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八文字科学技術製作所   作者: ゲーカー
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第七章

次の日は、久しぶりに雨が降っていたので傘をさして家を出た。昨日声が聞こえて以来、一度もあの声は聞こえてはこない。

「しかし、あの声を聞く為にはどうすれば良いんだろ……呼びかけても応答がなかったし、昨日みたいにぎりぎりで声が聞こえてもなぁ……」

そう呟きながら、色取り取りの傘で埋め尽くされている歩道を会社に向かい歩いていた。

「ケンジちゃうか?」

その声に振り向くと、右腕がちゃんとあるシンディとクリスが、大き目の傘をさして二人で入り立っていた。

「おはよう、腕もう治ったんだね」

「当たり前やん、うちをなめとったらあかんで!」

そう言うと、右腕をぬっと出してきて、目前で中指を突き出したが、その表情には今までとは違う穏やかな笑顔が浮かんでいる。

「ケンジ様、おはようございます。これから、御指導御鞭撻のほど宜しくお願い致します」

クリスは、右手で持った十字架を胸にあて浅くお辞儀をした。服装や仕草こそ変わらない物の、やはりシンディ同様、今までとは違う穏やかな表情を浮かべている。

「そ、そんな御指導って、逆に俺の方がクリスに教わらないと……」

「クリスにとって、虹色のシャーマンは憧れの人物やねん。あれから、クリスはあんたの話ばっかりしとったで。モテる男はつらいなぁ?」

意地悪な表情を浮かべたシンディは、クリスを残して傘をさしたまま歩き始めた。慌てて賢治は自分の傘にクリスを入れた。

「ケンジ様……」

賢治を一身に見つめる汚れを知らないその瞳と無垢で可憐な少女の微笑に、つい引き込まれそうになり、すんでの所で急ブレーキをかけ慌てて声を出した。

「ク、クリス、会社行こうよ。遅れちゃうし……」

「ケンジ様のお言葉に、クリスは従います」

二人は、先を歩くシンディに追い付き、三人並んで部署の扉を開いた。十分前に到着したのだが、既にみんなは席について何事かを話し合っていた。

「おはようさん! 今日からうちらが加わるから、『子供にうまい棒やで!』おっと、まちごうたわ、『鬼に金棒やったわ!』」

シンディの声だけが静かな室内に響き、妙な沈黙が辺りを漂っている。

「……バカな事言ってないで、デスク用意しといたからすぐに座りなさい」

舞夜は、呆れた顔でシンディを冷たくあしらった。シンディは、ぶつぶつ言いがら、賢治の横に二台並べられている端のデスクに腰を降ろす。

「みんな揃った事だし、今から会議を始めるわよ。まず、最初にシンディとクリス、これからは私の指示に必ず従う事。勝手な行動や判断は断じて行わないように」

「しかしやで――」と、シンディが口を開いた瞬間。

「わかったわね!」と舞夜に口を塞がれた。

「はいはい、従えばええんやろ……」

渋々了承してはいるが、今までのシンディではとても考えられない事だ。それほど昨日の、自分の命を犠牲にしてまで地球を守ろうとした舞夜の行動に心を打たれたのであろう。

「クリスも、わかったわね」

賢治の隣に座っているクリスは、十字架を握り締め閉じていた瞼をゆっくりと開けた。

「それが、ケンジ様の幸せにつながるのであれば、私はその言葉に従うまでです」

「……意味わかんないけど、従うのならそれでいいわ。次に、フォーメーションについてだけど、基本は私とケンジ、シンディとクリスのコンビで戦って、モモと波紋は援護に回る。愛霧はこれまでと同じようにメカニックとアドバイスを兼ねてもらうわ。武器に関して、愛霧から話しがあるから聞いて」

 舞夜は、そう言うと視線を愛霧に移し頷いた。

「敵のデータが少ないから、現在は十字刀とクロススピアーしかないんだけど、今回は全世界で協力して開発を進めてるから出来次第使用してもらうわ。あと、昨日戦った二体の模擬訓練が出来るようにしてあるから、良ければ後で試してみて」

その言葉に、シンディが即座に反応し、ポキポキと指を鳴らしている。

「おっしゃ、昨日は油断してたさかい無様な姿見せてもうたけど、次の生物とのバトルの為にも、あの糞バエ爺いわしたろか!」

「最後に……ケンジ、先祖とはあれから話をできてないの?」

舞夜のその言葉に、一気に周りが色めき立った。全員の視線が賢治に集中している。隣のクリスもパッと目を開き賢治の言葉を待っていた。

「……それが、何度も呼びかけてはみたんですけど……返事がないんですよね」

「……そう、仕方ないわね。でも、間違いなくあんたは先祖の血を受け継いでいるわけだし、そのスキルがまだ開花していないだけだから頑張りなさいよ」

舞夜の優しい眼差しが向けられた時に、ふと昨日の事が脳裏に蘇った。

 ――そう言えば、舞夜さんに抱き付かれたんだよな。あの時の舞夜さん、可愛かったなぁ。

 そう思いながら、じっと舞夜を見つめていると、なんだか恥ずかしそうに視線を逸らした。

「なぁ、あんたらってできてんの?」

シンディは、賢治と舞夜に交互に視線を送る。その言葉に、照れ笑いを浮かべた賢治は、

「いや、まぁ、できてるって定義がどの状態を指すのか個人差も――」

「はぁ? バカな事言ってんじゃないわよ! なんで私がこんなバカを好きになるのよ。昨日の姿見てそう思ったのなら誤解を解いておくわ。いくら先祖の助けがあったとは言え、私がケンジに命を助けてもらった事には変わりがないわけでしょ、だからバカなこいつが一番喜びそうな事をお礼としてやってあげただけよ。じゃなかったら、私がこのバカにあんな事するはずがないでしょ!」

