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六.

 ダウン症患者だから、“災厄”が逸れてゆく。


 悠介にとってにわかには信じがたいことであったが、なにしろ、それ以外の理由など微塵も思い浮かばないのだ。陰気で、か細く、無口で、ダウン症患者特有の顔立ちであるということを差し引いたってそもそも不細工なのであるから、真っ先に標的とされてもおかしくなさそうなものだ。

 少なくとも、悠介から見て、悠介の周囲の“そういう人たち”は皆凄惨な目に遭っていた。


 ならば、自分だけが()()()()される理由。それは、やはり――。


 確信にも似た感覚を得て、翌日悠介は、あえて、()()()()()

 瞳は、やや、薄く。胡乱(うろん)な目つきをして、半開きの口で徘徊するように校舎内を歩き回る。きょろきょろと落ち着きのない視線はあたりを泳ぎ回り、目に入った生徒たちを片っ端から()めつけてやった。


 その中には、()()()と呼ばれる悪もあった。

 悠介は、ばくばくと鳴る心臓の騒がしさを感じながらも、彼らをスルーしたのではまるで“試験”の意味がないのであるから、勇気を振り絞って、同じようにして睨めつけた。


 彼らは、悠介に対して、なにもしやしなかった。


 その一連の様子が、周囲からどんな風に見られていたのか。それは悠介自身には知る由もなかったが、間違いなく、その日悠介は、完全たるダウン症患者となった。

 少なくとも、悠介がそうであるということに疑いを持つ者などただの一人もいなかった。


 見た目も、挙動も。

 わざと(よだれ)を垂らしてやる日もある。数学の黒板を眺めながら、わざとらしく指をしゃぶってみることもある。

 悠介の全身が。頭のてっぺんからつま先まで、ありとあらゆる“悠介”が、悠介がダウン症患者であるということを力強く物語る。


 ダウン症患者特有の顔立ちという“魔除けの仮面”を手に入れて、悠介は、()()()尋冥高校で無敵の存在となった。


 〇


 ――そして、現在。

 

 悠介は、安穏と暮らしていた。

 浮き沈みのない、平坦な生活である。嬉しいことがないのはもちろんのこと、取り立てて悲しいこともない。生活保護の受給を勝ち取ったので、ひとまず生活の心配もない。(むろん、その際はダウン症を騙ったわけではないのだが)


 ただ独り、植物が悦びも悲しみもなくただただ生きるように、悠介は生きていた。

 本人も、それでよいと思っていた。


 そんな生活にあって、唯一、悠介の趣味と(おぼ)しきもの。悠介が唯一、全身で悦びを感じられるもの。

 それは、人の“同情心”を食らうことであった。


 先日、コンビニエンスストアの店員から首尾よくビニール傘を貰い受けたように、大人になった今でも悠介は変わらず魔除けの仮面を着けていて、それに騙された者からの施しを受けることが、悠介の至上の悦びとなっていた。


 これほど愉快なことはなかった。

 悠介を一方的に見下し、自己満足のために悠介に施す者どもを、腹の底で逆に嘲笑(あざわら)ってやれる。


 (くわだ)てが綺麗に決まったときなどは、悠介は、射精など比べ物にならないほどの快感を得られるようになっていた。

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