第三十五話 トラブルの予感
王太子殿下の依頼を断れないのならさっさと済ませるに限る。いつまでも居られたら他の仕事が出来ないからだ。
いつものようにタライに石鹸水を作り、コートに付いている装飾品で外せるものを外してから約10分ほど漬け置きをしてから丁寧に洗っていく。さすがに王太子殿下のコートはこすり洗いが出来ないので汚れが酷いところは布で叩いて汚れを移し取って行く。
もちろん普段からの手入れが良いからか際立った汚れはないものの、所々目立たないところに布の傷みが見受けられる程度だった。
汚れを落として濯ぎも終わり、乾燥させている間に外した装飾品を確認する。
彫りの部分に少し埃が固まっているのを見つけ泥の研磨剤で磨くことにした。
うまいっ亭の庭土もそうだったけど、ここの庭土も水で練ると市販の研磨剤より優しく、どんな細かい部分でも綺麗に磨ける。この辺りの土はそういう性質を持っているんだろうと思っていた。
しかし、それはチョコラの能力である創造が「泥を研磨剤代わり」と言う発想を具現化させていることなど気付いてはいなかった。
付属品の手入れも終わり、乾いたコートに付け戻していき作業は終了し、王太子殿下に手渡した。
「ふむ……噂通りだな。まるで下ろし立て同様だな。この飾りも輝きを取り戻しておる」
「恐縮でございます」
「裏側に有った布の傷みも直っておる。どうすればこのようになるのだ?」
「それは、俺…私の固有の能力のおかげだと思います」
「それはなんだ?」
「申し訳ありませんがお教えすることは出来ません」
「なぜだ」
「それは俺が誰にも知られたくないからです」
「我が王太子の命であってもか!」
「はい。それでもです」
「我が命に背く者は反逆者として裁く事も出来るんだぞ。それでもか」
「それでもです。俺の勘が誰にも教えるなと言っている。俺は俺の勘を信じています」
「そうか。なら致し方ない。望み通り捕らえてやろう。カルラ!」
「殿下。その辺りでお引きなされませ。もともと個の能力は他に知られ利用されたら危険な能力も有る事から本人が公表を拒み秘匿することは法で認められた権利です。それを権力で捻じ曲げる事はいくら殿下とてしてはならぬ行為です」
「…………」
「次回も気持ちよくお願いをしたいのならここで強権を振るうよりも友好的な態度が望ましいかと」
副隊長の執り成しで殿下は矛を収めたのか「また来る」と言って帰って行った。
副隊長も「迷惑を掛けたな」といって殿下の後を追い帰って行った。
なんか、変な事になりそうな予感を残して……