バカバカと散々言われた揚句に、侮蔑するような眼差しを送られた賢治は、そうだったのか……と、俯き下を向いた。

「ケンジ様、私はあなたをお慕い申しております……」

頬を赤らめたクリスは、膝の上に置いている賢治の手にそっと自分の手を重ね合わせた。

どうやら、シンディはこの状況を面白がっているようで、

「良かったなぁ、クリス。ライバルがいいひんようになったやん!」

と、クリスの肩に手をあて軽い口調でそう言ったのであった。

「そんな話はどうでも良いから、みんなこれから力を合わせて頑張るわよ。いいわね!」

舞夜の、その力強い言葉にみんなは頷き返事をした。

舞夜と波紋に愛霧は、装備や武器の開発の為に部署を出て行った。クリスとシンディは、昨日の戦いで余程自尊心を傷付けられていたのか、桃子に操作を頼みサイバールームに入って行った。

 一人取り残されていた賢治は、思考を何者かに遮断されてしまったかのように、何を見ているでもなく、ただ漠然と前を向いて椅子に座っていた。

『暇そうじゃのう……』

「わっ! に、虹色のシャーマン!」

驚いた賢治は、キョロキョロと辺りを見回した。念の為にサスケを見てみたが、モノマネをしている気配はない。

――そうか、俺にしか聞こえないんだった。

『おぉ、懐かしいのう。そう呼ばれた時期もあったのう。しかし、御主はわしの血を受け継いでおる訳じゃし他人行儀じゃから、ダディ、と呼び……うぉっほん……じいちゃん、そう呼びなさい』

「……はい、じいちゃん……あの、なんで呼んでも返事してくれなかったんですか?」

なんだか少し照れ臭かったが、じいちゃんと呼ぶ事で一気に親密感が湧いた気がした。

『ちくと、やぼ用があってな。あと、声に出さんでも御主の声は聞こえるからの』

そう言われた時に、ふと疑問が浮かんだ。

――あの、じいちゃんは二次元にいるんですか?

『うんにゃ、わしゃどの次元にもおらんよ』

――え、どう言う事ですか? 他にも次元が存在するって事か?

『わしゃ、この星の生き物じゃないからの』

――もしかして、他の惑星の……待てよ、俺はじいちゃんの血を受継いでいるんじゃなかったか?

『どうやら、疑問を持ったようじゃな。まぁ、それはええとしてじゃ』

――だって、舞夜さん達が最初のハーフじゃなかったんですか? 

『そんな事よりも、今のお前さん達じゃ、今後はちくとキツイかも知れんぞ』

――いや、そんな事って……。

『話を続けるぞ。ベルゼブブが昨日言うたように、漆黒の者どもが地球の制圧に乗り出しておる。これは地球だけの問題ではなく、全宇宙の問題なのじゃよ。それほどの強大な力を持っておると言う事じゃ』

――あの、ベルゼブブが惑星の者に閉じ込められたって言ってたけど、それってじいちゃん達の事なんですか?

『うむ、そうじゃ。いくら他の惑星の事とは言え、放置するには問題があったと言う事じゃな』

 ――あ、あの、これから地球はどうなるんですか?

『それは、おまえさん達次第じゃよ。このままでは、ベルゼブブの言う通り次元の隔たりが消失してしまうじゃろう。今回は、わしらではどうにもならんのじゃよ』

 ――じゃあ、どうしたら良いんですか?

『うむ、漆黒の力と言うのは王と呼ばれる者が集約し放出しているのじゃ。前回もそうじゃったが、王を倒せば力は弱まり次元に封印する事ができるのじゃ。が、今回の王は前回とは比較にならんほどの強大な力を持っておるのじゃよ』

 ――あ、あの、全く想像ができないんですけど、今のままじゃ無理って事ですよね?

『無理じゃな』

 ――い、いや、そんな簡単な……で、その王様はいつ現れそうなんですか?

『それはわからん、明日かも知れんし一年後かも知れん』

――果たして、残された時間で俺達に何が出来るのだろう……それで、俺達は何をしたら良いんですか?

