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चंद्र讚歌 -La L'inno per il Candra-

Cherry Blossoms and Silver Sword

作者: 関ひだり

今週はコンパクトに書きました。

和積アリス氏の同名の詩をモチーフにしています。


 「もう逃げられないぜ! 観念しなァ!」

 「ひ、ひえ……お助け……」

 季節は春、夜の刻。瓦屋根の続くこの城下町の路地裏。商人の腕にはこの日の売上金、それも相当の額の小判が入った包み。それを狙っている黒いやくざ者が3人。手に手に鈍く光る太刀の柄を握りしめ、追い詰めた商人にじりじりとにじり寄っていく。

 「サァ、その金をこっちへ寄越しな。そうすりゃあ、命だけは助けて遣る」

 「渡さないってンなら、……どうなるかは分かっていなさるんだろう?」

 やくざ者たちは顔を布で覆っているらしく、どこか興奮した声はくぐもって聞こえた。満月に照らされているとはいっても辺りは暗く、顔もよく見えない。

 「こ、これは、これがなければ、あたしは妻子を養ってはいかれません。どうか、どうかご勘弁を……」

 商人は弱弱しく、震えながら答えた。

 「愚かな。確かにその金がなけりゃあ、お前さんの家は潰れっちまうだろうがな、その金を寄越さねえってンなら、お前さんは死んじまうんだぜ? そうなりゃあ、結局お前さんの家は潰れっちまうってもンさあ」

 「仕舞にゃあ(おんな)じことになるってンなら、どっちが良いかは、言わなくても分かるよなあ?」

 「サァ、サァ、サァ……」

 がたがた震えて小さくなる商人に、黒い3人が詰め寄る。そのやくざ者のうちの一人が包みを奪い取ろうと手を伸ばしたその刹那――


 白い光が閃き、商人とやくざ者たちの間を分断した。一瞬の風に、夜桜がぱっと舞い上がった。

 「ッ!?」

 手を伸ばしていたやくざ者が、急に腕を抱えて転がった。見ると、手首から先がなくなっていた。

 「な、何が起こりやがった! おれの手首は何処へいった!」

 焦って叫ぶやくざ者。これに対し、凛とした美しい声が答えた。

 「探しているのは、これか?」

 その声に驚いて、全員がその方を向くと、一寸(ちよつと)離れた場所に、笠を被ったすらりとした影が立っていた。白い指先で、今しがた切り落とした手首を摘んでいる。手首はそれから逃れようとゆらゆらと揺れていた。

 「何者だ、貴様ァ!」

 「私か。貴殿らに名乗るような名は持ち合わせてはおらぬ」

 「ふざけやがって……! おれの手を返せッ!」

 手首を切断されたやくざ者が、片手を庇いながら、その影に向かって突進した。それをいとも容易く、ひらりと躱す笠の陰。勢い余って転ぶやくざ者。その様子は、音に聞く西班牙の牛遣いの如し。

 「食らえッ」

 もう一人が太刀を構えて斬りかかるも、これを舞うように受け流し、反対にやくざ者を片手で組み伏せてしまった。

 「調子に乗るなよ!」

 残りの一人が自棄になったのかめちゃくちゃに太刀を振り回しながら迫ってきた。影はこれを空いたもう片方の手で対処しようとしたが、あまりにも相手が振り回すせいで、受け損ない、頬に掠り傷を受けてしまった。その際、被っていた笠が吹き飛び、その顔が明らかになった。



 〽碧い夜風に舞う桜

  なんと(かな)しき夢幻の景

  閃く鋭き破邪の銀

  闇に紛れて舞う乙女



 「何、女だと!?」

 その顔は、紛れもなく美しい女性のものだった。一筋の傷を指で拭い、彼女は不敵にも笑ってみせた。

 「驚いたか? 如何にも、私は女の身。されど、それは何の障害にもなりはしない」

 「舐めた真似を……! こちらとて、容赦はしないぜ!」

 残ったやくざ者が再び太刀を構えて女性に向かってきた。大きく振り被って迫ってくるのを見て、彼女は溜息をついた。

 「やれやれ、学習しないな。その手は、貴殿のお仲間が既にやって負けているだろう」

 それから、流麗な振る舞いでやくざ者の太刀筋を躱し、懐から刃を取り出し、僅かな動きで彼の脇を駆け抜け、桜の花弁が鮮やかに舞い上がった。疾風のようなその技は、ほんの幾刹那も満たない間に済まされた。やくざ者はその場に(くずお)れた。それを見ていたほかの二人は顔を引き攣らせた。

 「貴様、よくも……!」

 「安心しろ、峰打ちだ」

 そう言って彼女は小太刀を鞘に納め、仕舞った。それからやくざ者たちをキッと見遣り、その鋭い眼光に慄いた彼らは、

 「糞、覚えていろ!」

 と逃げて行った。



 〽(あか)く清らな望月の

  光に黒く映ゆる影

  薄く引きたる(べに)(くち)

  (きら)り輝く其の瞳



 勇ましき女性は商人に近付き、

 「もう終わったぞ。早うお帰り」

 優しく声をかけた。商人はどもりながら何度も礼を言った。

 「失礼ですが、あなた様のお名前は……」

 「先ほども言ったが、私には名乗るほどの名を持ち合わせてはいないのだ」

 女性は傍に落ちていた笠を拾い上げ、それを被って立ち去ろうとした。その去りしなに、一寸(ちよつと)立ち止まってこう告げた。

 「この私のことを、世間では『桜姫』と呼んでいるそうだ」

 これを聞いて、商人は呆気に取られていたが、やがてこう叫んだ。

 「あなた様が! あなた様が桜姫様! 伝説は、(まこと)だったのですね!」

 桜姫はこれには答えず、ただ春の闇の中に消えて行った。



 〽嗚呼 その名髙き桜姫

  今宵(やいば)を懐に

  街を独りに逍遥し

  (わろ)きを見給ばば諫めけり


  ()()き乙女 桜姫



…Cherry Blossoms and Silver Sword




ちなみに、「和積アリス」と関ひだりは同一人物です。

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