表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
  作者: Satch
10/12

第10話:病院

落ち着いた葵は今、静かな寝息を立てて眠っている。

葵の母親(茜さん)は一旦家に帰ると言って、さきほど帰り、

俺は茜さんが戻るまで居てやるつもりだ。


同世代の子たちと比べて、華奢で儚げな印象を受けたのは、

病院にずっといるため、発育が追いついていないためだった。


そんな葵を見つめて、俺にも何か出来ないかと考えることにした。


しかしどこかに連れて行くことも出来ないし、

傍にいて話相手になってやるくらいしか思いつかない。


「…ゆーちゃん」


「お! 起きたか」


「ママは?」


「あぁ、一旦家に戻るってさ」


「そっか」


そう言って身体を起こしたので、俺は布団の上にあったカーディガンを肩から掛けてやった。


「葵?」


「なぁに?」


「何か俺にして欲しいことないか?」


「う〜ん」と考える姿が可愛らしい。


「…ずっと」


「うん?」


「ずっと傍にいて欲しい…」


潤んだ瞳ですがるように掠れた声で言葉を紡ぐ葵。


「…あぁ、いるよ…ずっと傍にいる」


と言って葵の頭を撫ぜてやると、嬉しそうに笑った。



もうすぐ面会時間が終わろうとしていた。

茜さんはすでに戻って来ているし、そろそろ帰るかと思い立ち上がると、葵が俺の袖を掴んできた。


「ん? どうした?」


「帰っちゃダメ!」


少し拗ねたような顔で、しっかりと袖を掴んでいる。


「だけどさ…面会時間終わるし…」


「ダメ!ったらダメ!」


そこでベッドを挟んだ向かい側にいた茜さんが葵を叱る。


「葵! 我侭言うんじゃないの! 裕二君を困らせないの!」


「ゆーちゃんは我侭言ってもいいって言ったもん!」


…はい、そういえばそんなこと確かに言いました。

茜さんが俺をジト目で睨んでくる。


(え? 俺が悪いんですか?)


「お、俺は別に構わないっすよ」


そこで茜さんがとんでも無いことを口走った。


「じゃあ、葵のベッドで一緒に寝てあげてね」


「「…っ!!!」」


「な! なにを言っちゃってんすか!


「そ、そんなのまだ早いよ、心の準備が…」


葵はそう言いつつ顔を真っ赤にしている。


「何が早いんだよ葵! 心の準備ってなんだよ! 意味分かってんのかよ!」


「あらあら、そんなに動揺してどうしたの?」


「あ、茜さんがいきなり変なこと言うからでしょうが!」


「あら、じゃあ私と一緒に寝る?」


「だ!…」


一瞬どもった俺を今度は葵がジト目で睨んでるよ。こえぇ!


「だぁかぁら! なに言っちゃってんすか!」


「裕二君ってホントからかうと面白いわ」


もうなんか、ため息しか出てこないよ。はぁ。



今日は俺が泊まるから、茜さんは家に帰ることになった。


「じゃあ裕二君、葵に変な事しないでね」


「変な事ってなんすか!? しませんよ!」


「ふふ」と笑って、歩き出す茜さん、その背中はひどく疲れているように見えた。


「今日は俺がいますから、ゆっくり休んでくださいね」


振り向いて「ありがとう」と言う茜さんの瞳は、濡れているように見えた。



俺は看護士さんに用意してもらった寝具に寝ている。


「…ゆーちゃん? 寝ちゃった?」


「ん? まだ寝てないよ。 眠れないのか?」


「うん…寝るのが怖いの」


「寝るのが怖い? なんで?」


「…そのまま……目が覚めないんじゃないかって思って…」


薄暗い病室の中で、俺は身体を起こし、ベッドの脇の椅子に座ると、葵の手を握った。

それは小さくて暖かい手だった。


「大丈夫、俺が起きててやるから安心して寝ろ」


「うん…ゆーちゃんの手、大きくてあったかいね」


「そうかな?」


「そうだよ」


そう言うと葵は目を閉じて、眠りについた。

はやっ! っていうかそれだけ、不安だったんだろうな。

俺は空いている手のほうで、葵の頭を撫ぜた。



翌日、面会開始時間にやってきた茜さんは、だいぶ元気になっているようだった。


「裕二君のお陰でゆっくり休めたわ」


「お役に立ててよかったです」


「何かお礼をしなくてはね」


「え? お礼なんていりませんよ」


「でもそれは私の気持ちが許さないから」


「あ…だったら、最後まで葵の傍に居させてもらえないすか?」


「…最後まで?」


「…はい」


その意味を考える茜さんは、少し涙ぐんでいた。


「そういや、旦那さん…葵のお父さんに会ってないですよね?

1度ちゃんと挨拶したいんですが」


「そうねぇ、うちの人は、仕事が忙しくてなかなか来れないわね、

それに裕二君が気を遣うから、とも思っているみたいだわ」


それからしばらく、学校帰りに病院に寄るのと、休みの前の晩は病院に泊まることにした。


病院という特殊な環境の中でも、何もない穏やかな時間が過ぎる。


でもそんな穏やかな時間は長くは続かなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