『そう焦りなさんな。御主以外の者に対しては、既に手は打ってあるよってに。問題は御主の潜在的なスキルがどれ程なのかが問題なんじゃよ。漆黒の者達は支配階級上位と下位の者の力がはっきりとしておる、下位の者は他の者でなんとか出来るようになるじゃろうが、上位の者は漆黒の力と言って魔力みたいな物を持っておるのじゃ。その力に対抗するには、恒星の力を身に付けにゃならん』

――どんな特訓をすれば良いのか想像する事も出来ないが、俺にしか身に付ける事が出来ないのならばやるしかない。そ、その、恒星の力って言うのはどうやれば身に付ける事ができるんですか?

『説明しても理解できんじゃろうから、取り敢えず、こっちゃこい』

――こ、こっちゃこいって……な、なんだこりゃ! 

賢治の目前の空間に亀裂が入り、その向こう側には初めて会う遠い先祖だと言う老人が手招きをしていた。周りの風景を見ても、真っ白なだけで何も見えない。まるで雲の中に浮かんでいるように見える。

――そ、そっちに行けば良いんですか? 空の上なら、プロテクトアーマーを……。

『そんなもん、いらんいらん。はよ、こっちゃこい』

シーズー犬のようなもさもさの白髪で、眉毛に髭までもがもっさりとしていて、目や口といった重要なパーツを隠している為に人懐っこそうな小柄の老人としか例えようがない。

「は……はい……」

右足を亀裂の隙間からそっと差し込んでみた。見る限りそこには何もない白い空間が広がっているだけなのだが、不思議と地に足がついた感覚がある。そのまま体の全てを白い空間に入れ、後ろを振り返ると最初から何もなかったかのように亀裂は塞がっていた。

『ここが何処なのか、これから何をするのか、自分は何者なのか、聞きたい事が山ほどあるじゃろうが、なにせ御主には時間がないのじゃよ。じゃから、邪念を捨てて習得に精を出しなさい、宜しいかな?』

後ろ手を組み、多分だが賢治を見ているであろう老人は、そう言った。

「は、はい……で、何をやれば良いんですか?」

『なぁに、やる事は簡単じゃよ。御主は、ただそこに座っておればいいんじゃよ』

「え? ただ座っているだけですか?」

もしかして俺は、からかわれているんじゃないか? そう思った瞬間、老人の眉毛の一部分にだけ突風が吹いた。ぶわっと吹き上がった眉毛から現れた目は、カッと見開かれ眼球が七色に煌いていた。

『からかってなどおらんわ、バカ者が!』

「す……すみません」 

『なになに、わかれば良いんじゃよ。御主の好きなように座れば宜しい。わしが良しというまでじゃぞ』

その言葉を残して、老人はパッと姿を消したのであった。

「やっぱり正座かな……でも時間を区切られていないし、長くは自信がないから……」

ぶつぶつと独り言を言いながら、立っていたその場所で胡座をかいた。

 座ってみて気付いたのだが、この白い空間には物もなければ音もない。最初こそ、三十分は経ったかな、などと考えていたのだが、時間と言う概念が気薄になってくると、次第に思考が揺らいできた。

明日にも、いや今にも、最強にして最大の敵が出現するかも知れない状況で、賢治はただ何をする訳でもなく言われるがままに、ここでじっと座っているだけである。この状況に追い打ちをかけるように、次第に幾つもの疑念が浮かんでは消える。

「俺は、騙されてるのじゃないか? いや、この状況でドッキリはないだろ……」

「あの人は本当に俺のじいちゃんなのか? 確かめようがないしな……」

「俺がこうして、何処か分からない所に来ている事をみんなは知っているのか? しかし、さっき他の者に対しては手を打ってあるって言ってたしな……」

「そう言えば、俺は純粋な地球人じゃないんだよな? 両親は至って普通の人間だったように思うし、兄貴は区役所で働いて普通に結婚して子供もできてるし、祖父母に関しても、「もしかして?」と言う片鱗さえ感じた事ないしな……て言うか、俺自身もこの会社に入るまで普通に人間として生きてきたわけだし……なにがなんだか、さっぱりわらかないよ!」


そうして無駄な思考を掛け巡らせていたのだが、その答えを知った所で何か状況が変わるのか、と言う結論に至る。次第に賢治の思考が、指先が、つま先が、細胞一つ一つが白い空間と同化して行った。

『どうやら、不必要な概念を振り払う事に成功したようじゃな』

急にその声が聞こえてきた時も、驚く事さえ、戸惑う事さえ、たじろぐ事さえなかった。

『まだまだ時間がかかると思うとったが、御主は意外にセンスがあるのかも知れんな。これで下準備は完了じゃ。今から、各恒星のコアエネルギーを御主の体に送り込んで行く、その衝撃に体中の臓器が、さらに細胞の一つ一つが拒絶反応を起こすじゃろう、その結果御主自信が恒星のコアに引き込まれてしまう可能性もある。その時点で、この青く美しい地球は暗闇が支配する漆黒の星と化す事になるじゃろう』

賢治は何も思考せず、躊躇わず、目を閉じたまま深呼吸をした。

「お願いします」

静寂が包みこむ白い空間の中で、賢治の声だけが静かに響いた。

『まずは、太陽のコアからじゃ。御主の体内が、液体でも固体でも気体でもない、第四の状態で満たされる事になる、その衝撃は想像を絶するじゃろう……我が子孫よ御主の力をわしは信じておるぞ』

