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  作者: Satch
11/12

最終話:別れ

その日は、朝から何故か落ち着かず、携帯電話ばかり見ていた。


お昼を食べて、そろそろ午後の授業が始まろうとするころ、

ブブブとマナーモードにしてある俺の携帯電話が震えた。


嫌な予感がして、慌てて電話にでると茜さんからだった。


「葵の容態が悪くなったの! すぐに来て!」


おれはそのまま鞄も持たずに教室を飛び出した。

途中クラスメートが何か言っていたが無視して走る。


もう葵のことしか考えられなかった。


葵の笑顔、怒った顔、泣いた顔や拗ねた顔が浮かんでは消える。



病院に着いた俺は、慌てて病室まで走る。

病室の入り口が見えた時、俺は身体が硬直して立ち止まった。


葵の病室からは、入れ替わり立ち代り看護士が出入りしていた。


病室の中からは葵の名を呼ぶ茜さんの声が聞こえている。


震える足で、病室に入っていくと、酸素マスクを着けられた葵と、

ベッドの横には茜さんが座っている。


そしてその後ろに見知らぬ男性が立っていた。

それが葵の父親(翔太さん)だということは容易に分かる。


俺が病院にいるときは、一度も会うことが無かった。

会ったとしてもどんな顔で会えばいいのか分からないけど。


最初に俺に気づいたのは翔太さんだった。


「もしかして君が裕二君かい?」


「あ、は、はい、そうです」


「そうか…、葵のそばに行ってやってくれ」


「はい」


俺はベッドに近づき茜さんの横、葵から見える場所に立った。

茜さんは、涙に濡れた顔で葵の手を握っていた。


「葵…? 裕二君が来てくれたわよ?」


その声に反応した葵は、重たそうな瞼を開いて、俺のほうを見た。


「…ゆー…ちゃん…」


酸素マスクを通して、葵の弱々しい声が聞こえてきた。

弱々しい息づかいをしながらも、俺に語りかける。


「…ゆーちゃん…もうすぐ…お別れ…だよ…」


「な、何言ってるんだよ葵!」


「葵はな、もう少し大きくなったら手術して、元気になって、

そしたら遊園地に一緒に行くんだよ!」


「…そうだね…遊園地…行こうね…」


「そうだよ!…行くんだよ!」


「二人で手を繋いでさ…、アイスクリームなんか食べながら、

二人とも笑顔でさ、いっぱい…、いっぱい…遊ぶんだよ!」


俺は我慢できずに、ベッドに顔を伏せて涙を流す。

葵はそんな俺の頭に手を乗せて。


「…ごめん…ね」と呟いた。


そんな俺の言葉を聞いた茜さんが、涙と嗚咽交じりに葵に縋りつく。


「葵……ごめんね…こんな身体で産んでしまって…ごめんね」


そんな茜さんの肩を、葵の父親の翔太さんがしっかりと掴んでいる。


「ママ…葵は…パパと…ママの子で…本当に…良かったと…思ってるよ」


「葵の…ほうこそ…こんな娘…で、ごめんね…苦労…ばっかりかけて…ごめんなさい」


「苦労なんて思ったこと1度も無いよ、葵はパパとママの自慢の娘だ」


翔太さんは優しく微笑んでいた。

しかしその目の端には涙が滲んでいる。


「…ありがとう……パパ…」



「……ゆー…ちゃ…ん…」


弱々しかった声が、更に弱くなっていた。

俺が涙で濡れた顔を上げると、葵は最後の言葉を紡ぐ。


「…思い出を……ありがとう…そして……葵を…忘れないで……ね」


「あぁ……忘れるもんか! 絶対忘れないよ」


「約束……だ…よ…?」


「あぁ……約束だ」


葵は弱々しく微笑んだようだ、そして……


「パパ………ママ…………ゆー……ちゃ…ん……」


静かに閉じられたその瞼は、二度と開くことは無かった。


「ご臨終です」


無機質な声でそう言うと、医者と看護士たちは一礼して去っていった。

病室には、俺たちの泣き声と嗚咽が響き渡った。



翔太さんの計らいで親族席に座らせてもらっている俺は、

葵の嬉しそうに笑った写真を見つめていた。


その写真は、動物園に行った時に俺が撮ったもので、

よく撮れているということで、茜さんが選んだ。


脳裏には葵の笑顔、泣き顔や拗ねた顔が浮かんでは消えていく。


年齢的な差はあったが、俺は葵を異性として好きだった。


世間から見たら、それは歪なもので許されることではないが、

お互いの中にお互いの存在があったことだけは、紛れもない事実であり、

それを否定したりなどしない。


(葵、今度生まれ変わったら、幸せになろうな…)


不意に涙が頬を伝うが、その視線は葵の写真に向いていた。



その日は、朝から良く晴れた暖かい日だった。

俺は1人で煙突から登る煙を見ている。


葵の天国への旅立ちだった。


火葬場の待合室に居るのが苦痛だったので、

照りつける太陽の下に出てきていた。


「葵…」


「…忘れないよ」


その時、俺の頭を撫ぜるように一陣の風が、髪の毛を揺らしていった。


それが葵だったのかどうかは分からないが、俺は少し微笑むと、しっかりとした足取りで、

燦燦と輝く太陽の下を歩き出した。

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