五.
「俺は、ぽぷら学級、行かへんよ」
声にはならなかった。
悠介は、自身がぽぷら学級に移行することについて、肯定はもちろん、否定もできなかった。
同級生に、悪意がないことは分かりきっていた。
彼はただ、その真っ直ぐな瞳で、心に湧いた疑問を、なんの悪気もなく悠介にぶつけただけなのだ。
であればこそ、一層。
無邪気な悪意を纏った言葉は鈍色に煌めく。
悠介は、同級生の残酷な言葉を、心の臓を貫くかのように尖った言葉を丁寧に反芻して、己が周囲からどう見られているのか、いかように思われているのかをじっくりと考えて、ごくりと飲み込んだ。
「悠介、ぽぷら学級行くってよ」
彼らが高学年になった頃、そんな言葉がまことしやかに流行していた。
誰も彼も、面と向かってそんな言葉を吐く度胸を持ち合わせてはいなかった。
悠介の目や、耳の届かぬところで。ひそりと、彼らの学校生活にほんのり刺激を加えるように。彼らの日常に、ほんの少し彩りを加えるために。今度は、明確な悪意を携えて。そんな言葉が、まことしやかに流行していた。
「ふざけたことしよると、お前もぽぷら学級にぶちこむで」
――“お前も”って、別に、俺はぽぷら学級ちゃうがな。
口にはしない。心の奥底で、ひそりと反旗を翻す。
あえて悠介の耳に届くくらいの距離感でそういう発言を繰り返す同級生たちの、その目を見据えてやることすら叶わずに、悠介は、じっと、ちょうど物言わぬ植物のように、彼らの悪意が通り過ぎるのをただ黙して過ごしていた。
――悠介が“覚醒”したのは、高校一年生の夏だった。
悠介は、すっかり壊れてしまった精神状態のまま、受験勉強すらままならずに、地元の最底辺校へと進学した。
御多分に漏れず、そこは軽犯罪や暴力の蔓延する、まるでどうしようもない学校であった。「尋冥高校に進学するくらいなら死んだ方がマシだ」とは、悠介の元同級生の弁である。
尋冥の生徒たちは、悠介が小・中学校で出会ったどの生徒たちよりも、明確に色濃い悪意を携えていた。
旅立ちの日、教師が卒業生から私刑を食らうくらいのことならさもありなんという有様で、窃盗も、暴行も、中には薬物に手を染める者まで。
ありとあらゆる“非行”が、尋冥高校の中に蠢いていた。
そんな凄惨な環境で、ある日、悠介はふと気がついた。
入学して3ヶ月が経っても、己の身に、未だなんの災厄もない。
明らかに、偶然ではない。
“災厄”が、明らかに自分の身だけを選り分けて見当違いの方向へと飛んでゆく。
悠介の周囲にいる気の弱い者、力の弱い者などは真っ先に標的とされる中で、なぜか悠介だけが、いつまでも災厄から身を躱し続けていた。
悠介は、考えのまとまらぬ脳内で、一つの仮説を立ててみた。
――よもや。
俺が、“ダウン症患者だから”…………?