その声が終わると共に、賢治の体に異変が起き始めた。それは初めて味わう感覚。

無数の細い針が、皮膚の表面をゆっくりと、そして次第に深く突き刺して行く。その深さと比例して、体内に流れている血液が沸騰していくように感じられた。

突如、爆発的な熱風が全身を覆った。皮膚が焼け爛れていく感覚が全神経を駆け巡る。体を動かす事も、言葉さえも悲鳴さえも、その圧倒的な熱量がありとあらゆる自由を賢治から奪っていく。

体の周りが紅炎で覆われている。部分的に黒い箇所が有り、その個所が次第に広がり爆発を起こし、激しい爆風により放出された熱風が体を包み、体内に蓄積されている熱量は飛躍的に上昇する。

何度も何度も、この絶望的な状況に心を打ち壊され諦めかけた。しかし、その都度みんなの声が聞こえてくる。これは幻聴なのだと分かっていても賢治の身体はその声に反応してしまう。

終焉が見えない永遠と思えるほどの時間の経過と共に、その圧倒的な熱量が徐々に下がって行く感覚があった。溶けかけていた思考が深い眠りから目覚めていく。

視界の全てが紅炎で埋め尽くされている。

無意識に手の平を天にかざした。その手の平に金色に近い炎が灯り、とてつもない熱エネルギーが一部に集約されている気がした。

「……ヒートフレア」

何故、手の平を天にかざし、そう言ったのか自分でも理解する事が出来ないでいた。

巨大な爆発音と共に、圧倒的なエネルギーを放出して天空に伸びる火柱が立ち上がった。しかし、体内に残留している熱量は減少する所か肥大している感覚がある。

「……コロナロッド」

右手の指先から、巨大な炎の大蛇が鎌首を上げた。その口からは青白いプラズマのようなものがジリジリと音を立てて顔を出している。その大蛇は自分の意のままに恐ろしいスピードで伸縮する事に気付いた。

『どうやら、太陽のコアを我が物にしたようじゃな』

「……うん。次はどの恒星のコアを――」

突如警報が頭の中で鳴り響いた。

『むぅ……この状態で漆黒の王が現れおったか……』

頭の中で聞こえるじいちゃんの声が深く重く響いた。賢治は、素直な今の気持ちを言葉に紡いだ。

「でも、やるしかないんでしょ。俺は絶対諦めないよ」

『そうじゃな、その気持ちを忘れるでないぞ』

その声と共に白い空間に亀裂が入った。賢治は、すぐに隙間をくぐり抜け仲間が待つ三次元の世界にその身を戻した。

「ケンジ! みんなあなたの帰りを待っていたわ……長く戻らないから心配したわよ」

舞夜の声や、各自の席に着いているみんなの顔を見るのが、つい数分前のような何年間も会っていないようなそんな不思議な感覚だった。

「斎藤賢治只今帰還致しました!」

敬礼のポーズを取った瞬間に、漆黒の王の映像が映し出された。

「漆黒界国王アバドンの登場ってわけね……」

舞夜の視線の先には、何故か初めて三次元に現れた、漆黒の毛並みを持った熊の体躯に、鉄仮面で顔を覆っている姿とデータが刻まれていた。不思議に思った賢治は、周りを見渡したが誰一人として首を傾げる者がいなかった。

「なんで、データが出てるんですか?」

「あなたのお爺さんが、ある特殊なルートを使って情報の提供と共に、私達のスキルアップを手伝ってくれたのよ。ケンジが向こうの世界に行っていた一ヶ月間で、私達もそれなりの成果は上げてるわよ」

その強い眼差しと共に、顔の横に上げた右腕の甲に赤い刻印のような物が見えた。

「え? 一ヶ月間も向こうにいたんですか? あ、て言うか、その刻印――」

「どうやら説明している暇はないみたい……全員直ちに出動!」

舞夜にそう言われ、映像に視線を移すと太平洋の沖合二十キロ付近の上空に浮遊していたアバドンの周りには、いつの間にか馬に似ていて金の冠を被り、翼とサソリの尾を持つイナゴの大群が映し出されていた。


 到着と共に、もう二体の生物が視界に入った。一体は、人間の体に長い二本の角が生えた山羊の顔を持ち、背中からは漆黒の大翼が生えている。もう一体は、フクロウの頭に天使の体を持ち、漆黒の狼に跨り右手にはギラリと光る長剣を持っている。その姿を捉えた愛霧が、すぐにサーチシステムを操作した。

「バフォメットに、アンドラスだわ……共に攻撃方法は不明、ゼロパーツはバフォメットがチャクラの位置、攻撃力二万ステラ、アンドラスが頭上に光るリング、攻撃力一万五千ステラ、共に生命力は一万シード、武器は白亜の剣を使用して!」

