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『冬の童話』投稿作品集

冷たい手に、小さな温もりを。

冬の童話2020応募作品。

 辺りには、うっすらと雪が積もっていました。

12月の始め。北の国の小さな町の公園で、家の無い老夫婦が石壁に立て掛けた段ボールを背もたれにして辺りを見渡して居ました。

二人は寒さを凌ぐ為に、肩を寄せ逢ってビニールシートを被って寝ていたのです。

「日に日に寒くなるね・・・。」

お爺さんは、隣に座るお婆さんに、そう言って空を見上げました。

お婆さんは何も応えず、お爺さんと一緒に空を見上げるだけでした。

二人がこうして屋根の無い場所で暮らす様になったのは、2年ほど前からでした。


 そのきっかけは、まるで些細な事の様でした。

よく知る友人が紹介してくれた人から、お金の相談を受けたのです。

話を聞くと、友人の知り合いが新しくお店を出したいのですが、お店を出す為のお金が少し足りないので、協力して欲しいと言うものでした。

お爺さんは、よく知る友人の話でもあったので、お金を貸してあげました。

しかし、そのお店はあまり儲からなかったようで、友人は、お爺さんの所に何度もお金を借りに来たのです。

友人は「知り合いのお店が潰れてしまうと、今まで、あなたに借りたお金は返せなくなるので、貸した方が良い。」と言いました。

それで、お爺さんは、この時はもう仕事をしては居なかったのですが、何度もお金を貸したのでした・・・。


 そうしたある日、スーツを着た四人の見知らぬ人達が家に来ました。

彼らは言ったのです。

「貴方がお金を貸した人が、どこに居るのか分からなくなり、私達はとても困ってるのです。それで、あなたの家を売って、私達が貸したお金を取り返すために私達はここに来ました。」

お爺さんとお婆さんは、びっくりしてしまいました。

お金の取り立てに来た人達は『借りた人がお金を返せなくなった場合は、お爺さんが全て払います』と、お店を出した人が約束をしていたから、やって来たのです。

じつは、お爺さんは、その事が気になって「この人がお金を払えなくなった時は、私達は大丈夫なのだろうか?」と友人に訊いたのでした。

しかし友人は「この人は絶対に嘘をついたりしない人だから、安心して良いですよ。」と言ったので、それ以上はなにも言わなかったのです・・・。

そして、お爺さんとお婆さんは、自分達が一生懸命に働いたお金で建て、長年住み続けた家を、追い出されてしまったのです・・・。


 それからの二人は、日々の食べ物にも事欠きながらも、肩寄せ合って、この公園の片隅で、ひっそりと暮らしていたのでした・・・。

二人の今の持ち物といえば、身に付けている衣服と帽子、それとゴミ箱に捨ててあったのを拾ったリュック・サックだけです・・・。

それでも毎週月曜日と水曜日と金曜日は、食べ物を貰える場所がありましたので、二人は今まで生きてこれました。

でも、それだけでは足りませんでした。

それで老夫婦は、二人で空き缶を集めは、それを業者に渡して少しばかりのお金と交換したり、誰かの捨てた食べ物を拾って食べたりもしました。

時には、そんな二人をあわれんで、食べ物をくれる人も居ましたが、それは滅多には無い事でした。

そうやって二人は、なんとか今日まで食いつないできたのです・・・。


 「ちょっと、朝の仕事をしてくるよ。」

そう言ったお爺さんは「イテテ・・・。」っと、歳と寒さと空腹で強張った体を、ゆっくりと起こしました。

そんな辛そうなお爺さんを、お婆さんは、かすかに微笑ほほえんで見送ることしかできませんでした・・・。

お婆さんは脚を痛めてたので、もう、あまり歩くことが、できなくなっていたのです。


二人は言いませんでしたが、心の中で思ってました。

『きっと残りの人生は、こうして死を待つばかりだろう』と・・・。

辺りには小雪がチラつき始めてきました。

そんな冬の寒い朝。お爺さんは公園の外へと一人で歩き出しました。

出掛けたお爺さんは、日課にしてるゴミ箱を回って、少しでもお金に変えられる物や、誰かの食べ残しを探していました。

そうして暫く歩き回って、たどり着いた、あるゴミ箱。 

その横に段ボール箱が置かれてるのが目に付きました。

お爺さんは、ほんの少しの期待を込めてその段ボール箱に近づきました。

(日にちの過ぎたパンやハムでも入ってれば宝箱なんだが・・・。)

