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  作者: Satch
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第7話:搬送

葵がストレッチャーで救急車に乗せられたあと、俺も救急車に乗り込んだ。


「君は?」という救急隊員の問いに、「兄です!」と答え、苦しむ葵の手を握った。


「今までにこういう症状はありましたか?」


冷静な救急隊員の声に、俺も少しだけ落ち着きを取り戻した。


「わかりません…」


「…そうですか」


そう言うと、葵に酸素マスクを装着して、応急処置のようなことを行なっている。


それが済むと、各近隣の病院に葵の症状の報告と受け入れの連絡をし始めた。


葵が苦しみながら何か言おうとしていることに気づき、顔を近づけると小さな声で何か言っている。


「…ポ…シェット…」


ポシェット? ポシェットがどうしたと言うのだろう?

もう1度顔を近づけると


「…あけ…て…」


ポシェットを開ける?


迷わずポシェットを開けると、かわいらしい財布の横に、紙切れが2つ折りに入っていた。

あわててその紙切れを手に取り、そっと開く。


そこにはとある病院の名前が書かれていた。

その瞬間にいくつもの絡まった糸がほぐれていく感覚を覚える。


「すみません、この病院に連絡できますか?」


救急隊員に声をかけ、紙切れを渡す。


紙切れを見た救急隊員がうなずき、すぐにその病院に連絡を取ってくれた。


何もしてやることが出来ない俺は、葵の手をそっと握って祈るだけだった。


「葵……」


そこでふとさっきの病院が、あのいつも葵と会っていた公園の、

すぐ近くであることを思い出した。


そしていつもパジャマ姿だった葵…


それはその病院の入院患者だということを物語っていた。


「分かりました、そちらに搬送します」


病院に連絡を取っていた救急隊員の声が、夢の中にいるような感覚で聞こえてきた。


時間にして2、3分だろうか、病院の救急連絡口に到着した。


急いで降りて病院を見ると、連絡を取ってもらった病院と違っていた。


「あの…ここは?」


救急隊員に慌てて声をかけると、俺の言わんとすることを理解したようだった。


「ああ、ここに搬送するようにと指示があったんだ」


救急隊員はストレッチャーで葵を運んでいった。


駈け寄って来た医師に、症状を報告する救急隊員。

それを聞いた医師も看護士たちに色々な指示を出す。


俺はそんな光景を見ながら、呆然と後を着いていくだけだった。


しばらく行くと看護士に声をかけられて止められた。


「こちらでお待ちください」


ほとんど抑揚のない無機質な声で、そう言い残し、

葵とともに処置室の扉の向こうに消えていった。



どれくらい時間がたったのか、それは途方もないくらい長い時間のように思えた。


処置室の扉が開き、医師が出てきて、俺の前に立った。


「ご家族の方ですか?」


「あ、いえ……友達…です」


緊張と不安で胸が張り裂けそうだ。


「処置は無事終わりましたのでご安心ください」


その声に脱力してしゃがみこみそうになるのを必死に堪えた。


(よかった…)


「あ、あの…葵はどこが?」


「心臓の疾患です」


「心臓…」


「しばらく入院していただいてから、時期を見てあちらの病院に搬送します」


それだけ言うと医師は立ち去っていった。


あちらの病院というのは、あの紙切れの病院か。


急に脱力感に襲われ、そこにあった椅子に座った。


しばらくして眠った葵を乗せたストレッチャーを押しながら看護士が出てきた。


「病室へ運びます」


その時、バタバタと足音が聞こえてきた。


「葵!」


どこか疲れた印象のある夫婦が駈け寄ってきた。


「葵!葵!」


葵の名を必死に叫ぶその姿で、葵の両親であることを悟った。


「大丈夫ですから」


抑揚の無い声で看護士がそう告げた。


「病室へ運びます」


そう言うと看護士はストレッチャーを押して行き、その後を両親も着いていった。


俺はその場に残り、運ばれて行く葵を見送った。

葵の両親は俺に気付いていなかったのか、そのまま行ってしまった。


もう会うことは出来ないかも知れないという、不安な気持ちで立ち尽くしていた。

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