どうやら、愛霧はメカのスキルを向上させているようだ。

攻撃力や生命力を数値に転換出来るようになっていて、新たな武器も開発されている。

舞夜にシンディ、波紋の手に鍾乳石のような乳白色の剣が転送されてきた。

良く見ると、シンディの左手の甲にも赤の刻印が浮かんでおり、波紋は緑色の刻印だった。左手にその剣を握り締めたシンディが口を開いた。

「二体の攻撃力が三万五千か、うちと、波紋、マヤの合わせた攻撃力とほぼ同じやな。その組み合わせでえぇか、マヤ?」

「どうやら、その組み合わせしかないようね。モモ、こっちの援護を頼むわ! クリスは、ケンジの援護をお願い! 愛霧は、両方の状況を的確に把握してアドバイスを送って!」

その声に、「了解!」と、五人の声が重なった。

「ケンジ君、アバドンの攻撃方法は不明、ゼロパーツはチャクラの位置、攻撃力は……」

声が詰まった愛霧に、賢治は迷いのないすっきりとした笑顔を向け力強く親指を立てた。それを見た愛霧は、口を固く結び真剣な表情を浮かべ頷づいた。

「攻撃力は十万ステラ、生命力は五万シード! 武器に関してはおじい様から不必要だと指示が出てるわ!」

その声に、シンディが反応した。

「武器もなしに、じ、じ、十万ステラやて! 愛霧、ケンジの戦闘力はなんぼやねん!」

即座に弾き出された数値は、アバドンの五分の一にも満たなかった。

賢治は、その数字を意に介す事なく戦闘の態勢を取った。その瞬間に全身から圧倒的な熱量を放出し、体はうねりを巻く紅炎に包まれた。

「え、どう言う事……ケンジ君の戦闘力が上昇して行く……」

サーチシステムを見ていた愛霧の視線が賢治に向けられた。

「最終的な攻撃力は……八万ステラ!」

「みんな、俺は絶対勝ってみせるから!」

「たのんだで、ケンジ! こっちはうちらに任しとき!」

 シンディのその声に、舞夜に波紋に桃子は力強く頷いた。賢治は、出来るだけ早く倒して援護に行くんだ、そう強く心に誓った。

「ケンジ様、私がこの命に代えてもあなたをお守り致します!」

その声に振り向くと、十字架が埋め込まれた純白に輝く聖書を左手に持ったクリスが、力強い視線を送ってくれていた。

「うん、必ず敵を倒そう!」

「愚かなる人間どもよ、ベルゼブブごときを倒した程度で、この破壊の王である我に戦いを挑むとは笑止千万。この刹那の時、我の眼前に立てた事を誇りに思い死ぬが良い」

「そう簡単に行くと思うなよ! 無駄な抵抗ではない所をお前の目に焼き付けてやる!」

 賢治は攻撃の姿勢を取り、アバドンをぐっと睨んだ。

「グハハ、その言葉がいつまで続くのか楽しみにしておるわ。貴様ら如き、我が手を下すまでもあるまい」

 スッと上げられた右手が合図となり、金の冠を被ったイナゴの大群が一斉に襲いかかって来た。その数はざっと見積もってもゆうに千を超えている。

「ケンジ様、ここは私に……主よ、聖なる力を我に与えたまえ……ヘブンズミスト!」

 純白の聖書が天にかざされた瞬間、辺りは濃い霧に覆われた。

 絶え間なく聞こえてくる断末魔の叫び声が、イナゴの大群から発せられている事を知るのは、ほんの数秒後だった。

 深く濃い霧が晴れて行き、視界がはっきりとした時には、目の前には鉄仮面を被ったアバドンしかいなかった。

「ほぅ、エクソシストの力を持っておるのか、余興として我に試してみるが良い」

 鉄仮面により、その表情を窺い知る事はできないが、自分の軍隊を一瞬の内に壊滅させられたと言うのに、その言葉からは圧倒的な余裕が感じられる。

「主よ、聖なる力を持って悪魔を滅する事をここに誓います……ホーリー・ライトニング!」

 純白の聖書が天にかざされると、埋め込まれている十字架から眩い光が一直線に放出され雲を突き抜けた瞬間、その何十倍もの光量を放つイカズチが天空から振り降りた。

 あまりの眩しさに、右手を額にかざしその異様な光景を見つめていた。

その桁外れの光量を放つイカズチは、アバドンに直撃し耳を塞ぎたくなるほどの、ものすごい衝撃音を立てて放電を繰り返した。その青白い煌きの中で、鉄仮面の隙間から白い光が灯った直後、地球を揺らすほどの雄叫びと共に、その力を誇示するかの如く上げられた両手。それが開き切った瞬間、そのイカズチは粉々に砕け散った。