そう思って近づいたお爺さんは、箱の中身を、そっと確めました・・・。


「おお・・・!こ・・・・これは・・・・なんと言う事だろうか・・・。」

中を見たお爺さんは、思わずそう呟きました。


段ボールの中にあったのは・・・・。

いや。

段ボールの中に居たのは・・・・小さな一匹の子犬だったからです。

子犬は段ボール箱のに入れられたタオルに(くる)まれて眠って居ました。 

「可愛そうに。私と同じく家無しなのだな・・・。」

お爺さんは、すやすやと眠る子犬を優しい目で見詰めていました。

それから、爺さんは、この子犬を連れて行こうか、それとも置いて立ち去ろうかと考えていました。

それは、自分達だけでも食べ物に困ってるのに、犬に分けられる食べ物など用意できるだろうかと思ったからでした。 

しかし、子犬をここにこのままにして置いても、死んでしまうかも知れません。

悩んだ挙げ句、お爺さんは子犬を連れて行く事にしたのでした。


 「お婆さん。」

大事そうに段ボールを抱えたお爺さんの姿を見たお婆さんは、なにか美味しい食べ物が手に入ったのかと思い、沈んでいた顔をパッと明るくしました。

「なにか良い物が拾えたの?」

お婆さんが、そうお爺さんに訊ねると。

「良いかどうかは分からない。少なくても、きっとこの子には不幸なことなのだと思うよ。」そう、お爺さんが答えたので、お婆さんはいったい何を拾ってきてしまったのだろうと不安になりました。

「ほれ。ごらんよ・・・。」

お爺さんは、やっとの思いで持ってきた段ボール箱をお婆さんの目の前に置きました。

お婆さんは、恐る恐る中を覗き込みました・・・。

「まあ!」

中を見たお婆さんの顔は、一瞬で明るい表情へと変わりました。

それはもう、お爺さんが2年以上も見たことが無かった、お婆さんの幸せそうな笑顔でした。

「まあ!子犬!?」

「そうなんだ。ゴミ箱の横に捨てられて居たんだ・・・。」

「可愛そうに・・・。」

「そう僕らが言えたものでも無いがね・・・・しかし、放って置いたら凍え死んでしまうかもと思ってね・・・。」

お婆さんは座ったまま、包まれたタオルごと子犬をそっと箱から出し、抱っこしました。

そしてお婆さんは、それはそれは愛しそうに子犬に頬をよせ「ああ・・・温かいねぇ・・・。人の赤ちゃんみたいだねぇ・・・。」と言いました。

そんなお婆さんの姿を、お爺さんは嬉しそうに見ていました。

それからお爺さんは、子犬を抱き抱えるお婆さんの隣に座り、お婆さんの顔を見て言いったのです。

「この子を、二人で育てようか?」

すると、意外にも、お婆さんの顔は曇りました。

「そうは言っても。私たちは・・・。」

お婆さんはそう言って、抱えた子犬を寂しそうに見つめました・・・。


二人が暮らす公園には、ただ、冷たい風が吹き抜けていました・・・。


そのまま、お爺さんは少しの間、何かを考えているようでしたが、やがてウンっとうなずくと「なに。子犬一匹分の食べ物ぐらい、私の食べ物を分ければ何とかなるさ。」と、自分を励ますようにして、お婆さんに言ったのです。

