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  作者: Satch
8/12

第8話:真実

俺は会える確証も無いまま、いつもの公園のベンチに座っている。


あれから葵から携帯電話に1度連絡があり、本来の入院先の病院に戻ったとのこと。


いつもの明るく元気は声では無く、どこか沈んだような、静かな口調で、

それだけ伝えると電話を切ってしまった。


何故だか折り返し電話をすることが出来ずに、こうして葵が来るのではないかと待っている。


しばらくして人の気配を感じて、俯いていた顔を上げると、

そこには見知らぬ30代半ばくらいの女性が居た。


見知らぬ女性?


いや…葵が運び込まれた病院で1度見かけた葵の母親だ。


「川井祐二さんですか?」


「あ、はい」


「葵の母親です」


「はい、葵の面影があるので分かります」


葵の母親は、これどうぞと俺に缶コーヒーを手渡し、俺の隣に座った。


「川井さん…いえ…裕二君のほうがいいかしら?」


「えーと…呼びやすいほうで…」


「じゃあ裕二君と呼ばせてもらうわね」


そういうと自分の缶コーヒーを開けて一口飲んだ。

つられるように俺も缶コーヒーを開けて1口飲んだ。


「何から話せばいいかしら?」


葵の母親は俺にというより、自分自身に問いかけているようだった。


「そうね、私はいつも葵が病院を抜け出して

この公園に来ていることを知っていました」


「葵も私が後を付けていることに気付いていました」


俺は何も言わずに葵の母親の言葉に耳を傾けている。


「葵と裕二君が初めて会った時も、公園の外から見ていたわ」


「最初は…失礼だけれど、何かされるのではないかと、気が気じゃなかったの」


「それはそうでしょうね、あんな時間に公園にいる男なんて怪しいですよね?」


「そうね」と葵の母親は少し微笑んでいる。


「でも、葵の楽しそうな顔を見ていたら、動けなくなったの」


「あの娘は本能的に裕二君の内面を見抜いていたのね」


葵の母親はどこか遠くを見つめながら話す。


「翌日から葵はすこし体調を崩してしまって、

しばらくは安静にしていなくちゃならなかったの」


「すると葵は私にここに裕二君が来ていないか、見てきてと懇願してきました」


そこまで話すと缶コーヒーを1口飲んだ


「私は遠くからこの公園を伺い、裕二君が居た事を葵に話したわ」


「葵は凄く嬉しそうにしていました」


「次の日もまた次の日も裕二君はここに座っていたわね」


そう言うと葵の母親は目を細めクスクスと笑っている。


「そんなに葵のこと気に入ったのかしら?」


「なっ! そ、そんなんじゃないっすよ!」


「ふふふっ」


もしかして俺からかわれている?

やはり葵のあれは母親譲りか!?


「あの…俺…幼女趣味じゃないですから! なんていうのかその…」


「分かるわ、愛に歳の差は関係ないものね」


「愛というより…恋ですかね、愛と呼ぶには俺たちはまだ幼すぎると思います」


「そうかも知れないわね」


しばらくお互い口を開かず沈黙する。


なるほど、俺があの時毎日ここにいたことは、葵は知っていたわけか…


だからあの時、本当にお礼としてほっぺにチューを…


そこまで考えて、顔が真っ赤になったのを感じた。


「裕二君なに赤くなってるの? 私に惚れちゃだめよ?」


「違うから!」


思わず突っ込んで、やはり葵の母親だなと実感した。


「葵は毎週水曜日に裕二君と会うのを楽しみにしていたわ」


「そういえば、どうして水曜日だったんですか?」


「担当のお医者様に相談したら、週に1回だったらということで、

抜け出す許可をもらったのが水曜日だっただけなの」


「それから葵は水曜日になると、朝からソワソワと落ち着かなかったわ」


その時のわが娘の姿を思い浮かべて、クスクスと笑っている。


「葵は裕二君と会うようになって、凄く明るくなりました、

自分の死期を知ってからとても沈んでいたから、それはもう見違えるほど明るくて…」


そこで俺の心臓が1度ドクンと音を立てた。


「死期……って?」


「…葵は、あと半年の命と宣告されたの」


「そんな…! 手術とかで治せないんですか!?」


「まだ葵は年齢的にも体力的にも、手術を受けることが出来ないの」


俺は目の前が真っ白になるほどの衝撃を受けた。


「そんな…、そんなことって…!」


その言葉が受け止められない、頬に1筋の涙が伝う。


「先天性の心臓疾患で、お医者様には中学には上がれないかも知れないと、言われていたの…」


俺は何も言えずに涙を流し続けた。


「ある時、隣のベッドの同じ病気の子が亡くなったの」


「葵は、私たちや皆の前では泣かなかったわ、でも…」


そこで葵の母親は俺に優しい笑顔を向けて語る。


「裕二君の前では我慢できなかったみたい」


「…っ!」


あの公園で、突然泣き出したのはそういうことだったのか…

俺はいつの間にか嗚咽を漏らすほど泣いていた。


俺にハンカチを渡した葵の母親は、静かにどこか遠くを見つめていた。


それは悲しげで、運命の悪戯に弄ばれた、わが娘を思う優しい瞳だった。


俺が落ち着くのを待って、葵の母親は静かに語る。


「だけど…」


俺は身じろぎせずに続きの言葉を待つ。


「この間の発作で、もってあと3ヶ月だろうと宣告されたの」


「…っ! 俺が…俺が…動物園なんかに連れていかなければ…

すみません、すみません!」


俺はベンチから降り、泣きながら土下座をして必死に謝る。


「裕二君顔を上げて…、別に責めているんじゃないのよ?」


土下座をしたまま、顔だけ葵の母親に向ける。


「葵は自分の命を削ってでも、裕二君、

あなたと動物園に行ったことを後悔はしていないはずよ」


葵の母親は俺を優しくベンチに座らせると、真剣な眼差しで語りかける。


「大好きな人と…あなたと過ごすことが、今の葵にとっては何よりも大事なのよ…

それで自分が死んでしまうとしてもね」


そこまで話すと、葵の母親は今まで我慢してきたかのように、

嗚咽を漏らしながら泣き始めた。


「裕二君に……お願いが…あるの」


「なんですか?

俺に出来ることがあれば何でも言ってください!」


「葵の…お見舞い…に来て…欲しいの」


葵の母親は泣きながら俺に懇願する。


「もちろん行きますよ」


「でも…病気を知られてしまった…あの娘は…、それを…望まないかもしれない」


「それなら大丈夫です、俺がなんとかして見せます!」


だけど俺は、どんな顔で葵に会えばいいのか悩んでいた。

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