第二百三十三話 マルサール、ヘッドハンティングに遭う
マルサールの日課は、午前中は店先に立ち午後からはキッカの露店をサポートするという流れで定着していた。今日もこれからキッカの店に行く準備をする。準備と言ってもキッカと護衛に付いているホンちゃんに昼食を持って行くだけだからこの表現が大げさなのかもしれない。
特に、ホンちゃんは……というか、店長の神獣様たちは美食家だから。俺やキッカの様に口に入れば何でも良いと言うわけでは無い。
店長から弁当を受け取ったら出発の時だ。
キッカとホンちゃんが昼食を食べている間は俺が店番をしている。主に買取り査定だけどね。
ここで買取った物は店長がクリーニングすると新品同様になるから開店と同時に完売とはいかないらしいが、用意した8割以上が売れるらしい。あまりの忙しさに教会の子たちに手伝わせようかと零していた。
俺はと言うと、真贋から鑑定に進歩したかと思ったら今では深層鑑定にスキルアップしていたらしい。お陰で盗品は持った瞬間に分かるようになり、持ってきた人をホンちゃんに監視させて近衛隊に何人も引き渡している。お陰で感謝状を何枚も貰ったがただそれだけである。手柄の大半をホンちゃんに持って行かれ、「さすが英雄様に仕える神獣様だ」と今では広場の人気者でホンちゃんが居るから治安も良くなったと囁かれているのを聞いたこともある。
まったくもって俺の周りは穏やかでありがたいな。
「君が噂の鑑定士君かね?」
??何やら言い回しが怪しい壮年の男が声を掛けて来たよ。
「どんな噂か知りませんが、この店の買取担当をしています」
「そうですか。ではこれを鑑定してくれ」
男が出してきたのは装飾にサファイヤを使ってある懐中時計だった。
触った瞬間に盗品で無いことは分かった。
「これを買取って欲しいという事でよろしいでしょうか?」
「いや、君の実力を知りたいだけだ」
「それでしたらお断りします。私は鑑定士でありません。単に買取査定をしているだけです」
「では、査定を聞いてから売るかどうかを決めると言うのはどうかね?」
「そちらの目的を聞いた後ですのでお断りします」
「そうですか……。では単刀直入に言います。とある大店があなたを必要としています。一緒に来てもらえませんか」
これってもしかして引き抜きってやつか……? それなら答えは決まっている。
「お断りします」
「即答ですね。出来るだけ君が希望する条件を受け入れるつもりなんだがね」
「それでも受ける気はありませんからお帰り下さい」
「わかりました。今日の所は顔見世という事で帰りますが、諦めたわけでは有りませんからまた来ます」
「何度来ても同じですし、営業の邪魔になるからもう来ないでください」
「それは聞けませんね。私も仕事なので……。ではまた会いましょう」
食事を終えたキッカが聞いてきた。
「今の人だけどマルを引き抜きに来たの?」
「そうみたい。断ったけどね」
「いちおう店長にも話した方が良いかもね」
「そうするよ」
夕方になり、露店を閉め、店に戻ると店長に報告をした。
「話は分かったよ。こちらも調べてみるから安心して」
そう言うと店長はルーバ様とレーちゃん様。それに親鳥さん様も呼んで何やら話をして、翌日から神獣様の護衛と監視が付いた。