お爺さんは思ったのです。

お婆さんには、この子犬が必要なのだと。

そしてそれは、自分にとっても必要なことだと。

自分が言った言葉を聞いたお婆さんの顔を見た時。お爺さんの思いはもっと強くなったのでした。

それは、お婆さんの嬉し涙を見たからです・・・。


 それから老夫婦は、自分達の僅かな食べ物を分け与えながら子犬と一緒に暮らし初めました。

それは、家も無く、寒空の下で暮らす二人には大きな励みになりました。

それまでの、二人だけなら、どうにでもなれるだろうと言う投げやりな日々から、この子犬を元気に育てたいと思う前向きな気持ちで暮せるようになったからでした。 


 そうして半年が過ぎ。季節は、もう夏になっていました。

最初はどんな犬かも分からないで育てていた子犬は、ミニチュア犬の雑種となって元気に育っていました。

老夫婦は、この犬に『トニー』と名付けて可愛がって居ました。

以前は沈みがちだった家の無い暮らしは、トニーのお陰でずいぶんと気持ちが明るくなっていました。

それまでは同じ町に住みながらも話した事も無い人から声を掛けられたり、食べ物をもらったりする事も増えました。

それはトニーのお陰でだったでしょう。

トニーの愛らしさに、人々が寄ってくるからです。

ですから、老夫婦の生活はいくぶんか楽になっていました。

「トニーのお陰で、毎日の生活に幸せが増えたねぇ・・・。」

お婆さんは、トニーを撫でながら、そう言いました。

するとお爺さんはしみじみと「そうだね。自分達がトニーを育ててるつもりだったけど、今ではトニーのお陰で自分達が生きられてるような気がするよ。」と、言ったのでした・・・。



 そうして季節は流れて行きました。

その日暮らしの老夫婦とトニーの日々は、公園の木々の葉が色鮮やかな秋を迎え、そして、また厳しい寒さが続く冬を前にしていたのでした。


 そんなある日の朝、トニーの唸り声で目が覚めた老夫婦は、若い男女数人に囲まれ目を覚ましました。

「その犬は、あなた達のものですか?」

その中の一人の男の言葉に、老夫婦は驚き「も・・・勿論そうです。」と、答えました。 

それを聞いた取り囲んでる中の一人の女が「それを証明できますか?」と、老夫婦に言いました。

老夫婦は言葉に詰まりました。

トニーは捨て犬だったのを拾って育てたのですから、証明などと言われても老夫婦には何もできなかったのです・・・。

すると、最初に口を開いた男が「その犬は捨て犬として保護します。あなた達に犬をペットとして飼う資格はありません!」と言ってトニーを連れ去ろうとしてのです。

トニーは怯えて、老夫婦の後ろから吠えていました。

それから老夫婦は必死に抵抗しました。

しかし、老夫婦の力ではトニーを守る事は出来ませんでした。

あっという間に、周りを取り囲んでいた一人の男にトニーは抱き抱えられてしまったのです。

そして、トニーは彼らが用意していたペット用のカゴに無理やり入れられてしまいました。

カゴに入れられたトニーが、怯えて震えているのが老夫婦にも見えました。

「トニー!トニーを返して!」お婆さんは脚が痛いのも忘れ立ち上がり、震えながら声を挙げました。

「トニーは私達の家族なんだ!トニーを連れて行かないでくれ!!」

お爺さんも、必死にトニーの入れられたカゴを奪い返そうと、相手の男にしがみつきました。 

しかし、最後は振り払われ、公園の石畳に顔を打ち付けてしまったのです。

お爺さんは、痛みで直ぐには立ち上がれなくなりました・・・・。

そうして、トニーは見知らぬ者達に連れ去られてしまったのです・・・。


老夫婦は暫く、深い悲しみのあまり肩を落とし、公園の冷たい石畳に座り込み、凍り付いたようにじっとしていました。

それは、老夫婦が二人で今まで生きてきた中で、一番悲しい出来事だと思いました・・・。

 

