第十一話 すでに行列が出来ていました
いよいよ今日からミリアさんが昼だけ復帰し、俺は店の裏でクリーニング業を始める。
昨日から気持ちが高揚しすぎてなかなか眠れなかったけど、新しい一歩を踏み出すのかと思うと期待とやる気が身体から溢れ出てくる感じがしていた。
何時もの時間にうまいっ亭に行くと長い行列が出来ている。何かあるのかと不思議に思いながら店に入ると、ミハルさんから「チョコラ君が来るのを待ってたのよ。直ぐにもクリーニングをはじめられる?」と聞かれ、「はい」と答える間も無く裏庭に連れていかれ、作業に追われることになった。
初めのお客さんが持ってきたのは奥さんから初めて貰ったと言う帽子だった。その帽子はかなり古く傷みの激しくて形も崩れていた。だけど思い出が詰まった大事な帽子なんだと見るだけで想像がついた。
『クリーニング開始。補修機能開始』
今日も何時ものように変な声が聞こえて来たけど、慣れて来たのか気にならなくなっていた。
俺は石鹸水に優しく浸すと手で大まかな汚れを取って行った。それから真水で濯ぎまた石鹸水に漬けて洗浄と3回ほど繰り返したところで綺麗になった。後は乾いた布で水分を取って行く。これは帽子の形が崩れないようにだよ。それから予め作っておいた熱風箱に入れて乾かした。
熱風箱とは薪で温めた空気をふいごで箱の中を巡回させて早く乾かすための装置のことだ。
あまり大きいのは入らないけど、小さい帽子なら余裕で乾かすことが出来た。
乾いた帽子を見ると、汚れはほとんど落ちていて、形も良くなり穴や傷は無くなっていた。だけど、月日により出来た風合いだけはお店の暖簾のように新品同様とはならなかった。
仕上がった帽子をお客さんに返すと「あのボロボロだった帽子が……」と呟きながら涙を流していた。
お代は一個に付き銅貨5枚と決めていたけど、お客さんが感謝の気持ちと言って銀貨1枚をくれた。
次のお客さんは可愛いぬいぐるみを持ってきた。これはおばあちゃんの手作りだそうで子供の頃から大事にしている物だと教えてくれた。
このぬいぐるみのさっきと同じように石鹸水に浸し、真水で濯ぐといった作業を三回ほど。それから水気を取って熱風箱に入れた。
三人目は冒険者のようで防具と剣を持ってきた。防具はかなり痛みの激しく防具屋さんで修理した方が良いのではと思うくらいボロボロだった、剣も同じように刃こぼれがひどく、持って行く所を間違えていないかなと思ったけど、お客さんの話では冒険者になって初めて買った防具と剣でもう使い物にならないのは分かっているけど、記念に取っておきたいから綺麗にして欲しいとの事だった。
みんなそれぞれに思い出の在るものを持って来ているようで、話を聞くたびにその思いに応えてあげたいと言う気持ちが膨らんできた。