第二百二十一話 ハピネスロール
会場を見渡すとマリーサさんは少し離れたところで話しをしていた。相手は誰だか分からないけど、多分…聞いても分からないと思う。
陛下の専属女官をしていたのだから俺より貴族との関りは多かったはずだしね。
邪魔をしてはいけないと思い、俺は両親を探すことにした。だけど少し動くたびに誰かに捕まって一方的に話を聞かされる。ほとんどは聞き流してけどそろそろウンザリしてきた。だって、聞かされる話が「王家のご友人殿に我が自慢の娘を紹介させてくれ」とか、「妾にでもしてくれとか」挙式を挙げたばかりの者に言う言葉か? 特に妾なんて直球すぎるだろう。それに俺は平民だからね、貴族の娘なんてとんでもない話。本当に関り合いたくないんだから……
それからもああだこうだと言いながらも何とかウザイ貴族をやり過ごし、やっと母さんを見つけたので声を掛けた。
「母さん。今日は来てくれてありがとう」
「おめでとうチョコラ。まさかこんな日が来るとは夢にも思わなかったわ」
「俺も思ってなかったよ」
「でも綺麗な子じゃない」
「見た目だけはね。性格は凄く押しの強い子だよ」
「あら、ちょうど好いじゃない。あなたにはそういう子の方が良いわよ」
「母さんもそう言うんだ」
「その言い方だと他の人にも言われたのね」
「みんなに言われた結果がこれだよ」
「母さん。この料理は旨いぞ。食ってみろ」
たくさんの料理を乗せた皿を2枚も持って親父がやって来た。
「父さん…… 一応新郎の親なんだからさ……」
「俺らの平民家族がご貴族様と話など出来るわけ無いだろう。そうしたら料理でも食って時間を過ごすしかないだろ。それに食べられないと料理も作った人も可愛そうだしな」
「そうかも知れないけどね……」
「そうなんだよ」
「あっ、でもあそこは人が多いよ」
そう。一か所だけ多くの人が集まっているブースが有ったのだ。
「あぁ~ あそこは何とかロールって言って…… お前が作ったやつだろう?」
「何とかロール?」
「ほら、さっき言ってただろ……お前がマリーサさんの為に作ったとかなんとか……」
そうそう忘れてた。さっきも思ったんだけど、そんなの作った覚えが無いんだよな……
「おれ、ちょっと見て来るよ」
そして人だかりの中をかき分けて見えたものは……
「皆さん。ハピネスロールの発案者、チョコラが来てくれましたよ~」
そこで目にしたのはロールケーキを切り分けながら即興で飾りつけをしているタージさんだった。
「タージさん…… 何やってんの? それにハピネスロールって……」
「おう。ジュグレの奴に頼まれたからな。こうして実演しながら提供してんだよ」
「で、これは?」
「これか? ロールケーキじゃ味気ないだろ。だからミハルがハピネスロールって名付けたんだよ」
「そうじゃなくて…… なんでここでロールケーキを出してるの?」
「そっちか! ここで出すためにお前に作らせたからだろが。でも安心しろ。商業ギルドにはお前の披露宴が終わるまでレシピの公表をしないように言ってあるからな」
「……これもジュグレさんの差し金ですか」
「人疑義の悪い言い方をしてやるな。これも来てくれた人へのサプライズだ」
「俺にもサプライズでした」
「そうか。そりゃよかったな。 さぁ~皆さん。新郎チョコラが新婦マリーサさんの為に発案したハピネスロール。今なら新郎自ら幸せのお裾分けをしてますよ~~ 残りも少なくなりました。今のうちに召し上がれ~~」
そんな大きな声出さ無くて良いから……
「私にも頂けるかな?」
「どうぞどうぞ。ほら、チョコラ、何してんだ? このお皿を差し上げて」
えっ、俺が渡すの?
「ほら、皆さんお待ちだ。早く渡してやれ」
「……どうぞ」
「英雄殿から直々に頂けるとは幸運じゃな」
「私どもにもお願いしますわ」
「はい、どうぞ」
「ハピネスロールと言うのね。初めて見るデザートだわ」
「これは今日の為に新郎チョコラが発案した新作デザートで、今日が初お披露目だ」
「そうなの? 英雄様がお作りに?? 名前も素敵だわ」
「この名前はチョコラがマリーサを幸せで包み込んでやるという決意から付けられた名だ」
「英雄様を呼び捨てなんて失礼ですわ」
「そうか。そりゃすまん。いつもそう呼んでいるからな……」
「あっ、この方は良いんです。俺の兄のような人だから……」
「なら良いのですけど…… ではこのハピネスロールは英雄様がマリーサ様を幸せで包み込んで差し上げるという決意が込められた物なのですね。素敵ですわ~」
いや……そんな決意まだしてなかったし、名前だってさっき知ったばかりだし……
「そうだよ。ほら。話ばかりしてないで早く食べて食べて」
はぁ~ なんか疲れが一気に来たよ……
早く終わらないかな……