 それから、何日か過ぎました。

あれから老夫婦は、夜二人で寝る時にはトニーの温もりを思い出し。朝、目覚める度にトニーの姿を探してしまいました・・・。

しかし、トニーは居ません・・・。

二人は只でさえ生き甲斐を見いだせない日々だったのに、今度こそは生きる希望を失ってしまいました・・・。


 そして、木枯らしが吹き付ける秋も終わり。曇り空から雪がチラつく、それはそれは、とても静かな冬の始まりの夜のことでした。

老夫婦は、トニーともう一度逢えることを願いながら、眠りに落ちようとしていました。

でも、それは。もう、二度と叶わないことだろうと思いながらでした・・・。


 その時でした。

石畳に響く乾いた爪音が、老夫婦が体を寄せ合う公園の石壁に近づいて来たのは。

その聞き覚えのある足音に、老夫婦はハッとして体を起こしました。

日々に疲れ、目も衰え始めていた二人にも、不思議とハッキリと見えました。


それは、とても見覚えのある小さな犬の姿でした。


「トニー!」

二人は同時に声をあげました!


そうです!

紛れもなく、そこに居たのは、二人がずっと逢いたがっていたトニーでした!


「ああ・・・トニー!」

お婆さんが、そう呼ぶと、トニーは座り込んでる二人の間にテクテク歩き、そっと寄り添いました。

「本当に・・・本当にトニーが帰ってきてくれた・・・!」

お爺さんも目に涙を浮かべ、言いました。

そうして、とても喜んでいた二人でしたが、間近に見たトニーは酷く毛並みが乱れ、足からは血が滲んでいました・・・。

「トニー。いったいどんな遠くからここまで来たの?」

心配したお婆さんに声を掛けられたトニーは、ただ静かに二人の間に入り、体を丸め尻尾を小さく振るだけでした。

「まあ良い。とにかくトニーが帰ってきてくれたんだ。それだけで今日は今までで一番幸せな夜だよ。」

お爺さんはそう言うと、トニーが段ボール箱に入れられ捨てられていた時に一緒に入っていたタオルをリュックから取り出し、トニーを優しく(くる)んであげました。

それからトニーを二人の間に挟む様にして、ビニールシートを被りました。


 とても寒い冬の夜・・・。

老夫婦は何時もなら上着のポケットに入れて寒さを凌いでいた手を出して、トニーの頭や体をずっと撫で続けました。

トニーは目を閉じて安心した様子でしたが、時々目を開けては二人の匂いを確め、そして、その顔を見詰めました。

トニーはとても疲れてる様子でしたが、今の老夫婦には、その理由は分かりません・・・。

きっと、どこか遠くから、二人に逢うために、ずっと歩き続けて来たのだろうと思うだけでした。

そして今はただ、トニーはとても安心してることが分かるだけです。


 やがてトニーは眠りました・・・。

老夫婦はそれを確かめると、二人静かに顔を見合わせ、微笑みました。

そんなビニールシートの中で、お婆さんは言いました。

「寒いけど。とても幸せな夜だった。」

するとお爺さんは応えました。

「そうだね。ずいぶんと辛い人生だったけど。今夜は全ての願いが叶ったように思えるよ。」

それからお爺さんは、お婆さんを優しい目で見詰めて言ったのです・・・。 

「今まで一緒に過ごしてくれて有り難う。お休み・・・。」

するとお婆さんも応えました。 

「苦しかったけど・・・幸せでしたよ。お休みなさい・・・。」

二人の間でタオルに包まれ眠っている温かなトニーの体の上で、二人は手を握り合いました。

トニーの小さな温もりを手のひらに感じる互いの手は、とても冷たくなっていました・・・。

その手を通して互いを思う閉じたふたりの目には涙が滲んできましたが、互いにその顔を見ることはありませんでした・・・。


最後に、お互いが見た顔は、笑顔だったのです・・・。



 おしまい。



読んで頂きまして有り難うございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] すっごく切ない! 胸に沁みます。
2023/08/14 18:48 退会済み
管理
[一言] とても苦しい、そして現実にもありうるストーリーに胸が詰まるようでした。SNSやテレビなどではハートフルなニュースや話題ばかりが取り上げられますが、それらがもてはやされるのも、私たち自身が世の…
[一言] 捨てられたトニーを拾ったことで、生きる気力と楽しみを得た老夫婦。 ですのに、その、核となるトニーを連れていかれた時の絶望はいかほどのものだったでしょう。 せめて、トニーを連れ去った人達が、避…
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