「グハハ、こんなものが我に通ずるとでも思ったか!」

「そ、そんな……宿命を背負いし異次元の住人よ、イエスの名のもとに、その罪と罰をあたえん。インテンス・レイン・オブ・グリーフ!」

 アバドンの上空から巨大な水の塊が降り注いだ。それはアバドンに降りかかり、見えない水槽に溜まって行くかの如く、その水塊の中に閉じ込めてしまった。

「主よ、聖なる力を持って悪魔を滅する事をここに誓います……ホーリー・コールド!」

 雲の隙間から煌く結晶と共に、凍てつくほどの冷気がアバドンに対して垂直に落下していき、瞬く間に水塊が白く変色し冷気を上げる氷の彫刻と化した。

 しかし、鉄仮面の隙間から見える白い光は、力を失っているようには見えなかった。

「グハハ、我の身体はマイナス二千度まで耐えうる事が出来るのだ、この程度の力でエクソシストを名乗るなど片腹いたいわ!」

 アバドンは、指一つ動かす事なく、全身を取り囲む氷壁を粉砕した。

「くそっ……コロナロッド!」

 右手から伸びた炎の大蛇は、青白い光をチラつかせながら驚異的な早さでアバドンに向かって牙を向いた。

 巨体が急に動いたと言うのに、その足運びは光のように早く、炎の大蛇が切り裂いたのはアバドンの残像。

タイムラグは一秒以上ありそうだ、そう思った瞬間、突然の打撃を受けて真横に吹き飛ばされた。纏っている炎で衝撃は和らいだものの、アバドンの動きが早すぎて視界に捉える事さえできない。

「ケ、ケンジ様!」

「く、くそ……目で追う事が出来ないのか……グハッ!」

 背中に焼けるような激痛が走った。

 全神経を研ぎ澄ませ相手の動きを察知したが、それでも追う事ができない。

 身体が九の字に折れ激痛に苛まされ、吐き気と共に目の前が暗くなった。

「愚かなる人間よ、貴様らの力では我々漆黒の者を止めることなど出来ないのだ。死ぬがいい、もがき苦しみながら、人間として生まれし事を悔むがいい。この一撃で、愚かな命と共に吹き飛ばしてくれよう……ブルド・ザイン!」

 突如、空を覆っていた大量の雲が蒸発するように消えた。同時に、地震と言うよりも地球規模の揺れが起きているかのようなブレる感覚があった。

 ほんの今まで凪いでいた海が、まるで嵐が来た時のようにざわめきだし、気温が急激に上昇している事に気付いた。空気が軋み海面が上昇を続けうねりが起き、見た事のない桁外れの高さの津波があちこちに発生している。

 肉眼では捉える事の出来ない遥か上空から、全てを切り裂き命ある者全てを殲滅してしまうかのような轟音が耳に突き刺さってきた。

 賢治は、その見えない何かに鋭い視線を送っていた。

 数秒後、その破滅の使者である轟音の正体が明らかになった。

 どれほどの距離があるのか分からないが、この時点でも視界に映る地上を覆いつくしてしまうほどの大きさに見える。

 その姿はドラゴンの身体を持ち、頭部には一角獣の長角が生え、全身が甲冑のような物で覆われ八本ある足からは漆黒の光が放たれ、その光が降り注いだ海上はまるでそこには海水がなかったかのようなくぼみが出来上がり、大量の水蒸気が湧き上がっている。

 ――地上に接近するまでに破壊しなければ甚大な被害が及ぶ事になってしまう。

賢治が両手を天空にかざした直後、声が聞こえた。

『それは、い、いかんぞ! 攻撃を放った後に、御主の身体が衝撃波と共に、太陽のコアに引きずり込まれてしまうやも知れんぞ!』

 ――じいちゃん、心配してくれてありがとう。でも、身体中の細胞が教えてくれてるんだ。限界を超えるしかないんだって。

「ヒートフレア・ビースト!」

 急激な頭痛と吐き気が賢治の全身を襲った。この身が焦げて消滅してしまうほどの灼熱が全身を覆っている。両手にエネルギーが充満して行くにつれ、身体が受けている衝撃がより一層激しさを増し、いつ気を失ってもおかしくない状態で、それでも意識が途切れないように気を張った。

「な、なに……この数値……ケンジ君の両手に信じられないほどのエネルギーが満ちていってる……逆に、生命力の数値が急激に下がり始めてる……両手に蓄積していっている数値が二十万ステラを超えたわ……ケ、ケンジ君、駄目だよ、死んじゃうよ!」

 愛霧の声は耳に届いていたのだが、笑顔を送るほどの余裕は賢治の身体に残されてはいなかった。

 賢治は、両手に蓄積された全エネルギーを一気に解放した。

その衝撃波は地球上に存在する全ての物質を飲み込むほどの、破壊的な、そして壊滅的なものだった。

 天空に伸びた巨大な火柱は、近付いて来ていた生物を一飲みして行った。その後に訪れた極端な静寂は、駆け寄ってきた仲間の声で掻き消された。

 全ての感覚が消え失せ、限界を超えた意識は混濁に呑まれ溶けかけていた。視界がぐらつき、自分が立っているのかどうかさえ分からない。身体は凍えるように寒かった。

「ケンジ様―――――――――!」

「や、やだ、やだよ、ケンジ君!」

「しっかりせんかい! ケンジ!」

「斎藤ちゃん!」

「ケンジ、あんたが先に死ぬんじゃないわよ!」

「劇的モモ印、リカバリーパウダーネオ!」

――ん? あれ……急に身体が軽くなった気がする。

『良かったのう、あと少しでも解放するタイミングが遅れておったら、御主の身体はこの地上から消失しておったぞ!』

 スクッと立ち上がった賢治の周りには、涙で顔を濡らした仲間が輪を作っていた。

「も、もう……心配するじゃん!」

愛霧が、賢治の胸に飛び込んできた。賢治は、なにが起こったのか理解出来ない。

「グスン、どうですか! モモの作ったリカバリーパウダーネオは、五万シードまでなら一度で全回復出来るんですよ! でも、これも一日に一度しか使えないから……あんまり無茶しないで下さい……う、うぅ、うわぁあ――――ん!」

