第九十話 おじいさんからの手紙・後編
しばしおじいさんの話をして息子さんは帰って行ったけど、帰り間際に「これまでありがとうございました」と言っていた事が気になった。ふつうは単にありがとうございましたか、これからもよろしくのはず。些細な事かも知れないけどこの違和感が取れる事は無かった。
店の方に戻って来ると帳場におじいさんの手紙があることを思い出して読んでみる。そこに書かれていたことはまるで別れを惜しんではいけないと言うような内容だった。
『チョコラ殿
今日までわしのような老いぼれに嫌な顔もせずに付き合ってくれたことを嬉しく思う。
わしの一番の懸念であった家の事もお前さんが解決してくれた。まさか、わしの書斎をそのまま残し、いつもその部屋で休ませてくれるとは思いもせなんだ。これだけでもお前さんに売った価値が有ったと言うもんじゃ。本当にありがとう。
お前さんに伝えたい事は他にもあるが、長く手紙をしたためる事すら出来なくなった。だから早めに要件を書く。この手紙をお前さんが受け取った時点でこの家の支払いも終わりじゃ。息子にも了解は取ってあるから安心せい。
わしは今生最後にお前さんと出会えたことを感謝しておる。
良いか、この別れを決して悲しむでは無いぞ。わしの新たな人生への旅立ちであり、実に喜ばしい事なのじゃ。わしの旅立ち、祝ってくれよ。さすれば嬉しく思うぞ。ではチョコラ殿よ。ありがとう。達者でな』
そうか……もうおじいさんは居ないんだな……
読み終えた瞬間にそう思った。自然に涙が流れた。だけど、手紙に書いてあったように必死に来世での幸せを祈った。おじいさんの笑っている顔を思い出しながら。
おじいさん。俺の方こそありがとう。おじいさんとの何気ない会話から学んだことは数えきれない。感謝という言葉だけでは足りない程でまだまだ色々教えて欲しかった。でもおじいさんの遺言だから喜んで送り出すよ。そして次に会った時はたくさんの事をまた教えてくれよな。
気持ちを落ち着かせるとうまいっ亭に行きタージさんとミハルさんにもおじいさんが亡くなったことを伝えた。タージさんミハルさんも初耳だったらしく驚いていた。
特にタージさんは子供のころから世話になっていたことからも感慨深い物が湧いて来たようで、いきなり店を閉めた。今いるお客もすべて帰ると「お別れ会だ」と一言だけ言って黙り込んだ。
そんなタージさんを見たミハルさんが「さぁ、おじいさんの最後の願いを叶えましょう」そう言うとおおきな声で言った「おじいさん。今までありがとう。新しい人生も楽しく幸せな人生を歩いていってね。祈ってるわよ」
そんなミハルさんの横で俺もタージさんも「俺たちもだ」と頷くことしかできなかった。




