやるから、素直な葵でいて欲しい」
そこまで言うと突然、葵が抱きついてきて泣き始めた。
様子を見ていた葵の母親も、そんな俺たちを涙を流して見つめていた。
この小さな身体で死の恐怖と戦っていたんだと思うと、愛おしくなって葵を抱きしめていた。
しばらくそうしていると、やっと葵も落ち着いてきて、大人なしく俺の胸に収まっていた。
「あらあら、いつまで見せ付ける気かしら?」
静寂を破って、葵の母親の声が聞こえてきた。
「「…っ!」」
慌てて離れた二人は、お互い顔が真っ赤だった。
「マ、ママ! いつから見てたの?」
「え? 最初からだけど?」
俺は苦笑いするしかなかった。
でも葵の母親の頬にある涙のあとを見たとき、この人も葵と一緒に病気と戦ってきたんだ。
そのつらさや悲しさを葵に見せないため、おどけた態度を取っていると感じていた。
「ゆーちゃんとグルになって何してるのよ!」
「あらあら、ヤキモチ?」
「ち、違うよ、もういい!」
プィと横を向いてしまった葵をなだめる。
「ま、まあまあ、お母さんも葵と俺の壁を取り除くために、
いろいろ考えてくれたんだからさ」
「ママの肩もつの?」
「肩をもつとかそういうことじゃないって!」
「そうよ、裕二君はママの魅力に負けたのね」
「違うから!」
うわーんと泣きながら布団をかぶってしまった葵。
なんだか疲れて来た俺は、葵の母親を病室から追い出し、
葵をなだめて誤解を解くのに30分もかかった。