「みんな……心配かけてごめん」

「ケンジ、こっちは何とか行けそうだから、あんたはアバドンだけに集中して、必ず倒しなさいよ!」

 そう言った舞夜を含め、シンディ、波紋の身体は至る所に傷があり正に満身創痍だった。

「了解しました!」

 少し離れた場所で、仲間達の戦闘が再開された。本当なら、すぐにでもアバドンを倒して駆け付けたい所だが、どうやらそう簡単には行きそうもない。

「おもしろい、だがここまでだ。踊るが良い、死の乱舞を」

 スローモーションのように、ゆらりとアバドンの体躯が動いた。

 その姿が残像だと気付いた時には右肩に激痛が走っていた。

「ガハッ! ……くそ、動きが速過ぎる……」

「グハハ! どうした、我を倒すのではなかったか?」

「ガッ! す、姿さえ見えれば……」

「主よ、聖なる力をケンジ様に与えたまえ……」

 賢治の身体が優しい光で包まれた。同時に自然と瞼が閉じられていく。本来ならば、何も見えなくなる筈なのだが、閉じる前よりも辺りが鮮明に映し出されている。

「ありがとう、クリス! プロミネンスソード!」

 右手に、灼熱の爆炎を巻き上げる炎の剣が出来上がった。

 ――見える……右に移動した……左に駆けた……上空へ飛んだ……鋭利な刃物のような爪を立て右手を振り上げ、俺の命と共に首を刈り取ろうとしている……。

賢治は、立ち尽くしたままの姿勢で燃え上がる炎の剣を構えた。

「悶え苦しみながら、死ぬが良い!」

 炎の剣筋を閃かせ、振り下ろされたアバドンの右手を切断した。

「グギャ! エ、エクソシストの力か……」

 右手中央の切断された箇所からは、漆黒の液体が流れ落ちている。

「俺からの攻撃は交わされるかも知れないけど、もうあんたの攻撃を受ける事もないよ。さあ、漆黒界の王アバドン、これからどうする?」

 そう強がって見せたものの、こちらからの攻撃が交わされてしまう以上、攻撃を待ちカウンターで迎撃する以外に打つ手が浮かばなかった。

「ムシケラごときが、ほざくでないわ! メテオバースト!」

 その声と共に、一メートルほどの無数の隕石が天空から賢治だけを目掛けて振り降りてきた。とても全てを避け切れる数ではなかったので、その場に立ち止り右手の剣を消し、その手を天にかざした。

「ヒートフレア!」

 右手から解放された火柱は、殆どの隕石を一瞬で塵に変えた。

「い、いやぁ――――――――――!」

 その声に驚き振り向くと、アバドンの左手に握りしめられたクリスが、悲痛の表情を浮かべていた。

「ク、クリス! きたないぞ、アバドン!」

「それは、我に対する賛辞を述べているのか? 貴様と戦っても負けることなどあるはずもないが、無駄な時間を費やす必要もあるまい」

 アバドンの手の中でもがき苦しんでいるクリスが、純白の聖書を震える左手でゆっくりと天にかざした。

「せ、生命を……蝕む……苦しみの……黒雲よ……イエスの名の元に……アバドンに罪と……罰を与えたまえ!」

 アバドンの頭上に、これまでの比ではないほどの、数十倍はある巨大な暗灰色の積乱雲が出現した。薄暗い雲の中では稲妻が走しり、とてつもない冷気が振り降りてきていて、半径五十メートルほどの海上が分厚い氷で埋め尽くされた。

「ち、中心気温を……マ、マイナス二千度まで下げております……ケ、ケンジ様……今です……アバ……ドンの、ゼロパーツ……を打ち抜い……て下さ……い」

アバドンの体躯と共に、クリスの身体までもが氷に包まれて行く。

「ク、クリス! ヒートフレア!」

 水平に放った炎の火柱は、アバドンのゼロパーツに向かって放たれた。その時に、鉄仮面の中の目が白く光ったように見えた。

 放たれた火柱が貫いたのは、アバドンの残像であった。破裂音が響くと同時に、移動したアバドンの体躯を包んでいた氷塊が弾け飛んだ。

「ククク、我の言葉を素直に信じておったとは、人間と言う生き物はやはり愚かであるな……しかし、この小娘には耐えられる温度ではなかろう……無駄な事をしおって」

 アバドンは、凍り付いたクリスを、氷上に投げ捨てた。

「ク、クリス――――――!」

 すぐさま、賢治は救出に向かった。

 が、しかし。

「キル・ハリケーン!」

 もう手の届く場所にクリスがいるのに、賢治の視界がグラグラと揺れ出して、次第にクリスとの距離が離れだした。気付くと巨大な竜巻の中にいた。普通の竜巻とは違い、前後左右上下全てに空気の層があり、球体のような形状になっている。

