終章
目が覚めると、そこは自分の部屋ではなかった。白い天井、白い壁、白いベッドに横たわっている自分がいた。記憶の糸を手繰ってみる。
「そうか、俺達は勝ったんだ……誰一人失う事なく。てか、ここどこなんだろう?」
後ろ手をついて上半身を起こした。頭がズキリと痛む。
「イテテ、ん? じいちゃんの言ってた通り腕が治ってる。てことは……やっぱ俺は、宇宙人とのハーフなんだな……」
『目が覚めたようじゃな』
「うわっ! 急に話しかけないでよ!」
『姿がないんじゃから、仕方がなかろう。それよりも、身体の具合はどうじゃ?』
「うん、大丈夫だよ。それよりも、ここはどこなの?」
『おぬしの会社の医務室じゃよ。丸一日経っても目を覚まさぬから、みな心配しとったぞ』
「そっか、でもみんな無事で良かった。じいちゃんのおかげだね」
『いや、おぬしらみなが力を合わせて戦ったからじゃよ。良くやったの、見事じゃったぞ』
「いやぁ、そんな事……あるかな。やっぱ俺って、潜在能力が高いのかな? いやいや、そんな事よりも、俺の出生の秘密聞かせてよ!」
『そうじゃな。実はの……』
どれだけ長い話になるのかと心して聞いた賢治であったが、意外に短い内容だった。
まだ地球に生命が誕生していなく、漆黒の者が支配していた時代があった。そして、その者達は銀河系を制圧しようと企てていた。
それを阻止する為に、各惑星の知的生命体が力を合わせ地球に次元の隔たりを作り、漆黒の者達を封印した。その時に、王と呼ばれる者を道連れにして戦死したのが賢治の祖父であった。
いや、正確には父親であった。
いつの日か、次元の隔たりの封印力が落ち漆黒の者が現れる事態が起きた時の為に、戦死した者の中で最も戦闘力の高かった賢治の父親の精子を保存していたらしい。
そして、ゼロ次元の隔たりが封印力を無くす時を予測し、無作為に選んだ育ての親である賢治の母親の胎内に宿したのであった。
その時が来るまでは、普通の地球人として生きて行くようにインプットされて。
「そっか……俺は、この為に生れてきたんだね。またしばらくは、封印力が落ちる事はないんだろ?」
『そうじゃな、余程強大な力を持つ漆黒の王が誕生せぬ限り大丈夫じゃ』
「そうならない事を祈るよ。……ん? だとしたら、これから俺はなんの仕事をする事になるんだろう?」
『それは、今ここに向かってきておる仲間に聞いてみる事じゃな。わしと、こうして話をするのもこれが最後になるじゃろう。期限付きじゃからの』
「え……期限付きってどう言う事?」
『わしは命を亡くしておるんじゃから、本来こうして会話をしたり姿を現わしたりする事などできぬのじゃよ。じゃから、期限付きじゃ』
「じ、じい……と、父さん……」
『おぬしは、自慢の息子じゃ。嬉しかったぞ、元気で暮らすんじゃぞ、そいじゃの』
いくら呼んでも、返事が返ってくる事はなかった。賢治の胸に、言いようのない悲しみが込み上げてきた。噛み締めた唇が震え頬を涙が伝う。
「そっか、みんなも同じ気持ちで生きてきたんだ……それも生まれてからずっと。話す事も会う事も出来ずに……笑われちゃうな」
賢治が涙をぬぐった時に、ドアが開いた。慌てて何度も眼元をぬぐう。そのドアから舞夜が顔を出した。
「ケンジ、目が覚めたんだね」
「はい、すみません。心配かけちゃって」
続いて、愛霧と桃子が顔を出した。
「ケンジ君、無事で本当に良かった……」
「ケンちゃん……ううぅ、うわああああああああん!」
「さ、斎藤ちゃん! 身体は大丈夫なの?」
賢治の側に駆け寄った波紋は、とても心配そうな表情を浮かべている。
「はい、大丈夫です。心配して下さって有難う御座います」
少し間を開けて、シンディが顔を出す。
「ほら、クリス。なにしてんねん、ケンジ起きてるで。別れの挨拶するんやろ?」
シンディに腕を引っ張られたクリスが、真っ赤な目を擦りながら顔を出した。
「え……? 別れの挨拶って?」
「しばらくは次元の亀裂が出来る事もないやろからな、うちらは母国に戻って国の治安を守るために働く事になるんや。最近は凶悪犯罪が増えとるからな」
「……そうなんだ。で、いつ帰るの?」
「今からや。ケンジが起きてへんかったら別れの挨拶もできひんとこやったわ。良かったなぁ、クリス」
シンディに肩を叩かれたクリスが、涙を流しながらこくりと頷いた。
「ケンジ様……命に代えてもお守りすると申しましたのに……なにもできず、ケンジ様のお役に立てず……」
「クリス……なに言ってるんだよ。クリスが力を貸してくれたから、敵を倒す事ができたんじゃないか。クリスがいなかったら、俺はこうしてみんなの顔を見る事ができなかった」
「ケンジ様……私、もっともっと強くなります。そして、いつかケンジ様に危険が及んだ時は、必ず私が守って見せます」
「うん。ありがとう、クリス。たまには日本に遊びにきてよ、俺が案内してあげるからさ」
「その、お心遣いだけでも、私は幸せです……」
「クリス、もうええか? そろそろいかな、あのハゲ将軍にどやされるで」
こくりと頷いたクリスは、まるで聖母マリア様のような、そんな微笑みを浮かべた。
「みなさま、お世話になりました。私は、この日本にいた期間の事を一生忘れません。お元気で、さようなら……」
「ま、なんかあったら、うちらを頼ってきてもええで。『ゴマすりあうも多少の変』言うしな!」
「バカ! それを言うなら、『袖すりあうも多生の縁』でしょ!」
と、すかさず突っ込みを入れる愛霧であった。
「そうそう、それや! ま、会おうおもたらいつでも会えるんやさかい、湿っぽくなる必要もないやん。クリス、いこか。ほなみなさん、さいなら」
シンディとクリスは、手を振る事もなく開いていた窓から飛び立っていった。なんだか、心に穴が開いてしまったような、そんな感じがする賢治だった。
「いたらいたで、うるさいシンディも、いなくなちゃうと寂しく感じちゃうね……」
窓際で佇んでいた愛霧が独り言のように呟いた。そして、舞夜が口を開いた。
「ま、シンディの言う通り、会おうと思えばいつでも会えるんだし。それよりも、新しい公的機密業務が始まるわよ!」
「え? 新しい任務ってなんですか?」
「国際的テロリストの撲滅よ!」
「えぇ……また戦いですか……」
「今回の件で、日本は世界的に注目されてるんだから、短期間で壊滅させるわよ! ケンジ、波紋、愛霧、モモ、さっそく出動よ!」
「えぇ! 今からですか?」
「ごめんね、ケンジ君。マヤ、言い出すと聞かないから……昔からこうなのよ――」
「愛霧ちゃん、お話は後にした方がいいんじゃないかな? モモが思うに、マヤちゃんキレちゃうよ?」
「なにボケッとしてんのよ、ケンジ! さっさと準備しなさい!」
「は、はい!」
「斎藤ちゃんは、尻に敷かれるタイプね。いじめがいがありそう……フフフ」
舞夜を先頭に五人は窓から飛び立っていった。晴れ渡った青空に、きれいな五本の飛行機雲を描きながら。