第八十九話 おじいさんからの手紙・前編
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そろそろ今月もおじいさんが家のお金を取りにやって来る頃だ。毎月一回、うまいっ亭に来るついでに家の代金、銀貨5枚を取りに寄ってくれる。
俺から届けますと言ってもおじいさんは「この家でのんびり出来るわしの貴重な時間を奪わんでくれ」といつも笑っている。
そりゃ年のせいとはいえ、長く住んで愛着がある家を離れた時の心境はおじいさん以外わからないだろう。だから集金という名目が有る限り、必ずこの家に戻って来れる。たとえ短い時間でもあってもこの家から離れた寂しさを埋めることが出来るのなら、俺は好きなだけゆっくりしてもらおうとおじいさんが書斎として使っていた部屋はそのままの状態で残してあり、いつもその部屋で寛いで貰っていた。
「こんにちは」
表から声が聞こえて来た。声からして若い人だからおじいさんではないようだ。返事をしながら出ていくと初めてみる顔だけど、どことなくおっとりとした男の人がいた。
「チョコラさんですか」
「はい。そうです」
「今日は父の代わりにこの家の代金を頂きに伺いました」
「えっ。おじいさん……どうかしたんですか?」
「心配は要りませんが、少し体調を壊しまして大事を取って家で寝させています」
「そうですか……早く良くなってほしいです」
「ありがとうございます。それとこれを預かってきました」
そう言うと一通の手紙を渡された。
立ち話もなんだからと、おじいさんの書斎へと案内した。
「いつもおじいさんが来た時には一番好きだと聞いたこの部屋で寛いで貰っているんです」
「綺麗になってはいますが昔のままなのですね。父が家財道具ごとチョコラさんに売ったと聞いてはいましたが、ここまで大事に父の事まで思って頂きありがとうございます」
「いえ、こちらこそ思い入れのある家を俺なんかに売ってもらって感謝しているんです」
「とんでもない。この部屋を見て私も安心しました。いつも父から出向くので心配していたんですが、この家を離れても気兼ねなく使えるようにしてくれていたとは……ありがとうございます」
なぜか息子さんにまで感謝されてしまった。
少額の月払いでしかもおじいさんが集金に行くと言う手間もあり、いったいどんな人に家を売ったのか気になり一度会って見たいと思っていたらしく、今回おじいさんの体調で無理をさせられないからと押し切って来たと教えてくれた。俺もこちらから渡しに行くと言っているけどいつも断られていることを伝えたところで二人して吹き出してしまった。
結局、人手に渡したと言ってもこの家との関わりを絶つことが出来なかったおじいさんが可愛く思えたのだった。