「グハッ!」

 何処から攻撃して来たのかも分からなかったし、この渦の中にはアバドンの姿は見えない。クリスを助けに行く為に、空気を切り裂き悲鳴を上げている層に向かって、最大値に近い炎を放とうとした瞬間、背中の肉が剥ぎ取られるような痛みを感じた。瞬時に振り向いたのだが、そこにはアバドンの姿はない。

賢治は、開いていた目を閉じた。

 その空気の層の中に、鉄仮面の中から白い光を放つアバドンはいた。

「その心眼とやらで、我の姿は捉えられる事が出来るようだが、これはどうだ?」

 アバドンの鉄仮面の中から光っている白い箇所から、一筋の黒い光が放たれ賢治の左腕を貫いた。痛みは全く感じなかったのだが、『ボコボコ』と奇妙な音が左腕の内部から聞こえた気がした。

 直後、膨れ上がり異様に肥大した左腕が破裂音と共にその形をなくした。

「ガァアアアアァ――――――――――――!」

「その悲鳴、その絶叫が、我の心に染みわたる。我が受けた傷と同等の痛みを与えた。心配するでない、すぐには殺さん。我をここまで苦しめた貴様には、地獄の苦しみを存分に味わう資格があるのだ」

激痛に苛まされ、吐き気と共に目の前が暗くなった。

――ここで……こんな所で、諦めるわけにはいかないんだ。み、みんなが、命を賭けて戦っているんだ……。

 閉じていた目を開けた時に、視界の左隅に虹色に輝く光が見えた。形をなくした左腕の肩口が虹色の光で覆われている。その個所からは一滴の血も流れ出してはいない。次第に痛みも和らいでいった。

『今のわしに出来る事は、その程度の事しかないのじゃよ……』

 その声が聞こえた瞬間、頭の中で深紅の炎竜が舞い上がり怒涛の灼熱が全身を覆った。

細胞の一つ一つが囁いていた。その囁きを賢治は声にした。

「ギャラクティック・コア・エミット……」

『そ、それはいかんぞ! 太陽の核エネルギーを全放出してしまうぞ! 御主の身体が消し飛んで――』

 その声を掻き消してしまう、賢治の絶叫が響き渡った。

 身体から灼熱の爆炎が立ち昇り、その深紅の炎は次第に黒く変色して行き死色を何十にも重ね合わせた漆黒の炎に変貌を遂げた。頭蓋骨が粉々に砕け散りそうのほどの激痛が襲い、全身が麻痺し心さえも麻痺しているように感じられる。

もう既に身体は焼け落ち、この場にあるのは意識だけのような感覚がある。その薄皮一枚でつながっている意識さえも暗闇に飲み込まれるような、死と滅びの気配を感じた。

暗闇が全身を覆い、一筋の光さえも見えはしない。ただ、膨大な熱量を身体から放出し続けている感覚が全身を包み込んでいた。

「お、俺は、みんなと一緒に……この、地球を……守るんだあああああああああああ!」

 燃え盛る漆黒の爆炎が意思を持った瞬間、その圧倒的な力を一気に解放した。

 その膨大なエネルギーは放射線状に広がり、周りを囲んでいた空気の渦は瞬時に消失。殺戮の色で燃え盛る爆炎の一部が、死色の黒炎を吐き出す竜に変化を遂げ、渦の中から姿を露呈したアバドンのチャクラの位置に牙を剥いた。

 顔を覆っていた鉄仮面が真二つに割れて、醜い般若の形相をした熊の顔を曝け出した。

「グバッ……ゴハッ、虫けらごときが……我を……グバアアアァアァ―――――!」

 その声と共にアバドンは姿を消した。その瞬間を、賢治は薄れてゆく意識の中で認識していた。安堵と共に混濁の世界に引き込まれていく。

 暗闇に沈みかけている賢治の意識に灯りのようなものが灯った気がした。

 その光は優しくて、暖かくて、美しくて、愛おしくて、賢治の身体を優しく包み込んでくれている気がする。

 その淡い灯りが、自分に向けられた声だと言う事に気付いた。

『ようやったのう。見事じゃったぞ。あれだけのエネルギーを放出して、その命が朽ち果てぬとは、流石はわしの血を受け継ぐ者じゃ。その腕、明日には回復しておるから心配はいらぬ。ほれ、みんなが御主を待っておるぞ、はよ目を開けて微笑んであげなさい』

 ――はっきりと、じいちゃんの声が聞こえた。俺は生きているんだ。またみんなに会えるんだ。またみんなの声が聴けるんだ。

 ゆっくりと、重い瞼を開いた。ぼやけてはっきりとは見えないけれど、確かにそこには、俺の大切な、俺の大好きな、みんなの顔が並んでいた。


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